連絡員から受け取った連邦軍の軍服に身を包み、ミハル・ラトキエはベルファスト基地に向かって走っていた。言いつけられた任務は、港に入ってきた白い船に潜入する事。砲声の轟く基地を見て一瞬足が竦むが、奥歯を噛みしめて力を入れる。
(ここでやらなきゃっ)
少しばかり危険な仕事。そう言われて渡された報酬は普段より随分と多かった。しかも前金であり、この仕事を終えれば同額が渡される約束だ。かなり纏まった金額であり、少しでも貯えておきたい身としては断れる内容ではなかった。
(あの船の行先を調べるだけだって)
戦争が始まって以降、ミノフスキー粒子の影響で報道も不確かになっている。このため彼女には連絡員から送られてくる情報が最も簡単に手に入るものであり、それ以外を積極的に得ようという考えも浮かばなかった。何故なら情報を得るにも金が必要だからだ。
「あれの行き先が解れば、戦争が終わる」
連絡員の男はそう言っていた。戻るまで弟達の様子も定期的に見てくれると約束もしてくれた。故に彼女は基地に向かって走る。それ以外に信じられるものが彼女には無いのだから。
ゴッグ、ジオン軍が初めて正式採用した水陸両用MS。水圧に耐えるために分厚い装甲を施されたそれは、通常兵器にとっては非常に厄介な相手だ。鈍重と言っても戦車に追いつく程度の速度で移動可能な上、当たり所が悪くない限りは61式の主砲でも損傷を与えるのはまず不可能。そのくせ腹部に搭載された拡散ビーム砲はMBTを十分破壊できる火力を持つ。まあつまりだ。
「とっととくたばれ」
ビームライフルで武装したMSなら大した脅威では無いという事だ。接近されればクローが脅威ではあるが、しっかりと補給を受けている今のホワイトベースはブースター付き鉄球なんていう謎装備に頼らなくてもよいだけの火砲が揃っている。何より連中は海から飛び出してきたから、弾が逸れて基地を破壊してしまう恐れもない。俺は躊躇なくトリガーを引いてゴッグへビームを叩き込んで、素早く上陸した一機を無力化する。その様子を見て動揺したのか、慌ててもう一機が海に逃げ込もうとする。だがその動きは余りにも遅すぎた。
『そこ!』
背を向けた瞬間、正確に機体の中心をビームが貫く。綺麗にコックピットだけを撃ち抜いた射撃によってゴッグは数歩だけ進んだ後、ゆっくりと前のめりに倒れた。うん、アムロ准尉超怖い。最近は死神相手にも勝ち越しているらしいし、このままいけば史実よりもとんでもない戦果を挙げてくれるんじゃないだろうか?
「101より各機、状況報告」
『102問題ありません。周囲に敵影も認められず』
『201同じく問題なし。こちらも確認出来ません』
『202、問題ないよ。洋上にも艦艇は確認出来ない』
『203です、市街地方面からの襲撃も無いようです』
展開していた全員の報告を聞いて俺は小さく息を吐いた。一応本格的な襲撃も警戒したのだが、どうやら杞憂で終わってくれたらしい。となると、これはスパイを送り込むための陽動だろう。
「102と201・203は戻って補給。202、カイ軍曹は悪いが居残りだ。引き続き警戒に当たる、オペレーター、フラウ一等兵」
『はい、アレン隊長』
「攻撃があっさりしすぎている。陽動かもしれない。コマンドの侵入に警戒するよう艦長に伝えてくれ」
『了解です』
『陽動って、この状況で何をするってんです?』
俺の通信を聞いていたカイがそう聞いてくる。銃口は海へ向けたままだが、少し落ち着かない様子だ。
「さて、狙いまではな。たださっきのMSは海から出てきた。水陸両用と考えて間違いないだろう。なら例えばそうだな、俺ならホワイトベースに工作員を送り込んで、ミノフスキークラフトを破壊する」
ホワイトベースの推進器は強力ではあるが、ミノフスキークラフトの補助なしで飛行できる時間は短い。少なくとも無着陸でベルファストから南米に向かえるだけの航続距離は無い。だからミノフスキークラフトを破損させられれば最悪洋上に不時着する羽目になる。そしてホワイトベースには水中へ攻撃を行う手段がほぼ存在しない。そうなれば最悪の事態も起こりかねない。
「ただミノフスキークラフトを破壊するには相当な爆弾を使う必要があるから、持ち込もうにも簡単にはいかんだろう。だから可能性は低いとは思うがな」
低かろうと可能性がある以上警戒するのが軍人としての務めだろう。
「何事も無く終わればいいんだが」
そう願わずにいられなかった俺は、思わずそう呟いた。
混乱に乗じて基地内へ入り込む事に成功したミハルは、緊張に渇く喉をつばを飲み込んで強引に潤すと足早に新しい船、ホワイトベースへと向かっていく。搭乗口の近くには歩哨が立っていて周囲へ視線を送っている。素早く過去の記憶と照らし合わせた彼女は、彼らの顔が記憶に無い事を確認すると、足早にそちらへ近づいていく。
「すいません!遅くなりました!」
息を切らせながら走り寄る彼女に、歩哨の兵士は呆れた表情で問いかける。
「おいおい、何処をほっつき歩いてたんだ?」
「実はこの辺りに実家があって、それでちょっと…」
言いながら彼女が身分証を呈示すると、兵士はあからさまに警戒を解いた表情で口を開く。
「ああ、そうか。ご家族には会えたかい?」
「ええ、それでちょっとお土産とかもらっちゃって」
そういって膨らんだバッグを揺すってみせながら彼女は苦笑する。その様子に兵士達は頷くと身分証をミハルに返してきた。
「ほいよ、さっさと戻りな」
「ありがとうございます」
そう言って彼女は頭を下げるとタラップに足をかける。その瞬間振り返った兵士が口を開いた。
「ああ、そうだ」
「はい?あの、何か?」
「アンタんとこのMS隊、すげえ強いんだな。特にあの白いの、パイロットの名前はなんていうんだ?」
「えっと、その」
突然の質問にミハルは口ごもってしまう。艦の名前くらいは教えられたが、載せられているMSの名前すら彼女は知らないからだ。返答に困っている彼女に、聞いてきた兵士は怪訝な顔になるが、横のもう一人が思いついた様に口を開く。
「ああ、あれか。機密事項か?たしかこの艦は特務に就いてるもんな」
「え、ええそうなんです。だから答えられなくて、すみません」
「いや、こっちも軽率だった。君らの航海が上手くいくことを祈っているよ」
「ありがとうございます」
そう言って今度こそ彼女は振り返らずにホワイトベースへと乗り込む。だから兵士達がどの様な顔で彼女を見送っていたのか解らなかった。
「予想以上だな」
苦虫を噛み潰した表情でフラナガン・ブーン大尉は頭を掻いた。陽動に送り出したゴッグ2機は双方とも未帰還。それも連絡員からの報告では、1分とかからずに制圧されたと言うのだから話にもならない。いくらゴッグが水陸両用機の初期モデルで性能が低いといってもだ。
「地上でやり合うのは自殺行為だな」
「では予定通りに?」
「その前に少佐殿と合流する。戦力は多い方がいいからな、出来れば機体の補給も受けたい」
少なくとも1機、シャア・アズナブル少佐用のズゴックが配備されるのは確定しているが、それだけでは心許ないとブーンは考えた。
「確かマンタレイがゾックを受け取っていたな?あれに合流してもらおう」
「ゾックですか?」
その言葉に副官は訝しげな表情になる。既に彼らマッドアングラー隊にはゾックが配備されている。先の陽動作戦でも、一応は出撃し水中で待機していた。
「見た目はあれだが、火力は一級品だ。赤い彗星殿が前衛を務めてくれるなら、支援火力を充実させた方がいい。それに海に落とせばアレもあるしな」
彼の言葉に得心したのか副官も頷く。思い出されるのは格納庫のMAだ。ユーコン型潜水艦には搭載すら出来ず、部隊名の由来となった大型潜水艦、マッドアングラーの格納庫の半分を占有している。既に実戦での運用は済ませており、対艦戦闘において優秀である事は証明済みだ。
「後は、欲を言ったらあのスパイが役に立ってくれる事だな」
「あんな小娘が役に立ちますかね?」
連絡員として装備を渡した記憶から、副長が複雑な表情を浮かべる。そんな彼に向かってブーンは溜息交じりで注意を促す。
「そういう感情は戦場では捨てておけ、割り切れんと貴様が死ぬぞ」
「よう、姉ちゃん。半日ぶりって所か?」
通路で固まるミハル・ラトキエに対し、俺は笑いながら話しかける。
「商売熱心なんだな?制服まで着込んで軍艦の中にまで売りに来るなんてな」
通路の反対側にはカイが険しい表情で彼女を見ながら壁に寄りかかっている。正に袋のネズミというやつだ。
「さて、大人しくしてくれよ?これでも連邦軍士官でね。国民に手を上げるわけにゃいかないんだ」
警告しつつ俺はゆっくりと近づく。顔を青くした彼女は手の届く距離まで俺が行くと、その場にへたり込む。そして短い悲鳴の後、その場で盛大に失禁した。いたたまれなくなった俺は、視線を同じく気まずげな表情で彼女を見ているカイに向けて口を開く。
「…なあ、カイ軍曹。俺ってそんなにおっかないか?」
「その顔で鏡見れば解ると思いますよ」
返ってきた答えに溜息を吐きつつ、俺は端末を操作する。程なくしてニキ・テイラー准尉が呼び出しに応じてくれた。
「すまん、スパイを確保した。助けてくれ」
閃ハサとか!クロボンとか!挙げ句Vとかっ!
そもそもア・バオア・クーすらノープランだと言うのに!!