『話は聞かせて貰った』
モニター越しに渋面のコーウェン中将を見たエイパー・シナプス大佐は直立不動の姿勢で口を開いた。
「全て私の招いた出来事です。どうか部下には寛大な沙汰を」
シナプスは自身の平和ボケを激しく後悔していた。相手を信じなければ信頼関係は構築されない。それは偽らざる本心であったが戦後という言葉が知らないうちに自らの胸襟を緩め過ぎていたようだと彼は姿を消したニック・オービルを思い返しながら考えた。尤もこれは彼だけの失態とは言い難い。そもそもこの開発計画をアナハイムに委託する事を提案したのはコーウェン中将であるし、それを承認したのは連邦軍上層部である。そしてスペースノイドとの関係改善を声高に主張しアナハイムへの監査を形骸化させた連邦議員の存在を忘れてはならない。彼の不手際は基地の警備が厳重だったことを過信し艦内の警備を怠ったことだろう。
『その件に関してはこの問題が片付いた後に査問会が開かれるだろう。だが先ずは2号機の奪還が最優先だ』
咳払いをしてコーウェン中将は話題を切り替えてくる。
『…先程ホーソン大佐から報告を受けた。トリントン基地のMS部隊は2号機奪還に失敗したそうだ。カレント大尉以下の5名が戦死、試験部隊のバニング大尉並びにラバン・カークス少尉が負傷。2号機はコムサイに搭載され離脱したとのことだ』
中将の言葉にシナプスは思わず拳を握りしめた。コムサイに搭載されたとなれば2号機は既に宇宙へ離脱した可能性が高いからだ。
「軌道艦隊の追跡は?」
『遺憾ながら第3地球軌道艦隊の哨戒網にはかかっていない』
「それは…」
第3地球軌道艦隊はその名の通り軌道上の防衛を担う艦隊だ。その哨戒網にかからずコムサイが地球に降下し、更には脱出出来たならば艦隊のスケジュールが漏洩していた可能性が高い。つまりそれは軍の内部にもスパイが紛れ込んでいる可能性が高いということだ。
『君にはこのままアルビオンを用いて2号機奪還の任について貰う。その為の追加戦力を手配したから合流次第宇宙へ上がってくれ』
「了解しました」
『他に何かあるかね?できる限りの支援はしたい』
その言葉にシナプスは一瞬迷うが、意を決して口を開く。
「では、2号機奪還にトリントン基地のMS試験部隊を使わせて頂きたく思います」
『む、解った許可しよう』
「…それから、ディック・アレン少佐を本艦の戦力として加えて頂きたい」
『何?』
「少佐は基地に合流した当初からこの襲撃について予見しておりました。彼の視点は2号機奪還において非常に有益であると考えます」
『既に根回し済みと言うことか。キツネめ』
シナプスの言葉にコーウェン中将は苦虫をかみつぶしたような表情となりそう呟いた。
『そちらも解った、既にエルラン中将経由で奪還協力の打診が来ている。併せてペガサス級1隻も軌道上で合流出来るだろう。よろしく頼む』
「はっ、了解しました!」
シナプスの敬礼に対しコーウェン中将が答礼するとともに通信が切れる。そしてそのタイミングを見計らったようにオペレーターのウィリアム・モーリス少尉が振り返り口を開いた。
「シナプス艦長、その、情報部の少佐を名乗る方が乗艦許可を求めています」
「情報部だと?随分と動きが早いな、解った許可する。それと基地に連絡を、試験部隊所属のパイロットを借り受ける事を伝えてくれ。後はアレン少佐だ、彼も連れて行くと言わねばならんな」
そこまで言ってシナプスは目深に制帽を被り直す。この航海は随分と厄介な事になりそうだと考えたからだ。
「本当に少佐と居ると退屈しませんね」
「そりゃ楽しんで頂けているようで何よりだ」
「皮肉ですよ、解りなさいよ。ああ、折角開発拠点でゆとりある仕事が出来ていたのに…」
嘆きながらもロスマン中尉は手早く荷物を纏めていた。元々ホワイトベースに乗艦していた彼女だから、この手の作業は慣れたものだ。
「それにしても、コイツで宇宙に行くとは思わなかったな」
そう言って俺はパワード・ジムを見上げながら溜息を吐く。エルラン中将経由の協力提案は受け入れられたものの、エルラン中将が動かせる手駒は非常に少ない。その分質は折り紙付きなのだが、運用している機体は相変わらず試作機やテスト機のオンパレードだ。一応俺の機体も持ってきてくれる予定だが、あの機体は整備の勝手が違いすぎるためアルビオンでの運用は難しい。不幸中の幸いと言うべきかバニング大尉が軽傷なので彼が復帰次第俺はグレイファントムに移動するだろう。逆に言えばそれまではこのパワード・ジムと付き合うことになる。トレーラーに載せられてアルビオンに運び込まれる機体と共に格納庫に入ると、そこでは1号機がテープで封印されている最中だった。
「あれは?」
「安全が確認されるまでは凍結ってやつかね?同じアナハイム製だしな」
時間的にオービルの奴が1号機にまで手を出せたとは思えないが、それを証明するのはメカニックの仕事である。そして最も詳しい人物は今頃拘束されているはずだ。
「ねえ!この機体は何番ハンガーに置けばいいかしら!」
封印作業に立ち会っている整備員にロスマン中尉がそう声を掛ける。振り返った大柄の女性は俺達を見ると大声で返事をした。
「3番ハンガーにお願い!」
ロスマン中尉が手を上げてそれに応じ、トレーラーをハンガーへ近づける。取り敢えずこの後は着任の挨拶になるが、ロスマン中尉と一緒の方が何かと手間がない。だから機体の搬入作業が終わるまで待とうとしていたら、後ろから声がかかった。
「アレン少佐!」
振り返るとそこには声を発したキース少尉と曖昧な表情をしたウラキ少尉、そして包帯を巻いたバニング大尉の姿があった。
「よう」
手を上げて彼等に応じつつ、彼等の方へ歩み寄る。バニング大尉は腕を吊っているが、史実と違い足は怪我をしていないようだった。キースとウラキは少し覇気が足りないだろうか?
「聞いたぞ、ドムと大型MSを撃破したそうじゃないか」
「完全に運が良かっただけですよ」
「大型MSの方は殆どバニング大尉が何とかしてくれましたから」
「それでも敵を倒して生きて帰ってきたんだろう?新米がそれだけ出来りゃ上等さ」
「そうだぞお前ら。カークスの奴だってお前達が居たから生きて帰れたんだ。天狗になれとは言わんが、胸を張っていろ」
俺の言葉にバニング大尉が同調してくれる。
「カークス少尉は、良くないので?」
「命に別状はありませんよ」
俺の質問にバニング大尉は僅かに笑いながらそう答えた。つまり命が助かった程度には酷いって事か。史実ではこの追撃の前にカークスはトリントン基地で戦死し、追撃部隊に参加していた俺がカークスの代わりに死んでいる。その意味では俺達二人は生き延びたと言えるが、その代わりに史実と異なり2号機はアフリカへと向かわずに宇宙へ脱出してしまった。この時間的余裕がどんな波及効果を生むのかは未知数だ。同時にアルビオンがガンダムを欠いた状態で追撃をする事もである。
「ガンダム…封印されてるんですね」
機体を見上げてウラキ少尉がそう呟く。本来ならば偶然の結果ではあるものの彼はこの試作1号機のパイロットとなり、この星の屑作戦を戦い抜く筈だった。だが俺の介入で彼はザクで追撃に加わり、そして現在は乗機を持たない状態でアルビオンに乗り込んでいる。
「一応同じアナハイム製だからって所だろう。気になるか?」
「いえ、その。正直に言えば、自分達で手が届くのか、と」
ほう?
「ザクで戦って痛感しました。2号機は武装こそ少ないですが機体性能は圧倒的です。そして優秀なパイロットであれば十分その不利を補えると感じました。自分の技量とジムで追いつけるのか、と」
成る程ね。
「随分とガンダムに魅せられちまったな、ウラキ少尉。いや、それともあのパイロットにかね?」
戦闘中堂々と名乗ってくれたおかげであのパイロットがアナベル・ガトーである事は確定した。まああくまで自己申告だから別人が騙っている可能性も無くはないが、恐らく本人だろう。
「その、自分は…」
「ま、気持ちは解らんでもないさ。優秀な機体とそれを操る腕利き、同じパイロットなら嫉妬しても不思議じゃない。けどな少尉、お前さんは勘違いをしている」
「勘違い?」
「俺達の仕事は2号機に勝つ事じゃない。連中から奪い返すか破壊することだ」
俺の言葉にウラキ少尉は意味が解らんといった表情になる。うむ、こいつ中々視野が狭いな。
「つまりだな、戦争は決められたルールに違反しなきゃ何でもアリなんだよ。別に決闘でも仕合でもねえんだ。一対一で勝つ必要も無ければ、正面からやり合ってやる必要も無い」
幾ら高性能なMSと言っても補給や整備は必要だし、単独で何処までも移動出来るような航行性能だって無い。
「極論奴が出撃しない内に母艦ごと沈めたって俺達の勝ちなんだ。やりたいこととやるべきことを履き違えるなよ」
そう言って俺はウラキ少尉の肩を叩いた。