WBクルーで一年戦争   作:Reppu

76 / 149
76.0079/12/26

「普通じゃなくて良かったわね、アンタ普通だったら死んでたわよ」

 

目を覚ましたシス・ミットヴィル特務伍長が最初に目にしたのは、貼り付けたような笑顔でタブレットを確認するブランド・フリーズ中尉だった。

 

「…私?」

 

そう口にしたところで、彼女は全身に強い痛みを感じる。

 

「ビームが掠めたせいで、コックピットの中が蒸し焼き状態になったのよ。心肺機能を強化してなかったら肺が焼けて死んでたわね。それか全身の火傷でショック死か。まあ、あんた達の場合、死んじゃった方が幸せかもしれないけどね」

 

「死ぬ、のはイヤ」

 

痛む口を動かしてシスはそう呟く。するとフリーズ中尉は表情を消して口を開く。

 

「そ、なら暫く安静にしてなさい」

 

それだけ言うとフリーズ中尉は席を立ち部屋を出て行ってしまう。シスは眠気に後押しされ、再び瞼を閉じた。

 

 

 

 

「あら、隊長自らお見舞いかしら?」

 

「彼女の容体は?」

 

フリーズ中尉の軽口を無視して俺はそう問いかけた。中尉は気にした風もなく俺の質問に普段通りの表情で答えた。

 

「それなりに重傷ってとこかしらね。少なくとも年内に回復する見込みはないわ」

 

事も無げに言ってくる彼に苛立ちを感じて、俺は大きく深呼吸をした。今のは俺が悪い。

 

「そうか、ホワイトベースの設備で問題は?」

 

「時間がかかる以外は無いわね。でもそれは承知してくれるんでしょう?」

 

「ああ、皆も納得してくれている」

 

実戦での損傷データは有益だから、後送すれば間違いなく検体に回される。彼女達の扱いについて改めて痛感させられる言葉を聞かされた俺達は、負傷の度合いを偽ることでホワイトベース内に匿うことにした。正直フリーズ中尉の協力無しには成り立たないのだが、意外にも彼はあっさりと賛同してくれた。まあその理由は俺達よりも打算的なものだったが、むしろだからこそ信用出来た。

 

「お優しいこと。ま、この艦が沈まないよう頑張って頂戴」

 

言いながら手を振りつつ去って行くフリーズ中尉を見送り、俺は医務室の中を覗く。ベッドに寝かされたシス特務伍長は目を閉じて規則的な呼吸を繰り返している。それを見て俺は少し安堵すると、今度は格納庫へと向かった。そちらでは大破した7小隊のジムスナイパーⅡを前に、難しい顔で腕を組むレイ大尉とその横でタブレットを睨むロスマン少尉が居た。

 

「お疲れ様です」

 

「ああお疲れ、アレン大尉。何か用かな?」

 

「用事とまではいきませんが、現状把握と言う奴です」

 

俺の言葉にレイ大尉は肩をすくめる。

 

「良くないね。7小隊の機体は復旧不能と考えて貰った方がいい」

 

思った以上に悪い報告を聞いて、俺は思わず顔を顰める。

 

「そんなにですか?見た限りだと手足を交換出来れば何とかなりそうですが」

 

「その手足が問題なんだ。オーガスタの連中好き勝手に弄り回していてな、標準生産品がそのまま取り付かん。腰回りからやられたシス特務伍長の機体などはオーガスタに戻さなければ修復出来ないそうだ」

 

「分解して共食いは出来んのですか?」

 

「提案したんだが、パイロットと同じで随分特殊な機体らしくてな。上の判断が要るそうだよ。暢気な連中だ」

 

俺も呆れて溜息を吐く。あいつら自分が安全な研究室にでも居ると勘違いしてるんじゃないか?

 

「駄目ですね、コンペイ島の方にも問い合わせましたけど、SPの在庫なんてありません」

 

ジムスナイパーⅡは所謂オーガスタ系と呼ばれるモデルの最上位機種だ。問題はこのオーガスタ基地が、生産拠点としては貧弱だと言うことだろう。元々連邦軍は北米における軍需物資のほぼ全てをキャリフォルニアに集約していた。オーガスタは兵器開発の研究施設で、製造能力は一応有しているものの、大規模な生産ラインなんて当然持ち合わせていなかった。キャリフォルニアベースが陥落した際に大慌てで整えたものの、ジャブローなど既存の生産拠点には遠く及ばないのが実情である。そんな場所で生産される最上位モデルとなれば当然生産数など知れていて、引く手数多のそんな機体が倉庫に残っていよう筈も無かった。第一グレードの下がるコマンドですら他の部隊ではエース向けの上位モデル扱いなのだ。スナイパーⅡを一般隊員向けの様に扱っているウチの方が異常と言える。

 

「何処もコンペイ島攻略の損耗を回復している最中だからな」

 

原作に比べれば遙かに少ないとは言っても要塞攻略で損害が出ないはずがない。俺達が参加している第3艦隊に至ってはテキサスゾーンで分艦隊を丸ごと喪失しているのだ。はっきり言って普通のジムすら足りていないだろう。

 

「一応ボールなら、その2機ほど回せるらしいんですけど」

 

いやいやいや。

 

「SPでも骨な相手にボールなんかで挑めばどうなるかなんて言わんでも解るでしょう?戦力になんてとても数えられませんよ」

 

そうロスマン少尉に文句を言うと、横で聞いていたレイ大尉が真剣な表情で口を開いた。

 

「戦力な。聞きたいんだが大尉、どんな機体を持ってくるにしても、彼女達は戦えるのかね?」

 

「それは」

 

俺が言葉に詰まっていると、レイ大尉が近寄って来て小声で提案してくる。

 

「いっそこのまま機体調達が出来ずに予備パイロットというのはどうだ?」

 

それも考えなかった訳じゃない。そもそも俺に何かあったら戦えなくなる人員なんて、真面な戦力としてなんて数えられないからだ。だが現実と言う奴はそう簡単には収まってくれないものなのである。

 

「遊ばせているなら返却を求められる、とフリーズ中尉が」

 

「つまり戦場には出しつつ、戦力として問題ない運用をしなければならんと。上は何を考えてこんなことをしているのか!」

 

それについてはまあ、解らなくもない。

 

「それ自体は簡単でしょう、アムロ准尉やララァ少尉。彼等のような優秀なパイロットを人為的に量産出来れば、戦術的優位の確立は酷く容易になる」

 

戦術面での選択肢が増えればそれだけ戦略目標の達成は容易になるのは明白だ。そしてそれは早期の決着に繋がるだろう。それ以外にも多くの思惑はあるのだろうが、その大元が連邦の勝利に根ざしている以上、大抵のことは黙認されてしまう。

 

「滅茶苦茶だな、敵も味方も」

 

そう溜息を吐くレイ大尉に心の底から同意する。ああ、やっぱ戦争ってクソだわ。

 

 

 

 

「よう、隣いいかい?」

 

レイチェル・ランサム特務軍曹が食堂で俯いているのを見たカイは、トレーを持ってそう話しかけた。

 

「待機中は重力区画が使えるから有り難いよな。ハンバーガーとチューブじゃ味気なくっていけねえや」

 

そう言ってカイは返事を待たずにレイチェル軍曹の横に座ると食事を始める。献立はパスタをメインに肉とサラダ、そこにフライドポテトとスープだ。早速パスタを口に放り込みながら、カイは横目でレイチェル軍曹を見る。彼女は相変わらず俯いたまま、目の前の食事に手をつけようともしない。

 

「食わんのはもったいないぜ、パイロットの飯は豪勢だからよ。ほら、肉だって本物だぞ」

 

「……」

 

沈黙を続ける彼女から視線を外す。厨房からは心配そうな表情でこちらを窺うタムラ料理長とミハル一等兵の顔が見えた。カイは少しだけ頭を掻くと、スープを飲んで再度口を開く。

 

「良かったじゃねえか。シスちゃん助かったんだろ?生きてりゃ何とかなるさ」

 

カイの父は医者であったから、多少他よりも医療に明るい。今の時代火傷程度なら簡単に再生出来る。負傷自体は不幸であったが、命が助かっていれば案外なんとでもなるのだ。そんな励ましを送ると、レイチェル軍曹は小さな声で話し出す。

 

「…私」

 

「ん?」

 

「私、アレン大尉を助けなきゃって、隊長なのに、それしか頭になくて、気がついたらシスが撃たれてて、それで私も、カチュアも…」

 

今度はカイが黙り込み、彼女の言葉を聞く。

 

「何も出来なくてっ、こんなんじゃ、わ、私達、す、捨てられてっ」

 

「んで、捨てられるのが怖いから、失敗出来ないから、ここで俯いてる訳だ」

 

手にしたフォークでパスタをかき混ぜる。程よいトマトの酸味と肉の旨味の凝縮されたタムラ料理長自慢のミートソースは冷めても美味いが、やはり温かいうちが最高だ。それを放棄してまで気を遣うのだから、少しくらい語っても許されるだろう。そんな気楽な心持ちでカイは口を開いた。

 

「お前らってさ、大尉大尉ってくっついてる割に、アレン大尉の事なんも見てないのな?」

 

「え?」

 

その突き放した物言いにレイチェル軍曹が驚いた表情になる。どう見てもエリス准尉より幼い容姿の彼女達であるから、皆の対応が甘くなるのは仕方の無い事と言える。だからカイはあえて厳しい言葉を彼女へぶつける。

 

「失敗するのって、おっかねえよな。指さされて笑われて、次に上手くやっても言われるのさ、でもアイツはこの前失敗したってさ」

 

くるくるとフォークを回してパスタに渦を作りながらカイは続ける。

 

「もっと怖いのは、お前さんが言う通り見限られる事だよな。こいつは駄目だって、失敗したって失望されて、なーんも期待されなくなる。言葉にしなくても態度で解るんだよな、お前は要らないって言ってんのがさ」

 

「っ!」

 

レイチェル軍曹が息を呑むのを聞いても、カイは視線を向けぬまま言い放つ。

 

「だからさ、お前らなーんにも見えてねえよ。要らないなんてよ、捨てちまおうなんて思ってる奴が、あんなに必死で駆け回るかよ」

 

そう言うと彼は本格的に食事を始める。少しばかり冷えて味を落とした夕食を手早く掻き込むと、さっさと席を立つ。

 

「もう一度、よーく見てみろよ。それでも信じられねえってんなら、そうやってシケた面して俯いてりゃいいさ。戦争はこっちでやっとくからよ」

 

食器を片付け、彼は食堂を出る。その顔には僅かではあるが笑みが浮かんでいた、それは彼の耳に食器がこすれる音が聞こえたからだった。




読者様が言っておられる。彼女達は“まだ”死ぬべきでは無いと。

そうですよねー、女の子はやっぱり幸せなのがイイヨネー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。