蛇喰夢子という女。今学園に、その姿は無い。
赤木しげる逝去からしばらく経った今、夢子は学園に来る事無く、ただ街中の雀荘で遊んでいた。東風戦、
その夢子に、鈴井涼太はただただ同伴していた。どうしていいか分からずに、ただただ夢子と一緒にいた。
そして、それから更にしばらくして、学園内に、夢子が帰って来るという噂が立った。実際その噂は本物だった。
「お久しぶりです。芽亜里さん」
「ああ……うん、なんか雰囲気変わったね。夢子」
「そうですか?そうですねえ、思うところが無い訳ではないのですが」
「何よ。何があったって言うの」
「赤木さんが、亡くなったと聞いて、急ぎ駆け付け手を合わせに行っていました。ご心配おかけしました」
「……うん」
芽亜里は、それでもまだ夢子が心配だった。
だって、なんだか変だ。今の夢子。
覇気が無いっていうか、いや、表現が難しいけれど、学園に来たばかりの、生徒会役員たちをなぎ倒していったあの夢子じゃない。芽亜里は、友人として心配だった。
そして、様子がおかしいそんな夢子は、ふらふらと生徒会室に向かってゆく。
「……ごきげんよう、綺羅莉さん」
「あら、夢子、ごきげんよう。遊びに来たの?」
「……打てますか?」
「ええ。もちろん。打ち子は用意してあるわ」
一連の流れを傍観していた妄は、会長に質問する。
「麻雀やるのか?これってどういう展開?」
「ふふ、まあまあ、しょぼい博打よ。座りなさいな。妄と楓。あとは芽亜里と夢子。これで四人」
ふう、ふう、ふう……
はやく、はやくギャンブルを……
しなきゃ、私は、おかしくなる……
今の夢子には、ともかくも栄養補給が必要なのだ。会長は先日、対局していたユメミら全員にそのように言った。
妄は疑問だった。何故豆生田は毎回自分と一緒に麻雀を打つんだ?そして、夢子の事を好きでもない清華が毎回ディーラーをやってくれる訳とは?
ディーラー清華が、しょぼい博打の説明に入る。
「ルールの説明です。アリアリの東南戦で、持ち点関係無しの完全順位戦で二万‐六万。一本場1500点の場千五ルールです。トップが60000点到達でコールドとなります。そして赤牌に特殊な規定があります。今回赤牌は、五の牌と三の牌に各一枚ずつの合計六枚{赤三赤3赤③赤五赤5赤⑤}を投入します。ただし」
「少し特殊なのでよく覚えてください。まず、三の赤牌{赤三赤3赤③}ですが、こちらは《面前でのみ有効の赤ドラ》となります。鳴いてしまったら何の効果も持たない牌になります。次に、五の赤牌{赤五赤5赤⑤}ですが、こちらは、《東場は常に赤ドラとして使えますが、南場だと、面前でのみ有効の赤ドラ》となります。お分かりですか?例を出してみましょう」
{一二赤三四赤五六七八九33④⑤⑥}
「これは面前手ですから、全ての赤牌がドラになります」
{一二赤三四赤五六七八九33} {横④⑤⑥}
「これは鳴き手です。この手の場合、東場なら、{赤五}のみがドラ扱い。南場ならどちらの赤牌もドラではなくなってしまいます」
説明は以上とのことだ。四人は場所決めをした上で、卓に着く。
席順(今回の原点は通常通り25000)
起家:夢子
南家:妄
西家:豆生田
北家:芽亜里
一回戦、東一局、ドラは{一}。妄の配牌。
{横西}
{一五赤五124689①②赤⑤北}
打、{西}。
(今回の麻雀は赤が六枚。面前手の得点は化けやすい。勿論親のリーチなんかに対してむやみに向かって行ったら殺されるが、一方で、その親番をうまく蹴る事も、また今回は必要な技術。今回あたしの配牌に赤が二枚。一般的な赤三枚の麻雀の倍ある訳だから、二枚くらい握れるのは平均的にあり得る事だと言える。だけど油断は禁物。この配牌はベストじゃない。だって、握れた赤牌はどちらも五の牌。東場の今においては常時ドラだ。しかし、他家の手や山には、面前限定のドラである三の赤牌が、三枚丸ごとごっそり眠っている訳で。つまり他家は今回面前で手を作ってリーチをしたがる傾向にある。一方で、この配牌のあたしはどちらかと言えば鳴く。二鳴きした所に二件リーチが来る、なんて事も十分あり得る。油断は、禁物……)
上家の夢子から{3}が出る。
「チー」
{横312}
妄、打、{北}。
次に今度は{③}が出る
「チー」
{横③①②}
(これも良くない。あたしは五の赤を二枚握っているから、他家から五の赤は見えていない訳で。そうなると、あたしが鳴いているのは五の赤を握っているからだと推測される。どんなノミ手でも、赤が二枚あれば最低3900。そう、あたしは既に二回鳴いている。これによって、鳴きの三色、あるいは一通、あるいはチャンタ。そこまで読まれてしまう。三鳴き目ができる保証は全く無い。赤の所在がどこにあるか、その情報を元にして、この麻雀の手役は読まれやすい)
しかし妄、ここは非常に運が良かった。{89}で待っていた所の{7}を引いてくる。これでかなり読み合い、押し引きは楽になっただろう。
そして……
「ツモ」
{五赤五46789} {5} {横③①②} {横312}
「500.1000だ」
東二局、妄の親。この局は鳴き合戦だった。ドラは{南}。
「ポン」
{南横南南}
豆生田が、南家で{南}を鳴いて、南ドラ三の満貫気配。
「ポン」
{東東横東}
それに負けじとダブ東を鳴く妄。{東}はドラ表示で一枚消えているのに、残りの三枚をかっさらった。
「チー」
{横4赤56} {横赤三四赤五}
東風戦の打ち手芽亜里は、両面からでも構わず鳴いてゆく。
そして、流局の間際。
「リーチです」
え――?
夢子が、リーチを宣言。
夢子は千点棒を供託する。
流局――
「テンパイです」
全員テンパイ。親は連荘して、東二局一本場だ。
点数状況
夢子:23000
妄:27000
豆生田:24500
芽亜里:24500
供託:1000点
夢子、今のリーチはなんだ?
いや、確かに、面前がとても強い今回のルールで、終局間際でリーチを打つ事によって皆を怯えさせ、鳴き手のテンパイを崩させて流局に持っていこう、その考えは分からない訳じゃない。
しかし、今それってそんなに大事か?面前で張ったのなら、リーチをかけなくても当然、流局すればテンパイ扱いになる。テンパイ料がいくらもらえるのかは、流局になってみないと分からない。
その一方で、リーチをする事で千点を供託しなければならないのは確定事項。絶対に持ち点は千点減る。
夢子よ、いいのか?そんな事してしまって。らしくも無い。トップを目指す打ち筋じゃない。
(ルールが特殊だ。まだ東場だぞ?今の微細な点差は後々響いてくるっていうのに)
東場と南場で条件が変わる今回の麻雀。そして、細かい持ち点の関係無い、着順の維持や逆転が常に要求される完全順位戦。難しい麻雀だ。
南場に入ると、赤牌の規定が変わり、全体的に打点が半減する。
南場から急に赤無し麻雀をやれだなんて。例えばの話、それって簡単じゃないだろう?
今回の麻雀の、このような特性は、麻雀の数あるルール、ゲームシステムの中で、似ている、通ずる所があるシステムがある。
それは――
富める者は更に富む。そのように作られた特殊なウマ、《沈みウマ》のようだ――