長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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黒猫は嗤う

 

 

 

 あれはあたしが十五の時だった。

 あれは母の誕生日だった。

 大切な人をまた亡くしてしまった母。

 元気付けようと妹と二人で考え、練習した舞。

 母の前で踊る……そのはずだった舞。

 

 それは果たされないまま、あたし達は

 

 あたし達家族は

 

 

 引き裂かれた。

 

 

 

 

 「───ねぇ、レナ」

 「なぁーに? ビビアン姉」

 

 楽団の演奏の流れる中、食事や談笑を楽しむ王侯貴族達を壇上袖から眺めながら、ビビアンは妹分のレナに声をかけた。

 

 「明後日踊る予定だった舞……今からでも踊れる?」

 

 

 

 「おっ! ビビアンとレナの登場やで」

 

 酒を楽しむ事に専念していたシェリルが、顔を上げた。

 

 「アステル達はあの踊り子達をご存知なのですか?」

 

 それが聞こえた女王はアステルに尋ねる。

 

 「はい。流れの劇団でアッサラームからイシスまで一緒に旅をしていたんです。凄く素敵な踊りなんですよ」

 

 アステルの笑顔に女王も微笑む。

 

 「そうですか。それは楽しみです」

 

 新しい曲が始り、ビビアンとレナは舞う。衣裳は二人とも全く同じデザインで、肩を隠すレースが銀のスパンコール煌めく白の胸当てに繋がっている、脚の露出の少ない清楚な白のレーススカートが華のようにひらめく衣裳。

 いつもの激しいステップ、力強いターンなどはない。繊細に手先を動かし、レースを翻す。苛烈な、情熱的な舞ではなく、初々しく、まるで花畑を妖精が楽しそうに舞う……可愛いらしく、柔らかく、甘い、そんな踊り。

 

 「この踊りも素敵……なんだけど」

 

 アステルは首を傾げた。

 

 「綺麗……なんやけど、なんか場違いな感じのする踊りやな………」

 

 シェリルも訝しげに壇上を眺める。

 

 可愛いらしすぎる。まるでお遊戯を見ているような。華やかなこの場を更に盛りあげるには、不釣り合いな舞。

 シャン、と曲の終わりを告げる鈴が鳴る。

 踊り子達は躍り終え、壇上で一礼をする。この場にいる者達の感想も、綺麗、見事だと誉める者と、物足りなさを感じる者とで二分しているようだった。

 どよめく広間にレナや楽団、モッカーナの表情に焦りの色が浮かんだ。

 ……まっすぐに女王を見つめ頬笑むビビアンを除いて。

 

 「ビビアンさん……?」

 

 アステルは彼女の視線の先を追った。

 

 「女王様!?」

 

 女王は泣いていた。孔雀色の瞳から止めどなく溢れる涙に彼女自身も動揺していた。女王の涙に広間のどよめきは更に大きくなる。

 

 「女王様! いかがなされました?!」

 

 宰相が、女中がオロオロと彼女を窺う。それらを女王が手を伸ばして押し止めた。

 

 「大丈夫……大丈夫です。あまりに素晴らしい舞で……っ」

 

 「気に入って頂けたようで」

 

 カリスが面白そうに笑みを浮かべる。

 

 「彼女達はビビアンとレナという、アッサラーム(いち)の踊り手だそうですぞ。確かに見事な踊りであった! 女王は(いた)く感動されておいでだ! 誉めてつかわそう!!」

 

 カリス自身が拍手をした。躊躇いつつも、貴族達もそれに倣う。安堵するレナと楽団達。袖で見守っていたモッカーナも胸に手を当てて、ほっと息を吐いた。

 ビビアンは静かにもう一度、頭を垂れた。

 

 

* * * * * *

 

  

 「あれ? タイガだ。どしたの~~?」

 

 いわゆる《お花摘みに》行っていたレナは、見慣れた人物を見つけて駆け寄った。

 

 「レナ?」

 

 タイガが声を上げる。

 

 「宴は?」

 「続いてるよ~~。あたし達の出番は終わったけどね。ちょっと緊張しちゃったよ~~……あっ! マァム、起きたんだぁ。アステル達のいる宴の間なら逆方向だよ?」

 「ああ、いやな?」

 

 ぎこちない笑みを浮かべるタイガ。無言のマァム。その様子にレナは胡乱げな顔をして二人を交互に見た。

 

 「んん~~? あっやしいなぁ! 二人でなにしてんの? ……はっ! もしや今からナニをするつもりなんじゃ……!」

 「いや、それこそなにを言ってるんだ」

 

 タイガは珍しく半眼になる。そんな二人を無視してマァムは歩きだす。

 

 「マァム~~? どしたの? ノリが悪いっ……」

 

 レナはマァムの肩に手を置き、次の瞬間息を飲んだ。振り向いた彼女の表情の冷たさに。マァムはレナの手を払いのけて、歩き出した。

 

 「ねぇタイガ! あれはマァムなの?」

 

 不安げに尋ねるレナにタイガは頷き、

 

 「……マァムだよ。あれもマァムなんだ」

 

 マァムの小さくなるうしろ姿を眺めながら、静かな声で答えた。

 

 「じゃ、俺も行くから。もしアステルになにか聞かれたら心配するなと「あたしも行く」

 「レナ?」

 「マァムは友達だもん! あんなマァムほっとけない!」

 

 レナの真剣な眼差しにタイガは溜め息を吐きつつも、口の端は持ち上がっていた。

 

 「わかった……けど、この事はアステル達には内緒にしておいてほしいんだ」

 「アステル達は知らないの?」

 「まだな。でもいつか知る時が必ず来る。それまではマァムの為にも黙っててやってくれ」

 「……わかった」

 

 二人は先を歩くマァムを追った。

 

 

 宮殿の出入口、猫の間を抜けて三人は外に出た。

 外は砂漠地帯特有の冷気に包まれている。宮殿から門まである石が敷き詰められた直路(たたじ)を降り、ただ砂ばかりの宮殿前をざくざくざくと踏みしめて突き進むマァム。その後をタイガとレナもついて行く。

 宮殿の外周、侵入者避けの高く積み上げられた日干し煉瓦の壁の手前には、魔除けの呪文が彫刻された柱が整然と並んで結界を張っている。その一角に何故か不自然に柱が一本ない箇所があった。昼間通った時には全く気が付かなかったそこに、マァムはするりと入る。壁と柱に挟まれた細い道を歩くと、宮殿地下に繋がる階段へと辿り着く。

 灯りはなく真っ暗な地下への階段を、マァムは平然と降りていった。

 

 「わわっ……!」

 「レナ!」

 

 階段を踏み外し、転げそうになったレナの腕をタイガが掴む。

 

 「気をつけるんだ」

 「う~~ごめん。でも、こんなに暗いと……」

 

 「……下等火球呪文(メラ)

 

 マァムの掌で留まる火の玉が、辺りを明るく照らした。

 

 「あっ……明るい」

 

 レナはほっと、息を吐く。そして目線を灯りの元にやると、先へ先へと歩いていたマァムが、二人の足元を照らしながら階段の下で自分達を待っている。

 

 「ありがとうな。マァム」

 「あっ……ありがとうっ!!」

 

 タイガに続けて、レナも慌てて礼を言う。深紅の目をしたマァムは一瞬目を見開き、そしてそっぽを向く。それでもその場は動かなかった。

 今のは無視をしたんじゃなくて。

 

 「……照れてる?」

 

 レナがぽそっと呟く。タイガが人さし指を口に立てて、シーッとする。

 

 「……照れ屋なんだ。けど、あまりそれを指摘すると拗ねるぞ」

 

 その言葉に、レナはぷっと吹き出す。

 途端、光は遠退いていった。

 

 「ごめんっ! 笑ってごめんっ! だから、置いてかないで~~っ!!」

 

 狭い通路をひたすら進む。すると、十字架の上に丸がついた形の石碑と更に下へと降りる階段があった。近くにある篝籠にマァムは掌にあるメラの火を移す。

 

 「なんかコレ……墓標みたい……ホントにここ降りるの?」

 

 レナはタイガの後ろに隠れながら、マァムに尋ねるが、彼女はなにも言わず階段を降りていく。

 

 「降りるみたいだな」

 「うえ~~っ! なんでタイガ達平気なのよぉ~~~!!?」

 「なんでって……今日似たような所に行ってきたばかりだからなぁ」

 

 しかし、下に降りた空間には想像していたような棺などが置いてあるわけでもなく、宝箱がただ一つ置かれているだけだった。マァムはその宝箱を躊躇なく開け、中身を取り出し、後ろにいるタイガに手渡した。

 それは金の縁取りに輪の部分には緑の(うわぐすり)が焼き付けられている、蒼い輝石が四つ填まった腕輪だった。

 

 「きれ~~い」と、レナ。

 

 「……つけて」

 「俺がつけるのか?」

 

 自分を指差し頭を傾げるタイガに、マァムはこくりと頷く。

 

 「入るかなぁ」

 

 タイガは腕輪を左手首に通そうとすると、腕輪の大きさがタイガの腕の太さに合わせて大きく広がった。

 

 「おお!」

 

 腕輪は手首を通り抜け、二の腕の所で吸い付くようにぴたりと装着される。不思議ときつくは感じなかった。

 と、その時。宝箱の上にぼんやりと半透明の老人の姿が浮かび上がった。

 

 「おばっおばっおばっ!!」

 

 レナはマァムにしがみついて隠れた。

 半透明の老人は真っ白い長衣を纏い、首には幾重もの金と宝石で出来た首飾りを下げ、蛇の飾りのついた額から後頭部までを覆う奇妙な形の王冠を被っていた。

 三人を孔雀色の目で静かに見下ろす。

 

 『私の眠りを醒ましたのはお前達か?』

 

 レナにしがみつかれたまま、マァムがこっくりと頷く。

 

 『では、その宝箱の中身を取ったのもお前達か?』

 

 「まあ、そうなるかな」とタイガ。

 

 『お前達は正直者だな。……よろしい。どうせもう私には用のない物。私の望みを聞いてくれるのなら、それはお前達にくれてやろう』

 

 「……じゃあ、返す」

 

 マァムがぽつりと言い、タイガは腕輪を外そうとする。それに半透明の老人は慌てて手を振る。

 

 『待て待て待て待て待て。それはイシスの宝じゃぞ? すっごい宝じゃ。〈星降る腕輪〉といって、身に付けた者の素早さをぐぅ~~んと上げ、疾風の如く動けるようになる代物なんじゃぞ!』

 

 「別にいい……」と、マァム。

 

 「うちには〈白銀の疾風〉がいるからなぁ」と、笑いながら言うタイガ。

 

 この場にスレイがいたなら、間違いなく彼を睨んでいたであろう。

 

 『なんじゃそれは。ええい、悪かった! まどろっこしい言い方をしたワシが悪かった! ……そういえば、おぬしらは御先祖の〈黄金の爪〉に目を輝かすどころか、けなすような者達じゃったのぅ。あの後、宥めるのにワシがどれだけ苦労したか……』

 

 ぶつぶつと文句を言い出した老人に、レナは眉を顰める。

 

 「なに、このじいさん……」

 

 半透明の老人は一つ咳払いをし、真剣な顔つきで語り始めた。

 

 『ワシは先代のイシスの(ファラオ)。ティーダ……現女王の祖父の魂じゃ。気掛りがあって、この星降る腕輪の魔力を借りてこの地に留まっておった。どうか、頼みを聞いてほしい。

 

 このままではイシスは魔の者の手に堕ちてしまう』

 

 

* * * * * *

 

 

 「レナ~~っ!」

 

 ビビアンは用を足しに行ったっきり、なかなか戻って来ないレナを探して、一人、宮殿内を歩く。 

 ここに通ってたのはもう十年以上も昔になるし、数える程度しか来た事はない。それでも結構覚えているものだ、とビビアンは思う。中庭に差し掛かり、彼女は足を止めた。

 陽の光を浴びて池のほとりで水遊びをする小さな女の子と、その相手をする黒髪で白い肌の男。その二人を暖かい眼差しで見守る一組の若い夫婦の姿。きらきら眩しいその風景は、やがて闇に溶け、ビビアンを現実へと引き戻す。 

 夜の闇に包まれた中庭の池。その水面に冷たく煌めく満天が映し出されている。

 

 「父さん、母さん───おじさん」

 

 ビビアンはそっと呟いた。

 

 「ビビアン殿?」

 

 ふいに呼び掛けられ、ビビアンは振り返った。

 

 

 

 

 「───女王様」

 

 宴が続く中、一人の女中が女王にそっと耳打ちをする。すると女王は目を見開き直ぐ様立ち上がった。

 

 「……女王様?」

 

 窺うアステルに女王は微笑むが、その笑顔はどこか固い。

 

 「わたくしは少し席を外させて頂きますが、アステル達はこのまま宴をお楽しみ下さいね」

 

 そう言って広間から焦りを隠しきれずに立ち去る女王と、それに付き添う女中。ただならぬ様子にアステルは心配げに彼女らを見送るが、ふいに女中から黒い(もや)が立ち昇るのを見た気がした。

 

 はっとして、アステルは周りを見渡す。

 

 皆楽しげに、飲み食いし、談笑している。女王の側にいるべき宰相まで。女王が退席したというのに何故みんなこんなに無関心で騒いでいられる?

 誰か一人でも彼女の方を見向いたか?

 この感じはエルフの森の時と似ていた。なにか大きな力で辺りが支配されている。それに気付いているのは自分ただ一人。

 

 (みんな異変に気づいていない!)

 

 「アステル、どないした~~?」

 

 シェリルは中腰の状態で固まってるアステルを見た。

 

 「アステル?」と、スレイ。

 

 「行かなきゃ……女王様が危ない!」

 

 アステルは二人の手を引き、立ちあがった。

 

 広間から出ると既に女王の姿はなく、擦れ違う女中や兵士に訊ねてみるが、誰一人彼女の姿を見ていない。

 ここまで来ると不自然だった。

 

 「アステルに言われて気が付いたが、広間には女王の叔父の姿もなかった」

 

 異変に気付けなかった事に苛立ち、スレイは舌打ちする。

 

 「なんや? 何が起こってるんや」

 

 王の御前だからと〈大きな袋〉にしまっていた各々の武器をシェリルは取り出し手渡す。

 

 「わからない。でも、良くない事が起ころうとしている……嫌な予感が治まらないの」

 

 アステルはブーメランを握りしめた。

 

 「アステルーーーっ!」

 

 「タイ…ガ……?」

 

 アステルはタイガの声に振り向いたが、彼は物凄い速さでこちらへと近づき、あっという間に駆け抜けてしまった。彼が巻き起こした風が、三人の髪や服をはためかす。

 遠くでキキキィーーーッ! と、靴底を磨り減らすような音を立てて止まり、小走りで戻ってきた。……それでも速い。

 

 「どうにも勝手が違うなぁ」

 

 頭を掻きながら苦笑するタイガにアステル達は目を丸くする。

 

 「どっ……どうしたの? タイガ」

 

 「なんか足めちゃ速いし……」とシェリル。

 

 「アステル達もこんな所で何をしていたんだ?」

 「いや、うちらもよくわからんのやけど、宮殿の連中の様子がおかしいんや。それに女王様が危ないってアステルが……」

 

 シェリルは風で乱れた前髪を整えながら言う。

 

 「アステルが……そうか。女王は今、自室にいるらしい。玉座の間から行けるらしいぞ」

 「なんでそんな事知ってるんだ?」

 「移動しながら説明する。今は急ごう」

 

 スレイの問いにタイガはそう答えると、玉座の間に向かって走り出した。

 

 「ところでマァムは? 今一人なの?」

 「いや、レナが来てくれたから見てもらってる」

 「そっか……」

 

 それを聞いてアステルはほっと息を吐く。隠し事をしている後ろめたさを胸の奥に押しやって、タイガは先代王から聞いた話をアステル達に話始めた。

 

 

* * * * *

 

 

 「───あなたはここに」

 

 ついて来た女中を自室の階段の前で待機させた。女中の目がなくなると、女王はドレスのスカートをまくし上げ、長い階段を駆け上がる。

 

 (走ったのなんて何年ぶりだろう)

 

 なにも知らず、知らされず。姉と母とイシスの街の片隅で暮らしていた、十歳の少女の時以来かもしれない。

 あの踊り。あれは幼い頃、母に捧げる為に姉と二人で考えた、けれど披露する事が叶わなかった、自分と姉を繋ぐ唯一無二の舞。

 なによりあの顔。あの表情。

 あの時、女中が囁いた。

 

 『カリス様からの言伝です。ビビアン様が……姉上様が御待ちです』

 

 

 「───姉さんっ!」

 

 「来ては駄目っ! ティーっ!!」

 

 「待っていたぞ? ……ティーダよ」

 

 カリスは後ろ手に縛られたビビアンの首もとに剣を突きつけ、女王ににぃと笑った。

  

 

* * * * *

 

 

 アステル達は玉座の間への階段を駆け上がる。

 

 「じゃあ、その星降る腕輪をくれたイシス先王の霊が、カリスが女王の命を狙ってるから、助けてほしいと言ってきたわけか」

 

 スレイの言葉にタイガは頷く。

 

 

 ────先代王は語った。

 

 『あれは(ファラオ)には向かん性質じゃった。傲慢で脆弱。追い詰められ、窮地に立たされれば混乱し、暴走し、自棄になる。なにより、民を思いやる心を持たぬ王など誰が王と仰ぐ?

 カリスに王とは何か、どうあるべきか。それを諭し続けたがついには目覚めんかった。

 故に、ワシは下町で暮らすカロルの娘を女王にする事にしたのだ。

 ティーダはやはりカロルの娘じゃった。繊細で利発な、考え深い娘じゃった。下町で育ったゆえ民の気持ちも理解出来た。この子になら安心して国を任せられる。その頃ワシも病に犯され、いつ天から迎えが来るかわからん身じゃった。

 ワシは残り僅かな生命の時間を、ティーダを王として育て上げるのに費やした。

 じゃが、カリスとの距離は広まる一方じゃった』

 

 

 「───臨終の間際に女王の叔父から、邪悪な魔族の気配を感じ取ったんだそうだ。恐らくはその叔父の女王に対する劣等感やら、嫉妬心やら……まあ、複雑な感情を魔族に付け込まれたんじゃないかって。このままでは女王やカリスだけでなく、イシスの国そのものが、魔族の手に堕ちてしまう。

それだけはなんとしても阻止して欲しいと頼んできた」

 「シェリル……大丈夫?」

 

 幽霊からの頼まれ事と聞いて青くなるシェリルを、アステルが心配する。

 

 「へっ……平気や。いっ……今はビビっとる場合やあらへんからなっ! ………深く考えんようにする」

 「うん。そうして」

 

 玉座の間にたどり着く。玉座脇に通路があり、通り抜けるとそこは重厚な扉が一つある空間だった。そして今まさにその扉に鍵を掛けた人物は、女王を呼び出した女中。

 

 「そこに女王様がいるんですか!?」

 

 アステルの声に女中は振り、直ぐ様その鍵を窓の外に放りやった。

 

 「なっ!」

 

 アステルは窓の外を覗いたが、宮殿二階から夜の闇に落とされた小さな鍵は、もはや見つけられるわけがなく。

 

 「きゃっ!?」

 

 窓を覗きこんでるアステルの背中を女中が突き飛ばした。危うく落ちそうになるが、星降る腕輪で素早くなったタイガが駆け寄り、アステルの外套を掴み引っ張りあげた。

 

 「なにすんねんっ! ……わっ!?」

 

 怒りのままに女中の腕をシェリルが掴むが、突然女中は身震いしだし、その体から黒い靄が飛び出した。

 女中はそのまま気を失い、シェリルにもたれ掛かる。

 靄は猫の形を成す。

 猫はニャーンと一つだけ鳴くと、再び黒い靄へと変化し、扉の隙間に滑り入って、消えた。

 

 「なんや? 今のは………!」

 

 シェリルが女中を床に横たわらせて呟く。

 アステルは扉のノブをまわした。が、鍵はしっかり掛かっていた。タイガが殴り付けるが、王の自室を守る扉は頑丈でびくともしない。

 

 「どうしたら……!」

 「アステル、〈魔法の鍵〉を使ってみろ」

 

 スレイがアステルに駆け寄る。

 

 「この宮殿もイシスの古代遺跡の一つだ。もしかしたら魔法の鍵が反応するかもしれない」

 

 アステルは頷き、腰ベルトのポーチから魔法の鍵を取り出して鍵穴に入れた。

 

 カチリッと鍵は回った。

 

 

* * * * * * 

 

 

 カリスは剣をビビアンに突き付けたまま、腰に携えた短剣を引き抜き、女王の足元に放り投げた。

 

 「それで自らの喉を突け」

 「え?」

 「そうすればこの女は解放してやろう」

 

 女王はカリスを睨み付けた。

 

 「……嘘ですね。貴方は姉を無事に解放するつもりはないでしょう?」

 「かもしれぬ。そうじゃないかもしれぬ」

 

 カリスは嘲笑うかのような声で嘯く。

 

 「だがぁ? このままでは間違いなくこの女はお前の目の前で死ぬ。そして、その後お前も送ってやるよ。民には侵入者が女王の命を奪い、私がその侵入者を仕留めた……そう伝えておくとしよう」

 「ティー! こいつはどちらにしてもあたしを殺すつもりなんだ! いいから逃げるんだ!」

 

 ビビアンが叫ぶ。その拍子に突き付けた剣が首の皮膚を軽く裂く。流れ出た血を見て、女王は肩をすくめた。

 

 「そうだな、女。お前が言う事に違いはない。だが女王よ? 幼い頃に引き離され、今やっと再会できた姉をお前は見捨てられるかな?」

 

 女王はカリスを見つめたまま、ゆっくりと腰をおろし、床にある短剣を手に取った。

 

 「ティー!?」

 「そうだ! それでいい! さっさとやれっ!!」

 「やめて! やめてよっ! あたしはあんたを追い詰める為に、会いに来た訳じゃないっ!!」

 

 ビビアンは必死に身をよじって叫び、そんな彼女を押さえ込んでカリスは狂ったように笑った。女王は目を閉じ、歯を食い縛り、短剣を喉元へと……。

 

 

 「ぐうっ!!?」

 

 

 カリスが強い力で手首を捻られ剣を落とす。

 

 「タイガ!?」

 

 ビビアンは目を見開き、彼は笑って頷く。

 

 「……アステル!」

 

 女王の短剣を持つ手は、アステルがその刃を握りしめる事によって止めた。

 

 「こんな事しちゃ駄目ですよ」

 

 アステルは短剣を女王から奪い、床に落とすと、手の痛みに顔を顰めつつも笑う。

 

 「くそっ! 離せ! 下賎な者が私に触れるなあっ!!」

 

 暴れるカリスの首の後ろにタイガが手刀を落とすと、「うっ!」と短く呻き、くずおれる。その体から黒い靄が現れた。 

 靄はやがて猫の形となる。そして、どこからともなく現れたもう一匹の猫と一つになり、

 輪郭のはっきりした赤い目を持つ黒猫となった。

 

 「ケケケケ……」

 

 猫の突然発した金切声に、アステル達は竦み上がる。

 

 「あと、少しでイシスがオレ様の手に堕ちる所だったというのに……よくも邪魔してくれたな!」

 

 アステルは猫を見据えて、低い声で問う。

 

 「お前は魔王の……?」

 「ケケケ……いかにも。いかにも。オレ様は魔王様の使い魔よ。そういうお前はアリアハンの勇者か」

 

 猫の赤い目が笑うように細まった。

 

 「魔王様に楯突こうなどと大それた考えは改め、アリアハンに帰るがよい。でないと、お前らは無残な最期を遂げるであろうよ。ケケケケ……」

 

 スレイが投げた刃のブーメランが、黒猫を切り裂いた。

 

 猫はばしゅんっと霧散し、

 

 「………つっ!?」

 

 それがスレイの体に入り込み、すり抜けた。

 

 「スレイ!?」

 

 アステルが叫び、彼の元に駆け寄る。スレイは入り込まれた胸辺りに手をやるが、特に異常は感じなかった。

 

 「……大丈夫だ。なんともない」

 

 

 ───……ケーーケケケケッ……

 

 

 使い魔の不気味な笑い声がいつまでも部屋の中を谺していた。

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 「───……魔物の気配、消えた」

 

 

 宮殿地下で天井を見上げ、マァムがぽつりと呟く。

 

 「え? それってなんかヤバイ事が解決したって事?」

 

 レナの問いにマァムは頷いた。

 

 

 『ありがとう……勇者達よ……』

 

 

 先代王の声に二人は振り返ったが、既にその姿はなかった。

 

 

 

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