黒海の洋上をホワイトベースが粛々と進む。ミノフスキークラフトを利用した航行は速度こそ通常航行に劣るものの推進器からの噴射光や推進音を発生させないため、隠密行動には適した行動だ。特にミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されている状況下では巨艦であっても十分に夜陰に紛れることが出来た。
「目標ポイントまで残り30分!」
オスカー曹長の言葉にブライト・ノア特務少佐は内心で溜息を吐いた。
「このまま静粛航行を続ける。フラウ一等兵、MS隊に出撃準備を通達」
「了解しました」
命じられたフラウ・ボウ一等兵は直ぐに通信装置を操作し格納庫で待機するMS隊へ命令を伝える。民間人上がりの少年少女達は、ホワイトベースを運用する一端のクルーに成長している。多少の粗はあるものの、正規軍にも劣っていないとブライトは判断していた。だがそれと任務を丸投げされる事を呑み込めるかは別問題だ。
(本当に単艦で事に当たる事になるとは。上は俺達を過大評価しすぎだ)
「大丈夫ですよ、ブライト艦長」
苛立ちを感じる彼にそう話しかけてきたのは操舵輪を握るミライ・ヤシマ伍長だった。彼女は視線を窓の外に向けたまま言葉を続ける。
「宇宙や北米でもっと危険な目にあったじゃありませんか。でもこの艦は生き延びています」
「それは、そうだが」
肯定しつつも彼の表情は晴れない。何故ならその危機的状況を乗り切る度にホワイトベースは貴重な仲間を失ってきたのだ。そしてそうした中で困難を切り開いていたMS隊の精神的支柱であるアレン中尉を欠いている事は大きな不安材料として横たわっていた。
「マッケンジー中尉も部隊の事は大分把握されているようですし、あの頃と違ってアムロ達も立派に戦えています。何よりこの作戦はホワイトベースがやり慣れている内容だわ。大丈夫ですよ」
「…そうだな」
そう言ってブライトは表面上だけでも取り繕うことにする。指揮官が不安や苛立ちを表に出すことは、指揮系統に余計な混乱をもたらすという事を今さら思い出したからだ。
「引き続き対空警戒は厳に。各砲も展開しておけ」
「了解、いつも通りですね」
フラウ一等兵の言葉にブライトは頷く。
「そうだ、いつも通りだ。だからいつも通りに、成功させるぞ」
「そろそろだぞ」
切り込み隊の隊長はコックピットでそう呟いた。神経をすり減らす様な低空飛行を続ける事20分、漸く彼らは目標であるビッグトレーを捉える距離まで近づいた。当初は2隻に分散されるはずだった戦力は、事前にスパイから齎された情報によって纏まって行動している。
「距離6000でロケットを斉射、その後増速し一気に突入する。全機、ここが死に場所と心得ろ!」
グフ乗りで構成されたこの部隊はオデッサ基地の切り札と言うべき部隊だ。それぞれがパイロットに合わせてチューニングされたMSを駆る精鋭であり、規模こそ2個中隊程であるが、その戦力評価は1個師団相当とまで言わしめる程である。その彼らからすれば止まった陸上戦艦などただの硬い的でしかない、それも奇襲ならば切り伏せられて当然の相手、そのはずだった。
「よし、ロケット――」
攻撃を命じようとしたまさにその瞬間、闇夜を切り裂いて幾条もの火線が形成される。何が起きたのかを彼が判断するよりも速く編隊の中央に位置していた僚機が絡めとられて火球に変わる。
「待ち伏せ!?馬鹿な!」
在り得ない状況にそう叫ぶが、現実はどこまでも彼に冷淡だった。目標としていたはずのビッグトレーは既にこちらへ主砲を向けていて。
「糞が!」
咄嗟にドダイを蹴りつけて飛び降りる。同じ判断が出来たものが数名いたのは精鋭故だろう。だが彼らの能力をもってしてもそれが限界だった。主砲から連続して吐き出された対空榴散弾によって反応の遅れたグフが次々と吹き飛ばされる。交戦から1分と経たずに彼らはその数を半数に減らしていた。
「謀ったな!地球にへばり付いた地虫どもが!」
もし仮に彼が臆病者であるか物事を判断するだけの冷静さが残っていれば、撤退という手段もあっただろう。奇襲の失敗以上に、待ち伏せを受けたという事実の方が情報として今後の戦況に与える影響が大きいからだ。しかし半数であっても彼は任務遂行を選択する。それだけの技量がある部隊であるとの自負もあったが、元々切り込み隊はそうした血気盛んな兵士を集めた隊でもあったからだ。やられ放題で下れるほど彼らのプライドは低くなかった。その性質が彼らの運命を決める。
「全機抜刀!舐めた地球人共をなますにしてやれ!」
そう言いつつヒートソードを引き抜いた彼の機体を砲弾が掠める。見れば隊伍を組んで前進してきた敵の戦車が此方へ主砲を向けていた。
「ふん、その程度でこのグフが止められるかよ!」
自機を走らせながら彼は嗜虐的な笑みを浮かべる。受けた屈辱をまず目の前の戦車で晴らそうという気持ちから出たものだ。そうして態々ヒートソードの間合いまで近づき、叩きつけんと腕を振り上げたところで彼は怖気を感じ咄嗟に機体を横へ跳ばす。視線を送れば彼が先ほどまで居た位置をビームが通り過ぎていた。
「連邦のMSか」
待ち伏せなのだ、いても不思議ではないとビームの放たれた先を見る。そこにはジオンのものに比べ角ばったMSが立っていた。
「ふん、にわか仕込みがどれほどの…」
切り伏せんと構えを取ろうとしたところで、彼は二の句を継げなくなった。発砲した敵MSの横にゆっくりと別のMSが並んだからだ。それも1機や2機ではない。古の戦列歩兵が横隊を組むように20以上のMSが並び、一斉に銃口を向けてきたのだ。
「ジーク、ジオっ」
最後の言葉を言い切る前に何発ものビームが機体を襲い、彼は分子にまで分解される。切り込み隊のMSが全て同じ末路をたどるのはそのすぐ後の事だった。
「凌いだね」
「後はホワイトベース隊が水爆を無力化すればわが軍の勝利です」
「…そうだな。そちらはどう思う?」
「既に襲撃している頃でしょう。元々そうした戦いには慣れている隊ですから」
レビルの発する問いにエルラン中将は淀みなく答えていく。その態度を見て、彼がジオンとの内通者であると看破出来る者はいないだろう。否、この場合は二重スパイであったとするべきか。
「ならばこちらも動くとしよう。ここまで来て宇宙へ逃げられるのは避けたい」
そう判断しレビルは部隊へ前進を告げる。それに応じてエルラン中将も自身の部隊に進撃の指示を与えた。彼の旗下の部隊はこの作戦が始まって以降消極的な行動が目立ったが、これまでの鬱憤を吐き出すように、我先と敵陣へ突撃していく。夜襲に加え、想定外の方向からの攻撃にジオンの守備部隊は動揺し、次々と前線が陥落していく。
「悪い人間だね、エルラン君」
「軍人ですから」
作戦開始直後にレビルはエルラン中将から報告を受けていた。オデッサ基地を守備しているマ・クベと繋がりを持っている事、彼と指揮下の部隊をわざと動かさない密約を交わしている事、そしてその隙を使ってジオンがレビルの抹殺を計画している事だ。
「まさか自分から名乗り出てくるとはね」
「内通者の特定を進めていらっしゃったようでしたので。これ以上秘密裡に事を進めることは余計な混乱を招くと判断しました」
平然とエルラン中将はそう言った。内通を装いジオンの行動を制限、更に連絡員を派遣する間に内通者や工作員を多数ジオンへ潜り込ませていると。それは確かに事実であり、こうして彼の行動は連邦の勝利に寄与している。尤もその動きの中でどちらが勝っても良いように動いていたのも事実だろう。今回は連邦が勝ちそうだからそちらについたに過ぎない。
「私に疑われるリスクを冒してまでかね?」
「はい。元より私は将軍の意見に否定的でありました。そして将軍を害すれば得をする立場にあります、そして将軍の加減のない妨害があってこそ、あの警戒心の強い狐を騙しおおせたのです」
「…君がそう言うのなら、そうなのだろうね」
歴史にもしもは存在しない。故にエルラン中将の行動は、オデッサ作戦においてジオンを騙し連邦の勝利を決定づけたと記録されるだろう。その真意がどんなものであったとしても、事実は揺らがないのだから。
「君の忠誠が変わらぬ事を期待しているよ」
レビルは最後にそう口にし、沈黙した。
「降下!」
クリスチーナ・マッケンジーの声と同時に格納庫からMSが次々と飛び出す。カタパルトによる射出ではなく純粋に飛び降りるだけのその行為は、ほんの数秒で6機のMSを発艦させる。彼らが着地する頃にはホワイトベースは増速しつつ、基地へと砲撃を開始した。派手な爆発が起こると、それに呼応するようにサーチライトが夜空を照らし、遅れてサイレンが響いた。
「今のうちに突入する!」
突然現れた大型艦に動揺した基地守備隊は注意を上空へ集中させる、それはMS隊に十分すぎる時間を与えた。
『一つ!』
噴射光の尾を引きながらガンダムが跳び、ビームライフルを放つ。
『二つ、三つ!』
『アムロの奴、張り切ってるじゃないの』
そう言いながら部隊の後方に位置していたカイ兵長のキャノンが立ち止まり、ライフルを構えた。
『丸見えだぜ』
慌てて上空にマシンガンを向けていたザクが、放たれたビームによって腰から上下に泣き別れる。基地の入り口を守っていた戦力は、それで全て排除された。
「3小隊は現地点を確保、増援に備えて!102及び502は目標を確保しなさい!」
言いながらクリス自身も機体を前進させ、飛び出してきた旧ザクにビームガンを浴びせた。コックピットを正確に撃ち抜かれた敵機は、そのままバランスを失って転倒する。オーガスタで運用していた頃とは桁違いの精度と速射にすっかり慣れた彼女は、即座に敵機を飛び越えると目標地点へ急ぐ。しかし彼女が到着する頃には全てが終わっていた。
『これで最後!』
アムロ軍曹の宣言通り、残った最後のミサイルサイロにビームが飛び込み火柱を上げる。念のため彼女はセンサーを確認するが放射線は認められない。
「たまには情報部もちゃんと仕事をするじゃない」
運び込まれたのは純粋水爆であったから、ビームで撃ち抜いてしまえば容易に無力化出来る。上がる火柱は搭載されたミサイルの推進剤が誘爆したものだ。
『良かったんですかね?壊しちゃって』
短距離通信でそう口にしたのはジョブ・ジョン准尉だ。事前のブリーフィングで基地制圧後、目標の確保と命令されていた事を言及しているのだ。
「いいのよ、第一確保できない場合は破壊許可が出ていたでしょ?」
『それはそうですけど』
口ごもる彼にクリスは溜息を吐きながら忠告する。
「真面目で任務に誠実なのは貴方の美点だけれどもう少し柔軟性を持ちなさい。今のホワイトベース隊に敵地で長距離ミサイルを悠長に運び出す余裕があると思う?」
沈黙する彼に彼女は言葉を続けた。
「艦長の判断に感謝しなさい。自分の評価を下げても部下の安全をとってくれる上官なんて貴重なんだから。そして、貴方もそうなりなさい」
空が徐々に白み始める。任務の成功に小さく安堵の息を漏らす彼女に通信が入った。
『西の空に、何か』
その言葉に視線を送れば、朝日に照らされながら何本もの噴煙が空へ向かって伸びていくのが見えた。それを見て、彼女は作戦が連邦の勝利で終わったことを確信する。
「ジオンのロケットだわ、宇宙へ逃げ出しているのよ」
その様子を各々が無言で見つめる。宇宙世紀0079年11月7日、オデッサの攻防は連邦軍の勝利で幕を閉じた。
オデッサおわり!