長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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泣き顔

 

 

 アステル達は暫く動けなかった。

 

 おそらくは結界であろう、水晶の柱の中心部に火を起こし、疲労困憊のアステルとずぶ濡れになったマァムを当たらせ、各々薬草で傷の手当てをする。 

 本来アステルは中等閃光呪文ベギラマはまだ扱えないのだ。おそらくは〈火事場の馬鹿力〉というものだろう。

 お陰で理力だけでなく体力も根こそぎ奪われ起き上がる事はおろか、指一本動かす事も出来ない。

 

 「回復の泉を利用すれば少しはましになるだろうが……」

 

 スレイが寝込むアステルの体を支え起こし、暖めた薬湯の入ったカップを彼女の口元に運んだ。

 

 「アステルもマァムも堪忍な……うちらもさすがに動かれへんわ」

 「ごめぇん……あたしぃがぁ……理力ぅ使い果たしちゃったからぁ~~……」

 

 しょんぼり項垂れるマァムの肩をシェリルが抱く。

 

 「なに言ってんねん。今回大活躍やったんは間違いなくマァムや」

 「……そだよ。マァム。ありがと……」

 

 再び横たえられたアステルは白い顔でマァムに笑った。うりゅ~っと涙を堪えるマァムの鼻をタイガが摘まんで笑う。

 

 「ここの結界のお陰で魔物は襲って来ないんだ。暫く体を休めような」

 「ふんにゅ」

 

 マァムはこっくりと頷く。

 

 「……ところで。マァム、そのルビーはどこで手に入れたんだ?」

 

 スレイは今もマァムが大事に抱えている宝石箱とルビーを見た。

 

 「ん~~とねぇ。水の中に落ちてた」 

 「あの影の化けもん、〈夢見るルビー〉言うっとったな。それってエルフのお宝言うてたやつやろ? ……しっかし、なんでこんなもん二人は持ち出したんや?」

 

 シェリルは腕を組んでうーんと唸る。

 

 「……死を選んだ二人には無用の長物だな」

 

 少し躊躇いつつもスレイは言葉にする。

 

 「これがなくなったせいで、ノアニールが呪いを受けたようなものだからなぁ」

 

 タイガも顎に手をやり首を捻る。

 

 「違ぁ~~うの。アンはこの箱しか持ってかなかったんだってぇ~~~」

 

 「「「はっ?」」」

 

 スレイ、シェリル、タイガがマァムを見た。マァムは手にあるルビーを眺めながら続けて話す。

 

 「けどぉ、誰かがぁルビーを持ってってぇ、ここにぃ捨てたんだってぇ、ルビーのぉ妖精がぁ教えてくれたのぉ」 

 「どういう事や……?」

 

 シェリルが首を傾げるのに合わせて、マァムも首を傾げた。

 

 「そういえば、あの影が言ってたな……エルフの女王の嘆き怒り憎しみは魔王の最高の贄になる……と」

 「つまりだ。女王の娘の心中を魔物……いや、魔王が利用したってことか?」

 

 タイガの言葉にスレイは首肯く。

 

 「娘が何故、宝石箱を遺言を入れるのに利用したのかはわからないが、おそらくそちらの方に娘の真意が隠されているんだろうな」

 

 アステルは皆の会話を聞きながら眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『────私はアン。

 エルフの女王の娘であり、分身。

 私は女王がその昔捨てた人間への慕情。

 故に私は捨てられなかった。

 この人を愛する想いを。

 それぐらいなら死を選ぶ。

 

 そして選んだ。

 

 

 ───だけど、その選択は誤りでした』

 

 

 アンは自らの下腹部に手を当て瞳を閉じた。頬を水晶の涙が滑り落ちる。

 

 

 『────ママとパパを許して………』

 

 

 嘆く娘にアステルは手を伸ばすが、彼女の姿は儚げに消える。

 

 

 ふと、背後を振り返れば。

 

 

 そこには先程の娘と人間の青年が、寄り添って立っていた。

 

 互いに額を突き合わせて、それから二人は視線を落とす。

 

 腕の中には娘と同じ、新緑の髪色の赤ん坊。

 

 赤ん坊を優しく抱きしめ、娘と青年は笑う。

 

 とても愛おしげに。この上なく幸せそうに。

 

 

 それはもう叶う事のない

 

 

 ささやかな……本当にささやかな夢。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───……ステル、……アステル?」

 

 滲んだ視界に心配げに彼女を見下ろす皆の顔が映る。

 

 「……わかるか? アステル。ここは回復の泉だ。さっきその水をお前に飲ませた……大丈夫か?」

 

 体に障らないように気を遣っているのか、スレイは静かにアステルに話し掛ける。

 

 

 大丈夫。体は軽い。もう辛くない。

 

 でも、胸が痛い。痛くて苦しくて。

 

 

 「うん。もう……大じょぅ……っ、…」

 

 

 涙が止まらなかった。

 

 

 

 

* * * * * * *

 

 

 

 「皆さんご無事でしたか!」

 

 洞窟を出ると商人が笑顔で出迎えてくれた。しかし、それが今は辛い。

 

 「それでなにか、なにか手懸りは見つかりましたか!?」

 

 その言葉にアステルは悲痛な面持ちで、マァムが持つ宝石箱を見る。気付いたマァムはエルフ文字でない方の手紙を取り出し、商人に「はい! どうぞ」と手渡した。

 商人は手紙を受け取りながら、戸惑った様子でアステル達を見回す。 

 意を決して封を開き、中の手紙に目を通し終えると、商人は地面に膝を突き、手紙を抱き締め、

 

 

 肩を震わせた。

 

 

 

 

 「────エルフの女王! エルフの宝〈夢見るルビー〉を届けに参りました!」

 

 アステルは宝石箱を持ち、マァムが〈夢見るルビー〉を両手で頭上高く掲げた。ルビーは同胞に帰りを知らせるかのように紅い光を発する。

 すると、森の中に鈴の音が鳴り響き、偽りの風景が粉砕し、隠里が姿を現した。 

 大樹の玉座の間は既に開かれており、女王がアステル達を待っていた。

 

 「その手にあるのはまさしく〈夢見るルビー〉そして〈箱〉まで……なぜ、あなたがそれを持っているのです! アンは……! アンはどうしたのです!!」 

 「宝石箱は地底湖の祭壇に。宝石は湖の底にありました。宝石箱にはアン様の貴女に宛てた書置きが入っていました」

 

 アステルは進み出て女王に二つを手渡した。女王は錫杖とルビーを側に控えるエルフに持たせ、宝石箱から手紙を取り出し目を通した。手紙を持つ手がわななく。

 

 「……嘘です。こんなの嘘……嘘にきまっています! 白状なさいっ!! アンをどこにやったのですかっ!!!」 

 

 「嘘かどうかは!」

 

 取り乱す女王にアステルが声を張り上げた。

 

 「そのルビーが教えてくれるはずです。私の仲間はルビーの妖精から、事の真相を聞いたのですから」

 

 女王が目配せすると、エルフは慌ててルビーを差し出す。女王はルビーの中の妖精と暫し見つめ合った後、肩を落とし項垂れた。

 

 「地底湖でその書置きが入った宝石箱を運び出そうとした時、魔物が阻止せんと襲いかかってきました。

 女王様の嘆き怒り憎しみは魔王の最高の贄となると……邪魔をするなと。

 ルビーを持ち出したのはアン様ではなく、おそらくバラモスの手の者です。貴女の人間に対する憎しみを煽るために」

 

 女王は顔を上げない。

 

 「お聞きしたい事があります。何故アン様はルビーの箱だけを持ち去ったのですか? ルビーと箱にどんな繋りがあるのですか?」 

 「ルビーと箱は……二つで一つ。どちらか片方があれば、例え離れ離れになろうと場所を知らせ、引き寄せあう……」

 

 女王の言葉にアステルは瞼を閉じ、細く長く息を吐き出した。

 

「何故……箱だけを持ち出し、そこに書置きを入れたのか………わかりました」

 

 女王はばっとアステルを見上げた。

 

 「貴女に自分達の魂を見つけてほしかった……。共に命を絶つ事で、人間とエルフは真実繋がれる事を証明したかった。

 そして。貴女が捨て、アン様が受け継いだ人への慕情を再び貴女に返したかった。

 ───でも」

 

 女王がアステルの瞳を覗きこむ。

 

 「でも。そうする事でアン様は貴女と同じ過ちを……それ以上の過ちを犯してしまった」

 「わたくしと同じ過ち? それ以上の過ち……?」

 「貴女が自分の思う通りにアン様を縛りつけようとしたように……アン様も知らなかったとはいえ、自分達の身勝手でお腹の赤ちゃんを道連れに命を絶ってしまった……」 

 「戯れ言を! アンに人間との子など……!!」

 「地底湖の回復の泉……あれはアン様の悔恨の涙。亡くした赤ちゃんの魂をいたわる心が生み出した癒しの泉」

 「何故、そんな事がわかるのです!」

 「その泉の水を飲んだせいかもしれません。───アン様の泣き顔は今の貴女にとても似ています」

 

 アステルの言葉に女王は水晶の涙を溢した。

 

 

* * * * * *

 

 

 「────目覚めの粉です。これで眠りの檻から解放されます。村に着いたら開けるのですよ」

 

 「ありがとうごさいます」

 

 アステルは粉の入った袋を受け取り、女王の泣き晴らした目を見た。

 

 「貴女方にはお礼を言わねばなりませんね。……けれど。わたくしは人間を好きになるつもりはありません」

 「女王様…………」

 

 「さあ、行きなさい」

 

 女王は錫杖を翳す。

 

 アステルは転移するほんの一瞬、寂しげではあるが女王の頬笑みを見た気がした。

 

 

 

 アステル達は森の入り口に立っていた。商人はノアニールの村長に事情を説明すると、一足早くキメラの翼で村に戻った。

 おそらく一人になって気持ちの整理をつけたいのだろう。

 

 「いつか……わかってくれるかな」

 

 アステルは粉の入った袋を抱き締める。

 

 「時間はかかるだろうが、いつかはわかってくれるさ」

 

 タイガがアステルの背中を叩く。

 

 「人間にも色々いるみたいに、アン以外にも人間が好きなエルフはきっとおるやろうしな」

 

 シェリルはにかっとアステルに笑いかける。

 

 「この世には人間とエルフの混血はちゃんと存在してる。……そういう事だ」

 

 空を見上げてスレイは呟いた。

 

 「その口ぶりだと……」

 「スレイは会った事あるのか?」

 「あのエルフと混血やからな。男でも女でも相当な美形なんちゃうん!!?」

 

 アステル、タイガ、シェリルが興味津々でスレイに詰め寄る。

 

 「お前達みんな既に会ってるぞ?」

 「「「え?」」」

 「カンダタがそのハーフエルフだ」

 

 ────カ・ン・ダ・タ。

 

 「変態さぁ~~~ん?」とマァム。

 

 

 「「「え、……ええええええっ!!」」」

 

 草原にアステル達の声が響き渡った。

 

 

* * * * * * *

 

 

 所変わってここはシャンパーニの搭。その屋上で深緑の髪が風に靡く。

 

 「おっ……」

 

 青年がふいに顔を上げた。口の端がにやりと持ち上がる。

 

 「やるじゃねーか。あいつら……」

 

 ヒュンと風が彼の耳を擽った。

 

 「……もう逝けるよな?」

 

 緑の瞳に子供の影が映って消えた。

 

 「良い来世を……同胞」

 

 「お頭~~! 出発の準備出来やしたぜ」

 「おう! 今行く!!」

 

 カンダタは覆面マントを被り、子分の元へと搭の屋上を後にした。

 

 

* * * * * * * 

 

 

 そこは魔族により滅ぼされ廃墟となった村。

 

 魔王の息吹き近き森───テドン。

 

 一人の神父が祈りを捧げていた。

 その背後にフォークの形をした槍を持った小柄な悪魔〈ミニデーモン〉が舞い降りる。しかし悪魔は神父を襲うことなく、膝を着き頭を垂れた。

 

 「───デビルウィザード様。ノアニールが解放されたようです」

 「ええ。知ってますよ」

 

 神父は立ち上り小悪魔に振り返ると、柔和な笑みを浮かべる。

 

 「宜しいのですか?」

 「構いません。この世界にはまだまだ魔王様の贄となりうる存在がありますからね。……それに。面白いモノも発見できましたから」

 「面白いもの……ですか?」

 

 首を傾げる小悪魔に、神父は楽しげに首肯き、どこからともなく取り出した紅蓮のローブを修道服の上から羽織る。

 

 「ええ。沢山見つけましたよ。なかなか見つからなかったものまで。有意義な時間でした。たまには人となるのも……悪くない」

 

 切れ長の金色の瞳が陰鬱な光を放った。

 

 

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