歌姫カガリのマクロス風SEED世界 作:ソロモンは燃えている
アークエンジェルの一室で、グレイスはカガリの歌のデータを確認していた。
その表情は、機嫌が良いとは言えないものだった。
グレイスはカガリのマネージャーだ。
歌のデータを確認するのも、そのデータが思わしくなければ表情が険しくなるのも不思議な事ではない。
しかし、
「カガリのSEEDは芽を出し、確実に成長している。
でも、これでは足りないわ。
戦争が終わってから成長が鈍化してしまった。
やっぱり精神的なものかしら?
組織も同じ結論にたどり着いているはず。
だから闇ラクスなんて存在を用意したんでしょうね」
そこで、グレイスの顔に笑みが浮かぶ。
「地球の、人の未来を賭けて行われる歌合戦。
闇ラクスは、カガリのSEEDを爆発的に成長させるための存在?
それとも、カガリに取って代わるため?
組織の思惑は分からないけど、これも運命と言うものでしょうね。
世界がカガリを放っておくわけがないもの。
強い意志と覚悟を持って歌う事、それがSEEDを成長させていく。
組織が用意した闇ラクスと私のカガリ、どちらの歌が未来を手にするのかしら?」
楽しみね。
そう呟くグレイスの部屋の扉が突然開かれた。
「残念ですが、お楽しみはここまでですよ」
そう言って入ってきたのはアズラエルだった。
オルガ達がグレイスを組み伏せ、拘束していく。
「なっ、何を!
アズラエル理事、これはどう言う事ですか?」
突然の出来事に動揺するグレイス。
「貴女がネームレスの一員だと言う情報を得ましてね。
だから、艦長さんに頼んで部屋を監視させてもらいました。
さっきの独り言も、ばっちり聞かせてもらいましたよ」
オルガ達に組み伏せられ、手錠をかけられたグレイスがアズラエルを睨みつける。
「そんな情報をどうやって。
何処にも痕跡なんて残ってないはずなのに」
「貴女達の組織、僕たちはネームレスって呼んでますけど、そのネームレスが関わってる施設を見つけまして。
そこでいくつか情報を手に入れたんですよ。
その中に貴女のものもあったと言うわけです」
アズラエルの言葉を聞き、グレイスの中でいくつも疑問が浮かぶ。
どういうこと?
組織が私の情報を物理的に残しておく理由がない。
あえて情報を渡した?
何のために?
待って、アズラエルは何と言っていた。
いくつかの情報
複数の情報を得たのだと言った。
形を与える事になると名前すら付けないほど存在の秘匿に気を遣ってきた組織が多数の情報を奪われた。
そんな事はあり得ない。
なら私の情報は、他の情報が正しいとアズラエルに思わせるための撒き餌。
切り捨てられたと言うことか。
グレイスに思うところはない。
自分が使い捨ての消耗品だと自覚しているからだ。
ただ、カガリの近くにいて、その信頼を受けている自分をこんな形で切り捨てるのはもったいないと感じているだけだ。
手錠をかけられ、アズラエルが乗って来たガーディー・ルーへと移送するためにハンガーに連行されてきたグレイスにカガリが声をかける。
「グレイス・・・どうしてお前が。
今まで私を支えてくれていたのも嘘だったのか?
答えてくれ、グレイス!」
カガリの性格は真っ直ぐで分かりやすい。
私が世界の裏で暗躍している組織の一員で自分の歌を利用しようとしていた事を知ってショックを受けているようだ。
ちょうどいい。
カガリのSEEDは、戦争中に大きく成長した。
過酷な状況下でも強い意志で歌い続けたからだろう。
どうせ切り捨てられたのだ。
カガリの精神に負荷をかける重しとして使うのも悪くない。
「カガリ、本当にバカな娘ね。
知ろうとしなければ幸せでいられたのに」
グレイスの言葉に強い衝撃を受け、哀しみの表情を浮かべる。
その瞳には涙まで滲ませている。
それは思惑通りのはずだった。
なのに、何故かそのカガリの顔は、グレイスの心の奥に僅かな痛みを感じさせていた。
グレイスを乗せたシャトルがガーディー・ルーに向けて発進した。
後には、最も信頼していたグレイスに裏切られていた事を知って、傷付き、哀しみに打ちのめされたカガリの姿があった。
キラがそんなカガリを心配し、寄り添う。
カガリの心の痛みが少しでも和らぐように。
周りがカガリの姿を痛ましげに見守る中、アズラエルがマリューに話しかける。
「艦長さん、これでネームレスの存在は信じていただけたと思います。
約束通り、今後について話し合いがしたいのですが」
「アズラエル理事、その事についてはもう疑ってはいません。
ですが、今は・・・」
マリューがカガリの方を見る。
「カガリさんに無理をさせる気はありませんよ。
彼女の事はキラ君に任せて、我々は場所を変えませんか?」
アズラエルの提案で、ショックを受けているカガリをキラに任せ、しばらくそっとしておこうということになった。
アークエンジェル内、会議室
用意されていた席にマリュー・ラミアス艦長以下、主だった士官とパイロット代表としてムウ・ラ・フラガが座っている。
対面に座っているのはアズラエルと彼と共に宇宙に上がってきたファントムペインの隊長ネオ、そしてグレイス連行のためガーディー・ルーに戻ったオルガ達から護衛を引き継いだアレックス・ディノだった。
「では、始めましょうか」
「ええ、理事からはまだ概要しか聞いていませんが、それでも到底信じられるような話ではありませんでした。
ですが、グレイスさんの事も事実だった以上、捨て置く事も出来ません。
まずは、詳しく説明して頂けますか?」
「勿論です、情報を共有して現状認識を一致させておかなければいけませんから」
アズラエルがこれまでの経緯を話し始めた。
2年前の戦争中から裏で暗躍している存在に気付いていた事。
あらゆる組織に入り込んでいるため、信頼できる限られた人員で調査に当たっていた事。
「こう言った経緯で隣にいるネオ君が隊長を務めるファントムペインが今回の情報を手に入れて来てくれたんですよ」
アズラエルの説明が終わり、会議室に静寂が訪れる。
アークエンジェルの者たちは事実を理解し、受け入れる事に苦戦していた。
それも仕方がない事だろう。
世界の要人達を洗脳し、歴史を裏から操ってきた存在。
前回の大戦も彼らの掌の上で行われていたのだと言う。
事実は小説よりも奇なり。
正にそんな事態だった。
そんな雰囲気を和ますためか、ムウが軽い調子で気になっていた事を話す。
「世界の裏に潜む黒幕に立ち向かうファントムペインの隊長ねぇ」
目の前に座っている男の気配は、前大戦時に何度も感じたものだった。
あの時のような、ひりつく程の悪意や憎しみは感じない。
それでも、ムウは目の前の男の正体を確信していた。
「今はファントムペインのネオ・ロアノーク。
それ以外の何者でもない。
と言う事です」
以前の名を捨てたネオは、ムウとの因縁に囚われてはいない。
過去と決別し、新たな協力関係を構築したいと言う意思表示であった。
「なるほどね、了解した。
まあ、よろしく頼むよ、とりあえずはな」
「それで、理事。
そのネームレスの情報とは、具体的にどう言った物なのですか?」
ムウが話した事で気持ちの整理が付いたのかマリューが話を進めるよう促す。
「残念ながら奴らの中枢に直接繋がるものはありませんでした。
ですが、今後のアークエンジェルに、いえ、カガリさん達に関わりそうな重要な情報が見つかりました」
「カガリさん達に?」
「ええ、コード・ローレライ。
どうやら、闇ラクスはネームレスの手駒の様です。
本人にその自覚があるかは分かりませんが。
彼女の歌で敵対する者達から闘争心を奪い、従順な羊に変えていく。
それがネームレスの思惑のようですね」
「その様な事、可能なのですか?」
思わず溢れでたナタルの疑問は、その場の全員が思っている事であった。
そんな事、あのカガリやラクスにすら出来るとは思えない。
「もちろん、単純な歌だけでは不可能です。
ですが、それを可能にする技術があるんですよ。
闇ラクスの歌声には特殊な周波数が含まれているそうです。
専用の機材を用いてその周波数を増幅し、ある種の波動として空間に放出する。
それが戦場で見せた闇ラクスの奇跡の正体です」
「つまり、それに対抗するためには、その機材と闇ラクスと同じ特殊な周波数を含む歌声を持つ者が必要だと?
それが・・・」
「ええ、カガリさんやラクスさんです」
アズラエルの言葉にマリュー達の表情が曇る。
「また、彼女達を戦場で歌わせるのですか?」
「僕も忸怩たる思いですよ。
ですが、戦場に闇ラクスの歌声が響けば響くほどネームレスに抵抗できる存在が減っていくんです。
それに、人類存続のためにもネームレスの野望は阻止しなければいけません」
アズラエルは、ブルーコスモスの盟主をしていた。
彼は今もブルーコスモスが掲げた目的、コーディネーターの撲滅は正しいと信じている。
ネームレスの精神誘導によって、そのための手段が過激派寄りにされていただけで、武力弾圧による殲滅も自然交配による緩やかなナチュラルへの回帰も最終的な目的地は同じなのだ。
コーディネーターは、世代を重ねるごとに理想とする遺伝子へと収束していく。
それは多様性が失われると言う事。
もし、その種に対する致命的な病が発生した時、抵抗できずに絶滅する恐れがある。
ナチュラルのように偶然その病に対する免疫があるという奇跡など期待できない。
ブルーコスモスが危惧する種としての脆弱性だ。
同様に闘争心が失われる事も許容できない。
確かに人が争う原因ともなる。
しかし、それは理不尽に立ち向かう勇気の源泉でもあるのだ。
闘争心のない従順な羊は支配しやすいだろう。
けれど、立ち向かう事の出来ない者達では、困難や危機が降りかかった時、それを乗り越える事は出来ない。
コード・ローレライも種としての脆弱性を生み出す、ブルーコスモスとして否定しなければならない計画だった。
「とにかく、カガリさん達には、もうしばらくアークエンジェルに居てもらいましょう。
その内、リベリオンも大きく動くでしょうから」
「リベリオン、今は東アジア共和国と争ってますが、大西洋やユーラシアにも牙を剥くと?」
「ネームレスの計画を考えると無いと思う方が不自然です」
世界は再び大きな戦争に向かうのだとする予測が示された。
アズラエルは合理的な男だ。
いい加減な憶測を述べるような事はしない。
その事実がマリュー達の心を重くする。
あんな愚かな戦争を繰り返さないために努力してきた。
それでも、世界は思うようにはいかないらしい。
また、年端も行かない少女達に頼らざるを得ない。
そんな大人としての不甲斐なさに血が出るほど唇を噛み締めていた。
「理事は、この後どうするおつもりですか?」
「しばらくは統合軍本部がある月に詰める事になります。
グレイスさんもそこで収監します。
ネームレスの情報を提供してくれるとは思いませんが、こちらの情報を奴らに流される訳にはいきませんから」
「月本部で何を?」
「カガリさん達に使ってもらう専用機材を作らないといけないでしょう?
ちょっと面白い男と知り合いになりまして、その関係から月で開発する事になったんです。
ファントムペインとは別口の情報提供者もいます。
ネームレスの上を行って見せますよ」
そう言って、アズラエルはガーディー・ルーのシャトルで月本部へと向かった。
トゥルーザフト本部
各勢力の動きや自軍の状況などを確認していた偽アスランに声を掛ける者がいた。
「アスラン、指示通り彼女にメッセージを送っておきました。
ですが、本当にプラントに行くつもりなんですか?
あそこは既に連合の勢力下ですよ」
「危険は承知の上だ。
今後の動きを考えればどうしても確認しておきたい事がある」
「分かりました。
止めても無駄なんですね。
なら、僕も一緒に行きます」
「何を言っているんだ!
お前は組織の人間だろう。
こんな危険に付き合う必要はない」
「組織は関係ありません。
これは僕の意思ですから。
それとも、帰って来れないような無茶をするつもりなんですか?」
「分かったよ。
安心してくれ、無茶をするつもりはない」
偽アスランもまた、独自に動き出そうとしていた。
原理としてはエンジェル・ハイロゥ的な物を想定しています。
グレイスの退場→カガリの精神に特大ダメージ
再び大戦争が起きる兆しが見えてきました。