すまんあれは嘘だ。
「馬鹿ですかっ、貴方は!?」
ジオンによるジャブロー攻略は失敗に終わった。無理もない話だろう。既に地上の戦線は連邦優勢に傾いているし、何より最大の資源採掘地帯であったヨーロッパを失陥しているのだ。既に多くの部隊が北米攻略の為に移動を開始している中でのこの攻撃は、乾坤一擲と言うよりは博打に近い。何もかもが整っていない状況で、一発逆転を狙って大穴に賭けた印象だ。
「聞いているんですか!?」
「聞いているよ。すまん、軽率だったな」
涙目で怒鳴ってくるララァ少尉にそう俺は謝罪した。正直油断というか、過大評価をしていたと言うべきか。今までもマシンガンによる攻撃を受けた事はあったが、正面装甲を抜かれた事は無かったのだ。多少性能が低下したと言っても、十分耐えられると思っていたんだが。
「その辺にしとけ、ララァ少尉」
まだ何か言いたげな彼女をコリンズ大尉が止めてくれた。撤退中の敵に対する追撃は基地守備隊が行うと言うことで、臨時に招集された俺達のような部隊は戻されて整備を受けている。まあ俺の場合は機体がスクラップ一歩手前になってしまったので追撃もクソも無いのだが。
「それに大尉はこれからこってり絞られるからな。後のヤツが怒る分も残しておいてやんな」
そう彼が指さす方向には、大ぶりのスパナを手で弄びながら全く笑えていない笑顔でこちらを見ているロスマン少尉がいた。こいつはやべぇや。
「終わりました?じゃあ持って帰っていいですか?」
スパナで俺を指しながらそう聞いてくる彼女に、コリンズ大尉はララァを捕まえると頷いてグレイファントムの方へ歩き出してしまう。そして次の瞬間、俺の肩に指が食い込んだ。
「ほら、帰りますよ大尉殿?」
連れ帰られたハンガーで俺はひたすら整備班の手伝いをすることになったが、それは俺の自発的行動であり、決して整備班の放つ雰囲気に屈したわけでは無いと明記しておく。教訓、温厚な人間が本気で怒るような事は慎みましょう。
「これは酷いな」
「どうします?」
回収されてジャブローの整備ハンガーに戻された3号機を見上げながらテム・レイ大尉は顔を顰めた。元々アレン大尉は被弾を嫌うタイプのパイロットであり、攻撃や防御よりも回避を優先する傾向にあった。故にどこかで彼ならば無茶をしないという信頼があったのだが、オデッサ以降それが崩れていた。
(いや、隊長としての自覚が生まれたと言うべきか?)
以前の彼ならば自機を危険に晒してまで誰かを守ろうとはしなかっただろう。つまり無自覚な責任感から来る行動とも考えられた。
「正直ギリギリのタイミングと言うべきか」
手元の改造計画書を確認しつつ、テムは溜息を吐きながら指示を出す。
「予定通り3号機はフルアーマープランで行く。元々上半分はすげ替える予定だったんだ、下まで壊れていないだけ良しとしよう」
「まあそうですけど。…オーガスタの人達怒り狂ってましたね」
指示に従って運び込まれる分解されたMSを眺めながらロスマン少尉が話しかけてくる。それに対してテムは鼻を鳴らして答えた。
「パイロットの特性に合わせて最適化する結果だ。文句があるならそれ以上の機体を用意してからにしろと言いたいね」
その返事にロスマン少尉は苦笑しつつ、確認のために改めて改修プランを口にした。
「予定通りNT-1プロトのパーツは分解、腕と脚部それからバックパックはガンダム2号機に移植します。残った胴体と頭部、それに増加装甲は3号機の強化に流用。間違いありませんよね?」
「ああ、胴体内の四肢連結部のフィールドモーターも忘れずにな」
特に気にすることも無くテムは応じた。ホワイトベースの出港に間に合わせるためにオーガスタの開発チームは、NT-1プロト――実質的なNT-1の2号機だ――を組み上げてジャブローに送ったのだが、受領された直後にホワイトベースの整備班の手によってバラバラにされてしまう。苦心して送り出した機体を部品取りにされた彼等の心情は察して余りあるが、だからといって不完全な機体をパイロットへ渡す訳にはいかないとテムは考えていた。
「出力と反応速度で勝り、更に推力はこちらの倍以上。だと言うのにNT-1はアムロ准尉の乗るガンダムと良い勝負だ。理由は至極単純、パイロットが機体に振り回されているからだ。まあ、あんな機体で戦えているだけでも規格外ではあるのだがね」
断言しよう、あの機体を設計した奴はアホである。尤も与えられていたであろう事前情報が途轍もない反応速度を持つパイロットというものだけであるから、酌量の余地は多少あるが、それでも人体の限界に近い機械的な速度の上限を狙った機体などを誰が扱えるというのか。パイロットが成人前の少女である事も加わって、パイロットが振り回されない速度に抑えられた機体動作はガンダムと大差ないレベルまで落ち込んでいる。教育型コンピューターがパイロットの限界を学習した故の弊害だった。
「せめてコアブロックシステムを使ってくれていれば良かったんだが」
それならばガンダム2号機のコアブロックと挿げ替えるだけで話は済んだのだが、生憎とNT-1には別のコックピット方式が採用されていた。全天周囲モニターと呼ばれる新機軸のコックピットは従来のモニターよりも遙かに多くの視覚情報をパイロットに提供出来る反面、機体内部をそれ専用にレイアウトする必要があった。結果中身を掻き出してコアブロックを詰め込むくらいなら新造した方が早いという状況になってしまった。そして何よりテムが憂慮したのは、このコックピットには緊急脱出機能が付与されていないのである。その為の増加装甲なのだろうが、それでは折角の運動性が損なわれてしまう上に操作性も悪化してしまう。少なくとも敵弾を回避する事を前提に戦っているパイロットには扱いにくい機体になることは間違いない。
「動きの良い手足は2号機に必要になる」
一方でアレン大尉は無自覚な行動から耐久性の高い機体が必要になる。同時に彼の場合他のパイロットをフォローする事が多いため、普段から多数の武装を積み込んでいるのだ。ならば最初から機体に付与してしまおうと言うのがテムの思惑である。また俯瞰して戦場を見る上で、全天周囲モニターが有効であるとも考えていた。
「何事も適材適所と言う奴だ」
先程まで整備班から散々に嫌味を言われながらも作業を手伝っていたアレン大尉を思い出しながらテムは呟く。彼は一人前の指揮官になろうとしている。ならばそれに応えられるだけの機体を用意するのが、メカニック達を預かる自分の矜持だろう。そんなことを考えながら。
「その、申し訳、あ、ありませんでした!」
怯える6つの瞳、その前に立って俺はどうすべきか悩んだ。軍人なら叱ればいい、民間人なら仕方が無いと笑ってやればいいだろう。じゃあ、戦闘用に作り替えられてしまった人間相手にはどう接するのが正解だ?
「今回の一件に関しては俺の判断だ、君達が謝罪する必要はない。とは言えそれでは君達の気が済まないだろう。類似想定のシミュレーション訓練を命ずる。他の小隊の連中もやっているから合流して参加するように。詳細はマッケンジー大尉に確認しろ」
「「了解しました!」」
露骨に安堵した表情で退出する彼女達に一応コミュニケーションは成功したかと溜息を吐く。そして残ったブランド・フリーズ中尉を睨みつつ口を開く。
「で?説明してくれるんだろうな」
こっちはこの後事情聴取も待ってんだ。グダグダせずにさっさと終わらせたい。
「どの辺りからご所望かしら?」
「決まってんだろ。ちゃんと全部だ」
俺がそう言えば、彼は肩を竦めて口を開く。
「機密は喋れないわよ」
そう前置いて彼は話し始める。
「発端はジオンからの亡命者。ニュータイプの軍事研究をしていたある人物がこちらに寝返ったのだけれど、それで一部の人間が危機感を覚えたの。既に連邦にも前例があったしね」
「ララァ・スン少尉か」
俺の言葉にフリーズ中尉が頷く。
「MSに乗せたら手が付けられない戦闘能力を発揮する新人類。そんなものが増え続けたら自分達オールドタイプは何れ駆逐される。だからその前に対抗出来る手段を準備しなければならない」
「馬鹿らしい」
俺はそう吐き捨てる。
「新人類?ちょっとばかし性能が高いくらいで大仰なんだよ。確かに彼らは高い戦闘能力を持っちゃいるが万能じゃない。生きていくには社会が必要だし、その社会を構築するには圧倒的多数を占めている現人類が必要だ。古い人間を一掃しても困らん程新人類とやらが増えているなら、それこそ武力で駆逐する必要なんてない、ほっといたっていなくなるんだからな」
「そう考えられない人もいるのよ。特に誰かを蹴落として今の地位に就いたと自覚している連中はね」
「それで、彼女達がその対抗手段だと?」
「正確にはその試作品ね。前例に近い環境の個体を集めて、素質がありそうなのを強化した成功例」
実験個体に比べれば随分と安定したし、長持ちするようになったとフリーズ中尉は言い放ちやがった。
「そういう薬物も使っているのか?」
「所詮子供だもの、これでも実験個体よりは随分減らしてるのよ?その分今回みたいな事も発生してしまうけど。で、お優しい隊長殿はどうするの?」
使えば確実に寿命を縮める。使わなきゃPTSDは確実、最悪作戦中に錯乱でもされればその場で死ぬ事だって十分あり得る。どっちも不幸になる選択とかふざけんじゃねぇよ。
「違法薬物の使用を認める訳にはいかない」
「違法じゃないわよ。この世に存在しない薬だもの、使用制限も無いわ」
「言葉遊びをしてんじゃねえよ。薬物以外の訓練でどうにかしろと言ってんだ」
「お優しい事、隊長様は随分と甘いのね。民間人の子供を集めて人殺しに仕立てた奴が善人気取りか?」
「なんとでも言えよ。だが覚えておけ、あの子達に出撃許可を出せるのは俺だ。折角ホワイトベースにねじ込んだのに一回も戦えなかったなんてなれば、アンタの立場も危うくなるんじゃないのか?」
「その場合は出来損ないも纏めて廃棄処分だろうな?」
「つまり一蓮托生って事だろう?完成品のテストも満足に出来ない奴を目にかけてくれるほど、アンタの雇い主は慈悲深いのかい?」
俺の言葉にフリーズ中尉は舌打ちをする。彼の上官が俺の想像する通りならば、彼女達と一緒に処分される方が可能性は高い。そしてどうやらそれは図星らしい。
「隊長さん、アンタ随分な悪党ね。いいわ、その話聞いてあげる」
当然だ。こんな仕事、悪党じゃなきゃ務まるかってんだ。
「ああ、精々上手くやってくれ」
俺はそう言って彼を部屋から追い出した。