「地上における戦線の維持はもはや不可能だ、ここに至っては一人でも多くの兵を宇宙へ戻す事が肝要である」
「馬鹿な、未だキャリフォルニアは健在だ!再度北米から敵を駆逐すれば主導権はこちらに移る!!」
酷いものだ。会議室の末席に参加しながら、シャア・アズナブル少佐はそう感じた。そもそも先のジャブロー攻撃こそ唯一地上での主導権を握り返す手段だったのだ。だというのにジオン軍は十分な準備を整えられず、徒に戦力を消耗させるだけの結果に終わってしまった。
(ガルマが生きていれば、この様な無様にはならなかったろうか?)
彼が戦死して以降、ジオンの支配地域ではゲリラが頻発している。この原因の多くは共通の神輿を失った事で統制を欠いた地球方面軍司令部の失態である。現に今でも対立する派閥が会議と言う名の罵倒合戦を繰り広げており、方針が全く定まらない。シャアに言わせればこれから増強される連邦の北米部隊を疲弊した現在の軍で駆逐出来ると考えている事自体が理解できないのだが。
「では撤退の準備を進めつつ、基地の防衛設備を増強することとしよう」
沈黙を保っていれば、そんな滅茶苦茶な決定が下される。それぞれの意見の妥協点を探ったそれは、結果として全てが中途半端なものになる。
(これは無理だな)
誰もが不満顔のまま会議を終えて席を立つ。その中でシャアはそう見切りをつけて次を考えた。ここに至っては如何にして自身も宇宙へ脱出するか。その方法を考えつつ席を立とうとした瞬間、彼は基地司令に呼び止められた。
「は、新型…でありますか?」
「次期主力機の先行生産分だ。今日の便でそれが届くから、少佐にその機体を預ける」
「先日頂いたばかりの機体を壊した私にですか?」
「謙遜するな、少佐だからこそ機体が動く状態で帰ってこれたのだろう?どちらにせよ上から直々のご指名だ。今さら色を変えるのも手間だからな、しっかりと働いてくれ」
その命令にシャアはただ敬礼を返すしかなかった。
『宇宙か』
「懐かしいか?」
呟くアムロ准尉に俺はそう話しかけた。地上に降りていたのは凡そ2ヶ月ほど。時間にしてみればそれ程経っているとは言えないが、経験の濃密さを考慮すればそうした感情が生まれてもおかしくない。
『どうでしょう。でも確かにこの感じはちょっと落ち着くような気がします』
そんな何ともスペースノイド的な発言をする彼を見て俺はちょっとだけニュータイプが羨ましくなった。この人を拒絶するような漆黒の中でも安らぎを覚えられる彼等は、何処までも遠くへと羽ばたいていけるだろう。それこそ銀河の果てまでだって。
『あの、僕、変なことを言いましたか?』
「いや、実に
そう俺が返事をすると、アムロ准尉は躊躇うように聞いてくる。
『それは僕がスペースノイドらしいって事でしょうか?』
ああ、そうだよな。ちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないよな。彼等が感じられるのは感情の部分だけだ。そして差別や害意を当然のものとして捉えていて、悪意無く実行出来る人間だってこの世にはいるのだから。
「いんや。マチルダ中尉の言葉じゃないが、この宇宙空間が当たり前になっていて、恐怖なんて感じないのがニュータイプってやつなのかなとな」
『アレン大尉は怖いんですか?』
あたぼうよ、ビビリに関しちゃ宇宙世紀でも指折りだって自信があるぜ?
「放り出されりゃ普通に死ぬからなぁ、正直怖いよ」
『宇宙が怖くなければ、ニュータイプなんでしょうか?』
どうだろうね、少なくとも地球の環境が当たり前という連中とは別の価値観ではあるだろう。それがジオン・ダイクンや、ニュータイプ研究所が提唱するそれと一致するかは別として。
「わかんね。ただ線引きするのは簡単だからな。人はそうやってすぐ相手と自分は違うんだって思いたがるんだろ」
自分は彼等とは違うから宇宙が怖くてもいい。スペースノイドはアースノイドと違うから同じように扱う必要は無い。そうやって都合良く自分へ利益を誘導するのだ。だから人が人である限り絶対に争いは無くならない。
「でもまあ、それで良いと思うんだよ。重要なのは違うことを認める事と、ほんのちょっとの我慢なんじゃねぇかなと俺は思う」
個体差がある以上人類はどうやったって全員同じにはなれないし、同じになってしまえばそれはもう人と同じ形をした別のなにかだろう。だから違う相手を受け入れる事は何よりも重要で、そしてそれと同じくらい自分の何もかもを相手に受け入れさせようとしないことが必要なんだと思う。
『我慢、ですか?』
「だってそうだろ?お前らはスペースノイドだからこの扱いを受け入れろって考えを誰かが押しつけて、そんなことは受け入れられるかって考えを押しつけ返した結果がこの戦争だぜ?」
自分の意見という違いを強引に受け入れさせようとするから軋轢が生まれる。違うことが受け入れられないから同じにしろと争いになる。そこまで言って、俺は不意に笑ってしまった。
「うん、そうだな。宇宙が怖くないくらいじゃニュータイプなんて言えねえわ。そうだな」
そうせめて、
「違う相手と上手くやっていけるようになって、戦争なんてしなくなった奴らが漸く名乗れるんじゃねえかな、ニュータイプってさ」
そう言った所で艦内に警報が鳴り響く、開かれていたオペレーターとのチャンネルからフラウ一等兵が敵艦隊発見を告げてきた。おしゃべりの時間は終わりのようだ。
「よし、各機聞け。敵は想定通りムサイ3隻からなる標準的な哨戒艦隊だ。想定されるMS数は最大で18機。だが初動は12機だろう」
ムサイの最大搭載数は6機だが、その内2機は突入艇である艦首のコムサイに貨物として載せられている。つまり基本的には予備機であり常用する物ではないのだ。
「友軍サラミスが合流するまでに、速やかにこれらを排除する必要がある。よって今回は本艦並びにグレイファントムの全機体が投入される、コールサインの誤認に気をつけろ」
敵艦隊に艦首を向けるためだろう、ゆっくりとした横Gを僅かに感じながら言葉を続ける。
「A隊1・4・6・7小隊は敵艦隊を攻撃、B隊2・5小隊はホワイトベースの直掩に付け、B隊の指揮はマッケンジー大尉に任せる」
『了解』
「H102は6小隊に合流、スレッガー中尉の指示に従え。7小隊は俺に付いてこい。何か質問はあるか?」
問いかけに対して皆が頷く。全天周囲モニターは通信相手全員が映せるのがいいな。
「宜しい、では全機出撃。軌道上はもう奴らの物じゃ無い事を教えてやれ!」
『『了解!』』
俺の鼓舞に皆はそう答えて次々と出撃していく、それを横目に自身の番を待ちながら静かに呼吸を整える。
「さあ、ここからだ」
ここから先の激戦に覚悟を決めるため、俺はそう呟いた。
「木馬!?映像は出せるか!?」
「静止画像になります!」
索敵員が緊張した声音でそう言うと、目の前のモニターに白い船体が遠巻きに映し出される。その姿を見てドレン大尉はうめき声を上げた。
「連邦め、量産しているのか」
北米での偵察やオデッサ作戦を経て木馬、正式名称ホワイトベースの姿はジオン軍内に周知されている。それでなくてもドレンは一度実際に戦っているから、その姿を見間違える事は無かった。似ているが以前見た艦とは細部が異なる。故にあれは別の艦だと彼は結論づけた。何より敵艦は2隻である、新造されたホワイトベースの同型艦の艦隊と考えたのは無理のない事であった。
「全艦牽制射撃を行いつつ反転!MS隊は即時発進し艦の防衛に回れ!」
「逃げるのでありますか!?」
パトロール艦隊に再編された際に付けられた副官は経験が浅い少尉だった。幸いにして艦橋要員達は直ぐに命令を実行してくれていたので、その時間でドレンは少尉を教育する。
「木馬はムサイと同等の火力を持っている。それでいて搭載機数は少なくとも9機、こちらの倍以上だ。あの新型艦は木馬より一回り近くデカい、ならば火力も搭載機数も上と考えた方がいい。そんなのが2隻、こんなパトロール艦隊で相手に出来るものかよ」
砲火力で多少優勢を取れた所で、MSの搭載数の差が致命的過ぎた。何しろ連邦のMSは既に艦艇を撃破しうるビーム兵器を装備しているのだ。たった1機でも懐に飛び込まれた時点で艦隊が壊滅する恐れすらあるのだ。そして何よりもパトロール艦隊である彼等にはこの情報を持ち帰るという遙かに重要な任務があるのだ。
「ミノフスキー粒子濃度上昇!通信妨害されます!」
悲鳴のような観測員の言葉にドレンは舌打ちをする。
「逃がさんつもりかっ、こちらもミノフスキー粒子を散布しつつ最大戦速!振り切れ!」
彼の命令に艦隊は迅速に応じる。しかしベテラン揃いのクルーであっても艦の性能以上の力は引き出せない。生産性のために一部機能を簡略化された戦時標準艦である彼等の艦は、転舵速度と半径が通常のムサイよりも劣っている。それは僅かな差ではあったのだが、精強な敵の前では十分過ぎる隙となってしまった。
「MS隊交戦を開始!な、そんな!?」
展開していたリックドム12機、最初に敵とぶつかったのは最も外周に位置していたトクメルの隊だった。襲撃してきた数は16機とほぼ同数であったが、質が違いすぎた。
「ガンダムっ!あの白い奴か!」
敵部隊の最前衛を務める4機のMS。その中にあの忌まわしい色をドレンは見つけて叫んだ。以前彼が乗艦としていたファルメルを散々に痛めつけてくれたMS。それと同色の機体がビームを放ち、直撃を貰ったリックドムが火球へと変わる。そこからは正に悪夢だ。僚機を失った事で僅かに動揺した他の機体に、黒塗りのMSが襲いかかる。練達した兵士の動きで近づいたそれらは、手にした火器からいっそ過剰と思えるビームをリックドムにたたき込み、僚機と同じ末路を辿らせる。
「対空防御!撃ちまくれ!!」
あっという間にMS隊の3分の1を失ったドレンは即座にそう命じるが、その命令は残念ながら遅すぎた。灰色のガンダムが手にしたビーム兵器をトクメルへ向けて連射すると、トクメルは船体をくの字に曲げた直後爆発を起こす。恐らく弾薬庫のミサイルが誘爆したのだろう。だが艦隊を襲う攻撃はそれだけでは無かった。トクメルが爆発するのとほぼ同時にスワメルにも上方からビームが降り注ぎ、正確に艦橋と砲塔、そして推進器を撃ち抜いたのだ。当然スワメルもトクメルと大差の無い最期を迎える。
「化け物め…」
ドレンは後悔した。せめて敵艦隊を発見した時点で味方へ通信を送るべきだった。そうすれば少なくともパトロール艦隊を容易に撃滅できる有力な敵部隊の存在を味方に教えることが出来ただろう。だが既にそれらを伝える術は失われ、定時報告のない自分達を味方部隊が捜索に来る頃には、彼等は悠々と逃げ果せているだろう。恨みを込めて更に彼が連邦を罵るよりも早くキャメルの艦橋にビームが撃ち込まれ、彼は分子に分解された。
ウチの話に出てくるドレンさんは何時も不幸な気がする。
誰か彼の救済SSとか書かないかなあ。