WBクルーで一年戦争   作:Reppu

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60.0079/11/24

「この艦、疫病神でもくっついてるんじゃないの?」

 

「残念ですがジャブローにエクソシストの出張サービスはありませんね」

 

自機の調整を進めながらそうぼやくクリスチーナ・マッケンジー大尉の言葉にクラーク中尉が応じた。彼も自機を調整しているため、視線は交わらない。

 

「正規の実働部隊に格上げされたのに、なんであんな子供が回されてくるのよ?」

 

「身体的特徴に対する偏見的な発言はハラスメントに該当しますよ。彼女達は立派に連邦軍人です」

 

「書類上はね。ホント嫌になる」

 

軍の発行した正式な書類でそう書かれている以上、そうであると扱われる。例え搭乗可能身長の下限ギリギリで、明らかに精神が未発達であると周囲が認識してもだ。自らの想像していた軍務と現実とのギャップに顔をしかめながらも、クリスは手を止めずに調整を続ける。不満はあるがかと言って機体の調整を怠れば死ぬのは自分だからだ。

 

「話は変わりますが、機体の方は如何ですか?」

 

少々強引な話題の変更であったが、クリスは溜息と共にそれを受け入れる。通信越しでは会話は記録されているから、これ以上踏み込んだ発言は更なるトラブルを呼び込みかねないと考えたのだ。

 

「絶対これレイ大尉の仕業よね。そのまま同じことをガンダムにしてるじゃない。ま、悪くはないけどね」

 

強化改修と銘打たれ、彼女の機体は脚部とバックパックを交換されていた。

 

「カイ軍曹のキャノンに比べれば可愛いものでしょう。あちらはそれこそアレン大尉の機体並みの大手術ですよ」

 

その言葉にクリスは思わず苦笑を漏らした。ホワイトベースの整備員達は、整備隊長であるテム・レイ大尉の影響を非常に受けている。結果機体への現地改修や装備の付け外しに躊躇が無くなってきていた。それでもちゃんと動く機体に仕上げてくる確かな技術と熱意は評価するが、それと毎度のごとく試作機モドキの様な機体に乗せられる事への不満は別問題である。正直に言うのならガンダムの開発で懲りていたクリスは、チューニングするにしても機体の調整範囲内でしてほしいと言うのが本音だった。G型のSPモデル、ジムスナイパーⅡと呼ばれる機体のそれを移植された彼女のG型は30%程推力が向上している。制御系もアップデートはかけられているが、教育型コンピューター搭載機に比べれば随分と粗削りに感じる。

 

「安易に機体を開発するくらいなら、教育型コンピューターを量産すべきよ。そっちの方が余程戦力になるわ」

 

「暫くは難しいでしょう。具体的には戦争中は無理だと思います」

 

何しろMSに搭載可能な量子コンピューターというだけでも高価であるが、更に材料供給の不安定化やそもそも部品製造に従事していたコロニー企業の喪失によって生産能力が極端に下がっているのだ。連邦軍の支配地域拡大に伴って少しずつ改善してはいるものの、相変わらず単独でジム数機に匹敵するコストは、如何に連邦軍であろうとも支払うことが難しかった。

 

「そんな中でクラーク中尉の隊はB型、しかも全く弄られていないノーマルと言うのもね」

 

「性能比較にはもってこいでしょうね。同時に運用してみれば違いも良く解る」

 

「セイラ兵長にG型が回ってきたのもそのせいか。整備員が増員されていなきゃストライキが起きていたかもね」

 

湯水のようにとまでは言わないが、現在のホワイトベースには定数を超える程度の整備員が乗り込んでいる。一個小隊分がMSよりも整備の容易な航空機であることも考慮すれば十分な数と言えるだろう。相変わらず予備のパイロットは居ないが、そもそも連邦軍の何処にもそんな贅沢な部隊はない。そして物資は不足なく補給されている事を考えれば優遇されていると言えるだろう。

 

「まだまだ楽は出来ないわね」

 

優遇は期待の裏返しであり、投資した分を回収したいと考えるのは人にとって当然の心理である。つまりこれだけの補給を受けているという事は、それ相応の激戦地に放り込まれる事を意味していた。

 

「宮仕えの厳しさですな。ま、誰に言われたでもない、自分で選んだ道です。あきらめましょう」

 

そう笑うクラーク中尉を見て、ひょっとしなくても彼は大物ではないかとクリスは思うのだった。

 

 

 

 

「あー、つまり俺の下に准尉をつけるってかい?」

 

完全に砕けた口調でスレッガー・ロウ中尉がそう聞き返してきた。

 

「不思議な話じゃないだろう。ロウ中尉とリュウ曹長はGファイターに乗るんだから、同じ機体に乗ってるエリス准尉をそちらに回すのはおかしくないはずだ。あれってGファイターでいいんだよな?」

 

「開発呼称はエフタホーン。一応プロジェクト名称はGファイター宇宙用簡易量産型。ペットネームがGストライカーだったかな?」

 

開発部の混乱が手に取るように解るご回答をロウ中尉がしてくれる。事実Gファイターとの共通点は宇宙用戦闘機という点くらいだろう。外観は丸きり異なるし、サイズも一回り小さい。ついでに言えば前後に分割もされなければMSを収容する機能も持っていない。一応接続用のアームがあってMSを抱えて飛ぶくらいは出来るようだが。

 

「それで空いた分で大尉が7小隊を面倒見るのでありますか?流石にそれは…」

 

リュウ曹長が顔をしかめつつそう口を挟んでくる。本当のことを言うならエリス准尉じゃなくロウ中尉の方へはアムロ准尉を出したいが、それでは部隊運用に癖が出る。

 

「元々宇宙軍は5機1小隊編成だ。やれん事はないさ」

 

「状況が違い過ぎるでしょうよ」

 

宇宙軍の戦闘機隊が5機編成だったのは電子的な支援、つまりIFFに始まって母艦や僚機とのネットワークが完全に稼働している事が前提だ。当然ミノフスキー粒子散布下ではそんな状況は破綻しているから、戦闘単位はツーマンセルやスリーマンセルに落ち込んでいる。まあMSが足りな過ぎて5機で小隊にしてしまうと保有部隊数が半分近くに減ってしまうから部隊が運用しにくくなるという笑えない理由もあるのだが。

 

「あのお嬢さん達は大丈夫なのかい?」

 

「技量は問題ないとは思いますが、自分も中尉と同意見です」

 

彼女達が乗っているのは黒く塗装されたジムスナイパーⅡだ。武装も同じでオーガスタ製のビームライフルにシールド、まさに標準仕様という風体である。だがそれよりも遥かに印象に残るのがその戦い方だろう。連携も個人としての技量も高水準であるが、一部の行動に致命的な問題がある。

 

「初戦で全員特攻なんぞされたら目も当てられんぜ?」

 

自分より格上の相手と戦う場合、彼女達は躊躇なく防御を捨てて相手を殺しにかかるのだ。自己保身を一切考慮していないその戦い方は、正にニュータイプを殺す為の戦闘機械だ。

 

「現在鋭意教育中だよ。だからこそ手元から離せん」

 

あのオカマ野郎薬物無しに戦場に出られるようにしろと言ったら催眠と暗示で解決してきやがった。薬物による人格の漂白は出来なかったから、文字通りの人が変わったようにとまでは辛うじていっていないものの、当初よりも遥かに攻撃的な言動が目立つし雰囲気も刺々しい。そんなだから他の士官に指揮を任せられない。正直先の事を考えたら胃がキリキリしてきた。

 

「そういう事なら任されましょう。あ、でもエリス准尉にはちゃんと大尉から言ってよ?余計な恨みを買いたくないんでね」

 

なんのこっちゃ?そう首を傾げていると端末が鳴り着信を告げてくる。俺が出るとモニターには困り顔をした歩哨の伍長が映っていた。

 

『失礼します、アレン大尉殿。その、来客なのですが』

 

そう言って彼は少し位置をずらしてその来客をモニターに映した。相手を見てロウ中尉とリュウ曹長が目を細めたのを見てしまった俺は、直ぐに席を立って彼に告げる。

 

「わかった、直ぐに行こう」

 

それだけ言って足早に通用口へと向かう。時間にして数分とかかっていないはずだが、待ち人は酷く落ち着かない様子になっていた。

 

「待たせた。それで何か用だろうか、マット・ヒーリィ中尉」

 

「お呼び立てして申し訳ありませんアレン大尉。その、移動の前に一言お礼を言いたく思いまして」

 

「移動?」

 

「はい、自分の隊は北米に向かう事になりまして」

 

北米、そうなるとキャリフォルニアベースの攻略か。激戦地だな。

 

「そうか、まあ無理せずにな」

 

俺がそう言うと、彼は敬礼ではなく頭を下げてきた。

 

「自分の判断ミスで、部下を危険にさらしました。大尉がいなければ俺は大事な仲間を失っていたかもしれない。本当に、ありがとうございました」

 

「よせよ、友軍をフォローするなんざ戦場じゃ当然だろう?ま、次は無いように気を付ければいいさ」

 

今回の一件はコーウェン准将の派閥にエルラン中将が貸しをつくる結果になっている。査問委員会も開かれたが、審問官は全員エルラン中将の息のかかった高官で占められていて、あの命令は解放された宇宙港のゲート付近でMSの誘爆を防ぐためという事で決着している。当然彼の行動は不問になったわけだが、それには政治的な背景があった事が彼にはしこりになっているのだろう。

 

「…自分は間違っているのでしょうか?」

 

そう俯きながら言う彼に、俺は素直な感想を口にする。

 

「別に間違っちゃいないだろう。少ない犠牲で戦争を終わらせたいなんてのは、誰だって考える事だ」

 

まあ、尤も。

 

「それを実行しようという時点で軍人には向いてないとは思うがね。ヒーリィ中尉、君は何で軍人になった?」

 

「自分は誰かを守るために軍人になりました。ですが、気づいてしまったのです。敵と呼ぶ相手もまた人間で、彼らも大切なものを、大切な人を守るために戦っているのだと」

 

故に不殺。幸か不幸か、彼にはそれが実行できるだけの能力が備わっていた。俺は溜息を吐きながらそんな彼に伝える。

 

「敵と味方の命を同じに考えちまう時点で、アンタは軍人じゃないよ」

 

味方の被害を最大限抑え、敵に最大限の被害を与えるのが軍人だ。当然そこにはヒューマニズムに溢れた人類皆平等などと言う理想は存在しない。そしてそれを承知して武器を手にするのが軍人としての最低限の覚悟だろう。

 

「アンタが今日殺さなかった敵は、明日知らない味方を殺すだろう。明日アンタが味方を死なせた事で、もっと多くの味方が死ぬ事になる。ここは戦場で、全員が死ぬ事に納得して殺し合いをしている場所だ。断言するが、アンタのヒューマニズムで逃げ延びた敵はまた武器を持って連邦の前に立ちふさがる。それは徒に戦争を長引かせているに等しい行為だ」

 

「自分は」

 

「本当に犠牲を少なくしたいなら覚悟を決めろ。戦争は長引けば長引くほど、どちらも引けなくなる」

 

国家のあらゆるリソースをつぎ込んで行われるのが現在の戦争だ。そして連邦からの分離独立という絶対に認められない戦略目標をジオンが掲げる以上、彼らが降伏するまで連邦は手を止められない。そして独立が認められない以上はジオンも止まらない。そんな中で戦争が長期化すれば本来戦う必要がなかった人々だって戦争に駆り出される。だからこそ圧倒的な暴力でどちらかが早期に相手を屈服させることが、最終的に最も被害の少ない結果となるのだ。

 

「ま、あくまでこれは俺の持論だ。アンタの所のスナイパー、彼は最後までトリガーを引かなかった。彼はアンタの事を、アンタの言葉を信じてる。そしてアンタならそれが出来ると思っているんだろう。俺に謝罪するよりも、まずその信頼に応えてやるのが隊長じゃねえかな」

 

ヒーリィ中尉は俺の話を聞いて俯く。恐らく理想と現実の間で葛藤しているのだろう。だからちょっとした老婆心が出てしまう。

 

「俺が言えることは、誰かを守りたくて軍人になったんなら、まずは大切な仲間を守るところから始めなよ。欲をかくのはそれからさ」

 

俺はそう言って彼の肩を強く叩いた。


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