『ヤバイ隊長、連中気が付きやがったぞ!?』
「落ち着け、こっちはサーマルジャケットを着こんでるんだ。こうもミノフスキー粒子が濃ければまずばれない」
こちらの手に気が付いたと思わしき連邦のMSが慌てて向かって来るのを双眼鏡で確認しながら、隊長と呼ばれた男は努めて冷静な声音で応じた。電波による探査が難しい状況において、索敵の要は音と熱、そして画像解析になる。MSに搭載される装置はどれも優秀であるが、機械である以上欺瞞の手段も確立されていた。
「隠れる事に関しては歩兵が最も優れている。じっとしていれば大丈夫だ」
その特性はジオン軍内でも広く認識されている。何しろ地球侵攻において、隠れた歩兵部隊による直接・間接的なMSの被害は機甲戦力によるものに匹敵するからだ。特にこの潜伏した歩兵による観測射撃の効果は高く、幾度もこちらの進撃を阻んだ常套手段である。防衛において有効なのだから、それをやり返さないと言う選択は無いように思えた。
しかし、彼らは重大な見落としを幾つもしている事に気が付いていなかった。
「止まった?」
連邦陸軍にとって、歩兵という兵科は言ってしまえば公共事業の側面の強い存在だった。人口過多による失業・治安悪化を防ぐために、そうしたあぶれた人員を受け入れるための部署だったのである。無論実行能力を有する特殊部隊も存在するが、それはごく少数であり、大多数は最低限の給金と衣食住、そして在任期間内にある程度の技能を身に着けて除隊するというものだった。
つまり陸軍にとってみれば、通常の歩兵とは幾らでも替えの利く観測装置代わりに使える程度の存在だったのである。
『なんだ?』
そしてもう一つの重大な見落としは、連邦陸軍にとって歩兵の戦術とは最も研究の進んだ分野であり、その対処方法もしっかりと戦術や装備に組み込まれていたことだ。そしてそれはMSにも該当する。
「拙い!皆逃げろ!」
元々彼らは偵察部隊、ワッパと呼ばれるバイクのような小型ホバークラフトを装備した部隊だった。当然今回の任務にも持ち込んでいたが、隠蔽の為に丸ごと断熱シートで覆っていた。そしてそれが仇となる。連邦の白い2機のMSがそれぞれ手にしていた銃を構え、銃身の下に取り付けられていた丸いロケットポッドの様な装置から弾丸が飛び出した。それを見て咄嗟に退避を命じるが、それで助かるほど戦場は優しい場所では無かった。
『ぎぃゃぁぁあぁ!?』
通信機に絶叫が木霊する。空中で炸裂したそれが周囲に大量の燃料をまき散らし、十分に広がった時点で容赦なく着火したからだ。あっという間に彼らが潜伏していた周辺は灼熱の地獄と化す。
隠れている場所が正確に解らないなら、その範囲ごと焼き払ってしまえばいい。奇跡的に助かったのは焼夷範囲のギリギリ、それも地球環境を嫌ってノーマルスーツを身に着けていた者だけだ。それ以外は爆風によって圧死してしまうか、辛うじて助かっても肺を焼かれて絶命した。そしてその僅かに助かった部下達にも更なる試練が襲い掛かる。ゆっくりと頭を巡らせた白いMSが逃げる部下を見定めた瞬間、奴の頭から重い発射音が響いて部下が肉片へと変わった。曳光弾の輝きで、彼は白い奴が機関砲を放ったのだと理解する。恐らくMS相手では牽制に使えれば御の字という貧弱な火砲。だが生身の人間にすれば圧倒的な暴力となりうる装備だ。
「なんてことを」
逃げる事すらままならなくなった彼は立ち尽くしてそう呟く。彼の思考は既に戦場から離れていた。連邦からの独立、圧政からの解放。そんな言葉に酔ってジオンはミノフスキー粒子を戦場へ持ち込み、それに対応したMSという兵器を世に送り出した。戦車や戦闘機よりも強力で、たった一人で動かせる汎用兵器。経済力とマンパワーに劣るジオンが逆転の一手として求めた性能。だがそれは、模倣されたならたやすく覆る一手であり、敵が真似できない何かをMSは持ち合わせていなかった。当然だ、ジオンは全てを注ぎ込んでMSを開発したが、それは他の技術に投資していては連邦に勝てる兵器が生み出せなかった事を意味している。そして経済とマンパワーに勝る国がMSを運用し始めたなら、ジオンは必ず敗北する。同じ土俵で戦えないからこそ、新しい土俵を用意したのだから。
(人はより良い世界を作る為に技術を生み出した、だがその度に世界はより凄惨な時代を迎えるようになった…か)
誰が言ったかも判然としないその言葉を思い出し、彼は皮肉気に頬を歪めた。これからはMSが戦場を支配する。そして一人の人間が容易く多数を殺傷しうるそれは、戦場をかの言葉通りより凄惨なものへと変えるだろう。
「俺達は、間違えた」
虚ろな目で白い巨人を彼は見上げる。そして巨人の双眸と目が合った瞬間、今まで感じた事の無い衝撃が襲いかかり、彼の意識は永遠に失われた。
「要塞攻略用にスーパーナパームを持ってきて正解だったな」
逃げ惑う生き残りにバルカンを浴びせながら、俺はそう呟いた。基地の再利用は想定されていなかったので、効率よく制圧するために一応装備させておいたのだ。建造物に籠る歩兵は焼いてしまうのが効率的だからだ。
「アムロ軍曹、ここはもういい。そちらは友軍の護衛に戻れ。俺も掃除が終わり次第合流する」
『……』
短距離通信でそう伝えるが、アムロ軍曹は応えない。訝しんでそちらへ視線を向けると、バルカンを掃射した姿勢で固まる102号機の姿があった。
「軍曹!アムロ・レイ軍曹!聞こえているなら返事をしろ!!」
『…あっ、は、はい。聞こえています、中尉』
彼の返事を聞いて俺は少し背筋が冷えるのを感じた。アニメでは度重なる戦闘のストレス、そして様々な環境を経験した後に宇宙へ上がる事でNTへと覚醒している。一方で映画では若干早く地球でその予兆が現れているし、オリジンに至ってはMSに乗る前からジオンの悪意を察知している様な描写がある。彼のNTとしての能力は戦闘能力に直結しているためその開花は有益に思えるが、それほど単純な話ではない。何せNTは肉体を失った人間の思念を感じ取ってしまうという厄介な特性も持ち合わせているからだ。精神的に成熟していたり、あるいは人の死を簡単に割り切れる様な酷薄な人間ならば問題ないが、彼は少なくとも精神や肉体においては善良でごく普通の15歳の少年だ。同時に多感な少年が多くの死を感じ取った結果、どうなったかを俺は前世の知識として知っている。
「良し、もう一度言うぞ?後は俺がやるからお前さんは友軍と合流しろ。観測射撃が出来なくなれば、いよいよ敵のMSが出て来るかもしれん」
『はい、了解です』
「おい大丈夫なのか?調子が悪いならすぐに申告しろ」
何処か具合の悪そうな声音に、つい俺はそう聞いてしまう。戦闘中に意識の喪失でも起きてしまったら最悪の事態にだってなりかねないからだ。
『すみません、中尉。その、生身の人間を撃ったのは、初めてで…』
当然だが軍のカメラにレーティングやモザイクなんて気の利いた機能は存在しない。バルカンで歩兵を撃てば、人間のミンチが出来上がる瞬間だってしっかりと映してしまう。俺は自分の浅慮に舌打ちをしながらアムロ軍曹に話しかける。
「難しいかもしれんが、何とか割り切れ。お前はジオン兵を殺したんじゃない、敵を倒して味方の命を救ったんだ」
『はい』
「ここは戦場だ、殺さなければ殺される。そういうクソッタレな場所だ。お前があの敵兵を殺さなきゃ、代わりに味方の誰かが死んでいただろう。だからお前の行動は何も間違っちゃいない。それにだ」
『それに?なんですか?』
「あの兵隊を撃ったのはお前かもしれないが、撃てと命じたのは上官で、戦うと決めたのは軍だ。全ての責任はそっちにある。だから、その、なんだ。あまり気に病むな」
『…ありがとうございます、アレン中尉。102号機、友軍と合流します』
幾分和らいだ声音でアムロ軍曹はそう言うと、味方のいる方角へ向かって機体を移動させ始める。それを見送っていた俺は、音響センサーに妙な音が混じっている事に気が付いた。観測データが届かなくなったからだろう。ダブデの砲撃が止んだ事で、その音をセンサーは段々と鮮明に捉えだす。それがある音響データと類似しているとの警告がモニターに表示された瞬間、俺は警戒心を最大に引き上げ、同時に信号弾を打ち上げた。
「ホバー音!またあのザクか!?」
俺は慌てて友軍と合流するべく機体を反転させる。センサーは複数の機体を捉えているが正確な数は不明、つまり正確に測定出来ない数の機体が移動しているという事だ。
「だがこれで作戦は成功だ!」
MSを釣り出しさえすれば、後は第4軍が砲撃でフラックタワーを吹き飛ばす。そうなれば後は空軍が基地を石器時代に戻してお終いなのだ。ならばここからは如何に味方の損害を抑えるかが重要になる。
「勝ち戦で死ぬなんて馬鹿はさせられんからな!」
そう言って俺は機体を全速で下がらせる。知らなかったのだ。そう考えていた頃、第4軍とはとっくに通信が途絶していた事を。更にそれを成したのが未確認の新型MSである事も。
「敵MSが来るぞ!迎撃準備!!」
アレン中尉が打ち上げたであろう信号弾を確認して、ルヴェン少尉は即座に部下へと指示を飛ばした。襲撃を受ける場合、左翼に位置する自分達が真っ先に狙われると確信していたからだ。敵が馬鹿正直に正面から挑んでくることはあり得ない。ならば地形上、渡河しきった状態で襲える部隊を狙うのは当然だろう。そもそもそれを考慮して自分の隊が配置されているとルヴェンは考えていた。キャノン隊は技量こそ十分だが、機体の特性上接近戦は不得手だし、もう一つのジム隊はタンクとの混成な上にまだ隊として連携を熟している最中なのだ。ある意味この差配は必然であると言えた。
『敵機を確認!なにこれ、新型!?』
偵察用のドローンを操作していたアニタ軍曹が悲鳴じみた声を上げる。
「方位と距離!それから数は!?」
何一つ必要な情報の入っていない通信に、思わずルヴェンは叫んでしまう。MSの技量は優れていても所詮は速成、こうしたあちこちでぼろが出る。
『見えた!10時方向、距離って速ぇ!?』
アクセル軍曹の声に、ルヴェンは即座に砲口をそちらへ向ける。そこには土煙を盛大に上げながら突進してくるMSの集団があった。
「全機攻撃!撃ちまくれ!!」
トリガーを引きながらルヴェンはそう指示を出す。敵は新型のホバー機。既存の機体とは一線を画した速度でこちらへ突っ込んでくる。しかし幸いにもルヴェン達は冷静だった。昨日の戦闘でホバー機との交戦経験がある上に、その時の射撃データは既に反映されているからだ。狙い違わず彼らの放つ砲弾は敵機を捉える。だがそれだけだった。
『硬い!?』
半身を覆うような巨大な盾を構えた前衛によって、彼らの砲弾は全て防がれる。それを見て慌てたタンク隊が姿勢も整えずに主砲を放つ。コスト削減のために軽量化された機体は制御が追い付かず、砲弾は明後日の方向へと飛んでいった。
「避けろ!」
盾を構えていた前衛が僅かにその進行方向をずらすと、その後ろからバズーカを構えた機体が姿を現す。全機がルヴェンの言葉を懸命に実行しようとするが、ここで一つの問題が足を引っ張った。ガンタンクは脚部が履帯であるために、二足歩行に対し様々な面で優れている。始動時の加速も早ければ積載能力、更には走破性においてすら優越している。しかし有視界戦闘において大きな弱点を抱えていた。それは進行方向に対する予測の容易さである。通常のMSよりも遥かに簡単な進路予測はそのまま敵弾の命中率に直結する。3機の敵機から放たれた前後を挟み込むような砲撃に、タンクの1機がなすすべなく絡め取られ、盛大に吹き飛ばされた。ルヴェンは思わず舌打ちをしながら救援要請の信号弾を上げる。だが敵はこちらを無視して通り過ぎて行ってしまう。
『にゃろう、逃がすかぁ!』
アクセル軍曹がそう叫び、その場で敵の背に射撃を行う。それを見てルヴェンは自分達が窮地を全く脱していない事に気が付いてしまった。
「駄目だ、早く逃げろ!」
彼が叫んだ瞬間、至近距離に着弾したダブデの砲弾が炸裂して、彼の意識を刈り取った。