今週分です。
まるで部品だな。運び込まれる機体を見ながらアクセル・ボンゴ軍曹はそんな事を考える。ルヴェン少尉が死んで一日と少し、戦闘終了と共にやってきたミデアが自分達の機体とルヴェン少尉を載せて帰っていったかと思えば、その翌朝には再びミデアが現れて新しい機体をホワイトベースへ運び込んだ。
「失礼、アクセル・ボンゴ軍曹で間違いありませんか?」
そう声を掛けられ振り返ると、温和な表情の大柄な白人男性が立っていた。
「自分はクラーク・ウィルソン少尉です。本日付けでホワイトベース隊に所属となりました」
「ん、ああ、宜しく。アクセル・ボンゴ軍曹っす」
敬礼では無く握手を求められ、アクセルは居心地の悪さを感じつつもその手を握り返した。
「自分はルヴェン・アルハーディ少尉の後任となります。よろしくお願いしますね」
そう笑顔で告げて来るクラーク少尉に対し、アクセルは露骨に顔を顰めてしまった。壊れたMSの代わりが届くように、パイロットも死ねば補充される。まるで荷物の様に運び込まれたルヴェン少尉の遺体袋が脳裏を過り、アクセルの神経を逆なでた。
「やめてくれよ、ルヴェン少尉の代わりなんていねえ」
ルヴェン少尉とアクセルの関係は取り立てて良かった訳ではない。それでもチームとして数か月も過ごせば相応に信頼関係も生まれるし、情だって移る。死んだからとすぐに取り換えられるなんて扱いを許容出来る程彼は大人ではなかった。
「…死人に引っ張られると、貴方も死にますよ」
手を掴んだまま、クラーク少尉が落ち着いた声音でそう告げてくる。思いのほか強い力で握られて身動きを封じられたアクセルはクラーク少尉の顔を見た。その表情は穏やかではあったが、目は一切笑っていなかった。
「死者を悼むのも、その死を悲しむのも後にしなさい。それよりもその死から学びなさい、彼は何故死んだのか。そして考えなさい、そうならないためにはどうすれば良かったのか」
諭すような声音に思わず睨み返すが、クラーク少尉は毛ほども表情を揺らがせずに言葉を続ける。
「出来なければ死にます。貴方が死ななくとも、間違えた貴方を救うために誰かが死ぬでしょう。私の部下になる以上、そんな事は許しません」
アクセルは言葉を発する事無く、クラーク少尉を睨み続けた。
「RGM-79A、正規量産モデルか。カタログスペックは悪くないが」
「乗ってみない事には何とも言い辛いですね。嫌な噂も聞きますし」
搬入され点検を受けている機体を見上げながら、レイ大尉の言葉に俺はそう返した。目の前のジムは連邦が初めて量産化したMSだ。その中でもこのA型は初期生産型、文字通り最初に量産されたモデルだ。機械に携わった経験のある人間なら、このフレーズだけで何となく嫌な気持ちになれるだろう。こうしたものには初期不良なんてのが付きものだからだ。本来こうしたトラブルを防ぐ為にも試作機というものが存在するのだが、なにを隠そうこのジムの試作機はガンダムである。
「うん、これは確かに乗ってみなければ解らんな」
メンテナンス用だろう説明書を確認しながら苦々しい表情でレイ大尉も同意する。当然だろう、何せこのジムは同じ設計で造られた全く別物の機体だからだ。
意味が解らないだろう。でもこれが紛れもない事実である。そもそもジムはガンダムの開発に並行して進められていた量産型MSの開発計画だ。開発段階で既に高額化が確定していたガンダムを見て、連邦軍はとてもではないが必要な数を揃えられないと確信した。結果、本来量産型ガンダムとなるはずだったジムは、調達費という壁に阻まれ大幅な設計変更が行われる。頭部形状の簡素化なんて可愛いもので、コアブロックシステムの廃止や搭載ジェネレーターの変更と挙げ始めればきりがない。そしてその極めつけは構造材の置き換えだ。ガンダムは宇宙でしか精製出来ないルナチタニウム合金を主材料としているわけだが、現在連邦軍が保有する精製所はルナツーのものだけで、大半はジャブローの備蓄を切り崩して対応していると言うのが現状だ。なんでそんなもので造ったんだと文句を言うやつもいるだろうがこれは全面的に軍が悪い。ザクに優越する運動性と防御力を両立しろなんて仕様を出されればこうもなるのである。で、当然ながら量産機にそんな希少部材が使えるはずもなく、チタンセラミック複合材に置き換えられた。問題はこの二つの物質がチタン系である以外全くの別物である点だ。MSは基本的にセミモノコック、つまり装甲にも強度部材としての役割を求める構造を採用している。だから材質が変わり、物性値が変化してしまえばそれは同じ形でも同じにはならないのだ。極端な例で言えば実車と寸分違わない原寸大プラモデルを作ったとして、同じ様に使えるかと言う話である。そんな訳でガンダムはモーションデータの参考程度しかジムに対して提供出来るものはなく、この初期生産のA型が今後製造されるジムの試作機的な立場になっている。
「多少でも時間が取れたのは幸いだな。シミュレーションだけで実戦投入などしたらどうなったことか」
「搭乗予定は4小隊のメンバーですが、一応他の連中にも乗って貰いましょう。補修部品は多目に届いていますし」
最悪今後機体を壊す度にコイツに置き換わる可能性があるんだ。全員が経験しておいて損は無い。
「あっちのガンダムモドキはどうする?」
「モドキじゃねーす。コイツはピクシーっす」
機体にくっついて点検していた整備員の一人が振り返ってそう訂正を要求してきた。確か彼女はピクシーの機付整備員として派遣されてきたナオエ・カンノ少尉だ。
「ふん、機能をそぎ取った廉価版などモドキで十分だ!」
「あ?余計なモンがごちゃごちゃくっついてて喜ぶのは小学生までっす!マシーンってのはシンプルかつ求められる機能を満足させている姿が最も美しいんす!!」
譲れない何かの為に熱い激論を交わす
「取り敢えず、武装はライフルとサーベルに交換かね?」
何の気なしに口にした言葉は、しかしカンノ少尉の逆鱗に触れた。
「あ?今なんつった?こいつにライフルを握らせるって聞こえたんだが?」
言いましたけど?
「うちじゃ火力を重視しているからな。別にコネクタが独自規格とかじゃないだろ?」
「はぁー、おま、中尉。はぁ、つっかえ!いいすか?こいつは白兵戦特化機なんすよ?」
見りゃわかるよ。そしてそんな特化機を望んでねえと言っている。だが人とは分かり合えない生き物である。彼女は上がり切ったテンションのまま俺に説明を続ける。
「圧倒的な運動性に担保された機動力を用いての強襲からの一撃がこいつの持ち味っすよ!?重たい射撃装備なんて不要!シールドも避けるから不要!肉薄するからリーチ伸ばして破壊力の低下した格闘武器だって不要!蝶の様に舞い、蜂の様に刺す!それも致命の一撃を!どうよ!?」
いや、どうよって言われても。
「射撃の邪魔だから大人しくしてろ?」
愕然とした表情になるカンノ少尉に勝ち誇ったレイ大尉がドヤ顔で追い打ちをかける。勿論眼鏡の位置を指で直しながらだ。
「愚かだな、ビームライフルという圧倒的火力優位を確立している以上それを有効活用するのは当然の事だ」
相手がこちらより多くても、火力で優勢を保てれば戦える。少数なら一方的に安全に戦える。そもそも白兵戦で敵を2機以上受け持てるなんてホワイトベースでも出来る奴の方が少ない。それに言った通り敵中になんか飛び込まれたら、誤射しないために射撃が出来なくなってしまう。どう考えてもデメリットの方が大きい。
「格闘性能の高さは魅力だから」
そう慰めるが遂にカンノ少尉は崩れ落ち、さめざめと泣き始めてしまった。いや、泣くほどか?
「行かなくて良いんですか?」
タンクの調整に立ち会っていたハヤト・コバヤシ一等兵は同じく自分の機体の調整をしていたクリスチーナ・マッケンジー中尉にそう聞いた。すると彼女は苦笑しつつ口を開いた。
「ガンダムはもう懲り懲りよ。あんなデリケートな機体に乗っていたら戦う前にノイローゼになっちゃうわ」
その言葉にハヤトはマッケンジー中尉が以前別のガンダム開発チームにいた事を思い出す。
「そう言えば中尉って別のガンダムの開発に携わってらっしゃったんですよね?どんな機体だったんです?」
ハヤトの質問にマッケンジー中尉は一度悩まし気な声で唸る。しかし直ぐに、まあいっか、と口にして語り始めた。
「私が関わっていたのはNT専用MSね。ガンダムだったのは単純に連邦軍がそれ以上のMSを持っていなかったからよ」
「ニュータイプって、あのジオンが言ってた人の革新とかなんとかいうあれですか?」
ハヤトが聞き返すとマッケンジー中尉は思い返すように虚空へ視線を送りながら答えた。
「どうかしらね、確かに普通じゃないとは思えたわ。けれどあれが人の革新、新しい姿と言われても素直に頷けないのよね」
そう言って彼女はハヤトに向き直ると逆に聞いてきた。
「例えばだけれど、アムロ軍曹やアレン中尉は戦果を挙げているわよね?あれが何倍にもなったら確かに普通じゃないと思えるでしょ?でも、話せば今と変わらない受け答えをする二人を見て、ハヤトは彼等を新しい人類と考えられる?」
その質問にハヤトは首を傾げて考える。間違いなく二人は凄い戦果を挙げているし、それが何倍にもなれば最早普通と言う方に無理があるだろう。けれどその能力が人の新しい姿であると言われても違和感を覚える。第一女性士官に見つからないよう悪い遊びに誘って来るアレン中尉のだらしない笑顔が、人類の革新なんて言葉と結びつくことをハヤトの脳は断固として拒絶していた。
「なんか、違う気がします」
「そうよね、私もそう思う。でも、確かにそうした特殊な能力を持った人はいて、両軍ともその人達の軍事利用を考えている。…亡命してきた博士によれば連邦軍の方が随分遅れているらしいけれど」
ぞっとしない話だとハヤトは思った。死神とのシミュレーション以降、アムロの戦闘能力は自分達と一線を画している。正直に言ってあんなのが大量に現れたら対応出来る気がしない。それが何であるかよりも現実的な脅威であるという事の方が戦場に身を置く彼には重要になっていた。表情を曇らせるハヤトに向かって、マッケンジー中尉は笑いながら言葉を続ける。
「まあでも、そこまで悲観する事もないわよ」
「何故ですか?」
「第一に絶対数が少ないから。アムロ軍曹でもホワイトベース隊全員が同時に戦えば倒せてしまうでしょ?そして軍全体で見れば戦力差はもっと大きくなる」
問い返すハヤトにマッケンジー中尉はそう返してくる。
「そしてもう一つ。個人として能力が突出していても、それを十分に活用できる体制を構築できなければ彼らはそこまでの脅威になり得ないから。彼らの能力を有効に使うためには特別な機体が必要になるけれど、連邦軍ですらそんな機体を大量生産するなんて不可能だわ。それらを総合すれば、出来てウチみたいに少数での特殊運用が精々になってしまうのよ」
マッケンジー中尉の説明にハヤトは自身の想像が杞憂であったと安堵して作業に戻る。だが彼は一つ思い違いをしていた。中尉は確かに大規模な部隊としての運用は困難だと言ったが、同時に小規模ならば運用できる事は否定しなかった。そして自分達が既にその様な部隊として両軍から扱われていると言うことをハヤトは知らなかった。
それはつまり、懸念するNTとの交戦という事柄については何一つ否定されていないことに彼は気がつかなかったのだった。
ジムの設定を考えた人は絶対工業系じゃないと思う。