「こりゃ一杯食わされたかな?」
キャノンに装備されている長距離用カメラ越しの映像を眺めながら、俺はそう呟いた。宙域の啓開作業は概ね順調。仕掛けられたトラップの解除に手間取ってはいるものの、ここまで損害無しに進んでいる。
『どういう意味?』
そう聞いてきたのはマッケンジー大尉だ。彼女の疑問に俺は思ったことを素直に話す。
「本気でこちらを仕留めるつもりにしては、トラップが杜撰過ぎる。まるで見つけてくれと言わんばかりだ」
そのくせどれも装置自体は手が込んでいて解除に時間がかかる。一帯を艦砲で吹き飛ばしてはどうかと言う意見も出たが、ミノフスキー粒子のせいでセンサーが全く役に立たない状況でそんなことをしたら光学や熱源まで使えなくなってしまうので、流石にそれはリスクが高すぎると却下された。だがおかげで進軍は牛歩の歩みになっている。
『確かにこちらを遅滞させようと言うなら選択肢の一つだけれど、随分と迂遠じゃないかしら?』
そうも感じる。もしかしたら敵は本当に余裕が無くて、こんな杜撰な敷設しか出来なかったんじゃないか?分艦隊との戦闘で消耗が激しく、こちらと殴り合えるだけの戦力が無いからこんな搦め手を使うんじゃないか。そんなこちらにとって都合の良い状況を想定したくなる絶妙なラインを突いてきている。ただなぁ。
「どうにもやり方が似通っていると思わないか?オデッサと」
テキサスゾーンでギャンが現れたのだ。ならばここにマ・クベがいても不思議じゃない。搦め手好きの奴がいるとすれば、この都合の良さも奴の仕込みなんじゃないかと思えてしまう。同じ事を考えたらしく、通信に耳を傾けていた連中は一様に顔を顰めた。
『なんだかこう考えているのも術中に嵌まっている気がします』
『かといって闇雲に動けるものでもないでしょう?』
『大尉的にはどうなんです?』
そんなん俺に振られても困るんだけどな。
「こういう時は最悪を想定して動くのが賢明だろうな」
つまり今ならばトラップが杜撰なのはブラフで戦力がしっかりと残っている場合だ。正直あり得ないと思いたい状況だが相手が策士として有名なマ・クベなら、ただ遅滞を行うだけなんてありきたりな戦法で済ませるだろうか?分艦隊を壊滅させた戦力だってはっきり言って未知数だ。
(…そもそも、俺達は何かを見落としているんじゃないか?)
口に出して見ることで違和感が更に強まる。トラップで仕留めるつもりはない、単純な時間稼ぎならもっと巧妙にトラップを仕掛ける。艦隊の上層部はどうして同等の戦力と評価した?
「分艦隊を一方的に沈めるには戦力が必要。だが暗礁宙域に潜伏出来る数には限りがあるし、十分な戦力があるならそもそも小細工を弄さずにコンペイ島を叩きゃいい。ならこれはブラフ?本当に戦力が無いから、最大限足掻いてこの状況?」
今だけを切り取って見るならば、そこにおかしさはないように思える。じゃあ、この違和感はなんだ?
「あっ」
そこまで考えて、俺は漸くその正体に気がついた。第3艦隊の戦力を拘束するだけならば、連中は最初の戦闘で達成しているのだ。何しろ居ると解っている以上こちらは戦力を割かざるを得ないのだから。ならば何故態々もう一度攻撃を仕掛けてこちらを刺激する必要がある?
「連中の目的は、最初から兵站線への攻撃じゃないか!」
『ど、どうしたのよ急に?』
「だから兵站線への攻撃だよ!」
連中は俺達の事なんて最初から眼中に無いんだ。恐らく任務を遂行する上で可能なら倒してしまおう位の価値しか見出していない。
『おい待てよ大尉殿、言いたいことは解るがそりゃ幾らなんでも無茶じゃないの?暗礁宙域は広いったって、そりゃデブリに隠れてこそだぜ』
困惑しつつもスレッガー中尉がそう否定の言葉を口にする。輸送船団を襲撃するなら当然それなりの戦力が必要だ。普通に考えれば最低でも艦艇を含む規模の部隊が想定される。それだけの規模になれば暗礁宙域から飛び出した瞬間に捉えられるだろう。だがその前提こそが連中の仕掛けたトリックなのだ。
「MAだよ!火力と航続力を重視したMAなら、発見出来ないような少数でも十分船団襲撃を実行出来る!」
それこそGファイターのような機体を数機用意すれば事足りる。そしてジオンには相当するMAが存在するのだ。
(そう考えると、最初の戦闘でブラウ・ブロを見せたのもこちらの意識をそっちに誘導するためか?)
ビグロだ。データベースを検索しても該当する報告がないから、まだ連邦軍はその存在を知らない。ブラウ・ブロやエルメスは強力な機体だが、非常に巨大で艦艇並みの大きさになる。そして強力だとは言っても船団を単独で襲撃出来るほどではないから、見つけるのはそれ程難しくない。サイズもそうだがあの2機は移動の全てをバーニアで行うから、どうしても隠蔽性が低くなる。尤も戦闘能力がそれを補って余りあるから、通常の偵察機などで捕捉し続けるのは極めて困難であるのだが。対してビグロはMSに比べれば大型ではあるものの先の2機に比べれば半分程度の大きさである。更にアームを備えているからMS程ではないにせよAMBACによる静粛移動が可能だ。加えて瞬間的にMSパイロットの意識を失わせる程の高加速が可能であり、偵察機相手にも振り切ることが可能だ。そして搭載されている熱核ロケットエンジンは極めて長大な航続力を付与している。
「コンペイ島に警告するべきだ。連中は俺達を護衛対象から引き剥がしてその間に好き放題するつもりだ――」
言い終わるより先に、閃光が啓開作業に当たっているジムを貫いた。
「なっ!?」
その光は傲慢な俺をあざ笑うかのように次々と降り注ぎ、第3艦隊のMS部隊を次々と屠っていく。思い上がりも甚だしい。原作を知っているからといって、俺は相手を読み切ったつもりでいたんだ。だがそんなことは全くなくて、連中は俺が考えるよりも遙かに狡猾で優秀だった。つまりは、
『デブリの中から狙撃されているぞ!?MS隊を下がらせろ!』
『サモア及びキプロス被弾!か、艦隊も攻撃されています!』
悲鳴が通信に溢れかえる。なんという事は無い。ジオンの連中は、コンペイ島を襲撃しつつ、ついでにこちらを屠る算段を付けた上で俺達を誘い込んだのだ。
「数は最も安易な戦力の拡充方法だ。それは間違いでは無い」
チベ級の艦橋でシートに深く座り込みながらマ・クベは手の中の陶器を弄びつつそう呟いた。
「数的有利というのは解りやすいからな。多少の練度の差や装備の不利、戦術の拙ささえ覆せる」
元々戦術や武装とは、数の不利を補うために編み出されたものである。故に彼は数の脅威を正しく認識していた。尤もそれは、同時に孕んでいる脆弱性についてもであった。
「有利に戦うために数を揃える、全くもって正しいとも。だが闇雲に増やしすぎればどうなるか?」
武器の性能が、戦術が巧妙化するにつれて物量による暴力はその数を飛躍的に増大させる事になる。しかし物質というものは何であれ有限である。限界がある以上数のみでそれらに抗うことが出来なくなるのは当然のことで、その不足を補うために武器や戦術に頼る事になるのは必然と言えた。
「武器も戦術も高度に発展した現代戦の根幹を支えたのは通信だ。既に将一人が持て余すほどにまで膨れ上がった数を軍たらしめるには、迅速かつ正確な意思疎通の手段なしには有り得ない」
そこで彼は愉快そうに笑う。
「少数で小分けにした我が軍を見て貴様らが笑っていたのをよく覚えているぞ?貧乏人の虚勢だとな。宜しい、数の暴力を存分に発揮して見せたまえ、出来るものならな」
ミノフスキー粒子散布下において通信が阻害される問題は両軍共に認識していた。その上で連邦軍は既存の戦い方を継続するために通信機能の強化で対応しようと考えた。それは決して誤った選択という訳ではない。事実地球における戦いではその通信技術の差が物量を有効活用させ、ジオンを宇宙へ追い出すことに成功したのだ。だから彼等はその問題を解決すること無く再び宇宙へとやって来た。
「ドズル閣下も、もう少し知恵を働かせていればソロモンも保っただろうに」
ミノフスキー粒子散布下において、確実に通信を確立出来るのは有線あるいはレーザー通信である。有線は当然ながら回線の長さという制約があるし、レーザーには対象間に障害物が存在してはならないという制約がある。上空という比較的障害物の存在しない地上ならばともかく、宇宙空間ならばこれらを妨害する手段など幾らでも存在した。
「点火だ、それから2分後に信号弾を発射しろ。戦闘開始だ」
彼の命令に従って化学ロケットを取り付けられたデブリが連邦艦隊へ向けて一斉に動き出す。そのどれもが命中すれば艦艇でも被害を免れない大きさだ。案の定連邦艦隊はこれを迎撃し、周囲に大量のデブリをばらまくことになる。艦艇どころかMS相手でも無力となったそれは、しかしレーザー通信に対する致命的な障害へと成り変わる。
「MSさえ手に入れれば同じ土俵だと思ったか?巨大組織の悪いところだな、組織改革の動きが鈍すぎる」
当たり前が奪われると人は酷く混乱する。上官が常に命令を出し、状況を問えばオペレーターが答えてくれる。そんな至れり尽くせりな状況で戦う事に慣れきった連邦兵は、情報が遮断されるだけで簡単に浮き足立ち烏合の衆へと成り下がる。そして一度混乱が広まってしまえば、将官の統率能力を超えた数が再び理性を取り戻すのは不可能に近い。通信機能を強化する事で旧来の編成を維持した連邦軍の将官にとって、現状は正しくその状態であった。
「狙撃班は任意に攻撃、ビッグ・ガンはここで使い潰して構わん。射撃完了次第再度デブリ弾を撃ち込め、今度は花火付きの方もだ」
そうしてマ・クベは小さく一呼吸置いて、もう一つ命令を下す。
「それから選抜隊を発進させろ、至急だ」
その言葉に艦長のデラミン中佐が驚いたように目を見開く。選抜部隊は文字通りMS隊の中から腕利きを集めた言わば艦隊の切り札であり、当初の想定ではこの戦いに参加させる予定ではなかったからだ。咄嗟のことにデラミン中佐が復唱出来ずにいると、マ・クベは少しだけ不快そうな表情になると再度口を開く。
「どうした中佐、私は選抜隊の出撃を命じたが?」
「は、その、宜しいのですか?」
その受け答えにマ・クベは隠そうともせず大きな溜息を吐いてみせる。
「連邦も間抜けだけではないと言うことだよ、中佐。それとも君は油断して負けた指揮官として名前を後世に残したいのかね?」
慌てて発艦命令を出す中佐を見ながら、マ・クベはシートに深く座り直しつつ、この時初めて戦術モニターへと視線を送った。
「やはり来るか」
そこにはこちらの艦隊へ向けて、最短距離で突撃してくる敵のマーカーが映っていた。
おかしいんです。この辺りはア・バオア・クー戦の前菜みたいなもんだから1話でサクッと終わるはずだったのに、全然終わってくれないんです。
※73話からこの話の決着まで1話で終わらせる予定だったらしい。