長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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呪われた村

 

 

 スレイは〈妖精の地図〉を開いた。

 

 羽ペンが立ち上り、ロマリア、カザーブ地方を色づけていく。そして、カザーブとノアニールの中間を指してペンは止まった。

 

 「便利だな」

 

 スレイはぽつりと呟く。現在位置を表示してくれるのは、非常に有難い。

 

 「このままいけば、日が暮れるまでにはノアニールに着けるな」

 

 スレイは地図を腰の鞄にしまうと、かわりに水筒を取り出し水を含んだ。

 

 「カザーブからノアニールまでってそんなに距離はないのに、魔物達がまた一気に強くなったね……」

 

 アステルはタオルで額の汗を拭いながらぼやいた。

 一行はカンダタと別れた後、一旦カザーブへと戻り、道具や食料品を補充しに一泊し、今度はノアニールに向けて出発した。カザーブ北の山を越えた途端、出現する魔物達の種類や行動が変わる。

 鎧甲冑にバラモスの魔力が宿り、手にしている鋼の剣で人を襲う〈さまよう鎧〉は攻撃力防御力ともに高く、一匹でも苦戦するというのに群れをなして襲いかかってくるようになった。

 そしてこのさまよう鎧がよく引き連れて行動しているのが、〈ホイミスライム〉。スライムがクラゲのように足を生やし、常に宙を浮かんでいる。名前の通り回復呪文ホイミが得意で、戦うより仲間の魔物の傷を治す事に専念するからこれまた厄介。

 他にも素早く鋭い攻撃を仕掛けてくる大鴉の進化系、緑の大鴉〈デスフラッター〉や、毒の息を吐き散らすキャタピラーの進化〈毒芋虫(どくいもむし)〉。

 そして、こちらの攻撃が当たりづらい、雲型の魔物〈ギズモ〉は、複数で現れ火球呪文メラを容赦なく乱発して来た。

 

 「やっとこさ、カザーブの魔物に慣れたちゅうのになぁ」

 

 槍を杖代りに体を支えるシェリル。

 

 「まぁ、これも西大陸の特徴の一つだからなぁ。気候や地形のちょっとした違いで、そこに住み着く魔物も変わってくる」

 

 岩に腰掛けたタイガが言う。マァムは最近タップダンスにはまっているらしく一人楽しく練習していた。

 

 「マァム。あまり一人で遠くに行くんじゃないぞ。本当に稀だが、とんでもなく強い魔物が隠れてたりするからな」

 「とんでもなく?」

 「とぉんでぇもぉなくぅ~~?」

 

 アステルと彼女の真似をしたマァムが同じタイミングで首を傾げた。

 

 「俺が一人でここらを旅してた時、二匹の〈魔女〉って魔物に出くわした」

 「……よく無事だったな」

 

 スレイが若干引きぎみでタイガを見た。

 

 「こっちが動くより早くベギラマって呪文をひたすら唱えるわ、あと一歩ってところまで追い詰めてもベホイミって回復呪文唱えるわ。……でも結局バシルーラって呪文で吹っ飛ばされた。まあ、そのお陰で助かったようなもんだが……」

 

 知能の高い魔物は、人間と同様に〈力ある言葉〉を口にして呪文を行使するが、魔法に明るくないタイガが記憶するほど、その呪文を連発されたのか。すらすらと出てくるそれに、アステルも真っ青になった。

 

 中等閃光呪文ベギラマ。アステルはこの初等のギラさえもまだ使い熟せていない。

 中等治癒呪文ベホイミ。マァムが使うホイミの一つ上の階級。

 強制転移呪文バシルーラ。瞬間移動呪文ルーラの原理を応用して出来た呪文。対象者を空の彼方へ吹っ飛ばす。

 

 「あれ?……ちゅう事は、タイガはここら辺来んのは初めてやないんやな?」

 

 シェリルの言葉にタイガはばつが悪そうに頭を掻く。

 

 「実はな。ロマリアで伝説の武闘家の出身地がカザーブだって聞いて、観光しに行く途中で道を外れて迷ったんだよ。で、バシルーラで飛ばされた先がアリアハンだった」

 

 「「えっ」」

 

 アステルとシェリルが驚く。

 

 「なんだ? アステル達も知らなかったのか?」

 

 意外そうに尋ねるスレイに二人は頷く。

 

 「普通に船で来たと思い込んでたから」と、アステル。

 

 「でも、よくよく考えてみたら西大陸からアリアハンまでの船賃、貧乏なタイガが持っとるわけなかったわ」

 「ははは。悲しいが否定できんなぁ」

 

 うんうん頷くシェリルに、笑うタイガ。

 

 「お喋りはこれくらいにして、そろそろ出発にしないか。あまりゆっくりしてたら、また野宿するはめになる」

 「ああ」

 「そやな」

 「うん」

 

 スレイの声に皆が立ち上がる。……マァムを除いて。

 

 「マァム?」

 

 「……魔…女……バシ、ルーラ……」

 

 アステルはブツブツと囁くマァムの顔を覗きこむ。

 

 「マァム!!」

 「……うえっ!!!」

 

 マァムは体をびくりとさせ、大きな眼を瞬かせ、アステルを見、自分を心配げに見下ろす仲間を見回した。

 

 「あ~~~……はは? ハハハハハハっ! あたしぃ目ぇ開けながらぁ寝てたぁ! すごぉ~~い!! は~~つ体っ験っ!!!」

 

 マァムはにへらと笑い、立ち上がった。

 

 「大丈夫か? 疲れてんのちゃうか?」

 「ちゃうちゃ~~う。マァムの遊び人のレベルがあがったんやぁ~~今なら戦闘中でも寝れるでぇ~~~ぐぇっ!」

 「喋り方真似すな。あと戦ってる時は寝るな」

 「ろぉーぷ、ろぉーぷぅぅぅ」

 

 マァムはぺしぺしと、背後から首を締め上げるシェリルの腕を叩いた。

 

 「マァム。本当に大丈夫?」

 「もぅまぁんたぁ~~~い!!」

 

 マァムをまじまじと見詰めるアステルに、マァムはいつもと変わらない笑顔で答えた。アステルはまだ少し納得していなかったが、それ以上は言わなかった。

 タイガはマァムに近寄ると何も言わず、その大きな手で金の巻き毛をわしゃわしゃと掻き撫でた。

 

 

* * * * * *

 

 

 時刻は刻々と進み、なだらかな坂道を北へ北へと歩くにつれ、気温がどんどん下がっていく。吐く息は白くなり、日が完全に暮れる前にノアニールの村の影が見えてきた。

 遠目から村の入り口の篝火(かがりび)を焚こうとする若者の姿が見える。アステルは駆け寄り若者に話しかけようと手を伸ばそうとし、固まった。

 

 「うそ。……寝て……る?」

 

 寝ている。篝籠(かがりかご)に点火しようと火のついていない松明を翳した格好のまま、若者は寝息をたてているのだ。アステルは戸惑い仲間を振り返る。スレイが前に進み、若者に触ろうとしたが、手がなにか不思議な力によって弾かれた。

 

 「触れられない……?」

 

 スレイとアステルが目を見合わせる。

 

 「……とにかく村に入ってみよう」

 

 タイガがいつもより少し固い声で、皆を促した。

 

 暮れなずむ村内の摩訶不思議な光景を目の当たりにして、アステル達は息を飲む。

 皆寝ている。

 思い思いに伸びた雑草の中、長らく修繕していなかったせいで、ぼろぼろになった家屋の中外で。ある者は立ったまま。ある者はどこかへ行こうと足を踏み出した格好のまま。

 店仕舞いをしようとした格好のまま眠る店員。家の庭先で椅子に腰掛け手にあるカップを傾けた格好のまま眠る中年男性。

 片手を上げ向かい合って寝ている買い物籠を持った主婦達は、おそらく挨拶を交わしていたのであろう。

 草刈りをし終えた風の老人は、鎌を片手に腰をほぐすように叩く姿のまま眠り、辺りの背の延びた雑草に埋もれている。 

 子供、大人、男性、女性。人間だけでなく犬や家畜といった動物まで皆寝ている。

 

 皆、みんな眠っている。

 

 「なんなんや……コレ……」

 

 シェリルがやっとの思いで声を発した。マァムがタタッと走り、どこかに走ろうとした格好で眠る子供の前にしゃがみこみその頭に触れようとしたが、先程同様手を弾かれてしまう。

 

 「うひゃんっ!!?」

 

 尻もちをつき、目をぱちぱち瞬くマァム。

 

 「もしかして、これがカンダタさんが言ってた……呪い?」

 

 アステルが呟いた、その時。

 

 「………誰かおるのか?」

 

 雑草を踏み分け、こちらにやって来るのは一人の老人。起きている人間を見てアステル達は思わず息をつく。

 

 「………もしかして、カンダタの知り合いの方かい?」

 

 

* * * * * * *

  

 

 老人はノアニールの村長だった。

 アステル達は村長に村外れの自宅まで案内される。

 

 「この通り儂の家は村から一番離れとってな。そのお陰か呪いの力はここまで届かなかったのじゃ。

 どうぞ、暖炉の側で腰を掛けとくれ。今、茶を入れるでな」

 

 アステルは暖炉の前の絨毯に座り、家の中を見渡した。ここは村の中と違い手入れが行き届いているようだ。

 

 「……お一人で暮らしてらっしゃるのですか?」

 「ふむ。あと一人呪いから免れた者がおるんじゃが、今はおらぬ」

 

 老人はアステル達に茶を配り終えるとゆっくり椅子に腰かけた。

 

 

 「………あれは今のような夕暮れどきに起こった。

 女は夕食の準備を始め、子供は遊び終え、男は仕事を終えようとした……その時分に起こったんじゃ。  

 村の方角に大きな雷が落ちた。落雷の音がしなかった事を不思議に思ったがあの光の量。火事になってるかもしれぬと儂は慌てて家を飛び出した。

 しかし、村にはなにも起こっておらなんだ。ホッとしたのも束の間。

 誰一人動かない。喋らない。触れようとすれば見えないなにかに弾き飛ばされる。

よくよく観察すれば皆、安らかな寝息をたてて眠っておる。

 一夜明け、儂は家に戻らんと皆を見ておったが昨夜と何一つ変わらない。誰も目覚めない。途方に暮れていた時、店の仕入れにロマリアへ行っていた村の商人が戻ってきた。

 儂はそやつに事の次第を話した。男はどんどん青ざめていき、自分の家内のいる自宅に戻ったが、無論その者も深き眠りの中じゃった。 

 男は言った。『もしかしたら自分の息子のせいかもしれない』……と」

 

 ふぅと息をつき、村長は茶を啜った。

 

 「……かつて。このノアニール周辺はエルフの住み処じゃった。この土地に住む人々はエルフの領域を侵さぬようひっそりと暮らしていた。

 その代わりエルフは人々に大地の恵みをもたらしてくれておった。エルフと人は共存しておったのじゃ。

 ……じゃが、過去の大戦で余所の大陸からやって来た人間によってその均衡が崩された。珍しく美しいエルフ達を売り物にしようと捕らえ始めたんじゃ。

 森を燃やされ住む場所を追われたエルフ達は、人間を恨みながらここから西にある森に結界を張り隠れ住むようになった。

 ある日、商人の息子は興味本位でその西の森に入ってしまったらしい。そして、出逢ってしまったのじゃ。エルフの娘に。二人は一目で恋に落ちたそうじゃ。息子は娘を村に連れ帰った。

 しかし、そのエルフの娘はエルフを統べる女王の娘じゃった。女王に知れたらどんな(わざわい)が起こるやもしれぬ。父親の商人は二人の結婚を許さず、すぐに娘を森に返すよう言った。しかし息子は二人で村を出た後、戻る事はなかったそうじゃ。

 ────そして、それから一年が経ち、事は起こった」 

 「それじゃ、呪いはエルフの……?」

 「おそらくは」

 

 アステルの問いに村長は首肯く。

 

 「……そ、そんでその商人はどうしたんや?今どこにおるんや」

 「商人は女王に許しを乞いに西の森に旅立ったきり、戻ってこん」

 

 シェリルは言葉を詰まらせる。

 

 「儂は助けを求めにカザーブ、王都ロマリアにも足を運んだ。何度も、何度も、何度も、何度も。

 ……しかし、誰も儂の話を信じてくれなんだ。エルフなどおるわけがないと嘘つき呼ばわりされ、ロマリア王とも取り次いでもらえなんだ。

 そうしてなにも出来ぬまま時は流れ、出没する魔物達も強くなり、人々の足はますますノアニールから遠ざかっていった」

 

 アステル達はあまりの気の毒さに言葉をなくす。

 

 「眠り続ける村の者達は雨晒しになっても汚れる事もなく歳もとらぬ。この村を覆っているのがエルフの聖なる力のお陰か魔物が浸入する事もなかった。しかし儂の時は留まる事はない。

 もう、ここで寿命が尽きるまで皆を見守る事しか出来ん……そう、思っとった時、カンダタがこの村にやって来た」

 

 カンダタの名に、スレイが思わず顔を上げる。

 

 「カンダタはこちらが語る前に、エルフの力が村を覆ってる事に気付いていた。儂は彼ならもしかしたら、この事態をなんとかしてくれるのではと思った。しかし彼は申し訳なさそうに、自分にはどうする事も出来ないと儂に謝った。

 じゃが、必ずこの事態をどうにか出来る方法を見つけ出すからと儂を勇気づけ気遣ってくれた。食糧や衣服、薪燃料を運んでくれたり、ボロ屋だったこの家を修繕してくれたりしてくれた。

 そして今日あんた方を、このノアニールに導いたのじゃ」

 

 村長は椅子から立ち上り、その場に膝まずきアステル達に頭を垂れた。

 

 「村長さん!」

 

 アステルが慌てて村長を起こそうとするが、村長は頑として動かなかった。

 

 「どうか……! どうか! 西の森のエルフの女王に会ってくだされ! どうか、この呪いを解いてくださるよう頼んでくだされ! この通りじゃ……!」

 

 泣き出した村長の頭をマァムが「イイコイイコ」と撫で続けた。

 

 

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