長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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砂漠の華

 

 

 

 ────暑い。

 

 暑くて息苦しい。誰か助けて。

 

 そう思った時、冷たい感触を右手に感じた。

 

 ほっと息を吐き、うっすら目蓋を上げると、小さな少女が額や頬に触れていた。

 

 心配そうに此方を見つめていた。

 

 こちらが目覚めたのに気が付くと、少女の張り詰めた表情が花開くようにほころんだ。

 

 大きな青い瞳を柔らかく細めて

 

 

 笑う。

 

 

* * * * * *

 

 

 スレイはゆっくりと目蓋を上げる。

  

 幌が目に入り、ああ、と納得した。

 ここは砂漠のど真ん中で、昼間の今は交替で休憩中だったのだ、と。

 熱く重い体を起こすと濡れたタオルが額から落ちた。手に取ると、タオルに見覚えがある。アステルの物だ。

 薄暗い荷台の中は彼一人だった。 

 服の襟の中を探り、首に下げていた革で出来た守り袋を引っ張り出した。掌に袋の中身を乗せる。

 それは優しく発光する透明な青い石。

 目蓋を閉じ両手で握りこむと、石の冷たさが両手を通じて身体中に伝わる。 

 長く息を吐き、再び目蓋を上げる時には体は軽くなっていた。

 スレイは掌を広げ、煌々と輝く青い石に口づけた。

 

 

 

 「おっ! 目が覚めたか?」

 

 荷台から顔を出したスレイにタイガが声をかける。

 タイガは三台の荷台のすぐ傍に設置した日除けの簡易テントの下にいた。他に五人いる楽団の男連中やモッカーナ、ビビアンもいる。馬達も荷台から外され、岩影で休んでいた。

 スレイは荷台から降り、素早くテントに入る。 

 砂漠地帯に入ってからは、気温が高く日射しが強い昼間に休憩や交替で仮眠を取り、日が暮れかけた頃から夜が明ける頃まで、夜目の利くスレイの先導の元、空の星の位置と月明かりを頼りに移動するようにしていた。 

 夜になると魔物や野生動物の行動も活発になるが、昼間の移動は暑さで激しく体力を消耗する上に、魔物と遭遇、戦闘となれば更に消耗してしまうので仕方ない。 

 砂漠地帯で最も有名で最も危険な魔物が、赤い表皮を持ち火の息を吐く〈火炎百足(かえんムカデ)〉と、群れをなして現れる〈地獄の(はさみ)〉と呼ばれる蟹型魔物である。

 カザーブで出現する〈軍隊蟹(ぐんたいがに)〉の進化系であろうそいつらは、固い緑色の甲羅で覆われているというのに、防禦強化呪文スクルトを唱える。そうなると怪力のタイガの攻撃、スレイの武器による急所突きも通らなくなり、頼りはアステルの攻撃呪文のみとなる。

 更に厄介なのが、アッサラーム地方でも見かけた猫型魔物〈キャットフライ〉が、ここでも現れるという事。一度、呪術封印呪文マホトーンを唱えられ、アステルの呪文を封じられた上、地獄の鋏にスクルトを唱えられた時には本当に肝を冷やした。

 それ以来キャットフライが現れた時は、スレイとタイガ、シェリルが速攻で倒すようにしている。

  

 今は砂漠の旅も四日目を迎え、イシスまでの行程を半分消化した昼休憩である。

 

 「悪い。寝過ぎたか?」

 「いや? 昼飯が出来たから声を掛けようと思ってただけだ」

 

 タイガは笑う。

 

 「スレイにもちゃんと弱点があったんだなぁ」

 

 スレイが暑さにめっぽう弱い事を、この地で一行は初めて知った。汗をあまりかかない体質の彼は、熱が発散されず体内に籠りやすいらしい。

 しかし。誰もが凍える砂漠の夜は誰よりも平然としているのだが。夜間の移動も、先導役の彼の体調を考慮したものだった。 

 スレイはタイガの隣に腰掛け、溜め息交りに尋ねる。

 

 「……タイガはこの暑さは平気なのか?」

 「このくらいならな。俺はどちらかといえば、夜の寒さの方が堪えるよ」

 「どうぞ。水分補給には椰子の実のジュースが一番だよ」

 

 今は日除けの外套を羽織るビビアンが椰子の実のジュースと、干した肉や野菜を串に刺して焼いたケバブと呼ばれる料理をスレイに差し出した。

 スレイは独特の味のする椰子の実のジュースに顔を顰めつつも、薬と思って喉に流し込んだ。

 

 「………アステル達は?」

 「とっくに食事を済ましてレナと遊んでるわ」

 

 ケバブを口にしながら辺りを見回し尋ねる彼に、ビビアンは彼女達がそこに居るのであろう荷台を指差して答えた。

 

 「歳の近い友達が出来たって、あの子はしゃいじゃってね」

 「時々、こうして護衛の旅人が加わる事があるが、あの子ぐらいの歳の娘の護衛は流石に初めてだからねぇ」

 

 食事を終え、ペーパーナプキンで口元を拭くモッカーナ。

 

 「ねえ! みんなぁ! 見て見て~!」

 レナが外套(マント)を羽織わず、舞台衣装のままぴょんと荷台から飛び出して来た。ビビアンはそんな彼女に眉を顰め、嗜める。

 

 「レナ。日焼けするわよ」

 「ちょっとくらいなら大丈~夫! それよりも……ほらっ!!」

 

 レナが荷台の入り口を手で差すと同時にマァムが飛び出した。

 

 「じゃじゃぁ~~んっ!!」

 

 その姿はいつもの桃色絹のローブではなく、レナ達が着ているような舞台衣装だっだ。あどけない笑みと対照的な豊満な胸を、ガラス飾りが煌めく茜色の胸当てが支えている。可愛らしいおへそを露にし、同色のシフォンのスカートに入った深いスリットからは、真っ白い太股が大胆に見えた。

 続けて出て来たシェリルも同じような格好で、スレンダーな肢体を引き立たせる翠緑の衣装を着ている。小麦色の肌が太陽に照らされ艶やかに輝く。ガラス飾りの付いた髪飾りで結い上げた珊瑚色の髪を、ふわりと払って嫣然(えんぜん)と笑う。

 

 『おお~~!!!』

 

 モッカーナと楽団の男達が色めき立つ。

 

 「へえ。似合ってるぞ二人とも。なあ? スレイ?」

 

 タイガは何気無くスレイにも振るが、彼は答えない。

 

 「あれ? アステルは?」

 

 レナは頭を傾げる。

 

 「アステルぅ~~~?」

 

 マァムが荷台の幌から中を覗く。

 

 「無理……無理無理。みんなみたいに似合ってないから。胸ないから。綺麗じゃないから」

 

 荷台から震えるようなアステルの声が聞こえた。

 

 「そぉんな事ぉないよぅ~~~!」

 「こら! 着替えんな! アステル!」

 「そんなに綺麗な肌してるのに出さなきゃ罰が当たるわよっと!!」

 「ややや~~っ!!!」

 

 シェリル、マァムとレナ三人がかりでアステルを荷台から引っ張り出した。

 

 「あら……!」

 

 ビビアンも思わず声をあげた。

 アステルは鮮やかなターコイズブルーの衣装を纏っていた。それが肌理の細かい象牙色の肌によく似合う。本人は胸がないと卑下していたがそんな事もなく、程よい膨らみを胸当てが包んでいる。括れた腰で履くスカートのスリットからは、すらりとした素足が覗く。

 シェリルやマァムと比べ、普段から着込んでるアステルがこういう格好をすると意外性があって男達の目線を惹いた。頬を染め、手首に付いているベールで体を必死に隠そうとする姿も、可憐でいじらしく男心を擽る。

 ………と。スレイがいつの間にかアステルの傍らに立ち、彼女に自分の外套を被せた。

 

 『ああ~~~~~~っ!!!』

 

 楽団の男達から非難の声が上がる。が、スレイに鋭く睨まれ黙りこむ。

 

 「普段からあまり肌を出してないんだ。なのにこんな場所で肌を晒したら、日焼けどころか火傷(やけど)する」

 「うっ……。ごめんなさい」

 「早く着替えろ」

 「うん……?」

 

 視線をあわせようとしないスレイに、アステルは頭を傾げた。

 

 「あっ! それよりスレイ。体の調子どう?」

 「問題ない。タオルありがとう」

 

 スレイの言葉にアステルは嬉しそうに笑った。

 

 「……ねえねえ? あの二人って付き合ってるの?」

 

 レナがこそっとシェリルに耳打ちする。

 

 「いんや? でも初めて会うた時から、スレイはなにかとアステルの事気ぃかけとるな」

 「それって、それって!! 彼の方がアステルに気があるって事!? いいな、いいな~!」

 

 興奮したレナが両拳を作りぶんぶんと上下に振る。

 

 「そっかなぁ? ウチには妹をほっとけへん兄ちゃんって感じの方がしっくりくるけど」

 「なにそれ! それもイイっ!! それがいつしか恋に発展するのよっ!!」

 

 シェリルの発言にレナの瞳は更に輝き、熱く語る。

 

 「……お前達もいい加減戻って着替えないと、本当に火傷するぞ」

 

 こそこそ会話しているつもりの二人(実際は会話だだ漏れ)に、スレイは呆れ顔で言った。

 

 ビビアンは長い黒髪を耳にかけながら、くすりと笑う。

 

 「どうした?」

 

 タイガは隣に座るビビアンを見た。

 

 「可愛いなと思っただけ。勇者さまっていっても、年頃の娘にかわりないのよね」

 「知ってたのか?」

 「あの額飾り(サークレット)を見ればわかるわよ。アリアハンの勇者が旅立ったって噂は、あんた達が思ってる以上に世界に広まってるのよ。……でもまあ、あんなに可愛い女のコとは、流石に思わなかったけどね」

 

 踊り子のビビアンが、アステルのしている額飾りの意味を知ってる事にタイガは密かに驚く。

 ふいにビビアンは漆黒の瞳を細め、酷く痛ましげな表情を浮かべた。

 「父親の(しがらみ)がなけりゃ、普通の娘として生きていけたろうにね」

 

 タイガは片眉をあげる。

 なぜ彼女がそこまで悲しげな顔をするのかが、わからない。アステルへの同情だとしても、強い違和感をタイガは覚えた。

 

 「アステルは、血の柵や義務だけで勇者になったわけじゃないと、俺は思ってるぞ」

 

 タイガの言葉にビビアンははっとしたように、目を見開き、頭を振り、そして彼に微笑んだ。

 

 「ごめん。今のは忘れて」

 

 タイガが口を開こうとしたその時、腕を強く引かれた。見下ろすと、眉根を寄せて自分の腕を抱き締めている……

 

 「マァム?」

 「むううううううっ」

 

 マァムは威嚇するように唸り声をあげてビビアンを睨み、タイガの腕を抱き締める手に力を入れ続けている。

 ビビアンは始めきょとんとしたが、その後、赤い唇に指を当ててふふっと笑い、

 

 「じゃあ、あたしもそろそろ仮眠を取らせて貰うわ」

 

 そう言って立ち上り、荷台に向かう。タイガはその後ろ姿に慌てて声をかける。

 

 「ああ。おやすみ」

 

 ビビアンと入れ違いでテントに戻ってきたスレイは、明らかに不貞腐れているマァムを見てタイガに尋ねる。

 

 「? マァムはどうしたんだ?」

 「……さあ? マァム。流石に暑いんだが」

 

 タイガは苦笑い、宥めるようにぽむぽむとマァムの頭を軽く叩くが、彼女はむくれたまま、腕に引っ付いて暫く離れなかった。

  

 

 

 やがて太陽が沈み始めた頃、一行は再びイシスに向けて出発する。日が完全に暮れ、アステルは火球呪文(メラ)で馬車の角灯(ランタン)に灯を点す。

 

 「あれ?」

 

 ふと、遠く前方に人影を見た。しかもそれはひとつまたひとつと増えていく。

 

 「スレイ……あれ」

 

 アステルは御者台に座り手綱を握るスレイに声をかけると、彼も既に気付いていたのだろう、ひとつ頷いた。

 

 「人じゃない。あれは魔物だ」

 「〈ミイラ男〉だね」

 

 並走する隣の馬車の御者台に座るビビアンが言う。

 

 「イシスに近づくと夜間に現れて動き回っては人を襲う死体の化け物だよ。ピラミッドっていう、古代の王の墓からやって来るんだ」

 「人の死体……? 魔王の魔力の影響ですか?」

 

 アステルは今まで遭遇したゾンビ系の動物魔物を思い出したが、人間のその類いは初めてだった。

 

 「それもあるだろうけど……あそこは元からそういう幽霊とか、呪いとか噂された場所だからね」

 

 ビビアンは人影を見つめながら静かに語る。

 

 「大昔、イシスを創った初めの(ファラオ)が死んだ時に建てられた墓が、ピラミッドなんだけどね。

 いろんな曰くがあるんだよ。

 そのピラミッドを建てるために、多くの奴隷が無理矢理働かされて苛酷な労働の末命を落としたとか。

 ピラミッド完成後、死んだ王の死出の旅にお供する為に、何百といった家来が生埋めにされたとか。

 あの場所にはファラオへの恨み辛みや執着やらが、今だに色濃く残ってる。だから地元民でも滅多にピラミッドには近寄らないわ。呪いを怖れてね。

 あの中に入るとしたら、王の財宝目当ての命知らずな盗賊や冒険者くらいのもんよ」

 

 ビビアンの話にアステルは背筋が冷たくなり、思わず二の腕を擦る。

 そしてはっとなり、スレイを見た。

 

 「残念だがオレは入った事はない。一人で探索出来るほど、ここの気候との相性は良くないからな」

 「………だよね」

 

 アステルはホッとした。

 

 「けど、ビビアンは詳しいな」と、スレイ。

 

 「だってビビアン姉は、元々イシス生まれだからね」

 

 馬車の幌からレナがひょこんと顔を出して答えた。

 

 「じゃあ、今回は里帰りでもあるんですね」

 

 アステルの言葉に、ビビアンは肩をすくめて頬笑むだけだった。

 

 「……で。どうするの? このままじゃあいつらとぶつかるけど」

 

 「勿論迂回する。わざわざ亡霊を刺激する事はないだろ」と、スレイは手綱を引く。

 

 「わかった」モッカーナも手綱を引いた。

 

 三台の馬車は大きく迂回する。アステルは遠ざかる人影を見えなくなるまで眺めていた。

 

  

 

 それから更に四日後の明け方。

 小高い砂丘から昇る太陽の光を浴びて、きらきら輝く水面と椰子の木や緑繁る大きなオアシスが見えてきた。その傍に聳えるは宮殿。それを取り囲むように街並みが見える。

 

 一行はついに砂漠の都に辿り着いた。

 

 

* * * * * *

 

 

 ────砂漠の国イシス。太陽神ラーと、イシス初代王(ファラオ)を尊び、文化や歴史を重んじるこの国は街並みの中にも歴史的建造物が多く存在する。

 以前は観光地として賑わっていたが、この時代、物見遊山で恐ろしい魔物が横行闊歩する苛酷な砂漠の旅をする者などいない。

 ……しかし。今のイシスの都はかつての姿を彷彿とさせるほど賑わっていた。

 そこらじゅうで太鼓や笛の音が鳴り響き、露店も出ており城下は活気づいていた。女王即位記念祭に合わせて、多くの観光客や商人が既にイシスにやって来ているのだ。こうなると宿はどこも満室状態である。アステル達はモッカーナの厚意に甘えて、馬車で一眠りし、昼過ぎに目覚めて、劇団の皆と共に街の公衆浴場へと赴いていた。女王との謁見の前に長旅の汚れを落とし、身なりを整える為に。

 石を敷き詰めた浴場は広く清潔で、地下より汲み上げられた水は清く冷たく、火照る身体を涼やかに癒してくれた。

 

 「女王との謁見を望むんなら、ぎりぎり間に合ったね」

 

 女湯の脱衣場で、風呂から上がったビビアンはその悩ましげな肢体をタオルで包み、濡れた髪を拭きながら、アステルに言う。

 

 「どういう事ですか?」

 

 アステルは下着を身に付け、ブラウスに袖を通しながら、ビビアンを見た。

 

 「四日後の女王即位記念祭は誕生祭でもあるんだ。女王は成人したその日に即位したからね。

 イシス宮殿は平民も自由に出入りできるから、誕生祭が始まると、お祝いを言いに謁見する人々でごったがえすよ」

 「あとあと! その女王さまがものスッゴい美人なんだって! なんでも魔王だって跪く程とかなんとか噂なんだよ~?

 せっかくイシスに来たんだから、会えるなら一度は会ってみたいよね~っ」

 

 レナが下着姿のまま設置されているベンチに腰掛け、椰子の実のジュースを啜る。その隣でマァムもジュースを飲んで涼んでいた。

 

 「魔王も跪くって……それは言い過ぎなんちゃう?」

 

 下ろしていた髪を結い上げながら苦笑し、「……っていうか、魔物に人の美醜の見分けなんてつくんやろか」と、シェリルは真面目に考えこんだ。

 

 湯場から出たアステル達は、同じくさっぱりとなった男衆と合流し、モッカーナ達と暫し別れを告げ、イシス宮殿へと足を運んだ。

 

 

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