WBクルーで一年戦争   作:Reppu

49 / 152
49.0079/11/06

「艦長、友軍機が着艦許可を求めています」

 

日が暮れて戦場は小康状態になった。ミノフスキー粒子が溺れる程散布された戦場で、夜間に陣地攻略など自殺行為に等しい。尤も連邦軍はジオンを休ませる気など毛頭無く、夜陰に紛れて進出してきたデプロッグがそこかしこに爆弾をばら撒いている。その様子をモニターで確認しながらブライト・ノア特務少佐は報告してきた少女に訝しげな視線を送ってしまう。

 

「友軍機?機種は解るか?」

 

「えぇと、はい。ドラゴンフライ連絡機です」

 

「後部デッキに誘導してくれ」

 

疲労した頭で何とかそう伝える。そしてこの状況でやってくるのは間違いなく厄介ごとだろうと推察し、彼は胃が重くなるのを感じた。昼間の戦闘でホワイトベース隊は手酷い損害を受けている。そのため左右の格納庫は修羅場になっていた。アニタ軍曹のジムは損傷が酷く、廃棄も検討されている程だ。そして大きな問題が101号機だった。辛うじて大破していないといった具合の損傷に加えパイロットが負傷し、現在も意識不明になっている。副隊長であるマッケンジー中尉が指揮を引き継いだものの、部隊への理解度の差が浮き彫りになる内容だった。結果全体的な動きに小さな齟齬が生じ、全体的に疲労を増やす結果となってしまっている。尤も彼女だけのせいではなく、戦力の半数が損傷しているにもかかわらず前線に張り付けられた故に出た無理が大きいのだが。ブライト自身も普段より頻繁に告げられるMS隊の損傷や支援要請にすっかり疲弊してしまっていたが、艦長の任務を放り出す訳にもいかず溜息と共に立ち上がる。

 

「ワッツ中尉、少し頼む」

 

ドラゴンフライで態々出向いてくるというのは、恐らくレビル将軍の本隊からの連絡だろう。第2軍ならば通信で事足りるし、第4軍からは連絡機が来る理由がない。ならばホワイトベース隊の最高指揮官になる彼が対応しない訳にはいかないと考えたのだ。そしてその推察は正しかった。

 

「レビル将軍本隊より参りました、ジュダック中尉であります。ブライト・ノア特務少佐であらせられますか?」

 

中肉中背で色黒の中尉はそう名乗ると綺麗な敬礼をする。答礼しつつブライトは口を開いた。

 

「はい、私がそうです。ジュダック中尉、いったいこれはどのような?」

 

「はっ、副司令であられるエルラン中将より特別任務の指示書をお持ちしました」

 

特別任務の言葉に、ブライトは胃のあたりに締め付けられるような痛みを覚えた。

 

「…わかりました、こちらへ」

 

言いながら彼は素早く指示を出し、マッケンジー中尉とレイ大尉を呼び出す。ブリーフィングルームに入ると暫くしてマッケンジー中尉とロスマン少尉が現れた。

 

「申し訳ありません、艦長。レイ大尉は手が離せない状況です」

 

疲労を色濃く見せるロスマン少尉がそう謝ってくる。それを見ているにもかかわらず、ジュダック中尉は平然と口を開いた。

 

「では作戦内容をご説明しても宜しいでしょうか?」

 

その無神経な態度に腹を立てるが、ブライトは出かけた不平を呑み込む。所詮目の前の中尉は連絡員であり、彼に感情をぶつけたところで事態は何も変わらないからだ。

 

「エルラン中将が派遣しておりましたスパイより大変な情報がもたらされました」

 

そう言って彼は手慣れた様子で機材を操作し、モニターに持ってきた情報を映す。

 

「クリミア半島西部の丘陵地帯に、旧世紀のミサイル基地があったのですが、ジオンはこれを整備、再運用しているのです」

 

その言葉にブライトは顔をしかめる。旧ロシア領には過去の防空用から敵基地攻撃用まで様々なミサイル基地が放置されていた。勿論ミサイルそのものは撤去されているが。

 

「問題はこの基地が、大陸間弾道弾用の施設であることです。既にミサイルも運び込まれ、準備は整っているとのこと」

 

「我々にこの基地を攻撃しろと?」

 

苦々しく思う反面、ブライトは自分達のような部隊でなければこの基地の攻略が難しいであろうことも想像がついた。何しろ位置的には敵地の中央であり、周囲は海に囲まれている。その黒海は未だジオンの勢力下であり、連中の本丸であるオデッサの防空圏内だ。ホワイトベース隊と同様の遊撃部隊が幾つか作戦に参加しているものの、どの隊もミデアを母艦としているから、これを突破して基地を強襲するのは難しい。

 

「目標は基地の破壊、そして水爆の奪取ないし破壊です」

 

「…なんですって?水爆!?」

 

「核兵器の使用は条約違反ですよ!?」

 

思わず出たブライトの言葉を補強するように、マッケンジー中尉も悲鳴のような声音でそう口にする。しかしそれを告げたジュダック中尉は表情を毛ほども揺るがせずに淡々と告げてくる。

 

「ですがこの基地に水爆が運び込まれたとの報告をスパイから受けております。そして連中はコロニーを地球に落とすような輩です。追い詰められれば使用を躊躇う事はないでしょう」

 

感情のこもらないジュダック中尉の声は、実害を被った側の人間に重くのしかかる。何故ならそれを否定するだけの材料をブライト達は何一つ持ち合わせていないからだ。

 

「その、宜しいでしょうか?」

 

「なんだろう、ロスマン少尉」

 

ここまで話を黙って聞いていたロスマン少尉が困った顔でそう口を挟んでくる。

 

「現在ホワイトベースの搭載機は半数が修理中です。作戦を実施する場合、戦力は2個小隊が限界です」

 

「付け加えるなら、そのうち3機は支援機のキャノンね」

 

実のところキャノンの格闘性能はそれほど悪くはない。特にジョブ曹長が使用している無改造の201号機はガンダムからのフィードバックもあり、十分当てにできる能力を持っていた。そうした背景がありながらマッケンジー中尉が支援機であることを強調したのは、なんとか支援を引き出せないかと考えたからだろう。

 

「ほかの遊撃隊を回してもらうわけにはいかないのかしら?」

 

独立混成機械化部隊の幾つかがアナトリア半島で活動しているのは知らされていた。何しろ本来はホワイトベース隊が請け負うはずだった任務だからだ。だがその提案にジュダック中尉は残念そうに首を振る。

 

「残念ながら、時間が足りません。明日の朝、本隊はオデッサに向けて総攻撃を行います。それまでに水爆を無力化しなければなりません」

 

その言葉にブライトは自身の顔が引きつるのを感じた。総攻撃に間に合わせる。つまりは今夜中に襲撃を行えと命じてきたからだ。

 

「パイロットも疲弊しています。我々だけでは荷が勝ちすぎるかと」

 

「ブライト特務少佐」

 

そうブライトが口にするとジュダック中尉は大きくため息をつき、ねめつける様にブライトをみながら口を開く。

 

「勘違いなさいませんよう願います。私は貴方達にお願いをしているのではありません。命令を伝えているのです」

 

その言葉にマッケンジー中尉は額に手をやり、ブライトは思わず拳を握った。

 

「了解しました。しかし、上手くいく保証など出来ません事をお伝えください」

 

声を震えさせることなくそう口にすることが、今のブライトには酷く困難な事だった。

 

 

 

 

「この作戦が歴史を作る事になる。諸君の奮戦を期待する」

 

マ・クベの言葉を受けながら、ドダイに乗ったグフの部隊が次々と漆黒の夜空へと舞い上がっていく。それをモニターで見送りながら、マ・クベは苦々しい表情で口を開いた。

 

「損耗率が想定よりも10%近く多い」

 

兵士達は良く戦っている。しかしジオン軍はその設立から現在に至るまで攻撃のイニシアチブをとることで戦争を有利に進めてきていたために、防衛に関する経験がどうしても不足していた。それを加味した上で入念な陣地構築を行ったマ・クベであったが、それを扱う兵士の練度までは手が回らなかった。

 

「これ以上引き延ばせば、ジオンは負ける」

 

不確定要素が多い状況にマ・クベは苛立つのを抑えることができなかった。しかしエルランからもたらされた明朝の総攻撃という情報を前には動かざるを得ない。指揮系統が維持されたままでは、物量で押し切られるのは既に明白だったからだ。

 

「だが、この一手さえ成れば」

 

レビル大将は総大将にして主戦派の支柱とも言うべき人物だ。彼の殺害に成功すれば、その意味は一指揮官を打ち取ったに留まらない意味を持つ。それこそザビ家の末弟など比べ物にならない動揺を連邦軍に引き起こせるだろう。

 

「惜しい人物ではあるのだがな」

 

レビル将軍は比較的宇宙移民に対し穏健な人物であったし、移民推進派でもあった。個人としてはスペースノイドにとって友誼を持ちたいと思える人物である。しかし彼は連邦軍人であり、公的に見ればスペースノイドを押さえつける連邦の顔であった。そして何よりもレビルは軍人としてしか生きられない人間でもあった。故にマ・クベは彼を殺す以外の選択肢を持ち得ない。

 

「大佐、ジュダック中尉がお見えです」

 

「お通ししろ」

 

思考が逸れ掛けたところで副官がそう告げてきた。即座に身だしなみを整え彼は返事をする。すると僅かに間をおいてドアが開き、ジオンの制服に袖を通したジュダック中尉が入室してきた。

 

「この様な最中にご苦労ですな。如何なされたのかな?」

 

ジュダックはエルラン子飼いの部下であり、マ・クベとの連絡員である。

 

「早急にお伝えしなければならないことが。我々の関係が露見したやもしれません」

 

「何?」

 

「昨日までレビルはバターン号とモルトケ号を交互に行き来しておりましたが、今夜はモルトケ号に留まるようです」

 

「それが何故内通の露見に繋がるのです?」

 

その言葉にジュダック中尉は苦々し気に答える。

 

「モルトケにはエルラン中将が座乗しております」

 

「…そうですか」

 

そう言うと悲し気にマ・クベは首を振り、そしてジュダック中尉に告げた。

 

「重要な情報をありがとう。中尉。ウラガン、彼を拘束しろ」

 

「閣下!?」

 

「既に賽は投げられているのだよ」

 

「お待ちを閣下!それではエルラン中将が!?」

 

「停戦交渉が少々難儀になるが、まあ必要経費と割り切りましょう。連れていけ」

 

ジュダック中尉の悲痛な呼びかけは、ドアが閉じる事で封じられる。一呼吸を置いてマ・クベは通信機を操作しオペレーターへ告げた。

 

「切り込み隊に連絡しろ、目標はモルトケに居る」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。