直接の殺し合いが終わっても、戦闘は片付く訳じゃない。負傷者の手当てや行方不明者の捜索、損傷した装備の回収や敵増援に対する警戒。煩雑さと言う意味なら寧ろ殺し合いの方が単純で楽なくらいだ。特に捕虜なんてとってしまった日には面倒くささが跳ね上がる。
『キリキリ歩けよ!ジオン野郎!』
基地の壊滅を見て戦意を喪失したMSのパイロットが投降してきた。まああのまま戦っても絶対に死ぬだけだからな。ある意味賢明な判断だろう。ただ、それを受け入れる第2機械化混成大隊の連中はかなり殺気立っている、無理もないが。
『アレン中尉、交替の時間です』
後ろから近付いてきたジム・コマンド、クリスチーナ・マッケンジー中尉からそう声が掛かった。俺は一度深呼吸をして気分を落ち着かせて口を開く。
「了解。後は頼みます、マッケンジー中尉」
バイコヌール基地の攻略は成功したが、その為に支払われた犠牲も相当のものだった。まず参加した第4軍の打撃艦隊は全艦撃沈。現在も懸命な救助が続けられている。機甲戦力も8割を喪失。特に指揮系統を失ったのが致命的で、統制を失った機甲師団は混乱したところを好き放題に叩かれたらしい。補給部隊などの支援部隊が生き残っていたのは不幸中の幸いだ、もし彼等までやられていたら被害は更に増えていただろう。
『固定確認!足回りのチェックからよ!』
機体をハンガーに戻すとロスマン少尉の威勢の良い声が聞こえてくる。コックピットを開放して、俺は外へ這い出す。途端に腹が鳴った。
「取り敢えず、飯だな」
負傷した際の体内汚染を避けるために戦闘の前は食事を摂らないのが一般的だ。日を跨ぐ程長期化してしまえば話は変わるが、今回位の時間だと戦闘中の配食も無く、口に入れられたのは栄養剤とスポーツドリンクくらいのものだ。緊張から解放されたこともあって、体は頻りに栄養補給を訴える。急いで食堂に向かえば、同じように交替したアムロ軍曹とカイ兵長が旺盛な食欲で皿の上の食事を詰め込んでいた。
「ちゃんと噛めよ」
「っ!?んぐっ!」
声を掛けるとアムロ軍曹は食べながら頷き、カイ兵長は驚いたのかのどに詰まらせたらしく慌てて水を飲んだ。そんな二人の横に座り、俺も受け取った飯に手をつける。パイロットは体力を使うため食事も豪勢だ。流石に戦時下のため本物の肉なんかは難しいが、合成食品でも味や質感の良いものが回される。
「今、どんな感じなんですか?中尉」
パンを適当に割って具材を挟んでいたら、人心地ついたのだろうカイ兵長がそう尋ねてきた。俺は手にしたサンドイッチもどきを頬張りながらそれに答える。
「まあ戦闘はこれで終いだろう。バイコヌールも瓦礫になっちまったからな。ジオンにしても取り返したところで宇宙港として機能しない以上、戦力を送って来る事もないだろうさ」
もっと言ってしまえば取り返したくてもユーラシア全域で反攻が行われているから余剰戦力なんて無いし、説明した通りバイコヌールは宇宙港としての機能を喪失している。どうせ時間をかけて宇宙港をもう一度整備するなら、今保有している拠点に造る方が現実的だろう。
「僕達はどうなるんでしょうか?」
「今の所次の命令は聞いてない。けどあまり楽は出来んだろうな、この作戦が前哨戦だってのは言っただろう?多分そっちに回されるんじゃないか?」
寧ろ史実的には今回の戦闘の方がイレギュラーだ。俺達の戦力が強化されている分、余計な色気が出たのかもしれない。
「その、第4小隊は…」
まあ、そういう話になるよな。
「3機ともジャブローへ送り返すみたいだぞ、共食いすれば1機くらいは戻せると思うんだが…」
全てジャブローへ送り返すらしい、整備班の連中が大騒ぎで梱包していたから多分間違いない。一緒にルヴェン少尉の亡骸もジャブローへ運ばれる筈だ。アニタ軍曹とアクセル軍曹はどうなるだろう。機体を引き揚げる旨は聞いたが人員については音沙汰がない。となればこのまま予備パイロットにするというのが現実的だろうか。
「そうなると、1小隊分戦力が低下する事になりませんか?」
「実際にはもっと深刻だよ」
補修部品の調達が最も容易だったのが彼らのジムだ。だから基本的に小規模な襲撃には彼らが対応していた。その分を他の機体で補うならば、確実に稼働率は低下する。
「シフト的にも四分の一が消えれば、任務時間は1.3倍。普通に死ねるぜ?」
レーダーに頼れない現状、索敵の中心は監視カメラと目視による捜査だ。当然長くなればなるほど集中力など維持出来なくなる。
「まあ次の補給次第だろうな」
今回の補給に装備は追いつかない筈だから、更に次の補給次第になるだろう。オデッサ作戦までに間に合ってくれると良いのだが。
「凄い戦果ね」
受け取った戦果報告を確認して、マチルダ・アジャン中尉はそう口にせずにはいられなかった。ガンダム、特にアムロ・レイ軍曹の戦果が突出しているが、それ以外も十分に異常と呼べる部類である。確かに性能面での優越はあるのだろうが、それでも2個小隊6機で大隊規模の敵と正面から戦い、まともな戦闘になるなど戦略が根底から覆されかねない能力差だ。
「ジャブローの高官が肩入れしたくなる気持ちも解りますね」
横で副長がそうマチルダの意見に同意した。現在ジャブロー内では多くのMS開発計画が立ち上がっている。元々はV作戦をレビル将軍が提唱した際に、目敏い連中がMSに付帯する利権目当てで始めた事であるが、そのV作戦そのものが戦果を挙げた事で一気に軍がそうした開発計画に資金をつぎ込んだのである。MSが有効である事は証明された、しかしどの機体が有効なのかはまだ分からない。ならば、全て開発してしまえばいい。圧倒的な工業力と資本を有するが故の選択である。更に言えば発足以来複数の企業から装備を調達していた都合上、ジオンが直面していた規格の統一や各社間での暗闘というものが概ね一掃されていたことも大きかった。下地となるV作戦の成果物たるMSの図面さえ提供してしまえば、大抵の企業が開発に着手出来たのである。この結果、ジオンが長年をかけて積み上げたMSというアドバンテージは急速に失われつつある。
だが話はそれだけでは終わらない。開発計画だけでも相応の利益を生み出すが、正式に採用され量産となれば莫大な利益が転がり込むのだ。当然それに口利きをした高官達の懐にも。結果彼らは開発した機体をこぞってホワイトベースへと送る事を画策する。何しろ今の彼らはガルマ・ザビを殺害し、反攻の狼煙を上げた英雄であり、同時に赫々たる戦果を挙げ続ける精鋭なのである。
「報告を受けて、追っ付けでアルバトロス隊も物資をもって来るとか」
「元々あそこは新型ガンダムの輸送を準備していたものね。それにしても、帰りに荷物の心配をするなんて久しぶりの経験だわ」
言いながら彼女はコンテナに積み込まれる残骸に視線を送る。
「ジオンの新型MS、それも殆ど傷無しときてますからね。技術屋の連中、涎を垂らして喜びそうです」
「そうね」
副長の誤解を彼女はあえて訂正しなかった。軍が今最も注目しているのは、ルヴェン少尉達のジムだろう。試作機や新型よりも明らかに性能の劣る機体が多くの戦果を挙げたのだ。機体の解析結果はそれこそネジ一本の摩耗具合まで貴重なデータになるだろう。
「さて、悪いけれどここは任せるわ。ブライト少佐と打ち合わせをしてくる」
「了解です」
敬礼をしてみせる副長に返礼をしながらマチルダは歩き出す。目当ての人物はそれ程かからずに見つかった。
「ブライト少佐」
ハンガー前でテム・レイ大尉と話し込んでいた青年にマチルダはそう声を掛けた。難しい顔をしていたブライト特務少佐は少し表情を和らげて口を開く。
「ああ補給感謝します、マチルダ中尉」
「いえ、任務ですから、気になさらないでください」
「任務だとしても根無し草に飛び回っている我々にとって、中尉の補給は生命線です。感謝くらいさせてください」
そう言うブライト特務少佐に向かってマチルダは一度苦笑すると、表情を戻して口を開く。
「次回以降の補給について、相談出来ればと思うのですが」
その言葉に青年も艦長の顔に変わり答えた。
「率直に申し上げれば、未だに本艦は人手不足です。特に整備班とパイロットの不足が問題です。整備班については、今回の補給で多少改善するでしょうが」
今回の補給では幾つかの開発チームから選出された整備員がホワイトベースに合流していた。恐らく現場における整備のノウハウや、開示されないであろうデータの極秘収集を目的としているのだろうが、整備員としての本分を果たしてくれるならば問題ないとマチルダは考えている。
「引き続き陳情は続けますが、どちらも現在の連邦では貴重な存在です。あまり期待はしないでください」
「機体だけ送られても話にならんのだがね?」
横で話を聞いていたレイ大尉がそう不満を口にする。実際ホワイトベースの搭載機は試作機の見本市といった状態だ。本来ならばそれぞれの機体にパイロットと専属の整備員を付けてバックアップするのが理想だろう。
「いっそのこと訓練途中でもいいからこっちにくれないか?今の状況なら荷物が運べるだけでも役に立つ」
無茶苦茶な事を言ってくるレイ大尉に思わず額を押さえそうになりながら、それ程深刻なのかとブライト特務少佐に視線を送れば、彼はマチルダから目を逸らした。どうやら本当の事らしい。
「…検討してみます。それから、MSの補給についてですが」
「アクセル軍曹達のジムの代わりですね?」
「はい、陸戦用の機体が1機。それから正規量産機のジムを1機送るとの事です。既に搭載した輸送部隊はこちらに向けて移動中とのことですから、受け渡しはここになるでしょう」
「陸戦機と正規量産機か。やれやれ、また手間が増えそうだな」
「…大尉がご希望するのでしたら、ジャブローにお連れすることも出来ますが」
マチルダはそれとなく提案してみる。レイ大尉は技術士官であり、本来ならば後方で開発に携わっている人間である。ガンダムが完成した時点で彼の手がけているプロジェクトは完結していて、その能力を手元に置きたい高官達から何度も帰還の提案が出ている。
「冗談じゃない。私が抜けたら誰がガンダムの面倒を見ると言うのかね?」
そう言ってレイ大尉は不機嫌そうに鼻を鳴らす。そしてホワイトベースを見上げてさらに続けた。
「私の造った機体に子供たちが乗って戦っている。それを放り出してジャブローに行ける程、私は大人も親も辞めていない」
投稿する気は無かったんだ。
でも、バーニィのビデオレター見ていたら…。
毎度のごとく主人公の性能盛りすぎて頭を抱えている。成長しない奴である。