時間はほんの少しだけ巻き戻る。日の沈んだトリントン基地、その駐機場に停泊しているアルビオンの格納庫でニナ・パープルトンは目の前の軍人を睨み付けていた。
「オービルは我が社の社員です!理由も無く拘束するなんて許されるはずがありません!」
「だから事情を聞きたいだけだよ。基地の外に何をしに行ったのかとかね」
「その様な事ならこの場で済むはずです!基地まで来いと言うのは別の意図があるのではありませんか!?」
「いいんだ、ニナ。俺は元ジオンだから、疑われても仕方ない。俺が軽率だったんだ」
自嘲気味にそう口にするニック・オービルを見て、ニナは益々表情を険しくした。確かにオービルは元ジオンの人間だ。しかし彼が真面目に働いていたのは彼に関わったことがある社員ならば誰もが頷く所であるし、このガンダム開発計画という連邦軍からの依頼にも不平を漏らしたり手を抜いた事は無い。それを少し基地から外出したからと言って怪しむなど、幾ら前大戦の英雄であろうとも許せるものでは無かった。
「エレカの利用申請の際に目的地も利用目的も明記している筈です。それ以上なにがお知りになりたいのでしょうか?」
「じゃあ聞くがね。彼が本当に夕日を眺めていたって証拠はあるのかい?スペースノイドにしてみればこの辺りは埃っぽい上に気温も高い。知っているか?戦中ジオン兵の多くは地球環境に辟易してたそうだ。それこそ艦橋から快適に眺められる夕日を態々基地の外に出て見たがったのはなんで――」
「そこまでにして貰おう、少佐」
彼の言葉を遮るように格納庫に入ってきたのはエイパー・シナプス大佐だった。まくし立てていた少佐は即座に直立不動になりシナプス大佐へ敬礼をする。それに答礼しながら大佐は言葉を続ける。
「彼はアナハイム社の技術者として身元を保証されている。その上で本艦に乗艦しているが、貴官はそれでは不足と言うのかね?」
「はい、大佐殿。ジオン公国に未だ懸想する者は多くおります。特に消化不良で終わった若い連中などは顕著であります」
そう言って少佐はオービルへと厳しい視線を送る。それを見てシナプス大佐は小さく溜息を吐き制帽の位置を正す。そして極力感情を廃した表情で口を開いた。
「貴官の懸念は解らんでもない。事実宇宙では元ジオン兵によるテロも起きているからな」
そう言うと大佐はオービルを見て表情を和らげた。
「だが彼は信用出来る。私が保証しよう」
「理由をお聞かせ願います」
「彼はこの開発計画の前段階から参加していてな。そして公になっていないが、彼の所属していたチームは月でテロリストに襲撃を受けている。もし彼がテロリストと通じているならば、何故そのような危険に晒される?」
「所属していたグループが違ったのでは?テロリストが皆同じ組織とは限りません」
「少佐、その物言いでは全ての元ジオン兵を疑わねばならなくなるではないか」
「そう申しております。共和国に帰属する事を拒んだ者が居る以上、同じ組織に所属していた人間には相応の対応を心がけるべきです」
元ジオンだから信用しない。堂々と言い放つ少佐にニナが爆発するよりも早くシナプス大佐が大声を上げた。
「いい加減にしないかアレン少佐!戦争は終わったのだぞ!?それ以上の発言は彼への明確な侮辱だ。同じ軍人として看過出来ん!即刻この艦から出て行きたまえ!」
少佐は何かを言いかけ、しかし大佐を見て小さく失礼しますと告げて格納庫から出て行く。その姿が見えなくなった頃合いで大佐は帽子を脱ぐとニナ達に向かって頭を下げてきた。
「連邦軍人が申し訳ない」
「そんな、大佐が謝ることではないじゃありませんか!」
ニナの反論にシナプス大佐は悲しげに頭を振った。
「いや、同じ組織に身を置く人間としてのけじめだ。それにな、ニナさん。ああは言ったが、彼の気持ちも私は解らないではないのだ」
その言葉にニナは表情を強ばらせるが、次に続く言葉で何も言えなくなってしまった。
「彼はシドニーの出身でな。幸いご家族は無事だったそうだが、多くの知人と共に彼の故郷は永遠に失われてしまった」
制帽を被り直しつつ、シナプス大佐は続ける。
「戦争は終わった、しかしあの戦いで人類はあまりにも多くのものを失い過ぎた。その傷が癒えていないのも事実だ、しかし我々は前に進まねばならん。それが生きている者の、生き残った者の責務だと私は思う」
駐機されているガンダムを見上げながら、大佐は小さく笑う。
「いかんな、年を食うと説教じみてしまう。さて、明日からは忙しくなる。お二人もしっかり体は休めて下さい」
「はい、ありがとうございます」
手を上げて格納庫から立ち去る大佐を見送ったニナは、複雑な気持ちで大佐と同様に自らが手がけたガンダムを見上げた。戦争が終わったと言いながら連邦軍は新しいガンダムの開発を行い、艦隊を再建した。本当に戦争が終わったと思っている人間はどれ程いるのだろう?
「…あの少佐を庇う訳じゃ無いけどさ。戦争が終わってないって気持ち、俺も解らないわけじゃないんだよな」
横に立ったオービルが俯きながらそう呟いた。
「ペッシェにも言ったけどさ。俺達は偶々アナハイムに拾われて生活が出来ているけれど、月にも定職に就けずいる浮浪者紛いの元ジオン兵が沢山いるんだ。彼等の事を考えると、確かに軽々しく終わったなんて言えないよな」
「オービル…」
「だからさ、俺やペッシェは今回の開発計画はチャンスだって思ってるんだ。俺達が頑張って元ジオンってレッテルを覆せば、そういう人達への偏見も減って、受け入れて貰えるんじゃないかって。新しい居場所を作れるんじゃないかなんて思ってるんだ」
そう言うとオービルは照れたように笑いつつ言葉を続ける。
「なんて、ちょっと格好付けすぎだよな。ほら、後はやっておくからニナは先に上がりなよ」
「そんな、悪いわよ」
ニナがそう返すとオービルは頭を掻きながら笑う。
「俺の我が儘で迷惑を掛けちゃったんだ。この位罪滅ぼしをさせてくれよ」
そう言われて無下に出来る程ニナは頑なではなかった。
「そう?ならお願いしようかしら」
残っているのは簡単なシステムチェックのみだと言うのも彼女の判断に拍車をかけた。故に彼を残して格納庫からニナは出て行ってしまう。最後に彼女が見たのは変わらぬ笑顔で見送るオービルの姿だった。
「2号機!?」
俺は咄嗟にガンダムへ向けてライフルを向けた。襲撃を受けたタイミングで隔壁を突き破って出てくるなど、どう考えても味方のする事では無いからだ。しかし俺の行動はロックアラートによって邪魔される。
「邪魔だ!」
回避しつつ周囲を確認すれば、2号機を守る様に1機のドムが滑り込んできていた。俺はソイツに向けてライフルを発砲するが見事に避けられてしまう。動きからしてNTじゃない、だがそんな力が無くても十分強いパイロットだ。このタイミングでここにいるそんなジオン兵は一人だけだ。
「火付けに盗みとは堕ちたもんだな!?ソロモンの悪夢さんよ!」
射撃を加えながらオープンチャンネルでそう叫ぶ。いきなり正体が露見すれば動揺を誘えると考えたからだ。事実ドムの動きが一瞬だけ鈍るが直ぐに持ち直してしまう。ち、腐ってもエースって訳だ。
『その動き!?いや、違うか。だが脅威とはなる!』
そんな声がノイズ混じりに届く。俺の乗っているパワード・ジムはオーガスタで念入りに調整し、OSにもアムロの動作パターンを学習させたものを使っている。そして彼等はア・バオア・クーで一度戦っているらしいので、機体の動きからアムロと誤解したのだろう。尤も機械的に再現出来る部分など僅かだから直ぐに別人だと看破したようだが。
「戦争が終わって3年も経つって言うのに往生際が悪いんだよ!」
『なんたる傲慢不遜な物言い!所詮は腐った連邦の兵士か!』
「はっ!テロリスト風情が偉そうに!」
煽りつつ隙を突こうとするが流石エースと言うべきか、簡単に見せてくれるほど甘くは無い。となると頼りは他の試験部隊の面々なのだが。
『くそが!』
カークス少尉の罵声が届く。突入してきたもう一機のドムを撃墜するべく皆動いているのだが、それをザメルの砲撃が邪魔をする。奴ら2号機を逃がすために岸壁側の味方を切り捨てやがった。
『逃がすか!』
その中で悠々と基地外を目指す2号機に業を煮やしたロフマン少尉が飛び出していく。その判断が間違っていたとは言い難い。訓練で技量が上がっていると言っても、コウやキース達は命の遣り取りを経験していないひよっこである。初めて体験する実戦に浮き足立っていてバニング大尉はそちらのフォローで精一杯だ。だからロフマン少尉は自分が動くしか無いと判断したのだろう。その判断と行動力は間違いなく実力のあるベテランのそれだったのだが。
「避けろ!ロフマン少尉!!」
俺と戦いながらガトーのドムが素早く腰からグレネードを抜き取り放り投げる。それは空中で自ら軌道を修正しロフマン少尉の乗ったパワード・ジムへと殺到した。大戦初期の印象から、ミノフスキー粒子環境下では誘導兵器が無力化されると言う思考がベテランほど強い。しかし実際には画像認識や赤外線誘導といった電波に頼らない誘導方式のミサイルが大戦後期には両軍で採用され投入されている。あのグレネード状のスローイングミサイルもその一種だ。
『がぁ!?』
もしもロフマン少尉の機体がジム改ならば問題なかった。そうした誘導兵器に対する対抗装置を搭載しているからだ。だが試験機のパワード・ジムにはそれらが装備されていなかった。結果彼は機体を強引に回避させる以外の行動が取れず、そしてその程度で避けきれるほど甘くなかった。
「少尉!」
『あの機体は頂いていく!ジオン再興の為に!』
ロフマン少尉の機体が地面に叩き付けられる中、コックピットにはガトーの勝ち誇った宣言が聞こえていた。
長いな13日。