幾らかの混乱はあったものの漸く両軍は矛を収め、停戦に至る。コントロールスティックから手を離して時計を確認すれば、いつの間にか年が明けていた。
「一年戦争、か」
大筋は史実通りと言った所だろうか?ビグザムモドキやシャアがジオングに乗っていなかったなど差異はあるが、その中でも大きいのはホワイトベースが沈まなかった事だろう。当然あのクルー達による奇跡の脱出も、要塞内におけるアムロとシャアの問答も起きていない。セイラ・マス兵長は出自を誰に悟られること無く戦争を終えるだろう。
『大尉、補給命令です。一度ホワイトベースへ帰投下さい』
「ああ、了解だ」
フラウ一等兵の指示に従い、俺は機体をホワイトベースへと向ける。
「…戦争、終わったんでしょうか?」
実感が無いのだろう、レイチェル軍曹がそう呟く。
「まだ停戦だ、終わっちゃいない。とは言え国同士の戦争は多分これで終わりだろうな」
「どー言う意味です?」
俺の言葉にカチュア伍長が疑問符を浮かべる。まあそらそうだな。
「ア・バオア・クーが陥落した時点でジオン公国に連邦を止めるだけの戦力はもう残ってないんだ。コロニー国家が本土決戦なんてしてみろ、文字通り全滅するぞ?」
まあキシリア・ザビはそのつもりだったみたいだがな。
「ジオン共和国との停戦が合意に至った以上、終戦までは直ぐだろうさ。後はそれに従わない連中との非対称戦だろうな」
唐突な停戦の理由は実に単純で指導者の交代が原因だった。どうもこのア・バオア・クー攻略戦においてジオンは残りのザビ家を全員失ったらしく、グラナダにおいて停戦交渉に当たっていたダルシア・バハロ首相が急遽ジオン共和国大統領に就任。そのまま公国を共和国に改めて交渉を続けたらしい。この辺りも史実通りとか、世界の修正力とかそんな見えない力を感じずにはいられない。
「従わない連中?彼等は軍人ではないのですか?」
理解出来ないという顔でレイチェル軍曹が眉を寄せる。彼女達は軍の命令には最優先で従うように処置されているし、軍人はそれが当たり前だと認識しているから軍の命令に従わない軍人という存在が理解出来ないのだろう。まあ俺も同じ口ではあるが。
「自分のやったことが無駄になったとして、それを素直に受け入れられる人間は少ないのさ。特に命を掛け金なんかにしてれば余計にな」
特設された後部甲板に機体を固定すると、ノーマルスーツに身を包んだ整備員がわらわらと機体に取り付いて作業を始めてくれる。それをモニター越しに確認しながら俺は言葉を続けた。
「ア・バオア・クーから撤退した連中の内、かなりの数が停戦命令を無視して本国とは別の方向へ向かっているらしい。つまりこいつらは軍を離反して戦闘を続行しようとしているというわけだ」
「そんな、それじゃ…」
機内の気密をチェックして、俺はシートの下からドリンクのチューブを取り出す。バイザーを上げながら二人にもドリンクチューブを渡しつつ苦々しいレイチェル軍曹の声に応じた。
「おう、国家の装備を私的に略奪・運用して戦闘をする。端的に評すればテロリストだな」
本人達に聞かれれば激怒しそうな評価を俺は口にする。何せ彼等に言わせれば停戦協定を結ぼうとする連中は売国奴であり、それに対抗する自分達は憂国の烈士だからだ。因みに歴史を少しでも囓れば解ることだが、大抵のテロリストはそうした大義名分を持っているものだし自分達が正しいと主張している。
「酷いね」
正しくドン引きという表情でカチュア伍長がそう評しつつドリンクに口を付ける。全くもって正論である。そもそも俺達軍人は国家の意思決定に従うからこそ殺人を罪に問われないのだ。故にその意思決定に不服を申し立てる時点であり得ない事であるし、まして自らの意思で力を行使するなど論外である。第一どっかのハゲなどは終戦に至った共和国指導部を売国奴なんて糾弾していたが、民主制の法治国家において自分の主張が正しいと思うなら潜伏などせずに帰国して自分が指導者に収まれば良いのだ。それが出来るだけの政治能力が無いのなら、どんなに喚こうが所詮負け犬の遠吠えである。問題はこの負け犬が狂犬病を患っている上に誰彼構わず噛みつく駄犬であることだろう。
「停戦命令に従わない連中に対して追討の命令が出るかもしれん。休める内に休んでおけ」
俺はそう言って飲み終えたチューブをダストボックスへ放り込んだ。
『そうか、キシリアは死んだか』
「はい。脱出を試みましたが、敵の攻撃を掻い潜ること叶わず」
『出来ることならばこの手で報いを受けさせてやりたかったが』
都合の良い事を垂れ流すモニターの中の男に、シャアは自らが仮面を付けている事に感謝した。少なくとも冷え切った視線に気付かれることは無いからだ。
(早々に逃げ出した男がよく言ったものだ)
キシリア・ザビのア・バオア・クー脱出は失敗した。座乗したザンジバル級が脱出を焦ったために不用意に飛び出し連邦艦隊の射線に入ってしまったのだ。Eフィールドで合流予定だったシャア率いるNT部隊は、それを脱出してきた味方から伝えられたのである。留まれば連邦の捕虜。そうなれば貴重なNTのサンプルである部下達がどの様な目に遭わせられるか解らない。そう判断したシャアはひとまずア・バオア・クーからの離脱をしたものの。その後については全く展望の立たない状態だった。最も簡単な選択はサイド3へ帰還する事だろう。戦争で混乱している今ならば戸籍を改ざんする程度大したことでは無いからだ。だがそれはシャア個人ならばという但し書きが付く。家族も帰る家もある普通の兵士はともかく、フラナガン機関で製造されたアジン少尉達やそうした過去を奪われてしまっているクスコ少尉などは軍から離れて生活するとなれば相応の困難が付きまとうだろう事は想像に難くない。
『我々としては赤い彗星には是非とも共に来て欲しいと考えている』
真剣な表情でそう口説いてくるエギーユ・デラーズ大佐に対し、シャアは自身の中で彼への評価がまた一段下がるのを自覚した。シャアの部隊には赤い彗星に憧憬の念を持つ若い兵士も多く在籍しているのだ。ここで彼が残党へ合流すると表明すれば、彼等も付いてきてしまうだろう。公国の未来を憂うと言うならばまず彼等を無事家へと帰す事が最優先である。それよりも自らの信じる大義とやらが優先される時点で、目の前の男は他者を願望達成のための道具としか認識していないのだとシャアは判断した。
「格別の評価をいただき恐縮ですが、私も部隊を預かる身です。一存で決める訳にはまいりません」
『兵達を導くのも上に立つ者の責務と思うが?』
「私は只のパイロット上がりです。その様な器は持ち合わせておりません。ですから皆が納得する答えを話し合い決めたいと考えております」
『ふむ…、貴官がそう言うならば最早何も言うまい。ただ私が期待をしていることだけは覚えておいて欲しい』
難しげな表情でデラーズ大佐がそう口にし、通信が終わる。暗転したモニターにシャアはつまらなそうに鼻を鳴らす。そして横に居た副官に声を掛けた。
「マリガン、部隊の艦に全艦放送を繋げてくれ」
「はっ」
直ぐに動き出す副官を見ながらシャアは考える。戻れる場所がある者は戻る方が良い。復讐の為にそれを投げ捨ててしまった身である彼は強くそう思う。同時に自身と同じく帰る場所の無い者達をどうにかしなければならないとも。
「やはり、アクシズだろうな」
アステロイドベルトに存在する資源採掘衛星アクシズ。戦争以前から資源確保の為に開発が進んでいたかの衛星は、ジオン公国最後の拠点と言える。地理的にも地球圏から遠く離れたアクシズは連邦の追撃から逃れるには理想的であるし、何より責任者はマハラジャ・カーン、NT部隊に所属するマレーネ・カーン中尉の父親だ。
(ミネバも恐らくアクシズへと逃れるだろう。ならば彼女も見届けることを望むはずだ)
ドズル・ザビの忘れ形見であるミネバに対するマレーネの感情は複雑だ。ただ確かなことは彼女がミネバを直接害するつもりは無く。ただその行く末を見定めたいと考えているであろう事だ。ならば彼女の願いを聞き届けるついでに、行く当ての無い迷い子に家を借り受ける程度の厚かましさを発揮するべきだと彼は思った。
「これで私も彼女を利用する屑の一人だな」
自分と同じく運命に翻弄される少女を思い、シャアはそう呟いた。
「なんだよ、それ?」
パイロットルームに集めた隊員達の前で俺が口を開くと、カイがそう吐き捨てた。追撃命令を待って暫く待機していたが、結局そのような命令は出ず。それどころか即応待機も解除された。理由は単純で、月で行われていた和平交渉が成立。連邦政府とジオン共和国は正式に終戦協定を結んだからだ。終戦とその協定の内容を伝えた結果が先程のカイの台詞だ。
「宇宙世紀100年までの独立を保証?軍備は制限で賠償請求は国家歳入の2年分って」
クリスチーナ大尉も呆れた声音で続く。そらそうだろう。この戦争で消費した費用は地球連邦政府が五体満足だった頃の国家歳入で軽く10年分は掛かっている。はっきり言って2年分なんかじゃ全然足りていないし、そもそもこの戦争はジオンの独立をさせないために続けられた戦争だ。期限付きだとしても独立を認めるならば最初の南極条約でそう交渉すれば良かったのだ。それが許せないから態々これだけの戦争を続けたんじゃないのか?
「私達、何のために戦ったんですか?」
震える声でアニタ曹長がそう問いかけてくる。俺もそう思うよ、けどな。
「俺達は地球連邦軍、地球連邦政府の暴力装置だ。何のために戦うかを決めるのは俺達じゃ無い」
俺はそう言って溜息を吐く。
「自分の主張と正義を理由に武器を振るえばもう俺達は軍人じゃない、テロリストだ。俺はそんなものになるつもりは無いし、お前達がなるのを許すつもりは無い。納得がいかないなら連邦市民としての権利の内でやれ」
まあ出来るのは終戦交渉に携わった議員に票を入れないくらいだけどな。一様に納得していない部下達の顔を見回しながら、俺は言葉を続ける。
「とにかくジオンとの戦争は終わった。今後についてそれぞれ考える時間も要るだろう、今日はこれで解散だ」
宇宙世紀0080年1月1日、人類史上最大の戦争は終結した。だが俺は知っている。この戦火は未だ多くの燻りを残していることを。
「俺は、生き延びることが出来るかね?」
皆が居なくなったパイロットルームで一人、俺はそう呟いた。
一年戦争、終わり!