「あー、つまりだな。個人の技量で差を感じた場合、最良なのは囲んで袋叩きにすることだ。その為には相互の連携、味方同士の位置把握が何より重要になる」
トリントン基地のブリーフィングルームで、俺は何故か試験部隊の面々相手にそんな講釈をたれている。着任直後に行った模擬戦の結果、しっかりロスマン中尉からお叱りを受けると共に言葉足らずだったことを謝罪したところ何故か試験部隊の新兵組から懐かれた。
「少佐ぁ、囲む前に各個撃破されているんですけど」
情けない声でそう不平を口にしたのはチャック・キース少尉だ。あれから実機はバックパックの性能評価試験ばかりだが、空いている時間で彼等とはシミュレーターを使った模擬戦を行っていた。条件は最初と同じなので今のところ俺が全勝していて、戦法などが煮詰まってきたらしくサウス・バニング大尉からアドバイスをしてやって欲しいと頼まれたのだ。正直大尉以上に上手く教えられる自信なんて微塵もないのだが。
「それはお前達の地形に対する理解不足が原因だ。手当たり次第に索敵してるから結果的に先制されてるんだよ」
そう言って俺は頭を掻きつつ話を続ける。
「MSってのは全高18mにもなる大型兵器だ。隠れられる遮蔽物なんて限られるし、更にそこから攻撃出来る場所になると片手で数えられるくらいになっちまう。それが解っていれば事前の準備射撃であぶり出すことだって難しくない」
寧ろ機体性能で劣っているザクで勝つとしたらそれしかない。だからバニング大尉は機体のプリセットで脚部のロケットランチャーを装備させているんだと思うんだが。アニッシュ・ロフマン少尉が苦笑している所からして新人組が気付くのを期待していたんだろう。無理もないな、現場からの叩き上げであるバニング大尉やロフマン少尉はこの後昇進しても中隊長くらいで止まってしまうが、この三人は士官学校出のエリート候補なのだ。順調にキャリアを積めば大隊長や艦隊のMS指揮官なんかに収まることだって十分あるのだ。だから早めにそうした機転を利かせる対応力を身に付けさせたかったんだろう。でもなあ、
「貴様達は今は一人のパイロットだがいずれ必ず部下を持つ身になる。だからもっと俯瞰的に状況を捉える癖をつけろ」
一年戦争の弊害と言うべきだろうか?戦時中MSパイロットを一人でも多く前線に送り出すために構築されたカリキュラムは殆ど見直しがされないまま現在でも使われている。あるいは巨大組織故の余裕だろうか?ある程度昇進した人員を前線から引き抜いてより高度な教育を施す期間を設けても組織が問題なく運営出来るから見直す必要を感じていないのかもしれない。しかし実戦においてMSパイロットは非常に多くの判断を強いられる。何しろミノフスキー粒子のせいで後方からのバックアップが一切望めないのだ。それどころか高濃度環境下で乱戦になどなれば部隊内での通信すら怪しくなるのだ。知識不足の指示待ちパイロットなどカモと呼んで差し支えない。
「少佐殿、こう一対一で何とか出来る可能性とかはありませんかね?」
そう食い下がってくるラバン・カークス少尉に俺は苦笑しつつ答える。
「ジム改ならともかく、ザクだと難しいな」
ザクは動かしやすく壊れにくい、そして壊れても惜しくないという理由で新兵の教育用や各基地に練習機として配備されている。そうした面では良い機体と言えるが、やはり旧式である事は否めない。例えそれが大戦後期に製造されたモデルであってもだ。
「根本的な問題としてザクのOSは古すぎる。最近じゃもうアップデートもされていないだろ」
機体そのものの性能は引き上げられているが操作性を損なわないためか、あるいはコストの壁に阻まれたのかザクのOSとコンピューターは殆どのモデルで手を加えられていない。結果同じザクという機種で制御系が同じなのに操作感のまるで違う機体が生まれるなんて珍事まで起こしていたりする。話を戻して彼等の乗るザクは後期生産のモデルだけあって機体性能は向上している。だがこの頃ザクを欲しがるパイロットとは開戦当時から乗り続け、かつ別の機種に転換出来なかった生粋のザク乗り達だったのである。そんな彼等には連邦軍MSとの戦闘を想定した火器管制の補助などは寧ろ邪魔であり、望まれすらしなかったのだ。結果後期生産型は機体性能を向上させながら操作感は全く同じという良くも悪くもベテランザク乗りに寄り添った機体になってしまったのである。当然こんなものにガンダムからフィードバックされたFCSに慣らされた人間が乗れば射撃なんて当たろう筈がない。特にジム改は回避行動の面でもガンダムからフィードバックを受けている。正直ジムに乗っているならFCSを信じろの一言で済む話が、ザクでは通用しないのだ。
「…なんで自分達はザクに乗ってるんですか?」
情けないぼやき声を上げるキース。はっはっは、そんなのオメエ簡単よ。
「そら信用されてねえからだな。流体パルス方式のザクと違ってジムはフィールドモーター駆動式なのは知っているよな?」
俺の言葉に三人が頷く。
「ジムは関節それぞれに大量の制御モーターを仕込んである訳だが、これが想定外の過負荷を受けたりすると結構壊れる」
因みにザクなんかの場合動力パイプが破断する。メンテナンス面で言えばモーターの交換だけで済むジムの方が楽だが、コストで言えば雲泥の差が発生してしまう。正にジムは連邦軍という金持ちだからこそ問題なく運用出来る兵器なのだ。…戦時なら。
「1G環境下はただでさえ脚部に負担がかかるからな。下手な高度から飛び降りられでもしたら下半身が丸ごと死ぬ可能性すらある」
MSのOSはパイロットの保護を最優先に設定されているから万一の場合機体が自壊してでもパイロットを守る仕組みになっている。逆に言えば下手クソが乗って自壊するような状況を作ってしまえば必ず壊れてしまう訳だ。だから経験の浅いパイロットにジムは回せないのである。
「機体を壊すとな、おっかないぞ」
そう言うと彼等は一様に視線を逸らす。模擬戦の一件で俺がロスマン中尉に文句を言われていた所を腕立てをしながら見ていたからだ。
「ま、つまりだな、ジムを任されたければ実力を示せって事だ。お前さん達ならそう遠い話じゃないだろうさ」
全員試験部隊に回されるだけあって技量そのものは悪くない。もう少しだけ視野を広げれば十分実戦に耐えられるだろう。尤もその少しの視野が難しいとも言えるのだが。
「そして実力を付けるにはどうするか?それこそ簡単だ、覚えるまでやれば良い。なあにどんなに出来の悪い奴でも1000回も死ねば覚えられる。そこは保証しよう」
ソースは俺。そうやって笑ったら全員が顔を引きつらせていた。解せぬ。
「相変わらず嫌なツラをしてやがる」
搬出作業に向けて1号機の最終点検を進めながら、横に並ぶ機体を見てニック・オービルは誰となく呟いた。ガンダム試作2号機、開発コードサイサリス。戦術核の運用に特化したMSと言うコンセプトが実に連邦らしい性格の悪さだと彼は思った。前大戦初頭、ジオン軍は同調しない各サイドに対し、核弾頭を搭載したMSによる攻撃を行った。つまりこの機体はジオンの証明して見せた核によるコロニー攻撃の有用性を、そのままジオンに向けてやろうという連邦軍の考えが形となっているのだ。しかもそれをジオン系の技術者に連邦への恭順の証として設計させるというのだから悪意を感じずにはいられない。
「まあ、精々いい気になっているがいいさ」
彼は元々ジオニックのメカニックであり、戦中からグラナダの工廠に勤めていた人間だった。同社が戦後賠償の為に同じく月に拠点を構えていたアナハイムエレクトロニクス社に買収された際にそのまま籍を移すことが出来た幸運な人間である。
尤も他人から見た幸運が本人にも同様に認識出来るとは限らない。政治家共が勝手に決めた敗戦とやらの戦後賠償で身売りをさせられたことなどは屈辱だったし、その先がアースノイドの腰巾着であるルナリアンである事には悲しみすら覚えた。グラナダの工廠という極めて小さな世界だけで一年戦争に関わっていた彼には戦争が終わったという実感がまるで湧かなかったのだ。そんな彼が志を同じくする者達と接触する事はある意味運命と言えた。
「ようオービル、お前もこいつらと地球に降りるんだって?」
「ああ、試作機からこいつらに関わってるメカニックは少ないからね。全部面倒見ろなんて無茶を言ってくれるよ」
気安く話しかけてきた同僚に彼は表面上おどけた態度で応じる。
「ははは、それだけ信頼されてる証拠だろ?良いじゃないか、地球なんて滅多に行けないぜ?」
滅多にどころかスペースノイドは原則地球に降りる事が許されていない。勿論様々な裏技は存在するのだが、どれも高額であるかあるいは犯罪とされる行為であり、発覚すれば最悪その場で殺される可能性すらあった。ただ帰還兵の話を聞く機会があったオービルは、地球に対して少しも魅力を感じていなかった。思い通りにならない天候や気温。汚れた大気に不衛生な水。生粋のコロニー育ちである彼には地球は不衛生なごみ溜めか何かにしか思えない場所だった。だがそれを口にするべきではない事も彼は良く理解していた。
スペースノイドにとって地球は憧れの故郷であり、常に遠くから物欲しげに眺めている。そうしたアースコンプレックスを抱いているスペースノイドにアースノイドは優越感と共に安心感を得るのだ。そしてそんな連中は驚くほど容易く隙を見せる。例えば地球圏に残存するジオン軍のスパイを疑いもせずに最新鋭の軍艦に乗せ、あまつさえ新型機のお守りを任せるといったように。
「そうだね、一度で良いから地平線に沈む夕日ってのを見たかったんだ。そう考えれば悪い話じゃ無いかもね」
思っても居ないことを彼はそう口にする。地球でしか味わえないことに憧れる。それは実に解りやすいアースコンプレックスだからだ。
「へえ、良いな。俺にも一枚撮ってきてくれよ」
「時間があればね」
そう言って彼は笑う。彼に与えられた任務は極めて重大だ。だから決行の瞬間まで絶対に露見するわけにはいかない。そして作戦成功後も彼の功績は誰に知られることもないだろう。さながらスパイ映画のエージェントにでもなった気分で彼は歴史を動かす高揚感を自らの中に懸命に隠す。
「オービル、ちょっと良いかしら?」
「どうしたんだい、ニナ?」
そんな彼にガンダムの開発者である女性が声を掛けてきた。社内では才媛だのなんだと持て囃されている彼女であるが、オービルからすればただのMSバカだ。自分が何のために何を造ったのかすら理解していない。この女は考えてもいないことだろう。
「ロングビームライフルも持って行くようにって連絡が入ったのよ。アレは宇宙用なのに」
「仕方ないさ、何せガンダムだからね。お偉いさん達は何でも出来るって思ってるのさ」
口を尖らせながら不平を漏らす彼女に同調してみせる。面倒な女のあしらい方を彼は既に学んでいた。
(精々しっかり面倒を見てくれよ。あの方に完璧な状態で渡さないといけないからな)
当たり障りの無い言葉で本音を隠して彼は笑う。最早気分では無く、彼は本気で自分を歴史の陰で暗躍するエージェントだと思い込んでいた。だが彼は知らない。映画と違い敵地に潜入するスパイなどはその多くが作戦を成功させる為に何時でも捨て駒に出来る人材であり、都合が悪くなれば即座に切り捨てられる存在である事を。
そしてそんな彼の正体を既に看破している人間が地球で待ち受けているなど、神でもNTでもない彼には知りようが無かったのである。