「第2軍から歩兵と輸送部隊を抽出し随行させましょう。それからコーウェン准将から戦力派遣の申請が来ております」
「コーウェン君もやる気だね。しかしこれ以上となるとホワイトベースが受け入れきれんだろう?」
「改良型のミデアも追加で送るつもりのようですね。准将のグループからはホワイトベースに戦力を送り込めていませんから必死なのでしょう」
レビル派と呼ばれる派閥内においても権力争いは存在する。それは今次大戦においてどれだけ軍に貢献できたかが重要になり、今最も利回りの良い投資先がホワイトベース隊だった。
「第2軍は君の裁量で抽出してくれて良い。しかしジオンも思い切った事をする」
「敢えて降伏することでこちらの進撃を鈍らせるとは。正に亡国の足掻きですな」
鼻を鳴らしてエルラン中将は敵を嘲った。降伏してきた兵士の多くはろくな技術を持たない歩兵ばかりだったからだ。
「…そこまでやる気があるのなら、コーウェン准将の隊にはホワイトベース隊の代役をさせてはどうでしょう?」
「ふむ?」
「当初の想定ではホワイトベース隊をアナトリア半島に送ることでオデッサの戦力を誘引出来ると考えました。しかしジオンは明らかにかの部隊が戦線に投入されることを忌避しています。であるならば、彼らを作戦に参加させれば敵に新たな正面を強いることが出来ます」
中東を経由する第2軍は元々陸上打撃戦力の少ない軍だった。担当する大部分が海岸に面していることから、航空戦力と海上戦力で打撃力が賄えたからである。この為オデッサ攻略に投入できる戦力は他方面に比べ見劣りし、助攻という位置付けだった。
「進軍速度の問題はどうする?」
「私の認識不足でした。戦力の誘引が期待できず、一々捕虜の処理をしていては折角の機動力を殺されたも同然です。ならば次善の行動を取るべきと愚考いたします」
「随分と積極的だね、エルラン君。君はこの作戦にあまり乗り気ではなかったように思えたのだが?」
そうレビルが問いかけるとエルラン中将は肩をすくめた。
「率直に申し上げれば今でも反対です。ユーラシア全域における反攻作戦と言えば聞こえは良いですが、十分に準備が整ったとは言い難い。何しろ連邦軍の総大将である貴方が前線で指揮を執らねばならぬような状況です、これは博打に近い作戦です」
「耳が痛いな」
「ですがやると決まった以上、最善を尽くすのが軍人の務めであるとも理解しております」
相応に筋の通った物言いにレビルは小さく息を吐き応じる。
「そう言う事ならば構わない。あの部隊の差配は君に任せよう」
「成程、では件の部隊はオデッサに現れると?」
「はい、南コーカサス方面の第2軍と合流し進軍します。他の戦力は通常の機甲戦力となりますから、脅威は彼らだけでしょう」
臆面もなく告げて来る目の前の人物に、マ・クベは自身の頬が皮肉に歪むのを抑えることが出来なかった。バイコヌールが陥落した事で、長大な回廊地帯の防衛からは解放されたものの、その一方で残存した戦力に対し、兵站能力が明らかに不足していた。結果としてオデッサでは賄いきれない人員を切り捨てねばならない事態に陥っている。こうした余剰人員を宇宙へ戻してしまうと言う案も出たが、地球で歩兵をやっているような人員では宇宙でも使い物にならない事は明白であったし、何より大規模な人員の移動となれば地上からの撤退と誤解する者も出てくるだろう。そうなれば残留する兵士の士気が著しく低下する事は想像に難くない。そして現状を支えるだけでも精一杯というオデッサにこれ以上戦闘正面を抱えるだけの力は残っていなかった。
「成程、それは朗報ですな。しかし、私としてはもう少し耳心地の良い話が聞きたいのだが?」
「我々も苦労しているのです、特に上司などはその行動を疑われております。正直この様にお会いすることすら大きな危険を伴っているのですよ」
「わかっていると思うが、万一の場合は最終手段に訴えるよう私も指示されている。お互い人類絶滅の引き金を引く愚か者にはなりたくないだろう?」
マ・クベの恫喝に目の前の男は笑いながら応じる。
「勿論ですとも。この作戦で貴方達は勝利し、レビルは死ぬ。そして私の上司が総司令の座に就けばこの戦争も終わる。その筋書きは変わりませんよ」
そう言うと男は席を立つ。
「次にお会いする時は、朗報をお伝えできるよう努力します。それでは」
胡散臭い笑みを浮かべて席を立つ男を黙ってマ・クベは見送る。同時に手元の端末を操作し、副官を呼び出した。
「アフリカに送る予定だったギャロップがあったな?あれの到着は遅れる」
既に到着し、点検作業を受けている装備が遅れると聞いて副官は怪訝な表情になる。しかしマ・クベの中では全て話がまとまっている。副官に対し説明不足であったと考えた彼は、その理由を述べた。
「例の木馬が東部防衛線に侵攻してくる可能性が極めて高い。少しでも防衛戦力が必要だ、足止め用の歩兵も全て第三防衛線まで後退させろ」
「しかし、それでは基地の物資が持ちません」
西ヨーロッパを奪還されたことで、ジオンの地球方面軍は各地で孤立の様相を呈していた。未だそれぞれの地域に相応の戦力が残存しているために致命的な破綻は起こしていないが、既に各拠点間の戦力や物資の融通には支障をきたしている。辛うじてヨーロッパとアフリカが繋がっているが、どちらも基本的には資源採掘を目的とした地域であり、補給の多くは本国に依存している。
「だからアフリカへ送る物資を一時的に使用させて貰う。どちらにせよ地中海の制海権が怪しい状況では輸送しても連邦に拿捕されるのが関の山だ。喫緊のものについては直送させる」
アフリカにも宇宙港は存在したのだが、大戦初期の段階で破壊された後復旧出来ていない。これは宇宙港がモガディシュとリーブルビルに存在したため、復旧しようにも連邦海軍からの襲撃に対応しきれないからである。結果支配地域の内陸部に建設を進めてはいるものの、稼働までにはまだ時間を要する状況だった。これまではバイコヌールを擁するヨーロッパがアフリカ方面の物資についても受領し送っていたのだが。
「承知しました」
「本国連中の嫌味は覚悟せねばならんな」
言いながら彼は机に置かれた青磁を愛でる。直接投下用の輸送ポッドは基本的に使い捨てだ。それでいて大気圏に突入させる都合上それなりの値段がする。輸送コストの高騰は避けられない問題だ。宇宙港が稼働していればHLVによる輸送が出来たと彼は悔やむが、それも難しい話だった。アフリカでは連邦軍が粘り強く抵抗していてそれらに対応するだけでも手一杯だったからだ。そんな消耗戦を続けながら宇宙港を一から建設できるほどジオンの兵站は厚くない。
「所詮、小国が大国に勝つなどというのは、夢物語に過ぎないか」
誰にともなく彼は呟いた。
朝令暮改。俺は新たに下った命令を聞いてため息を吐く。説明するマチルダ中尉もはっきり言って居心地が悪そうだ。無理もないだろう。遊撃に回れと言ってみたり、かと思えばいきなり戦列に加われと変更してくる。史実の様に勝手にしろというのも困りものだが、振り回されるのもキツイものがある。
「では、第2軍の攻略部隊に合流し、オデッサを目指すのですね?」
「集結地はトビリシになります。ホワイトベース隊には先行し同地点の確保、維持をお願いします」
いやいやいや。
「我々は多少武装した空母とその艦載機のみですよ?しかもその機体は寄せ集めと来ている。基地の襲撃はともかく、維持防衛は難しい」
戦闘は防衛側が有利と言われるのは、防御陣地が機能していることが前提だ。攻略した基地なんて即座に使えるものじゃないし、ホワイトベースには基地を復旧させるだけの人員も居ない。という事は単純に機動力を削がれた状態で敵と交戦しなければならなくなると言う事だ。
「ホワイトベース隊は攻撃こそ得意としていますが、それはホワイトベースの機動力とMSの火力によるものです。防衛となるとその半分を失うことになる。簡単な話ではありません」
「はい、ですからホワイトベース隊には積極的な攻撃による集結地点防衛を行って貰います」
おっとぉ、なんかすげえ不穏な事を言い出しやがりましたよ?そう言ってマチルダ中尉は脇に抱えていた端末を差し出してくる。そこには今回の補給に関してのデータが記載されていたのだが。
「ジャブローにて開発されました航空支援ユニット。この機体を用いてMSを高速展開する事でRX-78による機動防御を行います」
どう見てもGファイターだこれ。
「併せて以前から要求されていました整備班の増員も行います。…パイロットについては残念ながらこれまで通りです」
現状パイロットは何処でも不足中だ。逆に言えばそれだけMSが各戦線に供給されていると言う事だから、軍全体からすれば嬉しい悲鳴と言えるだろう。
「では、そちらがこの支援ユニットのパイロットですか?」
マチルダ中尉の後ろで居心地悪そうにしている少女へ水を向ける。すると弾かれたバネの様に背筋を伸ばし、彼女は口を開いた。
「え、エリス・クロード曹長であります!エース部隊であるホワイトベース隊に配属され、光栄です!」
うん、めっちゃ緊張してるな。
「ホワイトベース隊のMS隊長を務めているディック・アレン中尉だ。よろしく頼む」
「は、はいっ!」
こりゃ重症だな。そんな事を考えながら情報を共有した個人端末を操作しエリス曹長のプロフィールを確認する。エリス・クロード、18歳。空軍の訓練生だったが、急にジャブローへ異動、その後Gファイターのパイロットに選抜されている。問題はジャブローでの経歴が嘘まみれな事だろう。確認する様にマチルダ中尉に視線を向ければ、曖昧な笑みを返される。これで確定だな、畜生め。
「問題が無ければエリス曹長を隊の連中に紹介したいのですが」
「ああ、後は補給に関してだからな。俺とレイ大尉が居れば大丈夫だろう」
俺の態度に察してくれたブライト特務少佐がそう答えてくれる。
「有難うございます。エリス曹長、こっちだ」
そう言って俺は彼女を伴って艦橋を出る。エレベーターを操作して二人だけで乗り込むと、暫くしたところでパネルを操作する。エレベーターは途中で停止、直ぐに俺は点検パネルを開いてカメラとマイクのコネクタを抜いた。そうして簡易な密室を作り出すと、表情を強張らせているエリス曹長に向き直る。俺と目が合った瞬間彼女は小さく悲鳴を上げる。無理もない事だが正直ちょっと傷付いた。
「エリス曹長、少し質問させて欲しい。君はGファイターのパイロットとの事だが、実機の飛行時間は?」
「ぷ、プロフィール通りです」
嘘だね。
「定期便のあるジャブロー上空で200時間も?それは優秀だな、具体的なフライトプランを聞いてもいいか?」
「……」
言えないよな。
「これも聞いておいた方がいいか?今、君は何歳だ?」
「っ!」
俺の質問に彼女は思わず息を呑む。渡された彼女のプロフィールは嘘だらけだ。そしてこんな経歴を準備される人間を俺は知っている。
「エリス・クロード曹長。君はニュータイプ研出身者だな?」
カワイイパイロットをどんどん増やして、これはハーレム部隊ですよ間違いない(イイ笑顔