WBクルーで一年戦争   作:Reppu

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世間話回。


66.0079/12/10

「シンディ曹長もガストール軍曹も、とっても優しくていい人だったんですよ」

 

投降してきたジオン兵と装備を友軍に引き渡すため、俺達はまだサイド6に留まっていた。当初は哨戒艦隊程度の部隊と交代する予定だったのだが、投降してきたティベ級の艦長の発言によって状況は大きく変わってしまった。連中は核弾頭を装備したザクを用意していたのだ。万一にもルナツーまでの護送中に再奪取されたりしてはたまらないと、正規の艦隊が対応することとなったためだ。

 

「そうか」

 

パルダコロニー内の湖を眺められる公園。そこにあるベンチに座りながら、俺はララァ・スン少尉の言葉に短く返事をした。

 

「シンディ曹長はパワフルな方で、入隊する以前はアスリートだったそうです。ガストール軍曹は物理学の博士号を持ってらっしゃって、とても知的な方でした」

 

湖の水面には白鳥が泳いでいて、周囲からは月曜の昼だというのに公園で遊ぶ青年達の笑い声が聞こえてくる。

 

「実感がないんですよ。確かに死んだって、あの時二人の命が消えるのを感じたのに」

 

気温を調整されたコロニーは快適だ。暦の上では12月でも、身を竦めるような寒さはない。手の中に収まっている缶コーヒーに視線を移しながら、ララァは続ける。

 

「遺品を整理して部屋を空っぽにしたら、まるで二人が最初から居なかったみたいに思えて。あの時、確かに私、二人の死を感じた筈なのに」

 

「人の死を感じられるからって、それを全部受け止めてたら壊れちまうよ。お前さん達みたいな連中は、ちょっと鈍感なくらいで丁度良い」

 

今回の襲撃で、スカーレット隊のパイロットが2名戦死した。史実を知っている人間なら、ケンプファー4機の襲撃を受けてたったそれだけで済んだと驚くだろう。何せ本来なら彼等はたった1機のケンプファーに全滅させられるのだから。だがそんな本当の歴史を知っているのはこの世界で俺だけだし、ララァにしてみれば二人を救えなかったというそれだけが紛れもない真実だ。

 

「…ひでえ話だ」

 

俺は思わずそう呟いてしまう。宇宙世紀においてニュータイプと定義される人種は、特定の脳波を持ちサイコミュを利用できる者を指す。問題はこの脳波というのが人の魂や精神なんていうオカルトじみたものを知覚出来てしまう事だろう。そしてこの能力は人間の生存本能と密接に関わっているらしく、強いストレス環境において発現や成長する。その解りやすい一つが身近な人間の死だ。極端な話、戦争がなければ彼等はちょっと勘が良い程度のどこにでも居るただの人間として生きられたかもしれない。しかしそうしたならば特別な存在として誰かに頼られることも、助けることも出来なかっただろう。戦争があったから彼等は特別になれた。それは多くの人を救う結果にも繋がるのだろう。だが果たしてそれは彼等にとって幸福と同義なのだろうか。

 

「気休めかもしれんが、お前は二人を救えなかったんじゃない、二人以外を救ったんだ。そう考えておけ」

 

そう言って俺は缶に口をつける。合成コーヒーの味が、今日はやけに不快に感じた。

 

 

 

 

「これは?」

 

「サイド6で船舶などの補修を請け負っている民間業者の連絡先です。リーア政府としては戦争に協力できませんが、民間からの生活物資購入までは規制しておりません」

 

「随分と急な話ですね」

 

当初入港した時との落差にブライト・ノア少佐は思わず苦笑してしまった。まるでさっさと出て行けとばかりの態度だったあのやりとりからまだ1日と経っていないのにもかかわらず、今では懸命に引き留めようという魂胆が透けて見える。

 

「軍部からの強い要望がありまして。…議会も随分と傾いていますよ」

 

ジオン公国軍の攻撃は市民に強い不安と、リーア政府に対する不信を植え付けた。安全だと思っていた市内に武装したMSが現れ、更には領域内で艦隊戦まで起きたのだ。政府の謳っていた中立による安全などというものは、実のところ戦争をしている当事者達の都合次第で平然と無視される程度のものであり、その際に自らを守ってくれるはずの軍は全くの無力である事が判明したのだ。

故に彼等は考える。傍観者で居ることが許されないのなら、せめてどちらに付くのがマシだろうと。

 

「近々リーア政府からジオンに対して領域の侵入や通過を禁止するとの通達があるでしょう。まあ実効性が何処まであるかは不明ですが」

 

「それまでに多少でも点数を稼いでおきたいと言うことですか」

 

「我々はこうしなければ生き残れなかった。それは理解頂きたいですね」

 

そもそも開戦初頭で連邦軍がサイド6を防衛出来ない程負けなければ中立などと言い出さずに済んだのだ。更に遠慮無く言うならば、地球連邦政府がサイド3の手綱をしっかりと握っていればこの戦争すら起きなかったのである。それを棚に上げて卑怯者呼ばわりは許さないと、カムラン監査官は言外に言っている。

 

「情報のご提供感謝します」

 

そうブライトが礼を言うと、カムラン監査官は寂しそうに笑う。

 

「私は休日に婚約者に会いに来ただけですよ。…彼女がこの艦に乗っていなければ行動も起こさなかったでしょう」

 

それは紛れもない彼の本心だ。婚約者であるミライ・ヤシマの身を案じたからこそ、監査官としての立場を危うくしてでもホワイトベースへ連絡を入れてくれたのだ。

 

「今後は何かあればリーア政府か軍から直接連絡が入ると思います。この艦は暫くこちらに?」

 

「明確な期日はお答え出来かねますが、護送の部隊が来るまでは留まることになるかと」

 

「そうですか。…勝手な物言いですが、貴方方の航海の無事を祈っています」

 

そう言うとカムラン監査官は頭を下げて去って行く。それをもの言いたげな表情でミライ伍長が見送っているのを見たブライトは、彼女に声を掛けた。

 

「言いたいことはちゃんと言っておいた方が良い」

 

「え?あの」

 

「こんなことは艦長の俺が言うべきでは無いとは思う。だがこんな仕事だ、明日も変わらずに来るなんて保証は出来ない。だから後悔しそうな事はなるべく少ない方が良い」

 

ブライトの言葉にミライ伍長は一瞬視線を彷徨わせるが、一度頷くと艦橋から出て行った。

 

「良かったんですか?追わせちゃって」

 

「任務中だぞ、ワッツ大尉」

 

扉が閉まった途端、そう揶揄ってくる副長に、ブライトは顔を顰めながら応じる。

 

「戦場で再会する二人、ロマンス的には格好のシチュエーションですよ?」

 

ブライトがミライ伍長の事を憎からず思っている事は艦橋要員の間では公然の秘密である。そして娯楽に飢える軍人にとっては格好の話題でもあった。実に楽しそうな表情でそう聞いてくる。そんな彼にブライトは一度溜息を吐くと口を開いた。

 

「俺だって人並みに上手に生きてみたいさ。けど、簡単にそれが出来ていればこんな苦労はしていない」

 

少し寂しげにそう告げる彼を見てワッツ大尉は思った。存外頼られる事を喜ぶタイプのミライ伍長には、こうした態度の方が効果的かもしれないと。

 

 

 

 

「一機でも多くのMSが要るんだ!グラナダも守らねばならんなら、ア・バオア・クーから出して貰うほかないだろう、兄貴!」

 

モニターに向かってドズル・ザビはそう声高に訴える。しかし返ってきたのは余りにも淡泊な反応だった。

 

『送っているよ、艦隊も出撃準備を進めている。キシリア、サイド6の状況は?』

 

『艦隊の移動は確認されておりません。しかし特務部隊を含めた艦隊を容易に撃破する戦力です。安易に放置する訳にはまいりません』

 

「ふん、コンスコンに任せておけば今頃その問題も無かったろうよ」

 

ドズルが思わず漏らした愚痴にキシリア・ザビ少将が眉を僅かに動かした。

 

『その様な推測は無意味だ。キシリアは地上から回収された部隊の再編を急げ、ドズル、お前がソロモンで支えてくれればジオンは勝てる。逸る気持ちは解るが、今は為すべき事に集中しろ』

 

「戦いは数だよ兄貴!事を成せと言うなら今すぐア・バオア・クーの戦力を送ってくれたらいい。それでソロモンは盤石になる!」

 

再度そう訴えるがギレン・ザビ大将の表情は変わらず、返事もまた同様だった。

 

『だから進めていると言っている。お前もそう考えるならばもう少し大局を見て行動しろ』

 

そうコンスコン艦隊を派遣したことを咎められ、ドズルはうめき声を上げた。パトロール艦隊の生き残りからの報告で、サイド6へ向かう艦隊が、ガルマ・ザビ大佐の仇であると知ったドズルは、私怨に任せて艦隊を派遣したからだ。結果は派遣した艦隊は半数が撃破され、残りは降伏するという散々な結果だった。

 

『状況は楽観できるものではないが、悲観する程でもない。各々が正しく職務を全うすれば十分に押し返せる。以上だ』

 

そうギレン大将は言い通信が切られる。何も映し出さなくなったモニターを前にして、ドズルは力任せに机を殴りつけた。

 

「その為の手が足りないというのが何故解らん!」

 

開戦以降ドズルは前線に立って戦ってきた。だがそれ故にジオン公国内において、最も消耗した派閥でもあった。矢面に立ち続けた宇宙攻撃軍の質は開戦当初に比べ大幅に低下していた。加えてソロモンの守りに就いて以降は主導していた筈のMS開発や艦艇の差配と言った要職からいつの間にか外されており、宇宙攻撃軍の装備は突撃機動軍に比べ些か見劣りする状況であった。

 

「兄貴達はソロモンを捨て石にするつもりか?」

 

既に次期主力機の生産は始まっていると言うのに、ソロモンへ配備するという連絡は無い。おかげで未だに防衛の主力はザクであり、精鋭に回せるのもリックドムと言う状況だった。更にそのなけなしのリックドムを預けたコンスコン艦隊が壊滅した事で、ソロモンは数字以上の損失を受けている。しかしそれをどうにかする手段を彼は持ち合わせていなかった。政治は自分の領分ではないと切り捨てて来た事が、この喫緊の状況において浮き彫りとなったのだ。

 

「…万一に備える必要があるか」

 

負けるつもりなどは毛頭無い。しかし戦いに絶対がないことくらいは彼も理解していた。そしてこのまま時間が過ぎれば、次の戦いが極めて困難な物になることは明白だった。

 

「ラコック、済まんがここを任せる」

 

決心したドズルは副官にそう告げると執務室を後にする。戦いの前の憂いを、少しでも減らすために。


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