「ねえ、なんで俺の機体グレーに塗られてんの?」
漸くハンガーに戻された自機を見上げながらカイ・シデンは近くに居た整備員に尋ねる。ところが返ってきたのは説明などではなく、寧ろ何故そんな当たり前の事を聞くのかという言葉だった。
「え?だってグレーって軍曹のパーソナルカラーでしょ?」
「は?パーソナルカラー」
成る程、ジオンなどではその様な事が軍を挙げて行われていると聞いている。特にMSは他の兵器に比べ遙かに専従性が高い兵科だ。ホワイトベースのパイロット達もそれぞれの機体にほぼ固定されているから、そうした個人を示すエンブレムや塗装という発想もあり得るのかもしれない。だがカイは一度として自分から機体色を指定した事なんてないし、専用に塗装する許可など貰った覚えもない。すると整備員はご機嫌な様子でとんでもないことを口にした。
「有名ですよ、カイ軍曹。ザビ家の坊ちゃんをぶっ殺した灰色の悪魔っつって、連中のプロパガンダ放送でスペースノイドの敵認定されてますよ」
「いやいやいや!?ありゃただの都市迷彩だって!色なんて変えたら自分がそうだってアピールしてるようなもんだろ!?」
自己顕示欲がない訳ではないが、かといって悪目立ちを望むほどカイは馬鹿ではない。慌ててそう訂正するが、既に状況は手遅れだった。
「でももう広報部の連中がこの機体撮影してきましたよ。何人も逃れられない魔弾の射手!ってプロパガンダ放送作るとかなんとか」
「…勘弁してくれよ、俺スナイパーだぜ?目立っていい事なんかなんもねえよ」
「大丈夫じゃないですか?D型ベースでこれと同じ仕様を造るらしくって、そいつらはこれと同じ色になるって話ですよ」
「いや意味ねえだろ!?ウチの部隊で色違いがいねえじゃん!」
「大丈夫だよ。ウチにはもっと連中のヘイトを集めてる二人がいるから」
「低視認性と言う意味では赤も大差ありませんから、気にする程でもありませんよ」
自機の前で項垂れるカイに見かねたように、ジョブ・ジョン少尉とニキ・テイラー准尉がそう慰める。彼のガンキャノンは正式にスナイパーモデルの実験機として改修が加えられていた。
「相変わらずキャノンはついてないんですね」
自分の機体と見比べながら、ハヤト兵長がそう口にする。それに気のない返事をしながらカイが答えた。
「おー、冷却ユニットや補助ジェネレーターを突っ込んでるから、キャノンの弾薬を入れるスペースがねえんだと。だから追加されたガトリングも弾倉が外付けだろ?」
以前は冷却用ケーブルが飛び出ていたバックパックはレイアウトが変更されて、両肩にそれぞれ武装が施されていた。
「結構ごちゃごちゃしているね」
「なんていうかアレン大尉のガンダムみたいですよね。全身に武装している所とか」
「いや、あっちの方が数段やべえぞ。こいつはそれぞれの武装を距離で使い分けるからあんま悩まねえけど、あっちは兎に角詰め込んだって感じ。あれちゃんと扱える大尉も大概アレだよ」
因みにそんな連中と連日模擬戦を繰り広げている彼ら自身、他部隊からすれば十分アレな部類なのであるが、残念ながら交流の経験を持たない彼等では知る由もなかった。
「流石に無茶振りが過ぎるぞ!」
暴れる機体を強引に振り回しながらビームを放つがあっさりと躱される。ですよね、知ってた!
「んなろ!」
バックパックと脚部のミサイルポッドを起動し即座に発射、同時に30発以上のミサイルが敵機に向かって殺到するが、相手は急速な方向転換を繰り返してミサイルを一纏めにするとバルカンで撃ち落としてしまう。そういうのはマクロスでやってくれません!?
『そこっ!』
「うぼあ」
更に追加でミサイルを放つべく左腕を振り上げたところに放たれたビームが機体の右腕を吹き飛ばす。
『外した!?』
アムロ准尉が驚いた声を上げるが別に俺が避けた訳ではない。あちらの予測に俺が追い付かなかっただけだ。
「クソが!」
残った左腕のビームライフルと肩のキャノンで応戦するが、損傷で運動性の下がった機体で抗えるはずもなくあっさりとコックピットを撃ち抜かれ、シミュレーションは終了する。機体から這い出ると険しい顔をしたレイ大尉が待っていた。
「どうした大尉、全戦全敗じゃないか。しっかりしてくれ」
無茶いいよる。
「運動性が互角の機体ですら勝率2割を切るんですよ?これだけ速度に差があっちゃ手も足も出ませんて」
NT-1から手足とバックパックを移しただけ。気楽に言ってくれるがその効果は絶大である。なにせ推進器は全部NT-1と同等に更新されているから、ガンダムと比べて3倍以上の推力が与えられている上に、何処から奪ってきたのかガンダム4・5号機のショルダーユニットまで増設されて抜群の運動性を獲得している。ここにマグネットコーティング済みの高反応な四肢に加えて専用に最適化された教育型コンピューターによって限界まで追従性を上げられた所にアムロ・レイが乗っているのだ。寧ろこいつを墜とせる奴が居るのかと問い詰めたい。
「運動性はともかく加速が足りません。もう少し軽くなりませんか?」
「お勧めしないな。機体強度を確保するために増加装甲のフレームを補強材に使用しているし、この機体にはコアファイターが無い。装甲を減らすことは生存能力とトレードオフになる」
ああ、だからこのアーマー脱げねえのか。材質も複合装甲からルナチタニウム合金に変更してるんだっけ?実に贅沢な一品だ。武装もマシマシで総重量は元のガンダムに比べて倍近くになっている。尤もこれで今までのガンダムと運動性は互角、加速性に至っては上回ると言うのだからテム・レイ驚異のメカニズムである。
「後はアムロ准尉並みのパイロットを乗せる位しか解決方法がありませんよ。ララァ少尉に譲りますか?」
「この2機を造るのに少々無茶をしたからね。この上NT-1の1号機まで寄越せと言ったらジオンと戦う前にオーガスタの連中と一戦交えねばならなくなる」
何やってんだこのおっさん。いや、俺達の為に最大限努力してくれた結果なのだろう。文句を言うのは筋違いと言うものだ。
「じゃあ、俺が頑張るしかない訳ですか」
「そうなるね。一応他のパイロットにも試して貰う予定だが、まずアレン大尉を超える適性を出すのは居ないと思うよ」
「へっ、褒めたってなにも出ませんぜ」
そう言って俺はスポーツドリンクを呷るとコックピットに潜り込む。天才でもニュータイプでもない俺は練習以外で強くなる方法なんてないからだ。待機モードになっていたシステムを立ち上げてシミュレーションを起動する。そして空間が構築された瞬間コックピットを撃ち抜かれた。
『さあ、アレン大尉。今度は私がお相手します』
とても楽しそうなララァ少尉の声がスピーカー越しに響く。なんていうか、人の心とか無いんか?
「ルナツーに合流する味方に先行し軌道上の敵警戒艦隊を撃破。その後サイド6方面へ移動する。つまり陽動だな」
「敵は引っかかるでしょうか?」
「無視出来ん戦力だとは思う。本来ならばここにブランリヴァルとスタリオンも加わる予定だったからな。それならば確実に釣れただろうが」
グレイファントムの艦長、ローランド・ブライリー中佐の言葉にブライト・ノア少佐は眉を寄せた。
「やはり間に合いませんか?」
「厳しいな、特にブランリヴァルは損傷が激しい。スタリオンの方もミノフスキークラフトが不調だそうだから間に合わないだろう。代わりにこちらにはサラミスが回されそうだ。艦載機は無いが火力は期待出来る」
つまり砲撃以外は期待するなという意味だ。
「サイド6から後は?」
「今の所第3艦隊に合流しソロモン攻略に参加予定だが、状況は流動的だな。位置的にはグラナダやサイド3の方が近いから、更なる陽動を求められるかもしれん」
「その場合は補給が心配ですね」
第4艦隊には補給艦も随伴しているが、第13独立部隊はその名の通り単独行動を行っている。中核となるペガサス級2隻は相応のペイロードを誇るが、同時に運用するMSと言う兵器は存外多くの物資を必要とするため継戦能力は実の所それほど高くない。
「その分はあの試作兵器で何とかしろと言うのが上の考えなのだろうがな。正直気に入らん」
メガ・ビームランチャー、開発陣の言葉を信じるならば一撃で艦隊を撃滅できるMS用携行火器とのことだ。ホワイトベースとグレイファントムにもそれぞれ1丁ずつが配備され、慣熟訓練が行われている。今の所トラブルは報告されていないが、配備に対してアレン大尉が難色を示していたのがブライトには気になった。
「使い物になれば儲けもの程度に考えておいた方が良さそうです」
「ふむ、そうなると通常火力だけで対応することになるか」
「軌道上の警戒艦隊との戦闘次第という所でしょうか」
ブライトの言葉にローランド中佐が口を開く。
「残念ながらその通りだな。ホワイトベースは改装してからの実戦経験が無いし、グレイファントムに至っては今回が処女航海と来ている。未知数の部分が多すぎてどれも推察の域を脱しない」
何とも杜撰な計画である。艦長達は揃って溜息を吐くしかなかった。
以下作者の自慰設定
ガンキャノン・スナイパーカスタム(Gスナイパー)
カイ・シデン軍曹の戦果から本格的な長距離射撃機体として改修を受けたガンキャノン。
ジェネレーターの換装及び冷却装置の大型化によって射撃時の負荷を低減している。またキャノンの搭載を前提としないバックパックに更新することで若干の推力向上と近接防御火器の増設を果たしている。
一方で腕部はエネルギー伝達向上のためD型のものに置き換えられており、合わせて脚部も同様の変更がなされている。これに伴い原型となった機体に比べフィールドモーターの性能が若干低下しており、運動性及び近接格闘能力は低下している。