『嘘だろ!?もう見つかったのか!?』
部下のガースキー・ジノビエフ曹長の悲鳴じみた声にケン・ビーダーシュタット少尉は即座に迎撃に移ろうとした。ドムだけで構成されたこの部隊の目的は、木馬と呼ばれる連邦の艦艇を沈める事だ。その上で最大の障害に設定されているのが、今こちらへ向かっているあの白い敵MSだった。
『先に行け、ケン少尉!奴は俺達がやる!』
進路を変更しようとした彼をそう言って止めたのは、ガイア大尉だった。黒い三連星と呼ばれるジオンのエース中のエース。しかし今は2機しか居ない。聞けばチームの一人であるマッシュ中尉が奴に殺されたのだという。
「了解しました!」
木馬の位置さえ特定出来ればダブデの砲撃で仕留められる。そしてそれこそが最優先の任務だ。一切の私情を切り捨てて、ケンは機体を加速させる。発見された以上増援の可能性は否めない。一刻も早く木馬を発見する必要があった。だが、そんな彼らの前にもう一機のMSが立ち塞がる。
『避けろっ!ジェイク!!』
叫びながらガースキー曹長がジェイク・ガンス軍曹の機体に体当たりをして強引に進路を変えさせる。間一髪のところでジェイク機は被弾を免れるが、代わりにガースキー機のメインカメラが吹き飛ばされる。あと一歩遅ければ確実にジェイク機が胴を撃ち抜かれていた攻撃を見て、ケンは驚愕の声を上げる。
「こっちの動きに対応出来ている!?」
その間にも状況は加速度的に悪化する。被弾を免れていたものの姿勢を崩していたジェイク機が転倒回避の為にオートバランサーが起動してしまう。時間にして凡そ1秒、だがそれは彼の命運を決めるには十分な時間だった。
『う、うわぁぁ!?』
グレーの敵機が左腕に持っていたバズーカを躊躇なく連射し、ジェイク機が爆炎に包まれる。
「ジェイク!」
任務の為に部下を見捨てる。作戦全体から考えればそれが最も正しい選択だ。しかし、それを選べるほどケンは国家にも軍にも忠誠心を抱けていなかった。それ故に生まれた隙は彼から選択肢を奪い去った。
「ぐぁ!?」
完全に意識外からの攻撃。ロックアラートすら鳴らなかった攻撃によって、彼の機体は右足を撃ち抜かれる。急速に推力と浮力を失ったドムは、体勢を立て直す暇も与えずに転倒し、地面を何度も転がって漸く停止する。
『死にたくなければ降伏しろ、ジオンのパイロット』
メインカメラが死に、アラートまみれの薄暗いコックピットにそんな声が響く。宇宙世紀0079、10月17日、ケン・ビーダーシュタットの一年戦争は幕を閉じた。
「見つけた」
土埃を巻き上げて疾駆する“スカート付き”の一団を視界に収めたアムロ・レイ軍曹は静かにそう呟いた。敵の数は5機、別働隊の存在という言葉が脳裏を掠めるが、彼は即座に否定する。そうした意思を持って動いているのを目の前の連中以外に感じなかったからだ。ビームライフルをおもむろに構え、敵機の内1機を照準する。ロック音が鳴り響いた瞬間、こちらを認識した敵機の内2機がこちらへ進路を変えた。
「少ないっ」
当てが外れたアムロは思わずそう舌打ちをした。一瞬こちらに向けられた感情からすれば、全員が掛かってきても良さそうであったが、どうやら敵は任務を優先した様だ。だがそれならば、さっさと向かってきた2機を倒して追いかけるだけだと、彼の冷えた思考は結論を出した。何しろ、
『追いついたぞ!あっちは俺が止めておく!』
後ろから追いかけて来ていた101号機からそう通信が入る。無理だとは思わなかった。単純な操作技術や反応速度、先読みといった分野ではアムロが圧倒しているものの、101号機を操るディック・アレン中尉は信じられない程戦術に関する引き出しが多い。何しろ10回戦えば2回はアムロが負ける。そしてその2回が実戦では最初に来ない保証は何処にもないのだ。
「あいつらは違うから、アレン中尉で大丈夫だ」
死神と呼ばれるシミュレーションデータを繰り返す内に、アムロは奇妙な感覚を味わっていた。以前から度々感じていた違和感。それをより明確に、具体的に知覚出来るようになったのだ。それが人から発せられる感情やそこに付随する無意識の思考である事が解った瞬間、彼の戦闘能力は劇的に向上した。何しろ彼には敵が機体を操作するよりも先に、相手の行動が解るのだ。後は動く先に攻撃をしてやればよい。今の彼と戦いになるのは彼と同じ死神か、戦闘中の思考が滅茶苦茶なアレン中尉だけである。そして今相対している敵からは、どれからもそうしたものは感じられない。単純な技量は高いが、それだけならば中尉でも十分対応出来る。
(マッシュの仇!)
(くたばれっ!悪魔め)
憎悪を剥き出しに襲い掛かって来る敵を見て、アムロは不快気に眉を寄せた。彼等の機体の周りには、沢山の感情が渦巻いている。その多くは憎しみや怒りといった感情だ。時間が経っているせいか、一つ一つは随分と薄くなってしまっているが、それでもそれが何百何千とまとまれば生きた人間と同じくらいには濃く感じられる。
「どっちが悪魔だ」
吐き捨てる様にアムロは呟き、ビームライフルを敵機に向ける。教育型コンピューターのアシストは全てカット。ロックレーザーすら使用しない通常なら当たる筈の無いその射撃は、彼の思い描いていた通りに銃口から飛び出すと敵機のコックピットを予定通りに撃ち抜く。
『オルテガァ!この、化け物がぁ!!』
文字通りバズーカを乱射しながらもう一機の“スカート付き”が突っ込んでくる。その負の感情を全て混ぜ込んだような思いにアムロはつい叫び返した。
「人が死ぬのがそんなに許せないのに、なんで戦争なんかするんだ!」
バズーカを撃ち尽くし、ヒートサーベルを引き抜いて迫る敵機に、アムロはスラスターを噴かせて接近する。予想外の行動に動揺した敵機が僅かに遅れてサーベルを振り下ろすが、それは余りにも遅かった。コックピットにピタリと当てられたライフルの銃口が光を放ち敵機を撃ち抜く。即座に身を捻れば入力に従っただけのサーベルは空ぶりし、主を失ったMSはゆっくりと動きを止める。
(マッシュ、オルテガ…すまんっ…)
敵パイロットの残滓を振り払い、アムロは足止めをしてくれているアレン中尉へ意識を向ける。そこには今まさに敵を殺そうとしているアレン中尉の姿があった。もう決着はついている。そう気を抜いた瞬間、アムロは強い感情を見てしまう。
(俺は、こんな所で死ねないんだ!)
それは敵のMSから放たれたものだった。それを見て、思わずアムロはライフルを操作する。向けた先は敵の脚部。彼の予定通りにビームが貫き、敵機は派手に転倒し動きを止める。
(俺は、死ねないんだ…俺は)
感じられるのは誰かを案じる、そしてそんな大切な誰かを守る為に生きようとする強い意志。殺し合いの場に全く似つかわしくない感情に当てられ、アムロは咄嗟に敵兵を救ってしまった。一瞬ガンダム同士の視線が絡まり、そして転倒した敵機に止めを刺そうとしていたアレン中尉から急速に殺気が失われる。そして全軍共通の無線バンドに、彼の少し強張った声が響いた。
『死にたくなければ降伏しろ、ジオンのパイロット』
「命中!フラックタワー、機能停止を確認!!」
待ちに待った報告を受けて、ブライト・ノア特務少佐は拳を握った。ノイズの多分に混じった観測ドローンの映像には中央で黒煙を上げて動きを止める最後のフラックタワーの様子が映されている。
「航空支援要請!それから本艦も高度制限を解除!味方MS隊の直接砲撃支援を行う!」
力強く宣言すると、艦橋内には喜色を含んだ了解の返事が響いた。
「メガ粒子砲一番二番、目標敵MS群、撃てぇ!」
興奮に手を突きだしながら命ずると、それに従って空中を4本の光が奔った。岩陰に隠れていたザクが、その一撃で岩ごと吹き飛ばされる。
「いいぞ!続けろ!」
「第507戦略爆撃部隊より通信です!」
高揚してそう叫ぶブライトにマーカー曹長がそう告げる。
「繋いでくれ」
ブライトは幾分調子を整えるとそう言って受話器を取る。直ぐに若干ノイズの混じった陽気な声が届いた。
『507のアメト・ハン・スルタン大佐だ。待ちくたびれたぜ?』
「ホワイトベース隊、ブライト・ノア特務少佐です。申し訳ありません、大佐殿」
そう返すとアメト大佐は明るく笑った。
『冗談だよ、少佐。邪魔な砲台の排除感謝する。後はこちらに任せてくれ。ジオン野郎を石器時代に戻してやる』
通信が切れて数分、東の空から轟音と共にデプロッグの編隊が姿を現す。それを見てブライトは思わず呟いた。
「基地が、消える」
高度1万m超えの高空を遊弋する巨人機、1機辺り100tを超える爆弾を抱え込んだそれが100機以上の群れを成し、バイコヌール基地へと襲いかかる。最後の抵抗とばかりにダブデが対空砲を撃つが、届かずに黒煙の花を上空に咲かせただけで終わった。
そして煉獄の扉が開く。
開いた爆弾倉から次々と爆弾が投下され、地上を紅蓮の炎で染める。観測ドローン越しに送られてくるその映像を見て、ブライト達は息を呑んだ。激しい炎と黒煙に彩られた基地は瞬く間に瓦礫の山へと姿を変え、あれほど悩まされたダブデさえ、容赦なく浴びせられる爆弾に瞬く間に沈黙する。一方的で圧倒的な蹂躙は黒い巨鳥達の腹が空になるまで続けられ、彼らが通り過ぎた後には、アメト大佐の言葉通り、すべての文明を失った残骸のみが残される。
「これが、戦争か」
目の前の光景に先程までの高揚感を失ったブライトは、一言それだけ呟いた
バイコヌール攻略、終わり!