ア・バオア・クー攻略戦が始まって凡そ8時間が経過した。Sフィールドは1時間程前にドロワを沈める事に成功。敵の防衛線を大きく後退させる事に成功した。
「レイチェル、カチュア、大丈夫か?」
「はい、大尉」
「ヘーキだよ!大尉!」
二度目の補給、チューブ飲料で喉を潤しながら2人に確認する。彼女達が座っているのは簡易式の補助シートを改造したもので、耐G性能などが通常のものに比べ遙かに劣っているからだ。だが流石はちびっ子、少しも堪えた様子も無く元気に返事をしてくる。
「そうか、だが体調に少しでも変化があれば直ぐに言え。存外そうしたつまらないことで人は死ぬからな」
ちょっとした違和感や疲労が積み重なって集中力が切れれば戦場では簡単に死ねる。死神に魅入られたくなければ常に身構えている必要があるのだ。
『つぁー!後から後からわいてきやがるじゃないの!』
同じタイミングで補給に戻っていたスレッガー・ロウ中尉がそんな事をぼやく。事実ドロワが沈んだ後は一気に突破出来ると思ったのだが案外苦戦している。どうやらEフィールドやWフィールドから戦力が回されてきているようだ。BGM代わりに聞いていた通信からそう確認している最中、回線が突如慌ただしくなる。MS隊長でもある俺は、戦況把握のためにある程度までの通信を確認する権限を持っている。その中で聞こえたのは第2連合艦隊が甚大な被害を受けたという内容だった。
「マーカー曹長、今第2連合艦隊が被害を受けたという通信があったみたいなんだが」
専用の回線を使ってブリッジオペレーターのマーカー曹長に問いかける。彼は他の艦隊との通信も遣り取りしているから一番詳しい筈だからだ。
『みたいです。敵の新兵器と交戦という連絡の後ずっと混乱してて。指揮権の移動が激しいようです』
「マジかよ」
指揮官が頻繁に交代していると言うことは、そうした人物が乗る艦艇が沈められていると言うことだ。しかも何度も交代しているなら少なくとも最初に指揮していたティアンム中将は恐らく死んでいる。思わず俺が唸るようにそう漏らすと、ブライト少佐から声がかかる。
『アレン大尉。Nフィールドの攻勢は継続中だが、敵がこちら側に戦力を再配置する可能性がある。そこで我が艦隊はこれらを押さえ込む楔として前進、敵増援を妨害する』
既にSフィールド側の方がア・バオア・クーに接近している。つまり突出してしまっている訳だ。配置されている戦力が殆ど無いWとEフィールドはともかく、Nフィールド側から側面を突かれると前衛部隊が包囲されてしまう可能性が高い。そうなる前に友軍側面に俺達を前進させて壁を作ってしまおうというのだろう。
「危険ですよ、要塞からの砲撃も息を吹き返しつつあります」
展開したビーム攪乱幕の効果は既にかなり低下している。再度展開しようにもこれまで3度の突撃でパブリク隊がほぼ壊滅してしまっているからそれも難しい。艦艇がそこまで前進するのはかなり危険が伴う行為だ。
『そうだな。だから他に良い手があれば是非言ってくれて良いよ、大尉』
ブライト少佐の言葉にヘルメットを脱いで思い切り頭を掻き毟りたい衝動に駆られる。そんな都合の良い手があれば俺より優秀な第3艦隊の司令部が実行していない訳がないし、戦力的に我々より適任の部隊も無い。つまり全体から見れば最善の一手と言う訳だ。俺はディスプレイに表示されたタイマーを確認する。前衛部隊の支援を行っている組が後10分程で補給に戻るはずだ。
「前衛部隊への支援が滞りますが」
『そちらは第3艦隊本体にどうにかしてもらうさ。大尉には先行し宙域の確保を頼みたい』
つまり艦隊そのものを前進させる為にも防壁が要ると。
「了解、6小隊と共に前進し宙域の確保に努めます。スレッガー中尉、聞こえていたな?」
『ヤレヤレ、人使いが荒いね、この隊は』
それは俺もそう思う。
補給完了の合図を確認すると、俺は再び出撃した。
『この感じ…、こいつらか!』
護衛対象であるマレーネ・カーン中尉がそう口走ったのを聞き、ランバ・ラル大尉は嫌な予感を覚えた。彼女達がジオン・ダイクンの唱えたNTであるかどうかはさておいて、その能力は確かに目の当たりにしていたからだ。
「まて、カーン中尉!何処に行く!?」
『ドズル様の仇!』
制止する間もなく彼女の操るMAが勝手に移動を開始する。その様子に慌てたのは彼だけでは無い。何しろNフィールドにおける防衛の要となっているドロスの防空の何割かは、確実に彼女によって維持されていたからだ。前線指揮所も兼任しているドロスから至急彼女を連れ戻すように通信が入る。何しろ先程Sフィールドへの増援が抽出されたばかりだ。Nフィールドも防衛は叶っているものの決して余裕がある訳では無いのだから、ここで彼女に離脱されてしまうと防衛計画そのものが大きく狂ってしまう。
「戻れカーン中尉!勝手な行動をするな!」
『邪魔をするな!』
「っ!友軍を見捨てるつもりか!?」
明確な殺気を感じたラルは苦し紛れにそう叫んだ。感情に訴えようと考えたからであったが、それは却って彼女の激情に油を注ぐことになる。
『友軍?』
先程とは打って変わって底冷えするような低い声で彼女がそう聞いてくる。
「そうだ、中尉の力でドロスの防御は保たれているんだぞ?それを放棄すれば――」
それはどうしようもない事ではあったのだが。もし仮に彼女の説得をラル以外の誰かが行っていたならば、別の結末もあり得たかもしれない。しかし護衛を任されたのは彼であり、そして女性の感情を読み解くという点において、彼は致命的と言って良いほど疎かった。故に説得が失敗することは、当然の帰結であった。
『ドズル様を見捨てて、生き延びた連中が友軍?』
「まて、中尉それはっ」
言い切るよりも先に出た彼女の言葉に、ラルは己の失敗を悟る。しかしどうにか翻意を促すべく言葉を続けようとするが、それは彼女の絶叫に阻まれる。
『友軍など居るものか!誰も彼もドズル様を見殺しにした者ばかりだ!私は仇を取るために我慢してやっていたんだ!邪魔立てするならお前も敵だ!』
カーン家はデギン・ソド・ザビの側近ではあったが、思想的にはダイクン派だった。故にサイド3の実権をザビ家が掌握した際に、その忠誠心が確かなものである事を示す必要があった。その為に差し出されたのがマレーネ・カーンだった。両家にとってうれしい誤算はドズルに対しマレーネが正しく思慕の念を持ったことだろう。もし平和な時代であったなら彼女にも小さな幸福が訪れたのかもしれない。だがそうはならなかった。
「……」
言い返す事も出来ずラルは黙って彼女の後を追う。ここで彼女を止められるだけの言葉も、軍人としての意識も彼が持ち合わせていなかったからだ。寧ろ仇を取るという言葉に共感すらしてしまうほどだった。彼もまた大切な人々を木馬に奪われた者だったからだ。故に冷静さを欠いたまま彼は自らの行動を決定してしまった。
「俺は、中尉の護衛だからな」
それが最悪の結果を呼び寄せるなど、夢にも思わずに。
先行して宙域を確保、なんて言ってもその内容はたいしたことは無い。どちらのものともなっていないこの場所に戦力を置けるほど両陣営共に余裕なんてないからだ。迷い込んでしまった哀れなゲルググの小隊を始末してしまえば、後は本隊の到着を待つだけの簡単な仕事の筈だったのだが。
「なにあれ!?」
最初に気が付いたのは対空監視を行っていたカチュア特務伍長だった。ジムスナイパーⅡから狙撃用の光学センサーを移植していたオプションの索敵範囲はガンダムのものよりも長いからだ。
「MA?ソロモン戦の時の奴に似ている?」
「何?映像回せるか!?」
ソロモン攻略戦の際、彼女達はビグザムを間近で視認している。その彼女達が似ていると言うなら、それはビグザムか少なくとも同類の機体な筈だ。レイチェル特務軍曹の手が素早く動き、モニターにウィンドウが開くと、そこには解像度が荒い映像が映し出された。
「6小隊警戒しろ!敵のMAが来るぞ!」
『こっちも確認した大尉!性懲りも無くデカブツをこさえやがって!6小隊っ、奴を片付けるぞ!』
「待てスレッガー中尉!迂闊に仕掛けるな!」
『あのデカブツだったらほっといちゃ不味いでしょ!それにこっちは一度片付けてるんだ!』
俺の制止も聞かず、Gファイターがビグザムに向けて突撃を始めてしまう。
「いけない大尉!護衛機が居ます!」
「くっ、俺達も行くぞ!」
せめて直掩を抑えなければGファイター達は攻撃どころではないからだ。
『なんだ?足が一本?』
『出来損ないかよ!一気に仕留めるぞ!』
リュウ曹長が疑問を口にし、スレッガー中尉がそう断じた。しかしそれが間違いである事をエリス准尉の悲鳴が告げる。
『いけない!?回避を!』
だがその忠告は余りにも遅すぎた。
『何!?』
MAの胴体に等間隔で配置されていたビーム砲、それらが突然分離し飛翔する。突如形成された防空網にスレッガー機とリュウ機は回避する暇も無く突っ込んでしまう。
「中尉!曹長!?」
そして俺には叫ぶ以外何も出来る事は無く、彼等の機体は幾つものビームに貫かれたのだった。
ソロモンを生き延びれば生存フラグだと、いつから錯覚していた?