ニュータイプ研究所。連邦軍側の組織として有名になるのは戦後からグリプス戦役の辺りであるが、一年戦争以前から、連邦側でもそうした研究は進められていた。尤も本気で運用を考えていたジオンに比べれば規模も研究の進捗も劣ったものだったが、それでも研究は行われていて、それなりの数の被験者も居る。何故そんな事を知っているかと言えば、俺も多少関りがあるからだ。死にたくなかった俺は入隊以前から積極的に行動していたし、軍に入ってからも自重などしていなかった。幸か不幸かは知れないが、俺の脳味噌は典型的なオールドタイプであったために放り出されたが、そうした組織が存在していて現在進行形で研究が進められているという事は知っている。俺の質問にエリス・クロード曹長は顔を青くする。うん、情報漏洩の問題からこんな手段を取ってしまったが、冷静に考えれば年嵩の男に密室で問い詰められれば身の危険を感じても不思議では無いな。
「一応言っておきたいが、これは指揮する部下についてちゃんと把握しておきたいからだ。後はどうせ本来のプロフィールは機密扱いだろう?だから記録に残らないようにした」
そう言って機能を俺に奪われたマイクを指さす。すると彼女は強張った声音で口を開いた。
「あの、中尉は研究所の事を?」
「知ってはいる程度だな。俺もテストを受けていてね、まあ違ったんだが」
本当はもう少しだけ関係があるが、それは今重要でないから省く。そして今の返事から間違いなく彼女がニタ研関係者だと解った。
「あそこの出身なら、技量は問題ないんだろう。だが、実戦での経験の有無は大きい。特に航空機はな。それで曹長、本当の飛行時間は?」
「に…」
「2?」
「20、時間、です」
とんでもない時間を告げられて、俺は眩暈を覚えた。20ってなんだ、20って。
「あ、あの、シミュレーターなら300時間を超えています!」
宇宙世紀のシミュレーターは優秀だから、ほぼ現実と変わらない環境を整えてくれる。変化に乏しい宇宙が主任務の宇宙軍なんかはシミュレーターの訓練時間が殆ど実機の飛行時間と同等に換算されるくらいだ。しかしやはりミスをすれば本当に死ぬかどうかという違いは、双方の間に越えられない壁を作っているのだ。
「解った。因みにアレ以外の搭乗経験は?」
「シミュレーターならガンダムとキャノン、それからジムがあります。実機ではジムに10時間程」
うん、こいつはヤベェな。あれか、ニュータイプが実戦でどの程度使えるかの生贄か?微塵も良い未来が想像出来ねえ。
「当面は俺と組んでGファイターの実戦訓練だな」
俺はそうため息を吐いてカメラを繋げ直す。そこでふと思い出して謝罪を口にした。
「悪かったな、怖がらせて。後は何か言っておきたいことはあるか?」
「えぇと、その。年齢の事なんですけど…」
ん?
「ああ、女性に年齢を聞くのはマナー違反だったな。すまない。まあウチの連中も大概若いのばかりだからあまり気にするな」
そうフォローを入れたつもりなのだが、彼女は気まず気に目を逸らして俯いた。おい止めろよ、不安になるじゃないか。
「その、そちらも実は違いまして…」
マイクのコネクタを差し直す手を止め、無言で言葉を待つ。すると小さな声でしかしはっきりと彼女は言った。
「本当は16なんです。すみません」
拝啓レビル将軍。ホワイトベースはハイスクールではありません。子供を戦場に送らないで下さい。壁に頭を打ち付けたくなる衝動を堪えつつ、俺はエリス曹長に笑って見せる。
「まあ2才なら誤魔化せるだろうさ。うちの連中は気のいい奴らだからな、そう畏まらなくていいぞ」
マイクを繋げ再びパネルを操作すると、エレベーターはゆっくりと動き出す。そして目的の階層に着き扉が開くと、そこには険しい表情のマッケンジー中尉と道端に落ちた汚物を見る目でこちらを見るテイラー曹長とセイラ一等兵の姿があった。これはあれだな、完全に誤解されている奴だな?
「ちゃうねん」
「言い訳は懲罰房で存分にしていいわよ、壁にね」
弁明の余地は無かった。その後懲罰房に1時間ほど入っている間にエリス曹長の必死の弁護により俺は無事釈放されたが、暫く新人をエレベーターに閉じ込めた鬼畜隊長というレッテルがホワイトベース中に広まったことを記録しておく。
「…えっと、これは?」
無事自己紹介を済ませたエリス曹長を交えて、俺達は会議室で目の前のモニターに映された内容に困惑していた。正確に言えば俺とエリスを除く全員と言うべきか。
「航空MS支援システム、通称Gファイター。MS、厳密に言えばガンダムの行動範囲拡大と機動性の向上を目的とした支援機だな」
端末を操作して画面を切り替える。
「Gファイター1機につき1機のMSを運搬可能、方法は見ての通りMSに上下からドッキングして運搬する」
美麗なCGのGファイターが玩具の様に前後に開くと、そこに現れたガンダムを呑み込む。何となく、てってれーと口ずさみたくなる映像だった。
「この形態をGアーマーと呼称する。中々アクロバティックな設計だな」
ドッキングの方式とノウハウ自体はガンダムの段階で確立している。そう、ガンダムの空中合体だ。態々Aパーツ側に補助ロケットを装備してまでこの方式を採用するところに技術者の執念というか寧ろ馬鹿さを感じる。技術屋は実績のある方法に弱いから仕方ないとは思うが。
「空中で投下されるのに上向きなんですか?」
それな。
「出撃時の搭乗方向からしてこうするしかなかったんだろう。下向きで運搬されるとか割と地獄だろうしな」
因みにサポート機扱いだが、Gファイターは立派な戦闘機だ。偏向ノズルを擁し、主翼を二次元ながら稼働可能な本機はその航空機という概念に正面からケンカを売っているような形状に反して高い機動性を確保しており、搭載されている連装メガ粒子砲はガンダムのビームライフルを超える威力を誇る。因みにバレルもスナイパーライフル並みに長いため弾速も速い。ぶっちゃけ大気圏内限定ならこいつの方がMSより強いまである。
「普通にMSはガンペリーで運んで、Gファイターに直掩やらせた方が良くないっすか?」
これまた間違えたダイエットをしたサンダーバード2号みたいなデザインのくせにガンペリーはマッハ1.3で飛行可能な上、MSを2機搭載出来る。積み込むのも態々ドッキングする必要なんぞないから手間も無い。だがそんな正論は上層部からの指示の前には無力なのだ。
「少なくとも今回の一回は想定した運用で使ってやる必要がある。どうも上は俺達に実戦での運用試験をやらせたいみたいだからな」
迷惑だから死ぬほど止めてほしい。
「ねえ、これ他にも色々モードがあるみたいだけど?」
端末を操作しながら、マッケンジー中尉が眉を寄せる。恐らく空中ドッキング&
「あれは忘れて良い」
ガンタンクがあるのにGブルなるどう考えても弱点を正面に晒した形態を取る意味が解らんし、ガンダムのBパーツというデッドウェイトを態々仕込んだ上に、武装がミサイルのみになるGスカイを運用する意味も見いだせない。MA形態なる仕様もあるが、そもそも高速戦闘で接近してビームサーベルを振るとかいう状況になるくらいなら最初からGファイターでメガ粒子砲を撃っていろというやつである。
しかもどの形態も各パーツを分離して使うから戦力的に増えていない。寧ろ火力がAパーツ側に集中している分低下しているまである。そんな事をする位ならそれぞれMSと戦闘機で運用した方が遥かに効率が良い。
「そもそもこれはガンダムじゃないと出来ない構成ですね。最高戦力を態々機能低下させて使うのはナンセンスでしょう」
アムロ軍曹も俺もMSパイロットであって戦闘機や戦車は専門外だからな。クラーク少尉の言葉は正しい。まあしかしだ。
「やれと言われたらやらにゃならんのが軍人だからな。次のトリビシ攻略で俺がエリス曹長と試す。1小隊、アムロ軍曹はマッケンジー中尉の指揮下に入れ」
「了解です」
「攻略後は直ぐに第2軍の先遣隊が合流する予定だが、内訳は61式と歩兵部隊だ。はっきり言って戦力と言うよりは護衛対象だな。なので基地には常時2小隊を張り付ける。第2小隊と第4小隊だ、それからハヤトのガンタンクもだな。可能な限り索敵用の施設は傷付けんつもりだが、敵に破壊される可能性もある。原則タンクとホワイトベースの索敵能力を前提に行動するように」
前回の補給物資の中に紛れ込んでいたホバートラックは、レイ大尉率いる整備班部隊によって無残な姿にされて現在はガンタンクにそのパーツを組み込まれた。ハヤトは操縦をこなしながら索敵や通信の中継といった電子戦に対応している。アムロやカイの戦果に隠れがちではあるが、彼はアニタ軍曹と並んでMS隊の目と耳を司る重要な役割を担っているのだ。
「それからエリス曹長が加わったことでホワイトベースは定数を満たした事になる。今後機体の補充はあるだろうが、パイロットはこのメンバーで固定される。ハヤト一等兵は正式に第5小隊に組み込み、エリス曹長は第1小隊に入ってもらう」
俺の言葉に全員が頷く。
「既に我々は戦力として上層部の勘定に入れられている。つまり今後は様々な作戦に投入されるだろう。今回はその始まりだと俺は考える」
そんな推察に何人かは顔を顰めた。当然だ、何しろ俺達は試験部隊ですらない寄せ集めだったのだ。
「だが忘れるな、俺達の目的は生きてジャブローへたどり着くことだ。たどり着けずに逝っちまいやがった連中の死を無意味にしないためにも、俺達は絶対にたどり着かなければならない。だから、敵を倒すために命を懸けるなんて馬鹿はするな。生き延びる為に敵を倒せ」
詭弁だと思いながら俺は言葉を続けた。
「ジャブローで待っているチビ共にお前らの最後を教えるなんざ、俺はまっぴら御免だからな。だからどんな任務でも絶対に生き延びる気で戦えよ」