長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
新天地
始めは潜って行く感じ、暫くしたら態勢を変えられ、今度は登って行く感じ。青い渦に飲まれ回され所在なくふわふわと漂う。
ふわふわ ふわふわ。
───バッシャーーンッ!!
「えっ!?」
弾き飛ばされ体が前のめりになる。
「うわわっ!!」
態勢を立て直せず、アステルは地面に激突する覚悟をきめ、目をぎゅっとつむる。
しかし。顔に感じたのは冷たい地面の感触ではなく、暖かく包み込まれてる感覚。
「大丈夫か?」
その声に目を開けると、目の前には黒い服の上に装備している革の鎧の胸部分。そして、これを着ているのは一人だけ。アステルはそろっと顔を上げると、琥珀の瞳が彼女を見下ろしていた。
「だっ、大丈夫。ごめん、ありがとう」
アステルは慌ててスレイから離れた。
「予想してたからな。けど、シェリルは油断もあって重症だ」
「え? ……シェリル?!」
アステルがシェリルに駆け寄る。彼女は額に傷を作って寝転がっていた。
「ホぉイミぃ~!」
マァムが額の傷を治したが、シェリルはまだ起き上がれない。タイガがスレイに借りた〈妖精の地図〉をうちわがわりに(そんな風に使っていいのだろうかとアステルは一瞬だけ思う)シェリルを扇ぎながら、タイガは言う。
「〈旅の扉〉酔いだな」
「〈旅の扉〉酔い?」
アステルが首を傾げた。そんな彼女にスレイは説明する。
「正確には魔力酔いだ。濃密な魔力の空間に入った事で中毒症状を起こす。症状には個人差があるが、基本魔力に慣れていない、理力を持たない人間が起こしやすい」
スレイが〈大きな袋〉から水筒を取り出し、シェリルに差し出す。
「飲めるか?」
「う~~……おおきにぃ」
シェリルは水筒を受け取るとこくこくと飲んだ。
「すまんなぁ。俺が先に入っておけば、せめて転ばせずに済んだのになぁ」
眉尻を下げ、謝るタイガにシェリルは苦笑する。
「はは……あんなにぐるぐる回された後に吹っ飛ばされたら、着地なんかでけへんわ」
「アタシはぁ平気だったよ~ぅ? 泳げたよ~ぅ?」
「あの流れの中を?」
マァムは頷く。シェリルほど酷くは回されてないと思うが、あの流れの中で自由に体を動かす事はアステルにも出来なかった。
「あの魔術師の爺さんも言ってたが、マァムはこの中で一番、魔力と理力が高いって事だな」
「……言われてみれば。マァムの理力が底に突いた所、見た事ないかも」
(あれだけ治癒呪文を使っているのに……)
アステルがマァムを見るとマァムはにへらと笑う。
「あと酔わないタイガもそれなりに魔力と理力があると」
「俺は今まで慣れだと思ってたなぁ」
スレイの言葉にタイガは頬を指で掻く。
「慣れるほど〈旅の扉〉を頻繁に使ってたのか?」
「言ったろう? 修行地にこいつがあったって。俺の修行地はダーマのガルナの塔だ」
「ダーマのガルナ……なるほど」
アステルには全然話の内容がわからないが、スレイは納得したようだった。
「皆、おおきに。もう大丈夫や」
シェリルが起き上がる。
「本当に大丈夫? 無理してない?」
「ここは魔物がいないようだから、もっと休んだらどうだ?」
アステルとタイガの言葉にシェリルは照れ笑いを浮かべる。
「ほんまに大丈夫。これからは気ぃつけるわ」
「しんどくなったらぁホイミかけたげるからぁ言ってねぇ?」
「おおきにな。マァム」
眉を下げて心配げな顔のマァム頭を、シェリルは優しく撫でた。
扉を開けると、そこは森だった。
後ろを振り返ると、今までいた場所は緑に囲まれた小さな祠だった事に気づく。
スレイが遠隔感知能力〈鷹の目〉で周囲を確認すると、然程大きくない森らしい。魔物に遭遇する事なく森を抜けると、ロマリアの王都が見えた。
* * * * * * *
広大な西大陸は地理及び、気候も極めて多彩であり、多種多様な生物が存在する。───魔物も含め。
近年増え続ける魔物の被害が絶えない中、それに対抗出来うる軍事力を持ち、豊富な天然資源と労働者の生産性により支えられ、繁栄し続ける国家。それがロマリアである。
「よくぞ来た! 勇者オルテガの噂は我らも聞き及んでおるぞよ。そこでじゃ! 勇者の娘アステルよ。そち、ちょっと王になってみんか?」
故国アリアハンとは比べようのない、豪華絢爛な玉座の間。玉座から小太りなその身を乗り出すように、若きロマリア国王レオナルド十三世はにっこりとアステルに問う。
「───は?」
アステルは訝しげな表情でただその一言しか返せなかった。
王の隣に座る后は特になにも語る事なく、静かに溜め息を漏らした。
アステルは今、王城にいる。
ロマリアに着いたのは昼過ぎだった。入国手続きをした時、アリアハンの勇者一行だとわかった途端、城から呼び出しが掛かったのだ。
まだ具合がよろしくないシェリルを早く休ませたいというアステルが、自分だけで行ってくると言い張るので、残る面々は宿屋で待機となった。
タイガとマァムがシェリルを看ているので、スレイは〈大きな袋〉を持って、買い出しに街へ出ていた。
町並みは整然として美しい。町中心部にある大きな噴水と季節の花が咲き誇る公園はこの国の憩いの場である。そこも通りすぎると商店街に出る。店はどこも賑わい繁盛していた。
ここロマリアは土地が肥えているので、果実や野菜がよく実る。気候も良く餌もたんまり与えられ、のびのびと育てられる家畜は質のいい食肉となる。
あと、ロマリアは紡績、織物産業にも力を入れており、ここで作られる麻、綿、絹の糸や織物は高級品として有名である。
それらを隣国、貿易国家ポルトガが世界に広め、ロマリアのますますの隆盛に繋がる。
この国は平和そのものだった。
この〈大きな袋〉は買い出しの時、大変役立つ物だった。いくらでも入り、重さも感じない。おかげでこうして一人で五人分の旅の買い物が出来る。
(……盗賊バコタが狙うだけの価値があの賢者にはあったわけだ)
スレイは思う。
確かに、この袋があればいくらでも盗品が入るし、逃走する時も身軽だ。ふいに、賢者がアステルの胸を揉んだ事も思いだし、スレイは渋面を作る。
「そんな恐い顔されても、もうこれ以上はまけませんよ?」
道具屋の店主がビクつきながら、スレイに言う。
道具屋で買い物を済ませ、宝石店で魔物が落した原石を買い取ってもらい、武具屋で前衛で戦うアステル用に
後は盗賊ギルドに寄って西大陸の情報でも仕入れるかと、盗賊ギルド本部が隠れ蓑にしているロマリア名物のモンスター闘技場……金を賭けて魔物を戦わせる賭博場へとスレイは向かう。
闘技場に隣接する酒場で酔払い達が早速、勇者来訪の話を酒の肴に盛り上がっているのが聞こえた。
「おい! 聞いたか?アリアハンの〈旅の扉〉の封印を解いて勇者がロマリアにきたそうだぞ」
「勇者~~?」
「知らないのかよ。アリアハンの勇者オルテガ。その子供が魔王退治の旅にでたって」
「魔王ぅ? そんなの辺境国の絵空事だろぉ?」
わはははと嘲り笑う声。
この国の民は自国の軍事力を過信しているきらいがある。
(取り返しのつかない事態にならなきゃいいけどな……)
スレイは目を伏せ溜め息を吐く。
ふと、目を上げるとこんな怪しい場所に場違いなお嬢様風の娘が一人でうろうろしていた。お付きの者は見当たらない。
……無用心だろ。と、スレイは呆れた。
柔らかい空色の絹ドレスに、薄紫のモスリンのマントと袖飾りがふわふわと靡なびいている。胸元には大きな
振り向いた美しい娘の瞳は瑠璃色。
「あっ!スレイ!」
───……アステルだった。
* * * * * *
アステルはスレイを見つけ、心底安心した面持ちで、ドレスの長い裾に苦戦しながらこちらにやって来る。
「……なにやってんだ? その格好は」
「女王様にされた。いきなり」
アステルはジト目で答えた。
〈誰でも一日王様体験〉というロマリア王には困った遊びがあるという。
アステルは話す。
この国の大臣も五回ほど王様になった事があるらしい事と、后から貴女のような人が王になってくれたら……と割と本気で嘆かれた事。
そして、服と剣を返してくれと言うと、王様を連れ戻し、王位を返上しないと返さない……と、これも割と本気で言われた事。
「……一国の主がする事か」
もはや溜め息しかでない。
王がこうでは、国民がバラモスに対してなにも危機感がないのも仕方がないのかもしれない。
「それで、誰かに王様を押し付けたら必ずここに遊びに来るって聞いたから、さっさとお城に連れて帰ってこんな馬鹿馬鹿しい事、終らせようと思って」
アステルは膨れっ面で腕を組む。
「早く仲間の元に戻りたいって言ってるのに、無理矢理メイドさん達に連れて行かれたのよ! 勝手に体洗われて、化粧されて、着替えさせられて!!」
「……」
「王様探してたらお城の人も町の人も私を女王樣だって騒ぐし、税金の事や仕事の事とか相談持ち掛けてくるし!」
「……」
「あと、税金の事も王様が遊ぶ為とか、とんでもない事私にバラすし! ……って、スレイ聞いてる?」
アステルはどこかぼうっとしているスレイの顔を覗きこむ。
「……その王ってもしかしてあれか?」
スレイが指差す先をアステルは見た。
中太りのその身に羽織る、豪奢な刺繍がびっしりしてある真っ赤なガウン。掛札を握る両手の指全てに色取り取りの大きな宝石の指輪。整った立派な口髭に赤毛のおかっぱ頭。戦う魔物に声を荒らげる壮年の男性。
「お~う~さ~まぁ~っ!!!」
アステルはドレスの裾を捲し上げ、肩を怒らせて男性に向かっていった。スレイはその後ろ姿を眺め、そして口元を手で覆う。
「………化けるもんだな」
呟く色白の彼の頬がはっきりと赤かった。