時計の針は少しだけ巻き戻る。第3艦隊が攻撃を開始した頃、サイド1の暗礁宙域では第2連合艦隊がソーラ・システムの展開を急いでいた。
「展開率は?」
マゼラン級タイタンの艦橋で戦術マップを睨みながらティアンム中将は副官に問いかける。
「輸送の遅れもありまして、現在85%です」
「急がせろ、作戦はもう始まっている」
ティアンムは短くそう命じる。モニター上ではパブリク突撃艇が着々とソロモン要塞に近づいていくのが確認出来た。それを見つつ彼は静かに拳を握りしめる。
(今度は勝たせて貰う)
ソロモン要塞攻略は連邦軍にとってこの戦争を終結に導くための重要な一手だ。最前線を支える要衝を攻略すると言うだけで無く、ソロモンはその後に控えるア・バオア・クー、そしてサイド3本国攻略のための橋頭堡になるからだ。だがティアンムの中に渦巻く感情は、そうした公的なものだけではない。
「同じ条件ならば」
ティアンムは静かに呟く。ソロモン要塞を守護するドズル・ザビは彼にとって因縁の相手だ。開戦初頭の戦いで彼の術中に嵌まり多くの戦力を喪失。更にはコロニー落としという暴挙までをも許してしまった。故に彼はなんとしてもこの一戦に勝利し、汚名を雪ぐ必要があった。
「ビーム攪乱幕の展開を確認しました!」
「よし!ソーラ・システムはどうか!?」
刻々と時間が過ぎる中、遂に待ち望んだ報告が届く。僅かに椅子から身を乗り出してティアンムはそう叫ぶ。
「ミラー展開完了しました!」
「よし、規定時刻通りに照射を実施する。」
彼の号令の下、ソーラ・システムが動き出す。
「姿勢制御バーニア、連動システムOK!」
「目標はソロモン右翼のスペースゲート!」
「軸合わせ10秒前!」
事前の演習通りに進む準備、だがここで敵側に反応があった。隠蔽を解除し活動を始めた事で敵に発見されたのだ。第3艦隊が誘引しきれなかった敵艦隊がこちらへ向かって突撃を敢行してくる。
「敵迎撃機接近!各艦注意!」
「任意に迎撃!ソーラ・システムは焦点合わせ急げ!」
オペレーターの悲鳴じみた報告に叫び返しつつティアンムはモニター内のソロモンを睨み付ける。
「照準完了まで3・2…照準、入ります!」
ソーラ・システムは原理で言えば極めて単純な兵器である。大量の反射鏡を用意し擬似的な凹面鏡を形成する。それを以て太陽光を集光し焦点に照射するのだ。だがそれ故にビームの様な高エネルギー反応はなく、ミサイルのようにレーダーに捉えられることもない。そして文字通り光の速さで直撃するそれは、捉えられてしまえば回避することは不可能だ。それが移動能力を持たない要塞ならば尚のことである。
「やった」
摂氏数千度に達する太陽光に晒されたソロモン表面が焼けただれるように溶融する。目標となったスペースゲートは、熱に晒された内部の装備が誘爆したのか激しい爆炎と煙を噴きだしていた。正確な状況など確認せずとも、大損害を与えたのは明らかだ。それを見た副官が思わずと言った様子で声を漏らす。
「まだだ!全艦MS発進準備、要塞への突入に備えさせろ」
ティアンムはそう強い語気で命令する。そうしなければ自分自身が歓喜の声を上げてしまいそうだったからだ。
「どうした!?何があった!?」
突然の状況にドズル・ザビは思わず怒鳴ってしまった。洪水のように溢れかえる警告灯の光と警報、それら全てがソロモンが甚大な被害を受けたと語っている。
「だ、第6ゲートが消えました。敵の新兵器による攻撃と思われます」
「新兵器ぃ!?」
「レーダー反応なし、エネルギー粒子反応もありません!」
その報告にドズルはうなり声を上げる。その様な性質を持つ武器など一つしか無い。
「レーザーだとでもいうのか?射点は特定できるか!?」
「敵主力艦隊方向です!」
「グワラン隊を向かわせていたな。艦隊に連絡!可及的速やかに敵新兵器を攻略せよだ!二射目を撃たせるな!衛星ミサイルで起動できる物は全て敵主力艦隊へ撃ち出せ、可能な限りグワラン隊を援護するんだ!」
「…グラナダに増援を求められては?」
副官のラコック大佐が密やかに進言してくる。飲みかけのマグカップに視線を落としたドズルは寂しげに笑った。
「グラナダは動けん。そしてキシリアが動かない以上兄貴も動けんだろう」
キシリアがギレンと政治的に対立していることは周知の事実であるが、ドズルは家族であるだけに状況は更に深刻である事を直感的に感じていた。公的な立場だけでなく二人は私的な部分、言ってしまえば行動の根幹を成している思考の部分で対立してしまっている。ここで問題となるのが手駒の数だ。キシリアは直接の暴力装置として突撃機動軍を抱えているが、ギレンは親衛隊と首都防衛隊のみである。仮にア・バオア・クーの親衛隊を全てソロモンに投入すれば、この状況は切り抜けられる。しかしその場合ギレンの身柄はキシリアに委ねられる事になるだろう。それがドズルに予測出来る程度には彼等の関係は拗れてしまっている。
「何処で間違ったのか」
誰も寄りつかなくなり静まりかえるようになった自宅、その寂寥感に耐えられなくなったドズルもまた、妻子を連れてソロモンに逃げた。もしあそこで自分が意地でも留まり続けていたら、この様なことにはならなかったのだろうか。
「閣下?」
そう問いかけてくる副官の言葉でドズルは現実へと引き戻される。彼は不敵な笑みを浮かべ直すとマグカップの中身を飲み干した。
「ふん、この程度の事で救援なぞ求めては国中の笑いものよ。残りのミサイル砲台は全力射撃!弾を惜しむな!艦隊の点呼急げ、グワラン隊の突撃が成功次第戦線を縮小、ソロモンの水際で敵を殲滅する!」
「あれっ、あの艦隊!味方に突っ込んでいくぜ!」
『解っているけど、こう敵が多くちゃ!』
カイ・シデン軍曹の言葉にジョブ・ジョン少尉が機体を操作しながら弱音を吐く。グワジン級戦艦を中核とした有力な敵艦隊は、他の部隊がこちらを抑えているうちに主力艦隊に向けて突撃していく。
「クソっ!退けよこの野郎!!」
ヒートホークを振りかぶり襲いかかってくるザクに向けて、カイはガトリングを叩き込みつつ状況を考える。突撃している敵の数は8隻と決して多くはない。単純な数の話であれば主力艦隊で十分対応出来る様に思える。だがカイはどうしても嫌な予感が拭えなかった。
「敵のグワジン級、こいつには注意しろ」
第3艦隊と合流するまでの2週間、その間にアレン大尉から教えられた言葉がカイの脳裏に浮かび上がる。
「戦艦と言うだけで火力も耐久力も厄介だが、何よりこいつにはザビ家が最も信頼する人間が乗っている」
「どういうことですか?」
そう聞いたハヤトにアレン大尉は嫌そうな顔で答えた。
「ザビ家の連中の命令なら喜んで死ねる奴らが乗ってるってこった」
その表情の意味がカイには解ってしまった。死んでも構わないなんて思っている連中ならば帰ろうなんて思わない。帰らなくて良いのなら、後は全力で破壊をまき散らすだけである。そんな連中が徒党を組んで、対要塞兵器を抱え込んで動けなくなっている味方へ突っ込もうとしているのだ。
(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!)
あれを味方に向かわせるのは非常に不味い。しかし他の部隊にまとわりつかれているホワイトベースから自分達が抜けることは難しい。焦燥感を募らせる彼に福音が届いたのはその直後だった。
『行って下さい!援護します!!』
『でかした!ランディ曹長!お前も行け!』
青白い噴射光の尾を引く姿はまさしく流星。そう称えたくなるような速度で舞い戻った2機のガンダムが周囲の敵機を次々と撃ち抜き、戦場に綻びを作り出す。その隙を見逃さずコリンズ大尉がそう命じ、返事をする間も惜しんで3機のガンキャノンが飛び出した。
「先頭はこっちでやる!」
『了解!』
『デカブツは任せろ!』
スナイパーカスタムのカイのH202号機、そしてメガ・ビームランチャーを装備したジョブ少尉とランディ曹長の機体は素早く横隊を組むと、敵艦隊へ銃口を向ける。カイは先頭を突き進むムサイの艦橋を照準し、即座にトリガーを引いた。
「いけ!」
狙い違わず艦橋を撃ち抜いたビームはそのまま船体に沿うように砲塔へと移動し、それに耐えかねたムサイは大爆発を起こす。更にその後ろを航行していたチベにもジョブ少尉が放ったビームが命中、横腹を引き裂かれたチベはムサイと同じ末路を辿る。
『こっの、沈めよ!』
第13独立部隊に配備されたメガ・ビームランチャーは整備班によってしっかりと調整されている。結果として当初からすれば大幅に火力が低下しているが、その代わり暴走や出力が安定しないなどというトラブルからは解放されていた。だが、それ故に戦艦を止めるには火力が足りていなかった。
「クソっ、ここまでして!」
戦艦以外にも敵艦が居ることが仇となる。射撃機会が僅かであったため、カイとジョブ少尉は別の艦を沈める選択をしていたのだ。グワジン級が想定よりも強固な防御性能を発揮したことによる誤算だった。
『限界だ、ランディ曹長!』
射程外へ敵艦が抜けつつある。二人がそう攻撃を断念するが、射撃をしていたランディ曹長だけは諦めていなかった。
『まだまだぁ!!』
彼がそう叫ぶと、メガ・ビームランチャーの出力が目に見えて上がった。彼がリミッターを解除したのは誰の目にも明らかだった。
「馬鹿止せ!!」
『あいつを行かせる訳にはいかない!』
その執念が届いたのだろうか。放たれたビームは遂にグワジンのエンジンを吹き飛ばし、そこから連鎖するように爆発が広がっていく。そして推力の均衡を失ったグワジンは艦首を跳ね上げる様に船体を傾げると、他とは比べものにならない大爆発を起こす。その様子は文字通り轟沈だった。
『やったぜ、ざまあ見ろっ』
ランディ曹長の機体はあちこちから強制冷却のガスを噴きだし、射撃姿勢のまま固まっている。
「無茶しやがって」
『無事か!?ランディ曹長?』
『へへ、ピンピンしてるよ。でも機体の方が拗ねちまってる、ちょっと手を貸して――』
『避けろランディ!』
気が緩んでいた、その一言に尽きるだろう。敵艦隊を撃破した達成感と無茶をした味方が無事だった、そんな状況が重なって、カイとジョブ少尉は本当に少しだけ周囲の状況把握を怠った。それがどういう結末を生み出すか、よく知っていた筈なのに。
『がっ!?』
最初に聞こえたのはコリンズ大尉の切迫した叫び。次に聞こえたのはランディ曹長のくぐもった悲鳴だった。そして二人の前でランディ曹長の乗ったガンキャノンに、下半身を失ったドムが突っ込んで。
『ランディィ!!!』
コリンズ大尉の叫び声の中もみ合うようにして吹き飛んでいった2機は、やがて一つの閃光となって宇宙に消えた。