長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

21 / 100
砂漠の都

 

 

 

 「イシス宮殿へようこそ。砂漠を旅して、さぞお疲れでしょう。どうぞごゆるりと」

 

 宮殿入り口を守る門兵は物腰柔らかに、アステル達旅人を歓迎し招き入れた。顔は人、体は獣の不思議な対の像に挟まれた直路(たたじ)を通り抜け、城内に一歩入ると、そこには───

 

 「にゃんこぉ~~~~~!!!」

 

 

 ─────猫がいた。

 

 

 「ってゆうか、いすぎやろっ!?」

 

 言ってるそばから、猫がシェリルの頭に乗っかる。

 入り口の広間一面、猫、猫、猫。

 まるで猫の間だった。

 アステルは頬を染めて、寄って来た子猫をそっと抱き上げると、子猫は一鳴きし彼女の頬に顔を擦り寄せる。

 

 「かわいい……っ!」

 

 マァムは「にゃんこ、にゃんこぉ~」と猫を追っかけ回し、そのマァムから逃れる為に、複数の猫に体をよじ登られるタイガとスレイ。

 

 「ようこそ。旅の方。イシスでは猫は、天災や疫病から人々を守る神の使いといわれ、大切にされているのですわ」

 

 マァムから逃げてきた猫を抱えて、宮殿仕えの侍女がアステル達に声をかけてきた。

 

 「ですから、あまり猫達を怯えさせないでね? お嬢さん?」

 「一緒にぃ遊んでただけだよぅ」

 

 マァムは眉間を寄せて、頬を膨らませた。が、ふいにばっと後ろを振り返った。

 

 「どうかしたか?」

 

 頭に子猫を乗っけたまま、タイガがマァムに近付く。しかし、マァムも首を傾げ、「なんでもなぁい」と返事した。

 

 「マァム、タイガ行くでぇ」

 「はぁ~~い」

 

 マァムそしてタイガは先に進もうとするアステル達の元に駆けていく。

 

 その後ろ姿を柱の影でじっと見詰める、赤い目の黒猫の姿があった。

 

 

* * * * * * 

 

 

 宮殿の中はひんやりと涼しい。床はむきだしの石。けれど丹念に掃き清められている。

 内部の通路の壁一面には、太陽神ラーのイシス降臨と初代ファラオ王の誕生、国の成り立ちを綴った沈み彫のレリーフが細やかに刻まれていた。

 女王が治める国だからだろうか、宮殿内は男性や兵士より、美しい薄絹を纏った侍女の姿の方が多く見られ、外国人である一行に警戒する事なく頬笑み会釈する。

 玉座の間へと続く階段手前には、守衛が立っており、そこでも丁寧に会釈された。 

 玉座の間に豪華な装飾品やシャンデリア、絨毯などはない。しかし、四方の切り出し窓から、眩しすぎず暗すぎず微妙に調節された自然光が入り、美事な彫刻の成された壁や柱を照らしている。

 アステル達は今は誰も掛けていない玉座の前に跪き、頭を垂れた。

 やがて此方へやって来る衣擦れの音が、耳に入ってきた。

 

 「面をあげなさい」

 

 涼やかな声に従い、アステルは顔を上げ、そして目を見開いた。

 

 ───綺麗。

 

 その一言に尽きる。

 先のエルフの女王の幻想的な美しさとは違い、目の前にいる彼女は生命力を感じる人として完成された美しさだった。話で聞く限りでは女王は、三日後の誕生祭で十七になるはず。

 しかし、その孔雀石(マラカイト)の瞳は歳にそぐわないほど、静かで大人びている。

 イシスの民は男女共に、褐色の肌の者が殆どだが、女王の肌は透き通るように白い。艶やかで真っ直ぐな黒髪を顎のラインで切り揃え、蛇を模した黄金の冠を被っている。首から胸元まで黄金の飾りが施された白い絹のドレスを纏い、耳、手足首も黄金で出来た輪で飾っていた。

 

 (あれ?)

 

 でも、女王様誰かに似ているような……。

 アステルは心の中で頭を傾げた。女王の方もアステルを見て、しばし目を見張っていたがやがて、口許が綻んだ。 

 

 「よくぞ参られました。勇者アステル。貴女の父、勇者オルテガの話は先代王から聞き及んでおります」

 

 そう言って女王は玉座から立ちあがり、二段の段差を降り、アステルの前に立つと、跪き、(こうべ)を垂れた。

 その行動に周りの侍女や守衛、宰相から悲鳴と戸惑いと非難の声が上がる。

 アステルも仲間達も、驚き、言葉をなくした。

 

 「女王陛下っ!!!」

 「女王様! なんて事を!!」

 「どうかお立ち上がり下さい! 女王様っ!!」

 

 驚きのあまり呆然としたアステルだったが、家臣達の声にはっと気を取り戻し、慌てて女王を立ち上がらせようと手を伸ばすが、その高貴な身に触れる事に躊躇い、わたわたと手をさ迷わす。 

 女王は伏せていた瞼をゆっくり上げると、間近にある少女の狼狽した顔に頬笑みかける。

 

 「これは亡き祖父からの遺言なのです。いつか、オルテガかサイモンの血族がこの地を訪ねた際は自分にかわり、謝罪してくれ……と」

 「……え? あ、と、とりあえず、お立ち上がり頂けますか? お願いします」

 

 アステルの懇願に、女王は頷き、アステルに手を差し出す。彼女は慌ててその手を取り、玉座まで付き添う。玉座に腰掛け、女王はアステルを傍に立たせたまま、話始める。

 

 「先代は嘆いておられました。自分が与えた知識が、世界の希望を死に追いやったと。

 アリアハンの勇者オルテガ。そして、サマンオサの勇者サイモン。

 二人は魔王の島へ辿り着く手懸かりを求め、このイシスの地に、我が祖父、先代王を訪ねにやって来ました。 

 このイシスの南の大陸、荒ぶる火山、険しき山々に囲まれたかの地ネクロゴンドは、魔王の邪悪なる本拠地と成り果ててしまいましたが、その昔は大地の女神ガイアの加護を受けし聖なる地であり、グランディーノ王国の領地でもあり、そして、彼の国と太陽の女神ラーの加護を受ける我が国とは姉妹国でもありました」 

 

 「グラン、ディーノ……」

 

 今はなき王国の名をアステルは呟き、女王は頷く。

 

 「故にグランディーノ王国の古き伝説は我が国にも伝わっていたのです。

 王国の宝、神剣〈ガイアの剣〉は荒ぶる大地の神の怒りを鎮め、路を切り開く剣と。

 大地神の怒り……それは恐らくネクロゴンドへの上陸を阻み、今も噴火し続けているギアガ火山を指しているのだろうと、祖父は言っていました」

 

 シェリルとタイガはスレイを目で追う。

 〈ガイアの剣〉……それは、彼の旅の目的。彼が探し求めている剣。

 スレイは瞳を僅かに眇め、話す女王とそれを聞くアステルを見詰めた。

 

 「そして、どういう経緯でそれを手にしたかはわかりませんが、サイモンは既に〈ガイアの剣〉に選ばれた勇者だったのです。勇者達はネクロゴンドの地に踏みいる決意をし、……そして」 

 

 女王は瞼を伏せ、アステルも視線を床に反らした。

 

 「……よろしいでしょうか?」

 

 シェリルが躊躇いがちに声を上げる。女王は頷き、発言を促す。

 

 「勇者オルテガは火山にて亡くなったと聞いております。なら、その〈ガイアの剣〉を持った勇者サイモンはどうしたのでしょうか?」

 

 シェリルの質問に女王は首を横に振る。

 

 「……わかりません。人伝で聞いた話では、勇者サイモンは勇者オルテガと交わした約束の地に現れなかったと。彼もまた、行方知れずになっていると聞いています」

 

 スレイは僅かに頭を伏せる。床に着けた拳に力が籠るのを、タイガは見た。

 女王はアステルの手を労るように撫でる。アステルはどきどきと胸を鳴らせて、その美しい手指を眺めていた。

 

 「祖父はオルテガの子が娘である事を知っていました。そして、申し訳ないと……こういう事だったのですね」

 

 女王の表情が翳る。

 

 「オルテガが生きていたなら……この手は剣を握る事などなかったでしょうに」 

 「いいえ。女王様」

 

 明るい声でアステルはそれを否定した。

 

 「私、剣術も好きなんです。父の事がなくても私は剣は握っていたでしょう」

 

 アステルははにかむ。

 

 「あの……ネクロゴンドに旅立つのを決めたのは父自身。そして私が〈勇者の証〉を受け、旅に出たのも自分の意志です。誰のせいでもございません……だから」 

 

 「……ありがとう」

 

 女王は勇者と呼ばれる少女の手に口づけし、微笑んだ。

 

 

* * * * * *

 

 

 「……アステル。わたくしは先代の遺志を継ぎ、勇者である貴女への援助を惜しみません。貴女が今望む物は〈魔法の鍵〉ですね?」

 「どうしてそれを?」

 

 女王様には驚かされっぱなしだ。そんな事を思いながら、アステルは訊ねる。

 

 「ひと月前に、ロマリア王から文書が届きました。魔王討伐を志すアリアハンの勇者に、ポルトガへの関所の扉を開く〈魔法の鍵〉を託して欲しいと」

 

 アステル達の脳裏に、得意気に笑うロマリア王の姿が浮かんだ。

 

 「ひと月前って……あんの王様、ウチらが依頼断らへんの見越して手回ししとったんやな」

 

 女王に見えぬよう聞こえぬように、俯いてぼそりっと呟くシェリル。

 

 「〈魔法の鍵〉は王墓ピラミッドにあると、伝え聞いております。今から城のピラミッドに詳しい者を手配して……」

 

 「───なりませぬぞっ!」

 

 女王が控える宰相に指示しようと手を上げた、その時。玉座の間に一人の男の声が響いた。

 アステルは驚き肩をすくめ、声のした入り口を見、女王は眉をひそめた。

 「御待ちください」「陛下は謁見の最中です」そう言う守衛を押し退けて、玉座の間に入った人物は、黒髪に白い肌、孔雀色の瞳と、女王と血の繋りを感じさせる壮年の男性だった。

 踝までも隠す高級感のある白い生地に金糸で美麗な刺繍を施された長衣を纏い、女王と同じように首もと、手足首に黄金で出来た幾重にも重なった輪が飾っている。

 

 「カリス様」

 「〈魔法の鍵〉は王家の宝! そして初代ファラオの王墓は、私達王族でも無闇に立ち入る事を許されない場所。そこに奉納された宝を余所者の為に持ち出すなど! イシスにどのような(わざわい)が降りかかるか……!

 それにポルトガの関所が閉ざされた、そもそもの理由をお忘れか!?

 古代大戦時代、ポルトガはイシスから国宝であり、太陽神の象徴である〈ラーの鏡〉を持ち去り、あまつさえそれをどこかに売り払い紛失した!

 怒った初代が国境を封じた事が始まりなんですぞ!」

 「忘れてなどおりません。ですが、勇者の手助けをする。これは先代の、御自分の父上の御遺志ではありませんか」

 

 女王の毅然とした態度に、カリスと呼ばれた貴族の男は唇を噛む。

 

 「それに、古代大戦終結の折りに、彼の国は我らに侘び、そして我らはその罪を赦しました。

 過去の歴史が原因で諍い、壁を作る事。

 それになんの意味があるのでしょうか。

 海の魔物の凶暴化を鑑みれば、民草の安全な移動の為にも、国境は開放した方が良いに決まっています」

 

 自分より歳かさのある男を、女王は落ち着いた声音で諭す。

 

 「……くっ!」

 

 カリスと呼ばれた貴族の男は、忌々しげに女王を見、そして女王の傍らに立つアステルを睨み、ニヤリと笑った。

 

 「……ならば。ならば、この者達が自らピラミッドに赴いて〈魔法の鍵〉を取りに行かせれば良いのでは?」

 「なっ……!」

 「我ら王族が守るべきイシスの民を危険な目になど、ましてや初代ファラオの逆鱗になど触れさせたくなどありません。

 勇者なるこの娘に初代王の赦しと先代の加護あらば、無事〈魔法の鍵〉を手にする事が出来ましょうぞ」

 「ですが、ピラミッドには盗賊避けの数々の罠が施されています。それだけではなく、魔王の力の影響で魔物まで現れるようになったというのに……!」

 

 冷静さを欠き始めた女王の態度に、カリスはしてやったりと、ほくそ笑む。

 

 「なら、なおの事。愛すべきイシスの民を向かわせるなど出来ませぬなぁ。それに魔王討伐を志す者達が、人の施した罠になど、魔王の手下の魔物などに後れを取りますまい」

 「カリス様!」

 

 「────わかりました」

 

 アステルがカリスに見向く。

 

 「それで〈魔法の鍵〉を持ち出す事をお許し頂けるのなら。私達のみでピラミッドへ参ります」

 

 女王を守るように脇に立つ、凛々しい勇者の力強い宣言に、イシス王国の家臣の一人が「オルテガの再誕だ」と呟く。

 そして玉座の間に歓声と拍手が湧いた。

 

 悔しそうに、申し訳なさそうに見上げる若き女王に、アステルは力付けるように精一杯、微笑んだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。