「着いた」
どこまでも続く緑の絨毯。アマゾンのジャングルを見て、ブライト・ノア少佐は思わずそう呟いた。新造艦の処女航海に艦橋員候補生として乗り込んだはずが、今では昇進に次ぐ昇進で少佐である。悪い冗談にしか聞こえない。だがそれもジャブローで是正されるはずだ。正規の艦長が着任するはずだし、他の人員についても再配置がされるだろう。それにホワイトベース自体も本格的な整備が必要になるから、十分な時間はある。
「現金なものだな」
艦長席のアームレストを撫でてブライトは苦笑する。いざ離れると思ったなら寂しさを感じたからだ。思いの外、自分はこの艦に愛着を感じていたらしい。そうしていると、ホワイトベースの周囲に航空機が2機近づいてきた。
『こちらは8492飛行隊、ホワイトベース応答されたし』
「こちらホワイトベース、どうぞ」
オペレーターシートに座ったフラウ・ボウ一等兵がそう返しつつ、艦の所属コードを送信する。
『確認した、お帰りホワイトベース。ゲートまでエスコートする』
「感謝します」
その言葉に応じる様に2機の戦闘機はホワイトベースの前方を占位する。しばらく進むと何もない森林にガイドビーコンが点滅した。
「まぁ」
操舵輪を握っていたミライ伍長が驚きの声を上げる。眼下では何の変哲もなかった森が左右に割れて、宇宙艦用のドックが口を開けたからだ。
「着いたな」
静かに降下が始まったのを感じて、ブライトはもう一度そう呟いた。
「さあ、ここからが地獄だぞ」
テム・レイ大尉は覚悟を決めた顔でそう宣言した。その声を聴いた整備班は皆一様に青い顔をしている。横にいたロスマン少尉は死んだ魚のような目で虚ろに笑いながら口を開いた。
「ホワイトベースのMSはどれも貴重なデータの塊ですもんね」
「それもあるが、漸く工場送りに出来る訳だからな。分解整備も多分全身フルコースだ」
「うわぁ」
「ついでに3号機もどうにかしなければならんだろう。建造中だったはずの6号機辺りを引っ張って来れれば簡単なんだが」
その意見にロスマン少尉は溜息を吐く。
「難しいんじゃないですか。マチルダ中尉が仰ってましたけど、今じゃどこもかしこもガンダムが欲しいって騒いでいるんでしょう?出来かけの機体なんてもう絶対配属先が決まっていると思うんですけど」
「となれば3号機の修復だな。一応案はあるにはあるが」
その言葉にロスマン少尉は顔を引きつらせる。
「え、あの案って本気だったんですか?」
そんな彼女にレイ大尉は大真面目に答える。
「本気だとも。どうせ再生産するだけの時間なんぞ貰えないんだ。ならば出来る限り時間は短縮しないとな」
係留作業が終わったホワイトベースから降りた俺達を待っていたのは、レビル将軍との謁見だった。髭の爺様を見てもこれと言ってうれしくはないが、それでも正式に任命されたことで正規軍人組は内心胸を撫でおろした。ここまで来て志願兵組は昇進取り消しなんて言われたら抗議するしかなかったからだ。同時にMIAだったキタモト中尉や戦死したキム兵長、ルヴェン少尉達の二階級特進も行われ、俺達は改めて彼らの戦死を実感した。
「少しは笑う準備をしとけよ。久しぶりに会うんだぞ」
エレカを運転しながら、相乗りしているアムロ准尉にそう告げる。後ろにはカイが運転するエレカも付いてきていてそちらにはフラウ一等兵とハヤト兵長が乗っている。
「でも、あんな言い方」
「ああしなきゃ、あの大尉さんが壊れちまうよ。想像してみろ、彼の所に一日でどれだけの戦死報告が来てると思う?それを一人一人ちゃんと向き合っていたら、心が持たない」
「……」
「ま、あくまでこれは俺の持論だ。だからお前はお前なりの答えを見つけるといい。そんでどうしても許せないってんなら」
「許せないなら?」
「あの大尉より偉くなってから文句を言ってやれ。その時にはもしかしたら、あの大尉の気持ちが少しはわかるかもしれんぜ?」
言いながら俺はハンドルを切り託児所のある区画へ入る。そうして目的地の近くまで来ると、背筋に悪寒を感じた。
「あら、少尉。まだ死んでらっしゃらなかったのですね」
託児所の前で車を停めた瞬間。狙ったように階段の上からそんな声をかけられる。声は穏やかで友好的なのだが、内容は微塵も好意的ではない。俺は一度深呼吸をすると、声の主に向かって視線を送りつつ口を開いた。
「久しぶりだな、ララァ。元気にしてたか?」
「ええ、研究所の方はとても大事にしてくださいますから、貴重なモルモットみたいに。そちらが新しい少尉のお気に入りですか?」
「あー、彼はな?」
「…死神?」
そう口を開いた瞬間、視線を合わせたアムロがぽつりと呟いた。その言葉にララァ・スンは笑みを深くしてアムロを見つめる。
「あら、ふふふ」
そうか、そう考えれば二人は初対面ではないのか。電子データ上で何度も殺し合った仲だもんな。
「彼はアムロ・レイ准尉。ガンダムのパイロットにしてホワイトベース隊のエースだな。彼女はララァ・スン少尉。俺達が死神と呼んでいるデータの製作者だ」
そう互いについて説明するが、二人は視線を僅かに合わせた後は言葉も交わさずにこちらを見る。ララァ少尉の方は何処か楽しそうに、アムロ准尉の方は少し険しい表情で。あ、これはあれですね、ニュータイプ的な感応をしやがりましたね?
「その察しの良さを別の所でもちゃんと発揮すればいいのに」
「大尉、責任はちゃんと取るべきだと思います」
責任ったってなぁ。プライベートはともかく軍の中じゃ俺は下っ端だ。少なくとも彼女の配属や扱いに口を出せる立場じゃない。ただこの頃の人道が残っているニュータイプ研究所ならジオンより扱いがマシだし、そこで解り易く戦果を出せば戦後も多少不自由はあれどモルモットにされる可能性は低い。既に両陣営で彼女やアムロ准尉みたいな異能者を集める動きは始まっているから、放置すればもっと酷い環境に放り込まれるのは間違いない。だから最善は無理でも次善の状況にしたつもりなんだけどなぁ。
「まあいいです。今回はこのくらいで許してあげましょう。ではまた」
そんな事を言って彼女はさっさと歩いて行ってしまう。そんな彼女と入れ違うように託児所の玄関からチビ達が飛び出してきて、俺を目にして急停止した。一応おいちゃんも傷つくんだからね?
クルー達に束の間の休息が与えられている中、ドックでは慌ただしく作業員が動き回っていた。引き続き艦長を拝命し、艤装員長を申し付けられたブライト・ノア少佐はその様子を見ながら補佐に付けられたウッディ・マルデン大尉から説明を受けていた。
「つまり補修と言うよりは改装に近いのです、のか?」
年上の部下という非常にやり辛い相手に、思わず出かける敬語を押し込めて問いかける。そんな彼にウッディ大尉は笑いながら答えた。
「はい、少佐殿。ペガサス級は元々MSではなく戦闘機の運用を想定した艦艇でありました。スペースこそ確保できていましたが、それはあくまで必要条件を満たしていただけに過ぎません」
そう言って彼は分解作業に移る作業員達に視線を送りながら言葉を続ける。
「MSの運用を前提に再設計されました準ペガサス級からパーツを移植し運用能力の向上を図ります。同時に主砲及び推進器も更新し、純粋な戦闘能力の向上も行います」
「随分と大型化するようだ」
「格納庫ブロックが射出カタパルトと別けられていますし、単純に搭載数も増加していますからね。推進器も含めて30%ほど全長が大型化します、全幅も同様ですね」
その言葉にブライトはうめき声を上げそうになる。大型艦を任されるというのは名誉なことであるが、それが試験的な新造艦となれば少しばかり事情が異なってくる。更に搭載機が増えるとなれば、必然的に運用する人員も増加するという事だ。新米とも呼べない少佐には荷が重いと言わざるを得ない。そんな彼を見て、ウッディ大尉は笑いながら口を開く。
「悲観する事はありません、少佐殿。貴方はホワイトベースをジャブローまで連れ帰ったではありませんか。ならば今まで通りにやれば問題ありませんよ」
それに、と運び出されるMSに視線を移して大尉は続ける。
「搭載する機体についても新鋭の物が配備されますし、何より今後は単独行動ではなくなるのです。戦力的に考えれば、今までのような状況は少なくなりますよ」
そちらも懸念材料だとブライトは言えなかった。彼の知る高性能なMSはガンダムであり、優秀なパイロットとはホワイトベース隊の面々である。そして他部隊の運用実績を考えれば、彼らが異常であることなど容易に理解できた。ならば如何に新鋭機と言えどガンダムを超えるものが量産化されているとは思えないし、それを扱うパイロットも精鋭が送られてくると信じられる程彼は楽観的にはなれなかった。
「そう願いたいな」
部下の慰めにそう答えるのが彼の精一杯だった。
皆さん忘れているかもですが、この主人公転生原作知識持ちのチート野郎なんですよ。