「ドロスが沈んだ?シャリア・ブル大尉はどうした!?」
「た、大尉は。自分達を逃がすために最後まで戦場に留まり続け、最後は敵艦の集中砲火で…」
嗚咽交じりにそう報告する部下を見て、シャアは自らの無力さを呪った。彼はザビ家の信奉者であったし、長い時間を共に過ごした訳でも無い。それでも彼は自らの部下であり、こんな下らない戦争で死んで良い人間では無かった。しかし彼に荒れる感情を処理する時間も与えずに事態は進行していく。
「中佐、マレーネ中尉なのですが…」
「バイタルは正常だと聞いたが?」
拳を握りしめ苛立ちをどうにか抑えつつ彼がそう問い返すと、近付いてきた整備員が困り顔で口を開いた。
「はい、ですがコックピットから出てこようとしません」
「外部から強制開放出来るだろう」
「それが、不安定な状態中に強引な行動は控えて欲しいとフラナガン機関の研究員が止めていまして」
「中佐」
「まだ何かあるのか?」
指示を出すより先に割り込むように声を掛けてきた副官へ彼は思わずいらだたしげな声をぶつけてしまう。
「も、申し訳ありません。そのお伝えしたいことが」
無言で続きを促すと、副官は近付いて小声で耳打ちを始める。
「ドロス沈没前に司令部で混乱が、キシリア閣下が事を起こしたようです」
その言葉にシャアは目眩に似た感覚を覚える。連邦軍に大きな打撃を与えたと言っても戦況は勝利を確信出来る状況ではないと彼は考えていたからだ。
(度しがたいな!)
キシリア・ザビの思惑など彼には大凡見当が付いた。この決戦に勝利したならばギレン・ザビの名声は確固たるものになってしまい、キシリアが権力闘争に勝利する事は不可能になってしまう。故にギレンを排除するならば今この瞬間をおいて他には無いのは解る。しかしそれはあくまでア・バオア・クー防衛が叶う事が前提であるし、何より排除には相応の理由が必要なはずだ。でなければキシリアは只の反逆者となってしまい、そんな彼女について行こうなどという人間はごく少数になるだろう。無論これは彼が中佐という限定的な視野で物事を判断している事も大きい。シャアはギレンがデギンを暗殺したことを知らないし、何より既にグラナダでダルシア・バハロ首相が連邦との和平交渉に入っている事も報されていないのだ。故に彼はキシリアの蛮行に対し、一つの決断をしてしまう。
「マレーネ中尉の説得をしてくる。…マリガン」
「はい」
不安を隠せていない副官を手招きすると彼は確かな声で命ずる。
「ザンジバルに脱出の準備をさせておけ」
「中佐、それは!?」
声を上げる副官を睨んで黙らせると彼は口を開く。
「ア・バオア・クーの予備戦力は殆どが親衛隊だ。連中の忠誠心は国家にでは無くギレン・ザビ個人に向いている。そんな連中がこの状況でキシリア少将の命令を素直に聞くと思うか?」
親衛隊に所属する人間は厳しい試験をくぐり抜ける必要があることから、少数ながら高い技量とそれに見合った強力な装備を宛てがわれている。だがギレン・ザビ個人に忠誠を誓う彼等が戦場において友軍として全く当てにならないとシャアは判断していた。
「Sフィールドへの増援もそこから抽出されていた筈だ。ドロスが沈んだ以上Nフィールドへの派遣も直ぐに行われるだろう。だが彼等が拒否したら?」
「あり得ません。彼等だってジオン軍人でしょう?」
その答えに彼は頭を振る。
「言っただろう、彼等の忠誠はギレン・ザビ個人に向いていると。彼が亡き今ジオン公国に関心を持っているかすら怪しいぞ」
顔を青ざめさせる副官の肩に手を置くと、シャアは言葉を続ける。
「私はマレーネ中尉を回収してくる。新兵はもう使い物にならんから脱出準備を手伝わせろ。装備は最悪放棄して構わんが、残っている者は全員連れて行けるよう準備を進めろ。出来るな?」
「割に合ってねえよなぁ」
射線に飛び込んできたゲルググへ向けて躊躇無くトリガーを引きながらカイ・シデンはそう呟いた。彼がスレッガー中尉とリュウ曹長の戦死を知ったのは指定された戦域に到着して直ぐのことだった。出会ってまだ1ヶ月程度ではあるものの、戦場で命を預け合う間柄は通常よりも遙かに強い連帯感や親近感を生む。故に彼等の戦死はカイに大きな喪失感を与えていた。
(引き金ってのは、こんなに軽かったかね?)
撃ち抜いたMSの数を数えなくなった辺りで彼はふとそんな事を考える。操作系統の調整などは随分前に最適化されているから、今日に限って軽い等と言うことはあり得ない。ならばこれは自身の心理的変化によるものだろうと彼は結論づけた。
「ま、自分で望んで出てきたんだ。連帯責任って事で諦めてくれや」
八つ当たりだと自覚しながらも彼はトリガーを引き続ける。だがそれも長くは続かなかった。
「なんだ?引いているのか?」
こちらを突破しようと仕掛けてきていた敵の圧力が唐突に弱まる。光学センサーを狙撃モードから切り替えれば、敵部隊の移動方向がア・バオア・クーへ変わっているのが明確に見て取れた。
「一体何が?」
彼の疑問に答えたのはオペレーターのフラウ一等兵だった。
『友軍艦隊がNフィールドの突破に成功したようです!第2、第5小隊は補給に戻って下さい!』
「へえ、やるじゃないの」
『H202、先に降りてくれ』
「了解、お先に失礼しますよっと」
そう告げてくるジョブ少尉に軽くカイは応じる。スナイピングに特化させている分、カイのガンキャノンは他の二人の機体よりも継戦能力が乏しい。特に先程の連続攻撃で冷却剤を随分と消耗していた。着艦しようとする彼と入れ替わるように補給を受けていたガンダムが青白い尾を引きながら飛び出していく。
「1小隊は大活躍だな。少しは休ませないとくたばっちまうぜ?」
『第3艦隊の主力が敵のエースとかち合っちゃったみたいですよ。馬鹿みたいな量の救援要請が来てるって』
整備班長にそう伝えられカイは肩を竦める。
「あっちもこっちもエース頼みってか?お寒いね」
言いながら彼は手慣れた操作でチェック用のタブレットへデータを転送する。それを受け取った班長は取り付き始めた班員に大声で告げた。
「よし、3分で仕上げるぞ!」
その言葉にカイは取り出しかけていたエネルギーバーを溜息と共にしまい込む。どうやら自分も休ませて貰えない側らしい、などと考えながら。
刻一刻と悪化していく戦況を忌々しげに睨み付けながら、キシリア・ザビは横に直立不動で待機するトワニング准将に問いかける。
「出撃を命じた予備戦力はまだか?」
その言葉にトワニング准将は顔を顰めつつ口を開いた。その内容はキシリアにとって不愉快極まるものだった。
「予備に回されていた親衛隊の一部がボイコットをしております。そのせいで現場が混乱を」
「デラーズか」
「…はっ」
キシリアは親衛隊の中でも特に厄介な男の名を挙げた。エギーユ・デラーズ大佐。軍略家としては極めて優秀な彼は、親衛隊の中でもグワジン級を任される程に信頼された男である。同時にその信頼に応えるだけの忠誠心を示しており、その様子は狂信者のそれに近い。彼がギレンを殺害した自分の言葉を簡単に受け入れると考えるほどキシリアは楽観的では無かったが、彼女が想定する以上にデラーズの人望は高かったらしい。
「率いていた部隊ごとSフィールドから離脱を始めております」
その瞬間司令室にどよめきが起きた。何事かと見渡せば、Sフィールドの監視に使用していたモニターの多くが途絶しているのだ。
「SフィールドにMSが揚陸したぞ!?」
「守備隊はどうなっている!?このままでは持たないぞ!」
素早く状況を勘案し、キシリアは一つの結論に至る。
「トワニング、私は本国に戻り態勢を立て直す。私の脱出から15分後に降伏せよ」
「はっ?し、しかしこの状況では脱出も至難かと存じますが」
「私が死ねばジオンは失われる。それは断固として避けねばならぬ」
「…降伏後、私の身柄は?」
「捕虜交換の際に最優先で引き揚げる。頼まれてくれるな?」
「はっ」
その言葉に彼女は頷くと身勝手な命令を平然と下す。
「NT部隊にも脱出の命令を出せ、護衛が必要だ。私の船の準備を」
「ただちに」
部屋を出る間際、最後にモニターを横目にキシリアは口を開く。
「ここで勝ったとしてもまだ終わらんよ。戦争は難しいのだ」
その呟きに応じる者は誰も居なかった。