長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
イシス宮殿の一室。
先王の次男であり、現女王の叔父であるカリスは、銀の杯に自ら注いだ葡萄酒を飲み干すとその杯を床に苛立ちのまま力一杯叩き付けた。
「小娘がっ!!!」
静かに諭すあの目、あの口調。
あれは亡き兄上を彷彿させる。
出来のいい兄。心優しき兄。
民と家臣に愛され、敬われ、父の愛情と信頼と期待を一身に受けた兄。
死した後も嘆かれ、惜しまれ、
いつまでもその影は付きまとう。
けれど、いなくなってしまえば。
そう思っていたのに……っ!!!
「……下賎な女の血を引く分際で、私に偉そうに楯突きおってっ! 私がっ! 私こそがファラオに相応しいというのにっ! なのに! それなのにっ………!!」
次に思い出すのは兄の娘が庇った勇者の娘。
兄も二人の勇者を慕っていた。
血は争えぬという訳か。
─────ニャーン。
カリスは窓辺に目をやると、いつからいたのか、黒猫が赤い目で見つめていた。
暫くそれと見つめ合い、そして嗤った。
「……そうか。邪魔なら消してしまえばいいではないか」
───……ニャーン。
赤い目を三日月の様に細め、猫は鳴く。
* * * * *
キメラの翼。行き先を念じながら空へ放り投げると、その場所へとたちどころに移動出来る。特に魔力を必要としないので一般人にでも扱える魔法具である。
しかし、その効果には制限がある。
・訪れた事のない場所へは行けない。
・行き先を念じられる最低限の意志、知識が必要な事。
・故に赤ん坊や年端のいかない子供、動物には作動しない。
・大きな荷物は運べない。
「じゃあ、みんな行くよ?」
ピラミッドの頂上からアステルは空に向かって、キメラの翼を放り投げた。
念じる先はイシスの都。
「お待ちを。もしや、アリアハンのアステル殿とそのお連れの方々でしょうか?」
「え?」
イシスの都に入ってすぐ、アステル達は複数人のイシスの兵士に呼び止められた。
「そうですが、なにか?」
首を傾げるアステルに、兵士達は胸に手を当て会釈する。
「我らはカリス様の命で、貴女を宮殿にお連れするよう仰せつかった者です。……その御様子ですと、ピラミッドへはもう?」
「ええ。今、その用事を済ませ戻ったところです。
報告は明日にでも……「それは! 大変お疲れ様でございました。さあ、宮殿へお越し下さい」
「でも……」と、アステルは仲間達を見る。
アステル達は泥まみれ汗まみれの状態。それに何より皆疲れきっているのだ。マァムもさっきから欠伸ばかりしている。
しかし。
「カリス様の御配慮です。今この街は祭りの前で、宿を確保するのも困難でしょうと。宮殿にて疲れを癒すようにとの事ですので、御遠慮なさらずに」
兵は笑顔で物腰柔らかだが、押しが強くこちらの意見に聞く耳持たぬといった感だった。
アステル達は顔を見合わせる。
今夜はすんなり休ませてはくれなさそうだ。
* * * * *
案内されたのはイシス宮殿の離れにある来賓用宿舎。中には既に先客の姿があった。
「あっ! アステル達だ~~~っ!」
レナが座っていたソファーから立ち上り、アステルに抱き付く。
「レナ! ビビアンさんにモッカーナさん達も!!」
「おお。おかえりなさい……も、おかしいかな? 皆さん御無事でなにより!」
モッカーナが。ビビアンが。楽団の男達が。皆笑顔でアステル達を迎え入れた。
「お知り合いでしたか。丁度良かった」
案内の女中が頬笑む。
「
モッカーナ殿。褒美は上乗せするので、その宴でも是非踊りを披露して欲しいとの御達しなのですが……」
「え? ああ、はい! うちは構いませんよ!」
「それでは打ち合わせを」
「はいはい!」
女中とほくほく笑顔のモッカーナが退室すると、アステル達は深く大きく溜め息を吐いた。
「……厄介事はまだ終わってないようだね」
アステル達を見回して気の毒そうにビビアンが言う。
「むしろこれからかもなぁ。……とにかく、風呂入って準備せなな。遅刻したらなに言われるか、わかったもんやあらへん」
「そうだね。行こ? マァム」
「ふみゅう」
シェリルの言葉にアステルも頷いて、眠たげ目を擦るマァムの手を引く。
「待て。アステル」と、スレイ。
「魔法の鍵はオレに預けてくれないか?」
「え?」
頭を傾げるアステルに、スレイは眉をひそめた。
「無いに越したことはないが……念の為な」
「うん?」
アステルは腰ベルトのポーチから鍵を取り出し、スレイに手渡した。
「────やっぱり、か」
「どうした? スレイ」
男湯の脱衣所で風呂上がりのスレイがぼそっと呟き、頭を拭うタイガが反応した。
「荷物を探られてる」
常人なら気づかない本当に些細な違いをスレイは見逃さなかった。
「取られた物が無いところを見ると、狙いは〈魔法の鍵〉か」
「シェリルの持つ〈大きな袋〉は大丈夫かな? 金目の物は全部あれに入っているだろう?」
「大丈夫だろ。使い方を知らない奴らにとっては、あれはただの〈空袋〉だ」
「ああ、そうだったな」
「仮にも王族がこんな姑息な手段を使うなんてなぁ」
タイガはスレイの首に下がる守り袋。その中に入っている〈魔法の鍵〉を見た。
「……王族だからだと思うが」
スレイは吐き捨てるように言った。
「……ところで。この間の公衆浴場でもそうだったが、まさかいつも剣を持って風呂に入るのか?」
呆れ顔でスレイは、タイガのタオルの巻いた腰に下げている剣を見た。武闘家のタイガが肌身離さず、いつも腰に下げている剣。けれど、鞘から抜いたところはいまだ見たこと無い。
まさか、風呂にまで持ち込むとは思わなかった。
「スレイだってアサシンダガーを持ち込んでいたじゃないか」
「オレは護身用だ。タイガは武器なんて必要ないだろ?」
「ん~~……まあ、な。この剣は俺のではなく、大切な預り物なんだよ」
そう言って笑い、剣の柄を撫でるタイガの眼差しは、どこか寂しげにスレイには映った。
* * * * * *
「マァム。行くよ? マァムったら」
宴の時刻が迫り、アステルはソファーで寝入るマァムの肩を揺する。
「駄目。起きない」
アステルが困った顔で、背後にいる面々に向かって頭を振った。
「仕方あらへん。ピラミッドで悪戯もぎょうさんしたけど、それ以上にウチらの怪我の治療も頑張ってくれたからな」
マァムの頭を撫でながら、シェリルが言った。
「別に皆で来いって言われてないんだろ? 寝かせてやったら?」
舞台衣裳姿のビビアンが寝室から持ってきた毛布をマァムにかけてやりながら言う。
「俺がマァムを見てる。三人は行ってきてくれ」
タイガがマァムの隣に座り、アステルに笑った。
「タイガ……うん。マァムをお願いね」
アステルは眠るマァムの頭をひと撫でし、部屋を後にした。
イシスでの食事風景に、テーブルや椅子はない。基本食事は絨毯やクッションの上に直座りで取るものらしい。見た事のない色鮮やかな料理の数々も、床に敷かれたマットの上にところ狭しと並んでいる。アステル達の席は女王とカリスの近くに設けられていた。
「アステル。仲間の方が全員揃っていないようですが……」
気遣わしげに尋ねる女王に、アステルは首を横に振った。
「申し訳ありません。一人が理力を使い過ぎて起き上がれなくて……もう一人はその看病で付いているので、今回は辞退させて頂きました。怪我などはないので御安心下さい」
「そうでしたか。では、お部屋にいる方々の分の食事も、すぐ用意してお持ちしましょう」
女王はほっと微笑み、それから目配せすると、側にいた女中は心得顔で離れる。
「アステルも、皆さんもお疲れ様でした。今宵はゆっくり体を休めて下さいね」
「ありがとうございます」
礼を述べるアステル。スレイ、シェリルも頭を下げた。
「……ところで勇者殿。ピラミッドでの目的は果たされたと部下から聞きましたが、〈魔法の鍵〉……手に入れられたのですかな?」
カリスが嫌な目つきでアステルにたずねる。
「はい」
アステルはスレイを見た。彼は懐から〈魔法の鍵〉を取り出し、アステルに手渡すと、女王とカリスに見えるように差し出した。
「ふむ。古文書の記述通りの色、形。女王様、カリス様。これはまさしくイシス王家の宝の一つ〈魔法の鍵〉ですぞ!」
女王の傍らに立つ宰相はにっこりと笑い、部屋にいる者全てに聞こえるように言い放つ。
「古代遺跡にして、最古の王の墓から宝を無事持ち帰ってこられた! これはファラオが勇者アステルを認めた何よりもの
宴に呼ばれた貴族達や、家臣、女中から拍手と歓声が沸き上がる。スレイはちらりとアステルに視線をやると、ひきつりながらも笑顔を浮かべていた。
「くくくく……っ! ハーーーーハッハッハ!!」
突然あげたカリスの大きな笑い声に、アステル達や女王、招かれた貴族達は驚き、戸惑い、静まり返る。
しかし彼は厳めしい表情から一転、笑顔で席を立ちアステルに歩み寄り、彼女の手を両手で握った。
「よくぞ! よくぞ、ファラオの試練を乗り越えられた! そなたなら必ず魔王を打ち倒してくれよう! さあ、酒を、料理をどんどん運べ! 舞踏団は楽団はどうした! 早く舞い奏でよ!
さあ、皆の者! 今宵はファラオが認めし勇者の誕生を存分に祝おうぞ!!」
カリスの言葉に招待客らはほっと笑顔になり、そして豪勢な祝宴が始まる。
カリスの豹変に戸惑う、アステル達と女王を置き去りにしたまま。
* * * * * *
「……ふう」
タイガは女中が持ってきた豪華な夕餉を平らげ、ソファーの背凭れにもたれた。マァムは寝室に運び、ベッドの上に眠っている。
(このままだと、朝まで起きないかな?)
タイガがそう考えてたまさにその時、ペタペタと裸足で床を歩いてるような音が耳に入った。
タイガは立ちあがり、部屋の外を覗く。廊下の間接照明に照らされて、金色の巻毛がきらきらと光をこぼす。
裸足のまま、どこかへ向かおうとする、マァムの後ろ姿がそこにあった。
「起きたか、マァム。アステル達は今いない……」
言いかけて、やめる。
ゆっくりと振り返るマァムの常は明るい朱色の
はじめ目を見開き驚いたタイガだったが、次の瞬間にはいつもの笑顔を浮かべた。
「地底湖以来か。久しぶりだな? ───……マァム=
タイガの言葉にマァムはこくりと頷く。彼女に近寄り、タイガはその頭を優しく撫でて、問いかける。
「どうしたんだ?」
マァムは暫くタイガを見詰めていたが、ふいに目を反らし囁くように言う。
「……呼ばれたから、行く」
『誰に?』とは、聞かない。
「俺も付いて行ってもいいか?」
マァムは暫く考え、こくりと頷き、再び歩き出す。
「よし!」とマァムに付いて行こうとして、タイガははっとし、先を行くマァムの手を取って引き留めた。
「……けど、その前に靴を履こうな?」