WBクルーで一年戦争   作:Reppu

54 / 152
54.0079/11/10

懲罰房のすぐ隣、身ぎれいにして取調室に放り込まれたミハル嬢の前には、バッグから出てきたあれこれが並べられていた。これ持って軍艦まで潜り込めるとか、ベルファスト基地の警備体制はザルなんじゃないだろうか。搭乗口の歩哨さんが機転を利かせて連絡をしてくれなけりゃ、普通に破壊工作されていたかもしれん。

 

「これが何か知っているかい?」

 

厳しい表情でそう問いかけているのはワッツ大尉だ。本来なら基地の警備部に突き出して終わりのところだが、今回は状況が状況だったのでこうしてわざわざ確認作業をしている次第だ。なんせ明日にはジャブローへ向けて出発だ、基地で確認した結果、致命的な情報がこちらに遅れて届きましたなんて事は避けたい。

 

「いえ、ただ船を混乱させられる装置だとしか」

 

「…使い方はこのメモだけか、酷いなこれは」

 

「あの、えっと」

 

ワッツ大尉の手元を覗いて俺も思わず顔をしかめた。大尉が指さした装置とはジオン軍がよく使っている吸着機能付きの設置爆弾だ。タイマーをセットすれば簡単に使える手軽さの割に非常に破壊力が高いものだ。それこそMSの装甲すら破壊できる程度には。

 

「これは設置型の爆弾だよ。確かに混乱するだろうね、下手なところで爆発させれば大惨事だ」

 

彼の言葉に顔を青くするミハル嬢。だが現実はさらに非情だ。

 

「これをどう使えと言われたんだい?」

 

「その、船の底の方にある装置に取り付けろって。混乱している間にこの船の行先を調べて、通信機で教えろって言われたんです」

 

「調べた後、君はどうするつもりだったんだい?」

 

「え?」

 

「この船は軍艦だよ?行先だって当然軍事基地だ。乗り込んだときはジオンが陽動をしてくれたみたいだけれど、降りるときはそうはいかないだろう?第一連中は向かう先を聞けば、その基地を破壊するために攻撃するだろうね、そんな中で上手く逃げ延びられると本気で思ってるのかい?」

 

ワッツ大尉の言葉で、彼女は漸く自分が捨て駒にされた事に気が付いたようだ。俯いて肩を震わせる彼女に、けれど俺は容赦なく現実を突きつけるべく口を挟む。

 

「爆弾である事を教えずに設置を命じるという事はだ、ジオンはこいつを洋上で沈めるつもりだったって事だろう。君ごとな」

 

「そんな、だって約束…」

 

「約束を律儀に守ろうなんて殊勝な連中が、武力で独立なんてしようとするものかよ」

 

思わず俺はそう吐き捨てるように言ってしまう。宇宙移民が凍結された時、地球圏の人口は凡そ110億程だった。その内コロニーに居住していたのが90億人。つまり地球と月は合わせても20億程度の人口しかいなかった。既に経済の中心はコロニーに傾きつつあって、地球に残った特権階級なんて呼ばれている連中は事実上その経済に寄生する存在だった。はっきり言って戦争なんて起こさなくても、100年もしない内に経済の主導権は企業が進出したコロニー側の富裕層に移っていたはずなのだ。だからジオンは賛同者を得ることが出来ず、この戦争をスペースノイド対アースノイドという対立構造に持ち込めぬまま、自分たちを唯一のスペースノイドにすることで強引にアースノイドによるスペースノイドの搾取という持論に持ち込んだのだ。ほかのサイドを全て破壊するという暴挙を行ってまで。

そんな手前勝手な連中が約束を守る?それも死人との?勿論そうしようと本気で考える者も少なからず居るだろう。だがその約束を果たすには、前提としてジオンがこの戦争に勝利しなければ成り立たない。そして既に戦いの天秤は連邦に傾きつつあるのだ。仮にここでホワイトベースが沈んでも、連邦の勝利は揺るがないだろう。それはオデッサの陥落が証明している。

 

「どう転んでもお前さんと連中の約束が果たされる事は無いだろうな」

 

そう告げると、彼女はとうとう机に突っ伏して泣き出した。そんな彼女に向かって俺は更に口を開く。

 

「なあ嬢ちゃん。悔しくねえか?口車に乗せて、あんたをいいように弄んだ連中に一泡吹かせてやろうと思わないか?」

 

しゃくりあげる彼女に俺は言葉をかけ続ける。

 

「今のままならあんたは、よくてスパイ容疑で投獄だ。そこまでして稼ごうって言うんだ。あの話、本当なんだろう?」

 

「あの話?」

 

そう訝し気に聞いてくるワッツ大尉に俺は説明する。

 

「基地のゲートで物売りをしてた時にね、これでチビ二人を食わせてやれるって言ってたんですよ」

 

俺の言葉にワッツ大尉は彼女に憐憫の表情を向ける。そして優しい声音で話しかける。

 

「どうだろう、素直に話してこちらに協力してくれれば、現地協力者として君を庇える」

 

「残念だがこのままだと、そのまま帰す訳にいかないんだ。この艦は一応機密でね、協力者として俺達が入れたことにしなけりゃ、最悪戦争が終わるまで何処かで拘束なんて事もあり得る」

 

そう説明(・・)すれば彼女は肩を震わせながら目を泳がせる。ミハル・ラトキエの弟達は自活なんて不可能な年齢だ。貯えのある期間ならばまだしも、それ以上の長期になれば最悪餓死だってあり得る。彼女にそんな事が許容出来ないくらいここに居る誰もが理解している。

 

「やれば、解放してくれるんですか?」

 

「ああ、それか君さえよければ志願兵としてこの艦に残ってもいい。そうすれば弟さん達をジャブローの託児施設に入れることも出来るよ」

 

「え?」

 

「この艦の最終目的地はジャブローだからね、そのつもりなら今から迎えに行って乗せていってもいい。幸いと言うべきかは迷うけれど、この艦はそうした事に慣れているからね」

 

そう苦笑しながらワッツ大尉がそう告げる。現在の地球連邦軍では佐官の権限が大幅に拡大されていて、少佐でも現地協力者などを臨時採用出来る権限がある。そして軍人の家族ならば福利厚生を受ける権利が発生するのだ。ジャブローへ送られたチビ達も、書類上はキタモト中尉の養子になっていて遺族扱いで保護されているはずだ。

 

「…やります。今の話、守ってくれるんですよね」

 

「当たり前だろう。俺達は地球連邦軍だぞ?」

 

 

 

 

ワッツ大尉に連れられて移動する少女を見送りながら、壁に寄りかかっていたカイ・シデン軍曹は次に部屋から出てきたディック・アレン大尉に声をかけた。

 

「どっちもどっちだね、大尉。結局弱みに付け込んで、あの子をいい様に使おうってんだ」

 

大尉達の思惑を正確に理解しているカイは、その汚い大人のやり方に嫌悪感を覚え、久しぶりに棘のある物言いをしてしまう。

 

「そうだな、違いは精々俺達には約束を守るつもりがあるくらいだ」

 

「それだってホワイトベースを守るためだろう?」

 

カイの指摘にアレン大尉は困った表情で頭を掻きつつ口を開いた。

 

「否定は出来ん。だがあのまま彼女を放り出してもあの子の家族は助からない。生き延びるためには相応のリスクを背負ってもらわざるを得ないんだよ、あんな事に手を染められちゃな」

 

「国民を守るのが軍人の職務じゃないのかい?」

 

「勿論そうだ、国民の生命と財産を守るために俺たち軍人はいる。けどなカイ軍曹。どうやっても出来ないことは事実として存在するんだ。俺達は神様じゃないからな」

 

その言葉にカイは沈黙で応じる。理不尽に対してただ誰かに不満をぶつける行為が子供の癇癪と大した差が無い事を彼は学んでしまったからだ。

 

「俺たちにできることなんて、彼女への応急処置と一日でも早く戦争を終わらせる事だ」

 

「その為には汚い事だってするのかい?」

 

「ああ、するよ。彼女はたまたま目に入った不幸でしかない。戦争が続く限りそんな人間が増え続ける。それを止めるには勝つしかない」

 

アレン大尉の言葉にカイは少しだけ考えて口を開く。

 

「そいつはジオンが勝っても変わらないんじゃないのかい?」

 

どちらが勝っても戦争は終わる。その言葉に大尉は肩を竦めながら応じた。

 

「そうかもしれんが、その場合大変だぞ。ジオンが独立すれば必ず戦後賠償が発生する。連中に敗戦国の国民を配慮してくれるだけの慈悲を期待できるとは思えんね。なにせ奴らにとって連邦市民は全員特権階級に胡坐をかいてスペースノイドを弾圧搾取してきた悪魔だからな」

 

そう返ってきた皮肉にカイは顔をしかめた。彼自身地球に住んでいるのは一部のエリートであり、彼らは搾取の上に自適な生活を送っていると信じていたからだ。だが現実はどうか。地球残留者の多くは地球環境の負荷にならないと判断された原始的な生活を営む者達や、スペースノイドと変わらぬ生活をしている者が大半だった。そんなカイを見てアレン大尉は溜息を吐きつつ言葉を続ける。

 

「けれどもう大半のスペースノイドは地球と大差ない生活が送れていたんだ。戦争なんて起きなきゃ、あと数年で地球の方が居残りのハズレ扱いされていたかもしれん」

 

環境曲線が安定化した後、地球連邦政府は宇宙移民を凍結した。これを棄民し終えた特権階級が自分達だけが地球に残るためだけに施行したと捉えられているが、現実はそこまで単純ではない。この頃の地球環境は非常に劣悪であり、環境の人為的再生は必須と言える状況だった。当然その様な業務は過酷であり、好んで従事したがる人間は居ない。それよりも解り易い経済活動の中で安定的な生活を得ようと考える者が大半である。結果人口の流出が止まらず、環境改善どころか地球の過疎化によるインフラ維持に支障が出る始末だった。そして逆にコロニー側では人口がだぶつき不労者が発生する状況となってしまう。

地球連邦軍が環境再生プラントなどの運営に乗り出したのはこれらの問題に対する応急処置である。依然として宇宙移民者の地球帰還は認められていなかったものの、コロニー出身者や移民者であっても連邦軍人ならば特例として地球への赴任が認められていた。この抜け穴を使い、宇宙で余剰した労働力を地球に回そうと考えたのである。特に軍は政府の管理下にありその人員の運用についても容易に調整が利くし、何より安価に地球インフラを維持するには、独自にそれらを構築可能かつ安価に使える軍と言う存在が都合よかったのだ。

 

「大概の物はもうコロニーで作られていた。経済的に言えばもう地球が必要なくなるなんて秒読みどころかとっくにいらなくなってたんだ。まあだからこそジオンは戦争をしても勝てると踏んでいたんだろうけどな」

 

開戦以前、ジオン首脳部は他のサイドに対し共に連邦を打倒する事を打診しただろう。だが彼らに待っていたのは民主主義の腐敗した姿だったのだ。政治に関心のない国民達は敢えて苦労をしてまで政治を自分達で運営したいなどとは考えなかったし、それらによって選出された議員達も既得権益を放棄してまで自主独立という言葉に靡かなかった。

結局のところ独立戦争に他のサイドが呼応せず、そしてジオンが攻撃したという事実が、スペースノイドの大多数は地球連邦政府に大した不満など無かったという証明なのだ。

 

「だがジオンは連邦政府を悪と断じてこの戦争を始めちまった。そしてそれに連邦は大いに抗って見せた。だから勝った後も苛烈に統治しなきゃならん。国民が、悪いお前らが受ける当然の報いだ!と溜飲が下がる程度にはな。…だから、連邦市民を守るためには、俺達に勝つ以外の選択肢はないんだよ」

 

「ひでえ話だね」

 

カイは行く先々で見た、戦火に見舞われた都市を思い出す。あれらの場所には、一体何人の彼女達がいたのだろう。どれだけの人々が間に合わずに最後を迎えてしまったのだろう。

 

「アレン大尉、俺はジオンを叩くよ。そんで、戦争を終わらせる」

 

己の掌を見ながら、カイはそう呟いた。




宇宙世紀の人口設定を考えた人は反省して欲しい。
あと08のキキ達やミハルが特権階級にはどう見ても見えない件。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。