「知ってる天井だな」
痛みに顔を顰めながら体を起こす。痛みは首に顔、それから手足が少々と言った所か、腹や背中に痛みは無い。恐らくボディーアーマーが役に立ったのだろう。
「アレン中尉!目が覚めたんですね!?」
慌てた様子でマサキ軍曹がカーテンを開いて駆け寄って来る。俺は少しふらつく頭を振って彼女に聞いた。
「どの位眠っていた?状況は?作戦はどうなってる?」
立て続けにそう言うと、マサキ軍曹は困った顔になる。そして周囲を見回すようにすると、開いたカーテンからサンマロ軍曹が顔を覗かせる。
「ああ、中尉。起きたんですね、良かった」
落ち着いた彼の声音に一先ず危機的状況ではないと結論を出す。だが、それはそれとして現状把握は必要だ。
「悪い、サンマロ軍曹。俺はどの位寝ていた?オデッサ作戦は今どうなってる?」
俺の言葉にサンマロ軍曹はマサキ軍曹同様に一度困り顔になった後口を開いた。
「中尉はあの日から三日程寝ていました。脳へのダメージなどは確認出来ませんでしたから、恐らく日頃の疲労が原因でしょう。作戦の方は無事わが軍の勝利で終わっていますよ」
は?
「終わった、勝った?」
確かに作戦発動はユーラシア反攻作戦の最終段階だった。けれど史実と同じく僅か一日で終わるなんて誰が思うよ?
「気が付かれたのですね、アレン中尉殿」
そう言って医務室に入って来たのはあちこちに怪我をしながら、温和な笑みを浮かべるジュダック中尉だった。なんでスパイの彼がここに?そう考える前に近づいてきた彼は俺に敬礼をすると脇に抱えていたタブレットを読み上げる。
「オデッサ作戦において第2軍の損耗を抑えた事、誠に見事でありました。更に自らの危険を顧みず部下を守り通した事、エルラン中将は深く感銘を受けたとの事です。正式な授与はジャブローに戻ってからになりましょうが、パープルハート勲章とオデッサ従軍章の授与が決定しました。また階級につきまして本日より大尉となります、お受け取り下さい」
そう言って彼は階級章を渡してくる。いやいや、なんだそりゃ。
「待ってくれ、俺は作戦中ここで寝てただけだ。昇進も勲章を受け取る資格もない」
「勿論参加されたパイロットの皆さんは昇進あるいは勲章の授与が決定しております。ホワイトベースは英雄揃いですね」
ああ、つまり政治的配慮って奴か。多分あの後もアムロやカイは活躍したはずだ、それこそほかの連中の戦果が霞む勢いで。ここで問題になるのが、彼らが志願したとは言ってもろくに教育の施されていない民間人上がりという事だ。高い給料を貰って仕事として軍人をしている正規パイロットよりも彼らが戦果を挙げているのは軍の体面上都合が悪い。最悪訓練時間や費用を無駄だと削減されかねないという実害もある。だからMS部隊長である俺も活躍した事にしたいんだろう。
「…受けて頂ければ中将も個人的に感謝すると申されていました」
成程、食えねえおっさんだ。
「謹んで拝受させていただきます。エルラン中将に今後もどうぞよろしくとお伝えください」
これは取引だ。中将としては軍の面子を保ちつつ、ホワイトベース内に影響力を持ちたい。俺の方は中将に尻尾を振る事で物資や作戦内容の優遇が期待出来る。レビル将軍からの物資だけでなく、中将からも補給が受けられるならまず物資不足で困るなんてことは起こらないだろう。大尉の徽章を受け取り、敬礼して出ていくジュダック中尉を答礼しつつ見送ると、俺はゆっくりとベッドに倒れこむ。左右に人の気配を感じなかった俺は、サンマロ軍曹に問いかけた。
「俺以外に負傷者は?」
「クラーク少尉が軽い捻挫と打ち身、アニタ軍曹が擦り傷を作りましたが、そんなものですよ」
奇跡みたいな結果です。そんな事を言うサンマロ軍曹に俺は頷いて同意する。撤退先を宇宙以外奪われたジオンの抵抗は激しかったはずだ。史実でも投入された戦車の8割を喪失したらしいから、この隊が戦死者を出さずに乗り切れたのは正に奇跡だろう。俺は一度大きく呼吸をすると、サンマロ軍曹に告げる。
「んじゃ、部屋に戻るわ」
「え?いやいや、まだ大人しくしててくださいよ!?」
「どうせ寝てる間に精密検査くらいしたんだろ?なら問題ないだろ」
吐き気や変な痛みもない。動いても小言を言わないという事は、特に問題がないという事だ。なら病室に居る理由はない。
「いや、病み上がりなんですから」
病院とか医務室って嫌いなんだよ。
「部屋で大人しくしているさ。特に怪我もない奴がいつまでも占領してていいベッドじゃないしな」
そう言って俺はそそくさと退散する。だが部屋を出るタイミングで、聞きそびれた事があったのを思い出し、近くに居たマサキ軍曹に尋ねた。
「なあ、今ホワイトベースは何処に向かってる?」
その質問にマサキ軍曹は溜息交じりに答えてくれた。
「たしか、ベルファストに向かっているはずですよ」
「駄目だな、部品が足りん」
タブレットを操作しながら、テム・レイ大尉は溜息を吐く。横で腕を組んで立っていたロスマン少尉も苦々しい表情で応じる。
「運がよかったとしか言いようがありませんね。教育型コンピューター自体は無事ですし、予備のコアファイターがあるから入れ替えは出来ますが」
その言葉にテムは頭を振った。
「Aパーツの損傷が激しすぎる。そもそもコアファイターにまで届く損傷だ、想定なら廃棄してパーツごと交換すべきなんだが」
「消耗品の摩耗部品や交換前提の装甲ならともかく、フレームそのものの予備なんてありません。バックパックもです」
「…いっそタンクの上半身でも据え付けてみるか?」
コアファイターを中心に接続するシステムを採用している都合上、恐るべきことにV作戦の3機種はA・Bパーツを入れ替えても問題なく動作はする。勿論それは動くというだけであり、機体性能を担保するものではない。
「推力不足と安定性の低下で動く棺桶になるだけですよ。使い物になるとは思えません」
「そうだな、ならば後は」
「あり合わせで補修、正規のパーツが届くまで騙しながら使ってもらうしかないですかね?」
言いながらロスマン少尉もタブレットを取り出すと部品のピックアップを始める。
「幸いジムのA型ならパーツの差異がほとんどありません。流用は出来るはずです」
「フレームそのもののダメージはこの際補強で誤魔化すしかないな。そうなると背面の装甲が一部取りつかなくなるか」
「ジェネレーター側にリミッターも必要でしょうか、最悪ジムのフィールドモーターでは焼けてしまいます」
交互に口にする内容が次々とタブレット内に映されているモデルに反映される。そうして出来上がったのは端的に評してガンダムの振りをした何かだった。
「…総合評価はガンダムの60%か、D型の方が遥かにマシだな」
「辛うじてA型に勝っている程度ですからね。もうジャブローに送ってジムを回してもらった方が良いのでは?」
だがその言葉をテムは否定する。
「そんな事は上の連中も理解しているはずだ。第一オデッサ作戦が終わった時点でクラーク少尉達のジムは引き上げていっただろう?なのにガンダムは残された。恐らく連中は損傷機での稼働データを教育型コンピューターに学習させるつもりだろう」
「そんなデータどうするんです?」
ロスマン少尉の疑問にテムは口を開いた。
「ガンダムは高い。だがホワイトベース隊の活躍で一定の価値を見出された。恐らく同じような部隊を編成するうえで、ガンダムを長く前線に留まらせる方法を模索しているんだろう」
「つまり現地改修で性能が低下しても運用出来るように、今のうちにアレン中尉でデータ取りをしておこうという事ですか?」
「いよいよ本格的に我々もモルモット扱いだな」
苦虫を嚙み潰したような顔で、テムは端末のデータをネットワークに上げる。
「取り敢えずベルファストに着くまでに仮組みだけは済ませてしまおう。タンクの修復もある事だしな」
損傷したガンダムを見上げながら、彼はそう口にした。
「大戦果ですね、少佐!」
パナマ市に設営された前線基地に戻ったシャア・アズナブル少佐を、機付の整備士が興奮した声音で迎えた。彼の乗る赤いグフの左腕に据え付けられたシールドには幾つもの撃墜マークが描き込まれ、その一方で被弾痕は一つもない。
「ありがとう、すまんが補給と整備を頼む」
そう言って彼は機体から離れる。パーソナルカラーで塗装されたグフは一点、左肩の装甲だけ黒く塗られている。それを一瞥し、パイロットルームへ向かおうとする彼を足早に近づいてきた少尉が呼び止める。
「少佐殿、司令がお呼びです」
「…わかった、直ぐに行こう」
そう言うと彼は少尉の乗ってきたバギーへ足を向ける。走り出して程なく、市内のホテルへとたどり着く。そのホテルは南米攻略部隊の前線司令室が詰め込まれていた。
「失礼します。シャア・アズナブル少佐であります」
「入れ」
中からの返事に素早くシャアは室内へ入る。古い部屋独特の匂いを鼻孔に感じながら、彼は目の前のデスクに座る人物に敬礼をした。
「ご苦労少佐、非常に残念な知らせだ」
答礼しつつ、少将の階級をつけた男が口を開く。
「先ほど緊急電が入った、オデッサが陥落したそうだ」
その言葉にシャアは僅かに表情を揺らがせた。
「欧州司令部も既に組織的な行動は不可能な状態だそうだ、幸いにしてかなりの人員が脱出は出来たようだが、彼らが戦えるようになるまでには時間がかかるだろう。そしてその間に残った地上の拠点が陥落する可能性は極めて高い」
ユーラシアの戦力が浮くとなれば、それが他方面に転用されるのは当然である。故に司令の言葉は極めて確度の高い予想と言えた。
「つまり我々は悠長にジャングルを歩いている訳には行かなくなった。海軍が特殊部隊を編成し、河川沿いに侵攻する案が出ている。貴様にはそちらへ転属してもらう」
そう言って司令は辞令と共にタブレットを渡してくる。そこには新型の水陸両用MSが表示されていた。それを見てシャアは初めて解り易く感情を表に出した。
「私にあの機体から降りろと?」
「君があの機体に特別な感情を抱いている事は承知している。だが今の軍に君の我儘を聞いてやるだけの余裕は無い。優秀なパイロットを遊ばせておくわけにはいかないのだよ」
解ってくれ。その言葉にシャアは姿勢を正すと、手本のような敬礼をして見せる。
「承知致しました。シャア・アズナブル少佐、特殊部隊へ参加いたします!」
その姿を見て、司令は静かに溜息を吐いた。
重大ではないけれどちょっとした決意表明について。
こんなタイトルをつけておいて今更なんですが、主人公が主人公なので0083までは書けたらいいなって考えてます。皆もデラーズフリート相手にもっと頑張るパワードジムが見たいよね?そうでもない?