WBクルーで一年戦争   作:Reppu

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今月分です。


41.0079/10/21

「要するにだね、収束リングと加速リングの数に依存しているわけだよ。ならば単純な話だ。増やしてしまえばいい」

 

そう話すレイ大尉と俺の前では、クラーク少尉とアニタ軍曹の乗るジムがビームスプレーガンを構えていた。

 

「単純ならなんで直ぐに変更しないんです?」

 

試射の準備が整った事を、標的を用意していたマッケンジー中尉のジム・コマンドが手を振って伝えてくる。周囲の安全を確認したクラーク少尉のジムが狙いを定めビームを放った。

 

「高度な量産体制の弊害というやつだな。大量生産を実現するためには徹底した自動化が必要だが、そのせいで製造ラインの変更が難しくなっているのだよ。後は単純に軍が求めていないのだろうな」

 

空中を突き進んだビームは5000mの位置に設置されたザクの残骸に突き刺さる。装甲を見事に貫通したそれは、大きな破孔を形成した。

 

「あくまで軍としてはビームライフルを量産したいと。まあ現場としてもそっちの方がありがたいっちゃありがたいんですがね」

 

「届けばな」

 

双眼鏡で標的を確認しながらレイ大尉はまあまあだな、などと零す。同じように射撃体勢に入ったアニタ軍曹のジムからもビームが放たれ、大きく的から逸れて虚空に消えた。それを見てレイ大尉は忌々しそうに舌打ちをした。

 

「ちっ、リングがズレているな?現地改修ではやはり限界がある」

 

「ジムの方はどうなんです?間に合いそうですか?」

 

悪態を吐くレイ大尉にそう問いかけると、手元の端末にメモをしながら口を開く。

 

「見ての通りだよ。アニタ軍曹の機体は何とか仕上げたが、クラーク少尉の方は手も付けていない」

 

マッケンジー中尉のジムコマンドを参考に機体構造に手直しを加えられたアニタ軍曹のジムはカタログスペック通りとまではいかないものの、それでもかなり動きがマシになっている。並べて見ればはっきりと解る程だ。ただ補修用に運び込まれた装甲パーツがそのままでは使えなくなってしまった分、整備性は悪化してしまった。尤もあのままでは戦闘に投入したら確実にパイロットを殺していただろうから選択肢はなかったといえる。整備員の負担増加はコラテラルダメージとして許容するしかあるまい。絶対口にはしないが。

 

「では次の戦闘には使えませんね」

 

「クラーク少尉は問題ないと言っているが?」

 

冗談じゃない。

 

「その言葉を信じて送り出して、死体袋を増やすのは御免被ります。あんな危なっかしいMSを見たら、他の連中が何をしでかすか解りません」

 

特にアクセル軍曹とアニタ軍曹が危ない。責任感は強くなったが、その分自己犠牲を顧みない行動が度々見られる。出来ればカウンセリングを受けさせたいが、精神科医なんて上等な人間はホワイトベースに乗っていない。

 

「だろうな、生きて帰ってきても機体の損傷は免れんだろう。そうなれば今度は整備員から死人が出るぞ」

 

ですよねぇ。

 

「次の作戦は別の隊で対応しますよ。自前で砲兵も確保出来ていますし、何とかなるでしょう」

 

試射を続けるジムを見ながら、俺はレイ大尉にそう告げた。

 

 

 

 

「物資集積所と守備隊の集結が最優先だ、鉱山の警備とパトロール隊は少しずつ下げろ、こちらが迎撃の準備をしていると悟られんようにな」

 

上げられてくる書類を次々と捌きながら、マ・クベ大佐は部下にそう命令を出す。バイコヌール基地の失陥は彼のスケジュールに少なくない狂いを生じさせていた。

 

(不愉快だな、無能な上司の尻拭いというのは)

 

そもそもバイコヌール基地の守備はヨーロッパ方面軍の管轄であり、戦力の差配は方面軍司令であるユーリ・ケラーネ少将に委ねられている。しかし少将は重力戦線を軽視しており、その行動も消極的で子飼いの戦力を温存する事を重視していた。人的資源に余裕がない以上無駄な消耗は避けるべきだが、消耗しない事を戦略目標とする事は愚策だと彼は断ずる。戦略的要衝を放棄して勝てる程連邦軍は甘くない。

 

「バイコヌールは完全に破壊されたのだな?」

 

「はっ、ルッグンによる偵察も実施しましたが、瓦礫の山となっています」

 

「厄介な事だな」

 

バイコヌールを落としたならば、連邦軍はユーラシア大陸から自分達を追い出すのではなく皆殺しにするのを選んだという事だ。そしてその準備は着々と進んでいる。既に西欧に展開していた部隊の大半は撤退か壊滅してしまった。その殆どは通常兵器に押し戻されていた。

 

「致命的な物量差だな」

 

地球降下当初ジオンは戦闘を優位に進めていた。敵の主力である戦闘機や戦車を一方的にMSでもって撃破した前線指揮官はMSさえあればあらゆる状況に対応できると錯覚した。無論それはある一面で正しい。単純なキルレシオを見れば通常兵器とザクですら10倍近い差が出ていたのだ。人的資源でも劣るジオンがMSに縋るのも無理はない。しかし幾らMSが量産品と嘯いても、その価格が通常兵器よりも高額である事実は変わらないし、国力の差も厳然たる事実として横たわる。10両で倒せなければ11両、それでも足りなければ更に数を用意する。誰もが思いつき、そして諦める戦法を連邦は大真面目に実行してきたのだ。それもMSという新兵器を準備しながら。

 

「甘かったという事だな」

 

亡きガイア大尉には政治家気取りと一括りにされたが、マ・クベ大佐もまた本国連中の打算によって英雄になり損ねた男である。コロニーまで落としておいて、穏当な和平からの独立などが出来ると夢想した馬鹿のおかげで停戦交渉はご破算となり、南極条約を結ぶ事となる。否、あの時点では結ばざるを得なかったと言えるだろう。あの時点で地球連邦軍は壊滅的な損害を被っていたが、壊滅していたわけではない。旧式だからと戦場に投入されなかった旧式艦艇はまだまだ残っていたし、艦隊戦では出番がないと待機していた突撃艇などは大半が無傷のままだ。そしてこれらは全て核弾頭の運用能力を有していた。

もし南極条約が結ばれなければジオン本国は今頃核に焼かれていただろう。何しろ国家を名乗っていてもジオンは虚空に浮かぶ高々数十基のコロニーを領土としているのだ。ミノフスキー粒子の存在によって防空能力が極端に制限される現状で、連邦軍に数隻の突撃艇を送りこまれただけで致命的な打撃を被ってしまう。

だが同時に強力な手段を封じるという事は、国力の勝る相手に正攻法で勝たねばならない事を意味していた。小国にとってそれは緩慢な自殺に他ならないのだが、残念ながら彼以外にこれに気づいたのはジオンでは恐らく二人だけだ。

 

「消費量から逆算すれば、現段階で可能な継戦期間は10年といったところか」

 

尤もそれはあくまで鉱物資源のみでの話である。一緒に送り出している空気や水の消費量はその比ではないし、何よりも人的資源がもっと先に枯渇してしまうだろう。既にルウム以降訓練校では速成を開始しているし、ベテランの不足から上級士官の育成もままならない状況だ。マ・クベの目からすれば、ジオン公国は完全に沈みゆく泥船だった。

 

「失礼します。大佐、ランバ・ラル大尉が帰還しました」

 

「何?全滅したのではなかったのか?」

 

「どうやら大尉のみ生き残っていたようです。…如何致しますか?」

 

副官の言葉にマ・クベは顎へ手を当て思考する。部下を失ったランバ・ラルの評価は高くない。組織として行動する彼らには一定の価値があった。しかし個人になってしまえば彼はMSに慣れた兵士という存在だ。

 

(しかし連邦のMSと交戦して生き残る技量はある。それをどう活かすか)

 

理想は部下を与えてオデッサの防衛に組み込む事だろう。任務に失敗したとはいえ、青い巨星のネームバリューは未だ健在だ。

 

「黒い三連星の穴埋めに多少はなるか」

 

ドムの増強中隊と黒い三連星の未帰還が戻ってきた隊員によって広まってしまったのは失態だったとマ・クベはため息を吐く。バイコヌールの失陥を知らないその兵士は増援を編成しない自分に対し不平も漏らしていると言う。無理もない事ではあると彼は理解している。兵士と基地司令では手に入る情報が全く違うのだ。瓦礫と化したバイコヌールを奪還するよりも遙かに優先度の高い、否断じて許容出来ない損失を被らない為の戦略に対する理解など求める方が間違っている。だが同時に不信感を持った兵士が使い物にならない事もマ・クベは良く解っていた。

 

「特務遊撃隊の本営は残っていたな?例の兵士共々そちらの指揮下に組み込む。再編が済み次第、北部の防衛に回せ」

 

手早く報告書を処理しながら、マ・クベは副官にそう指示をした。西ヨーロッパに展開していた部隊を吸収している西部方面の戦力には比較的余裕があるが、北部の守りは心許ないと言うのが現状だったからだ。これは事前情報で北部から侵攻してくる連邦第4軍がMSを保有していない事が解っていたからだった。故に黒い三連星とドム一個中隊を投入すれば、現在担当している部隊で十分に防衛可能であるというのが当初の想定だったのだ。

 

(…しかし単独では無いにしろ、ドムとバイコヌール守備隊を撃破できる戦力か)

 

MSによる遊撃の有効性を理解しているからこそ、その部隊を連邦の言うオデッサ作戦に参加させてはならないと考える。

 

「手を打っておくか」

 

通信機を操作し、彼は友人へと連絡を取る。

 

「ふふ、何も直接戦うだけが戦争ではないのだよ」

 

マ・クベはそう不敵に笑った。

 

 

 

 

「成る程、君の言葉にも一理あるな、エルラン君」

 

昼行灯という単語に相応しい態度で机に座るレビル大将を見ながら、エルラン中将は熱弁を振るう。

 

「例の隊は本来作戦に組み込まれていない部隊です。その上非常に強力ときている。これを有効活用しない手はありますまい」

 

「その方法がこの遊撃任務かね」

 

「はい、彼らがオデッサ作戦に参加するならば、協同出来るのはインド方面の第2軍かロシア方面の第4軍です。ですがこの部隊はどちらもMSを保有しておりません」

 

唯一そう言い張っていた機械化混成部隊は、先のバイコヌール基地攻略で損耗、再編中である。

 

「ペガサス級を母艦とする彼らと歩調を合わせるのは些か厳しい陣容です。そして逆に合わせればホワイトベース隊の機動力を無駄にする事になります。それは惜しい」

 

故に、とエルランは持論を展開する。齟齬が出るならば無理に組ませるよりも長所を活かして運用した方が良い。

 

「バクー攻略後はそのままアナトリア半島へ西進させ、同地域へ敵戦力を引き付けさせます。連中としても地中海への逃げ道を塞がれる訳にはいきますまい」

 

「そこまで食いつくかな、バイコヌールも捨てた連中だよ?」

 

「報告を読みましたが、決して見捨てた訳ではないでしょう。事実例の新型MSを中隊規模で投入し、第4軍の部隊は退けています。ジオンにしてみれば、ホワイトベース隊の活躍が想定外過ぎたと考えるべきかと。そしてその部隊が後方を遮断にかかっているとなれば無視は出来ますまい」

 

エルランの言葉にレビル将軍は暫し目を瞑った。そして小さく息を吐き出すと口を開いた。

 

「宜しい。君がそこまで言うのなら、そうしてみようか」




明けましておめでとうございます。
今年もまったりやっていくのでどうぞよろしくお願いいたします。

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