長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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エルフの女王

 

 

 「よいしょ!! よいしょ!!」

 

 マァムは石を拾ってデスフラッターに投げつけた。石は見事命中し緑鴉は持ってた髑髏(しゃれこうべ)を落として塵となり、原石となる。

 

 「……って、マァム! せっかく新しい武器買うたんやからそれ使わんかい!」

 

 シェリルはホイミを唱え続けるホイミスライムを槍で串刺しながら、マァムの腰に差したチェーンクロスを指差し叫ぶ。

 

 「え~っ! だぁってぇ、ピッカピカのぉキッラキラだもん。もったいなぁ~~い」

 

 言いながらマァムは石を魔物達に投げ続ける。的確に当て続ける様にアステルは笑う。

 「私も!」と、ブーメランをキズモの軍団に投げつけた。

 

 

 アステル達は、エルフの住むという西の森を目指して旅をしている。エルフの女王が素直に会ってくれるかはわからない。しかし、だからといって何もせず見過ごすことなど最早出来はしなかった。

 世界各地で人助けをしたオルテガの娘だからとか、勇者だからとか、カンダタから頼まれたからとか。そんなのは関係なく、アステル自身がなんとかしたいと思ったからである。

 それを仲間達に伝えると、仲間達もアステルに同意する。

 

 「まあ、麦酒(ビール)代分はきっちり働かんとな。シェリル?」

 「せやな~~。もう飲んでしもうたさかいな。ちゃんと伝言伝えなな」

 

 シェリルとタイガが頷き合う。

 

 「このまんまじゃぁおじぃちゃん、かわいそうだもんねぇ!」

 

 むんっと両手に握りこぶしを作るマァム。スレイは黙って地図を開き、ノアニールから西の森の方角と距離と掛かる時間と日数を確かめていた。

 

 

 西の森に近付くにつれ霧がかり、辺りの空気がひんやりとする。それはノアニールの村に近づいた時の空気と酷似していた。

 

 「ちゃぶい……へぶっくしゅ!!」

 

 マァムは震えながら自分の肩を抱き、くしゃみをする。

 

 「ほんまや……ちょいまち。外套(マント)出すさかい」

 

 シェリルが慌てて〈大きな袋〉から外套を取り出し、マァムを(くる)んだ。

 

 「エルフが邪魔してるのかな……」

 

 外套の襟を首に引き寄せ、アステルは呟く。

 

 「かもな」

 

 スレイは〈鷹の目〉を使って辺りを見回すが、白い溜め息を吐いた。

 

 「……盗賊の技法の効果があまりない」

 

 アステルはスレイの前に出て、辺りを見回した。

 

 すると一瞬。

 

 ほんの一瞬だけ大木があるその場所に蜉蝣(かげろう)のようにぼんやりと道が現れたのだ。アステルは目をこすりもう一度その場所を注意深く見た。

 

 やはり道は消えては現れる。

 

 「……スレイ。この先に道が見える」

 「? ……オレには木と繁みで覆われてるようにしか見えないぞ?」

 「ううん。……やっぱり見える」

 

 アステルはその場所に手を伸ばすと、鈴のような音が辺りに響き渡り、次の瞬間目の前の景色が硝子のように割れ、真実(まこと)の風景が現れた。

 

 『結界が破られた! 破られた!』

 『人間よ! 人間が森に入ったわ!』

 『私達を拐いにきたわ!』

 『怖い! 怖い! 怖い!』

 『女王様に報告! 報告!』

 

 風もないのに森がざわめく。多数の幼い少女のような声が辺りに木霊し、そして消えた。

 

 「な……なんや、今のっ!!」

 「ふわわわん?」

 

 青ざめたシェリルはすぐそばにいたマァムに抱き付く。

 

 「今の声がエルフ達の声か?」と、タイガ。

 

 「無限回廊だったのか……」

 「無限回廊?」

 

 スレイの言葉にアステルは首を傾げた。

 

 「オレも文献でしか知らないが、強い魔力で空間をねじ曲げて、浸入者を閉じ込めてしまうものだと。入った者は時の流れを感じず、永遠に同じ場所をぐるぐると回り続けるらしい。……よく気づいたな。アス……」

 

 「おお……やっと人に出会えた………」

 

 スレイの言葉を男の感極まった声が遮った。

 振り返ると一行の背後にいつの間にか、一人の壮年男性が立っていた。大きな紅い宝玉を竜の手が鷲づかんだ造形の杖を持ち、背中に大きなリュックを背負い、頭にターバンを巻き、体には旅の商人がよく愛用するという鉄の前掛けをしている。

 目の下には隈、頬はこけて草臥(くたび)れ果てた表情で、しかしアステル達に出会えた事に心底安心した様子だった。崩折(くずお)れる男をタイガがいち早く駆けつけ支えた。

 

 「大丈夫か!?」

 「ホぉイミぃ~~!」

 

 マァムが治癒呪文をかけると、男の顔色が少しだけ良くなった。

 

 「シェリル、水」

 

 スレイの声にシェリルは慌てて〈大きな袋〉から水筒を取り出し、タイガに差し出した。受け取ったタイガは、男の口元に水筒を傾け水を流し込む。男は一含み二含みしている内にかっと眼を開いた。

 体を起こし水筒を自ら掴み水を飲み干し、そして咳き込んだ。タイガが男の背中を優しくたたく。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 膝をついたアステルが男の顔を覗きこんだ。男は彼女に涙ながらに頷く。

 

 「あ……ありがとう。助かった……」

 

 スレイは改めて男の風貌を見て眉間に皺を寄せる。

 

 「あんた……もしかしてノアニールの呪いから免れた商人か?」

 

 スレイの言葉にアステル達は目を見張る。

 

 「あんた……何故それを……?」

 

 その返事にスレイは痛ましげに目を伏せた。

 

 「ちょっ……ちょお、待ち!! それって十年も前の話やろ!? このおっちゃんはどう見ても……」

 

 衰弱してはいたが、服や体の汚れを見てもそんなに長い時間を放浪していた風には見えなかった。何より村長と同じくらいこの男も歳をとってなければおかしい。

 

 「おそらく無限回廊の効果だ。この人は時の流れに気付かず、十年間エルフの隠里を探し回っていたんだろう」

 「じゃあ、俺達が来なければこの人は……」

 

 タイガの言葉にスレイは頷く。

 

 「永遠にこの森をさ迷い続けて、いつかは狂ってただろうな」

 「酷い………!」

 

 アステルは拳を握りしめた。

 

 「あの……あんた達なにを言ってるんだ?わたしにもわかるよう説明してくれ」

 

 アステル達は顔を見合わせた。

 

 

* * * * * * *

 

 

 「何てことだ……!それではわたしは十年もの間、無意味な時間を費やしたというのか……!」

 

 商人の男は頭を抱え込んだ。

 

 「それほどまでに女王はわたしら……いや、息子を恨んでいるのか……」

 「それでも! 人の話もろくに聞かず、一方的にこんな仕打ちをするなんて許すわけにはいかない!」

 

 アステルの瑠璃の瞳が、冷たく暗い青に燃え上がる。

 

 「女王様に会いに行きましょう」

 「アステル……怒ってるぅ……」

 

 マァムがシェリルの腕にしがみつく。

 

 「久々に見たわ。……まぁ、しゃーないけどな。これは」

 「大人しい子ほど怒らせると怖いもんだよ」

 「……タイガ。言葉に重みがあるな」

 

 スレイがタイガを見ると、

 

 「故郷にいた妹みたいなのが、そうだったからな」

 

 タイガは肩をすくめて言った。

 

 

 一行は商人を連れ、森を進む。先頭はいつの間にかアステルで、彼女は迷いなく突き進む。やがてやわらかな光が差す広場にたどり着いた。

 広場中心にある泉はどこまでも透き通っており、空の青を映し出している。その中を色取り取りの小魚が悠々と泳ぐ。見たことない花が咲き乱れ、様々な模様の蝶が飛び交い、陽の光を浴びてその羽根はきらきら耀く。そして花畑に、木々の影に隠れるようにこちらを窺うのは薄絹を纏う少女乙女達。 

 皆が皆、美しい見目をしている。

 深緑の髪に瞳。肌は透き通るように白い。そしてその耳は人のそれとは違う巻き貝のような形をしていた。

 アステルはあまりの美しさに思わず惚けてしまうが、頭をプルプルと振り、エルフに声高に問う。

 

 「女王様に会いに来ました! 案内して頂けませんか!」

 

 『…………騒々しい人間ですね』

 

 「え……?」

 

 その声はアステル達の頭に直接語りかけてきた。

すると広場奥にある大樹の幹が自ら開かれた。幹の空洞には、水晶で出来た玉座に悠然と腰かける一人のエルフの姿。

 アステル達は顔を見合わせると、大樹の玉座の間に声が届く場所まで近付き、跪き頭を垂れた。

 地に着くほどの長く美しい深緑の髪に水晶で出来た冠をかぶり、薔薇の花のような真っ赤なドレスを纏い、百合の花の錫杖を手にしている。

 その姿は気高く美しく威厳に満ち溢れていたが、大地の様々な緑を宿した瞳は今は冷たく、アステル達を忌まわしげに見下ろしていた。

 

 「我が結界を誰が解いたかと思えば、まさか〈天の愛し子〉とは……」

 「え……?」

 

 アステルは訝しげに女王を見上げる。

 

 「人に味方せし〈天の愛し子〉よ。その力を以て、我らエルフ族を滅ぼしに参ったか?」

 「ちょ……待ってください! その〈天の愛し子〉? ってなんですか?

 それに私達はただ、ノアニールの村の呪いを解いて頂きたくてお願いに参っただけです!」

 

 彼女の言葉に女王はその美しい眉を顰めた。

 

 「ノアニールの村の……そう。そんなこともありましたね」

 「女王様……?」

 「わたくしの分身。わたくしの娘。可愛い娘。そして哀れな娘……アン。人間の男を愛してしまったゆえにあの子は愚かな罪を犯してしまった」

 

 「罪?」アステルは首を傾げる。

 

 「アンは男と添い遂げる許しを乞おうと、二人でわたくしの前に申し出ました。しかし、人とエルフは相容れぬ存在。わたくしは反対し男を捕らえました。男のアンに関する記憶を消し去り、村に帰すつもりでしたが、アンは男を逃がし共にこの地を去ったのです。

 あろうことかエルフの宝〈夢見るルビー〉を持ち去って……!」

 

 女王の錫杖を持つ手に力が篭る。

 

 「……アンは騙されたのです! 所詮欲深い人間のする事! エルフの宝を手に入れる為に男はアンに近付いたのでしょう!おそらくルビーは奪われ、この里にも帰れず今も辛い思いをしてるに違いありません!」

 

 女王は(かぶり)を振る。流れた涙は水晶となり、辺りに散らばった。

 

 「お待ち下さい! 女王様!!」

 

 商人の男が進み出て女王のすぐ足元に土下座した。

 

 「わたしの息子は商人には向かない、人が良いしか取り得のない男だったんです! わたしの息子はお姫さまを本当に愛していたんです! 騙して宝を奪うなど絶対にあり得ません!!」

 「お黙りなさい!! 再び迷宮の森に放り込まれたいのですか!!!」

 

 女王の凄絶な剣幕に商人は言葉をなくす。

 

 「ああっ! 人間など見たくもありません! 立ち去りなさいっ!!!」

 「女王様!?」

 

 アステルは立ちあがり叫ぶ。しかし、女王は手にある錫杖を掲げた。

 

 アステル達は頭上に突如現れた光の渦に飲み込まれた。

 

  

* * * * * * * *

 

  

 旅の扉に潜った時と感覚が似ている。

 

 先程のは転移魔法かなにかだったのだろう。

 

 アステルは思いだす。

 

 娘愛しさゆえに、頑なになってしまった女王の流した涙を。息子を信じる商人の叫びを。

 

 どうしたらいい? どうすれば……。

 

 ふいに誰かが体をひっぱり、アステルは顔を上げた。

 

 

 ───………ドササササッ!!!

 

 「いったたた……」

 

 アステルが体を起こすと皆が地面に這いつくばっていた。こういう時、いつも軽やかに着地するタイガやマァム、スレイまでも。

 

 「ふにゃううう~~」

 「ったああぁ!」

 「ここは……」

 「森の中か。里を追い出されたみたいだな」

 

 皆体を起こし、付いた泥や草を払う。

 

 「シェリル。旅の扉みたいな感覚だったけど、体は大丈夫?」

 「んん。なんでかわからんけど、平気みたいやわ」

 

 心配顔のアステルにシェリルは笑った。

 

 「すみません……」

 

 商人はへたりこんだまま、項垂れていた。

 

 「わたしが動揺して、女王様に口答えしてしまったばかりに……」

 「気にしないでください。きっと誰が発言してもこうなっていたと思うもの」

 

 アステルは商人を立ち上がらせる。

 

 「せやなぁ。聞く耳もたん感じやったもんなぁ」

 「プンプンプ~ンのぉ……しくしくだったねぇ」

 「女王の前に娘さんを連れて来ない限り、話を聞いてくれないんじゃないのか?」

 

 タイガがマァムの巻き毛に絡まった草を取りながら言った。

 

 「でも、二人を探そうにも、どこにいるのか全く手懸りないし……」

 

 アステルに商人は肩を落とし頷いた。

 

 「……おい。洞窟があるぞ」

 

 周囲を探索していたスレイが皆に声をかけた。

 木の根に入り口を隠されていた洞窟は、自然に出来たものらしく、深そうだった。

 

 「地図で見る限りでは、ここはまだ西の森の中みたいだな」

 

 スレイが開いた〈妖精の地図〉の羽根ペンは西の森を指し示している。

 

 「もしかしてお二人さん、この中に住んではったりして……」

 

 洞窟を覗きこみながら言うシェリル。

 

 「まさか!」と、アステル。

 

 「でもなにか手懸りがあるかもしれんぞ」と、タイガ。

 

 「逃げるにしても、一時的にここに身を潜めた可能性はあるかもな……」

 

 スレイは地図を鞄に仕舞いアステルを見た。

 

 「入るか?」

 「うん……あっ!」

 

 アステルは商人に見向く。商人は眉尻を下げ申し訳なさげに笑う。

 

 「わたしも……と言いたい所ですが、わたしがご一緒してもおそらく足を引っ張るだけでしょう。ここでお待ちしてます。……ああ、そうだ! これを持って行ってください」

 

 商人は持っていた杖をマァムに差し出した。受け取ったマァムは杖を持ち上げたり、填まっている赤い宝玉を覗きこむ。

 

 「う?」

 「〈魔道士の杖〉といいます。振り翳せば火球呪文メラのように火の玉が出せる代物ですよ」

 「よぉ~~いしょっ!」

 

 マァムはスレイとタイガに向かって杖を振りかざした。巨大な火の玉が二人を襲う。

 

 「「うあっ!!!」」

 

 二人はすれすれの所でそれを避けた。

 

 「スレイ! タイガ!!」

 

 アステルが真っ青になって叫んだ。

 

 「おお~~~ぅ!!」

 

 マァムは目をキラキラさせて火の玉を撃ちまくる。二人に向かって。

 

 「なあ、あれメラ以上の威力ちゃう?」

 「アレ……おかしいな」

 

 シェリルの指摘に商人は首を傾げる。

 

 「「どうでもいいから早くマァムから杖を取り上げろ!!」」

 

 スレイとタイガが叫んだ。

 

 魔道士の杖はやはり護身用に商人が持っておくべきだと、丁重に断った。

 

 

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