「揃ったな、では作戦内容を通達する」
戦艦マゼランの作戦室には第3艦隊に所属する艦長達が集められていた。当然その中には第13独立部隊の2人も含まれる。ブライト・ノアは緊張した面持ちで前方のモニターを見ていた。
「諸君も知っての通り、昨日コンペイ島にレビル将軍率いる第1連合艦隊が到着。本日未明、第2連合艦隊と共にア・バオア・クー攻略のため進軍を再開する。が、ここで件の艦隊が問題となっている」
そう言ってワッケイン少将は眉を寄せながらモニターを拳で2度叩いた。
「旧ルウム宙域、通称テキサスゾーンの暗礁宙域に極めて有力な敵艦隊が潜伏している。既に派遣された我が第3艦隊の分遣隊が壊滅させられている事は諸君も承知していると思う。この艦隊が後方攪乱に回った場合、少なくない被害が発生することは明白である」
そこでワッケイン少将は言葉を切ると、室内を1度見回した。ブライトも僅かに視線を動かして周囲を窺うと、皆一様に覚悟を決めた表情をしている。
「…我々第3艦隊は第13独立部隊と協同し、この艦隊の掃討に当たる。既に1度交戦した彼等の報告によれば、遠隔操作式のビーム砲を装備するMAが最低でも2機。これに加えMS2個中隊及びその母艦が確認されている。しかしこれは敵戦力の一部である事が確定している。何故なら13独立部隊がこれらと交戦している間に分艦隊は壊滅しているからだ」
「既存の戦力評価に当てはめれば、敵は不確定部分のみでも我が艦隊と同等の戦力を有していることになりますが?」
指揮官の一人が挙手をすると、その様に意見を述べる。分艦隊が短時間で逃走も許されずに壊滅したと言うことは、少なくとも倍以上の戦力に襲われたと見るべきだ。そして戦力の約4分の1を喪失している第3艦隊と比較するなら安易に仕掛けられる相手ではない筈だ。
「諸君らの懸念は尤もである。しかし事は急を要する、2時間前にコンペイ島にて整備中だった第2連合艦隊の艦艇が攻撃を受けた事は承知しているはずだ。既に敵は攻撃の準備を整えている、ならば背後に防衛対象を抱えるよりも打って出る方が選択肢も増えるというものだ」
コンペイ島が要塞としての機能を回復していたならば別の選択もあったが、残念ながらそうはなっていなかった。ソロモンとア・バオア・クーの両要塞を短期間で陥落させる事で、ジオンに戦力の立て直しを図らせぬまま物量で押し切ると言うのが連邦宇宙軍の立てた戦略だからだ。この為コンペイ島として再利用されているソロモンは艦艇整備のためのスペースゲートの復旧が最優先であり、索敵装置や砲台などの要塞機能については後回しにされていた。何よりも少ないながらも既に被害が出ているのが決定的である。物量で強引に平押しをする以上、その数が減ることは単純に作戦成功率を下げる要因となる。ティアンム中将が第3艦隊に迎撃を命じるのは無理からぬ事と言えた。
「30分後、我々はコンペイ島を出発し旧ルウム宙域へ向かう。暗礁宙域手前でMSを展開、通信網を確立しつつ宙域を啓開。敵艦隊の索敵・撃滅を行う、何か質問は?」
つまり何が潜んでいるかも解らない藪に棒を突っ込んでかき混ぜてみるという、何とも乱暴な方法だ。栄えある先鋒は自分達が拝命する事になるだろうとブライトが覚悟を決めていると、ワッケイン少将は予想外の言葉を口にする。
「第13独立部隊は艦隊中央で待機。君達は即応部隊として、戦域全体へのカバーをして貰う。出来るな?」
「はっ!了解しました」
ワッケイン少将の問いにローランド中佐が即座に応じる。ブライトも中佐に倣い、慌てて敬礼をすると、少将は少し表情を崩して口を開く。
「大いに頼りにしている。では諸君、作戦開始だ」
その言葉を皮切りにブリーフィングは解散となり、艦長達はそれぞれの艦へと戻って行く。その中にあってブライトは最後まで残り、ワッケイン少将に問いかけた。
「失礼します、ワッケイン少将。少し宜しいでしょうか?」
「うん?どうした、少佐」
「その、部隊配置の件なのですが。我々を前衛とした方が宜しいのではないかと愚考いたします」
誇張でも何でもなく、事実として現在の第13独立部隊は精鋭である。間違いなく後手に回るであろう今回のような作戦では、瞬間的な対応能力の差が被害の多寡を決めることを理解しているブライトは、全体の損耗を抑える事を考えそう口にした。しかしワッケイン少将は苦笑と共に首を横に振る。
「貴様の言葉は尤もだが、大事な視点が抜けている。ガンダムが矢面に立って居るところに態々好き好んで突撃してくる敵が居ると思うかね?」
「あっ」
それはブライトには抜けていた考えだった。それも無理からぬ事で、ホワイトベースはこれまで執拗に狙われ続けてきていたから、敵が自分達を避けるなどとは思いもしなかったのである。確かに少将の言う通り、精強な敵は避けて弱いところを突くと言うのは戦術的に至極真っ当な判断である。ならばこの配置も納得出来た。
「それにな、私は君達には重要な任務を任せなければならない」
「重要な任務、でありますか?」
ブライトが聞き返すと、ワッケイン少将は真剣な表情で頷く。
「そうだ。君達、いや正確にはガンダムにだな。先程コンペイ島が攻撃を受けた事は言ったな?」
「はい」
詳細はまだ伝えられていないが、少なくともサラミスとコロンブスが1隻ずつ沈んだという連絡は受けている。
「まだ確定していないため伏せられているが、実はあれは不明な新兵器。それも小型の遠隔兵器によるものではないかと推察されている」
何しろコンペイ島には大量の人員が詰めているのだ。攻撃を目撃した人間も一人や二人ではない。それらの証言を纏めれば、おのずと輪郭は見えてくる。
「君達が既にビーム砲を遠隔操作するMAと戦っている事も考えれば、そうした兵器があっても何も不思議ではない」
少将の言葉に納得しつつも、それがガンダムとどう繋がるのかブライトには理解出来ず戸惑ってしまう。するとワッケイン少将は表情を変えぬまま言葉を続けた。
「ニュータイプの軍事利用の中に、そうした技術があるという報告が提出されている。ならばそうしたニュータイプにはこちらもニュータイプをぶつけるしかあるまい」
「それが、ガンダムだと?」
「解らん。だがあのガンダムのパイロット達が特別であるとは私は感じている。ならば同じ様な事は出来ても不思議ではないはずだ」
その言葉にブライトは小さな違和感を覚える。だがそれを明確な言語に当てはめるより先に、ワッケイン少将が彼の肩を叩き口を開く。
「君達がこの作戦の要と言って良い。頼んだぞ」
「…はっ」
ブライトは短く答え、敬礼するのが精一杯だった。
「グラナダに戻れとは、どの様な意味でありましょうか?」
「そのままの意味だよ中佐。君達のここでの任務は完了した。グラナダに戻り次の任務に備えたまえ」
取り付く島もない声音で、マ・クベ大佐はシャアを見ようとすらせずにそう命じてきた。その態度にシャアは語気を強めて応じる。
「先程の出撃は調整であります、大佐。次の出撃では更なる戦果をお約束します」
彼の言葉に対して、マ・クベ大佐は一度小さく溜息を吐くと、冷めた目でシャアを見てきた。
「赤い彗星も随分と小さくなったものだな。それとも私の買いかぶり過ぎだったか?」
返事に窮するシャアに対し、マ・クベ大佐は淡々と言葉を紡ぐ。
「大局を見ろ中佐、既に敵は主力を送り出している。後方攪乱が成果を上げるのは正面戦力が拮抗していてこそだ」
マ・クベ大佐の言葉の意味をシャアは正確に理解した。ソロモンが陥落した今、ジオンにとってア・バオア・クーは絶対の防衛線になる。だがその内情は決して楽観視出来るものではなかった。何しろ防衛のために戦力をかき集めた結果数こそ体裁を整えたものの、内情は酷くお粗末な事になっているからだ。最も懸念すべき点は指揮系統の乱立だった。元々ア・バオア・クーを預かっている親衛隊は数が少ない。ソロモンからの撤退組は数が多いものの指揮を執れる様な将校の多くを失っている。グラナダからの増援はそれらを兼ね備えているが立場的に余所者であり、ソロモン撤退組との間に確執もある。
「解ったようだな。私は先程の戦果に満足しているからこそ君達を送り出すのだよ。我々の行動を無駄にしないためにもな」
NT部隊に配備されているMAは、どれも単独で多数の敵を相手取る事を想定したものだ。効率よく運用するならば、木馬にぶつけるよりも敵本体を狙うのが正しい。ブラウ・ブロ2機を損傷に追い込んだガンダムをシャアは強く警戒していた。特に軽装の高機動仕様の方は、まるで何時撃たれるのか解っているような回避を何度もされている。それは部隊の訓練で良く感じる感覚であり、つまりそれはガンダムのパイロットがNTである事を示唆していた。
「しかしガンダムは連邦のNTが運用していると思われます。そちらは如何なさるのですか?」
そうシャアが問うと、マ・クベ大佐は笑って答える。
「NTというのは厄介だな中佐。こちらの考えを見透かし、まるで未来を予知するかのごとく振る舞う。戦士としてそれがどれ程危険な存在か、私も認識しているつもりだ。故にその答えは至って単純だ中佐。真面にやり合えぬ相手なら、真面に相手をしなければ良い」
幸い君達が稼いでくれた時間で準備は出来ている。そう大佐は言うと、表情を真剣なものに戻し言葉を続ける。
「ア・バオア・クーはギレン大将が直接指揮を執られるだろう。そうなれば突撃機動軍は使い潰される可能性が高い。…キシリア様はそれを防ぐためア・バオア・クーへ向かうはずだ。貴様の部隊には、それの護衛も任せたい」
「キシリア閣下が?」
「動かんという選択はあり得ん、キシリア様の性格的にもな。問題は閣下の性格をギレン大将が把握している事だ。安い挑発で大事な戦力を磨り潰されてはかなわん。無茶に応じられるだけの部隊が必要だ」
「その役目を、私達にせよと?」
シャアの言葉に大佐は再び笑いながら口を開いた。
「嫌とは言わせんよ。少なくともガンダム相手に正面から戦いを挑め、などと言うよりは遙かに簡単な仕事だ。そうだろう?」
その言葉にシャアは敬礼をしてみせる。するとマ・クベ大佐は一度頷き命令してきた。
「宜しい。では話は以上だ、己の職務を果たしたまえ、シャア・アズナブル中佐」
マ「我々は臆病なのでね。正々堂々となどやらんよ、ガンダム」