長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
忍び寄る暗影
ロマリアとポルトガを結ぶ関所は、ロマリア城下町から一日がかりで到着した。流れの早い大河のほとりに、石造りの四角い小さな建物が見える。
「あれ? 橋がない?」
アステルが首を傾げる。そんな彼女に、実家がポルトガにあるシェリルが説明した。
「河を挟んだあっち側にも、同じような建物見えるやろ?」
シェリルが指差す。
「この関所の中には、古代人が造ったちゅう地底通路があって、あっちと繋ごうとるらしいわ。扉が開かへんから本当かどうかは知らんけどな」
関所の中にはそこを護るロマリア兵が一人、槍を構えて立っていた。
「その〈勇者の証〉……貴女がアリアハンの勇者アステル殿ですな? 魔法の鍵はお持ちですかな?」
顰めっ面の兵士はアステルの姿……額のサークレットを認めると、開口一番訊ねる。
「はい」
イシスでのやり取りとどこか似ている。アステル達は兵士が次になにを言い出すのかと、思わず警戒した。
「それでは扉を開けて頂けますかな?」
アステルは頷き、腰ポーチから鍵を取り出して、巨大な鉄の扉の鍵穴に差し込み、回す。かちりと錠が開く音がした。分厚い扉をタイガが押し開けると、数百年ぶりに開いた扉の奥には下へと下りる階段がひとつあるだけだった。
「関所を開門して頂き、ありがとうございます。どうぞこれをお受け取りください」
「え?」
そう言って兵士は一つの盾をアステルに差し出した。目をぱちくりとさせる一行に、兵士は続けて説明する。
「ロマリア国王陛下が魔法の鍵を手に入れ、関所を開いてくれた勇者への礼だと、御用意された品です。〈風神の盾〉という、ロマリア王家の家宝との事です」
「はあ……ありがとうございます」
アステルは躊躇いつつも受け取るが、あの王様の事だ。なにか裏がありそうで、怖い。
「なぁ、なぁ! 見して! アステル!」
「あ、うん」
新しい武具に目を輝かすシェリルに、アステルは盾を手渡す。
丸い盾は大きさの割りに羽のように軽い。外周部分は緑の金属で風を象徴するような縞模様が刻まれ、金色の縁取りがされている。
特徴的なのが、中心にある歯を食い縛って正面を睨む金色の鬼神の顔の飾り。そのまわりには八枚の雲形の飾り羽が付いていて、これで打ちかかって攻撃したらダメージを与えられそうだ。
「これ、タイガが装備したらどうや?」
盾を鑑定し終えたシェリルが、タイガにそれを手渡した。
「俺?」
「スレイやアステルの腕にはちと大きすぎるし、武器の持ち替えちゅう二人の特性を殺してまう。ウチの武器は両手持ちやし戦いの邪魔になるやろ?
その点タイガやったら腕が大きいし、そいつは打撃攻撃にも生かせそうや。それにその星降る腕輪の色とも
シェリルの言葉にタイガは頷く。
「……まあ。せっかく貰ったんだしな。使ってみるよ」
そう言って左腕に盾を装着し、拳を繰り出してみた。軽いし特段邪魔にもならなそうだ。
「タイガぁ、カぁッコいいよぉ~~!」
「うん。似合ってる」
マァムが手を叩いて褒め、アステルも笑顔で頷いた。
「しかし……あの王が家宝をやるなんて、どう考えても裏がありそうだな」
「それやねんなぁ~~……」
腕を組み目を眇めて呟くスレイに、シェリルも顎に手を当てジト目になって頷いた。
「王が仰っておられました。勇者達には更なる活躍を期待している! ……との事です」
兵士は笑顔でアステル達に敬礼した。
「「「「………」」」」
「更なる活躍を」の所を強調した言葉に、アステル達は一抹の不安を感じながら、地底通路に続く階段を降りた。
長い階段をひたすら下へと降りると、真っ直ぐ延びる通路へと辿り着く。魔物はどうやらいなさそうだ。
「アリアハンのナジミの塔に続く洞窟と造りが似てるね……」
アステルは歩きながら辺りを見回す。
「ここがその昔、アリアハン帝国の領土だった事を証明するような遺跡だな」
彼女の呟きにスレイも頷いた。何事もなく上り階段に辿り着き、今度はひたすら上がると、ロマリアの関所と全く同じ造りの部屋に着く。
外に出れば、そこはポルトガ王国領だった。
ポルトガの領地はロマリアやイシスと比べ格段に小さい。関所を出ると、西の森を避けるように東の平原へと進む。大陸中央に
晴天に恵まれ、気候は穏やか。砂に足をとられる事もない。過酷な砂漠での旅を経た一行にとって、ポルトガまでの旅路は快適そのものだった。途中、短い手で樫の杖を振るい、
ロマリアを出発して一週間ほどで、一行は次の目的地に辿り着いた。
* * * * * *
ポルトガは海洋貿易と、自国のみならず他国の物資の運搬、旅客の輸送の従事、そして造船業で成り立っている海運王国である。
特に造船技術に関しては、並ぶ国はないといわれるほど抜きん出ており、嵐に耐えられる、長距離移動の出来る
「ついに帰ってきてもうたぁ~~」
潮風香る街並みの入り口で、シェリルは肩をがっくり落とし、悲嘆の声をあげた。
歩行者が彼女を訝しげに、または面白げに眺めては通りすぎる。ポルトガ国民は総じて背が高く、小麦色の肌、珊瑚色の髪の者が多い。他国では珍しいシェリルの毛並みも、この地では当たり前のようにいる。
「まだ言ってる」
アステルは苦笑した。
「……なぁ、さっさとお城行って、貰えるもんもろて、出ていかへん?」
ちろりと目線をやるシェリルに、アステルは首を振る。
「だ~めっ! 造船依頼にシェリルのお父さんのお力添えもあったんだから。シェリルに顔を出させるって約束を守ってお礼するの」
アステルの言葉にシェリルは更に肩を落とし、項垂れた。そんな彼女の背中をタイガとマァムが叩いて励ました。
「……けど、思ってたより静かだな。これならロマリアの港や商店の方が、賑やかだった気がする」
街道からすぐ見える港を眺め、スレイが呟く。出航する船はなく、港に停泊している船の数が多い。
すぐ近くにある商店も開いている店が疎らで、客足も少ない。スレイの言葉にシェリルは顔をあげ、辺りを見渡した。
「……ほんまや。普段はこんなんやあらへんのに」
シェリルの実家に向う途中、海岸沿いにベンチがひとつ置かれた休憩所に、一人の神父が立っていた。鮮やかな碧の海を背景に、漆黒の修道服が際立つ。
「あっ……! 貴方は」
アステルが声をあげ、その声に振りかえる人物は。
「おや? お久しぶりですね。お嬢さんがた」
エルフの森、地底湖の洞窟で出会った神父見習いの男だった。
スレイはあからさまに顔を顰め、マァムはタイガの背に隠れて神父を睨む。そんな二人にシェリルは頭を傾げた。
「どうしてここに……修行の旅の途中でしたよね?」
「ええ。覚えてて頂けて嬉しいです」
神父はアステルに柔和に微笑む。
「呪いを受けたので祓って欲しいという願いを受けて、ロマリアから、ここポルトガまでやって来たのですが……」
「呪い……?」
不穏な響きにアステルは眉を顰める。神父は頷き、白いベンチに視線をやった。
「この場所はかつて、勇敢なる剣士と愛し合う美しい女性の憩いの場だったとか。二人はいつもそのベンチに座り、海を眺めて平和な世界を夢見てたそうです。
……しかし。恐ろしい事に魔王の配下の魔族がその二人に呪いをかけた。……可哀想な話です」
「……ちょお待ち! 勇敢な剣士って……それってカルロスの事やないやろうな!」
シェリルが神父に食い付き気味で問いかける。
「お知り合いなのですか?」
「シェリルの知ってる人?」
神父とアステルが彼女を見る。
「……カルロスとその彼女のサブリナはウチのポルトガでの幼馴染みや。十二の時にアリアハンに移り住むようなって、滅多に会わんようになったけどな。
カルロスは〈ポルトガの勇者〉呼ばれるくらい、強くて正義感溢れる奴なんやけど……ほんまにあの二人が!? どんな呪いかけられたんや!」
神父は気の毒げにシェリルを見つめ、首を振った。
「私の口から他者に、彼らの呪いの内容を話すのは
言い募ろうとしたシェリルだったが、思い止まり、ぐっと言葉を飲む。
「魔力の高い魔族の所業だったようで、私も何日もかけて解呪に努めたのですが、力及ばず……本当に申し訳ありません」
頭を下げる神父にシェリルは首を振る。
「いや……あんた責めても仕方あらへんし」
「私に出来る事は、一日も早く彼らが呪いから解き放たれるのを神に祈るだけ。……それでは私はこれで」
神父は胸の上で十字をきる。アステルとシェリルの前を通り過ぎ、スレイにすれ違い様に囁く。
「貴方の内にも闇の炎の
神父の言葉にスレイは目を眇める。
「ご無理をなさらないように、御自愛ください」
「余計なお世話だ」
素っ気なくあしらわれ、神父は眉を下げて、困ったように微笑む。そしてちらっとタイガの背中に隠れるマァムを見た。マァムはビクンっとすくみ、タイガの服を強く握りしめる。
神父はにっこり微笑み、キメラの翼を放り投げて、空に溶けて消えた。
「スレイ。神父さんになに言われたの?」
アステルは彼の隣に近寄り、見上げた。
「別に。いらんお告げをしていっただけだ」
依然として不機嫌な顔に、アステルとシェリルは顔を見合わした。
「………マァム?」
タイガが背後をそっと窺う。触れられている背中から、彼女の震えが伝わってくる。
「あの人……に、気を許さないで」
「わかった」
タイガの返事を聞いて、背後のマァムの緊張がふっと解かれ……
「ふやっ?」
頭を傾げ、タイガから離れたマァムはいつものマァムだった。
* * * * *
街外れにあるお城とひけを取らない豪壮な構えの邸宅が、シェリルの生家だった。
木々は剪定され、花壇は花が咲き誇り、広大で美しい芝庭を小走りに横切ってシェリルは大きな扉を勢いよく開けた。
「ただいまっ!!!」
「シェリルお嬢様っ!?」
広いエントランスホールの掃き掃除をしていたメイドが声をあげた。それを聞き付けて、屋敷じゅうの召し使い達が彼女らの前に集まり、執事を先頭に綺麗に整列し「おかえりなさいませ」と頭を下げる。
「アリアハンのシェリルの家も凄かったが、こっちは桁違いだなぁ」
豪華この上ない屋敷内をキョロキョロ見渡しながら、タイガは詠嘆の声を上げた。
汚れなき真っ白な空間、高い天井。垂れ下がる水晶がきらきらと美しいシャンデリア。細長い窓はどれも磨きあげられ、曇りひとつなく透明に輝き、一つ一つが高価であろう絵画、壺や彫刻、大きな宝石の原石、甲冑や宝剣が通路の柱の位置に合わせて飾られている。玄関から各部屋へと伸びる厚い絨毯は、塵ひとつ落ちてない白い大理石の床に映える青藍。
「こうして目の当たりにすると、シェリルがエルトン=マクバーンの娘だって事を改めて実感するな」
自分の後ろに立つスレイの呟きにアステルは反応し、彼を見上げた。
「え? スレイ、知ってたの?」
「豪商マクバーン。初代は武具商として自ら海を跨ぎ、世界を回って、そこがどんなに危険な洞窟だろうが、
スレイは執事やメイドと話をするシェリルに聞こえぬよう、背を屈め、アステルに耳打ちする。
「あと、その令嬢が度重なる誘拐事件から、その身を守るために島国アリアハンに避難した……盗賊ギルドでは有名な話だ」
「ああ……やっぱりそうだったんだ」
アステルが心得顔で頷くので、スレイは小さく首を傾げた。
「シェリルが私とマァムの友達になったきっかけも、誘拐事件だったし。シェリルと一緒に私達も捕まっちゃったの」
懐かしそうに話すアステルに、スレイは眉を上げる。
「……それで、どうしたんだ?」
「三人で力を合わせて誘拐犯をやっつけたよ? 子供だと思って油断してた隙を突いてね」
アステルが得意気に笑って答えた。
「なんや騒がしい思うとったら、戻っとったんか。シェリル」
溜め息混じりのその声に、使用人達は頭を下げ、アステル達は視線をそちらに向ける。二十代後半くらいの男性が帳簿片手に二階の回り廊下の手すりに肘をついて、
「兄貴!」
シェリルが叫んだ。兄と呼ばれた男性は、雫型の翡翠の首飾りをし、白の麻シャツにズボンという気楽な格好をしている。シェリルと同じ珊瑚色の髪は長く、後ろで一つに縛っており、瞳の色も彼女と同じ翡翠色で、三白眼ぎみの目元も良く似ている。一般女性に比べ、背の高いシェリルだが、兄も長身で細身だった。
階段を下りて、シェリルに近付くと、帳簿でばしっと彼女の頭を強くはたく。
「たっ!」
「女らしくせめて『兄さん』と呼べや」
頭を両手で押え、恨みがましい視線を向ける妹を無視し、アステル達に見向く。
「アステルちゃんにマァムちゃん。久しぶり。きれぃなったな。そっちの二人ははじめましてやな。俺はジェイド=マクバーン。うちの愚妹が迷惑かけとらへんか?」
「かけとらんわ!」
シェリルがすかさず突っ込みをいれた。ジェイドはタイガとスレイに手を差し伸べ、握手を求める。そういえば。シェリルも自己紹介の時に握手を求めてきたな。と、スレイは思い出す。これはこの兄妹の共通のスタンスなんだろうか。
「スレイ=ヴァーリスだ」
「俺はタイガ=ヤクモ。妹さんには色々助けてもらってるよ」
二人と握手をかわし、ジェイドは片眉を上げて「ほ~お!」と感嘆の声をあげる。
「二人とも、なかなかの手練れのようやな」
「おにぃちゃん、さっすがぁ~~!」
マァムにジェイドはニヤリと笑う。
「本物の武器商人は手を見て握るだけで、相手の実力が大体測れる。客の力量に合った武器防具を薦めんのが、俺ら武具商の使命やからな」
(……なるほど)
挨拶の意味も含まれているだろうが、あの時の握手は自分の力量を測るためのものだったのか。
「あの、エルトンさんはいらっしゃらないのですか?」
ふと思い当たり、アステルはジェイドに訪ねた。
「あれ? 親父おらへんの知ってて、帰ってきたんちゃうんか? まだ、王への謁見は済んでへんのか?」
「……その謁見の前に汚れ落としとこう思うて、先にうちに寄ったんや」
「なんや。おまえの事やから、実家素通りするかと思うたわ」
「……したいんは山々やったんやけどな。アステルが許してくれるわけないやろ」
シェリルが溜め息混じりに話す隣で、アステルはニッコリと笑う。
「で、親父はどうしたんや? ポルトガで待っとるゆうとったのに……」
シェリルのその言葉にジェイドは溜め息をついた。
「親父はアリアハンからバハラタに行ったっきり、戻ってこん。……いや、戻ってこれへんって言った方がええか」
アステル達は目を合わせあう。彼女らがアリアハンを出発して半年を越えている。エルトンは船旅だが、アリアハンからバハラタを経由しても、ポルトガには既に戻ってこれている筈だ。
「なんや。交渉事がうまくいっとらんのか? ……それとも、まさか〈大王イカ〉に遭遇して船をやられてもうたか?!」
不安げな表情のシェリルを宥めるように、ジェイドが彼女の頭を軽くたたく。
「ちゃうちゃう。……ロマリアで大盗賊カンダタの噂は聞かへんかったんか?」
「〈金の冠〉の事か? それならウチらで解決したで。それがどうかしたんか?」
その言葉にジェイドは驚いたように目を見開き、そして顎に手を当てて「ああ、それで……」と、納得したように呟いた。
「ポルトガ王からお前達がここポルトガに着いたら、至急城に来るようにと伝えろと言われとったが、……それが理由か」
「どうゆう事や?」
首を傾げるシェリル。ジェイドは細く、凛々しい眉を曇らせて話す。
「今バハラタ、ダーマ地方で盗賊と海賊が手を組んだ拉致事件が多発しとる。その首謀者が大盗賊カンダタやって話や」
思わずアステルはスレイを見上げた。彼は目を細めて、ジェイドの話を聞いている。
「海賊の寄港や出港を防ぐ為に、西大陸の港は今すべて封鎖中や。詳しくは王に話を聞いた方がええ。どうせ、船を手に入れても事件が解決するまで出港でけへんからな」
そう言ってジェイドは、メイドにすぐに風呂の準備をするよう手配した。風呂が沸くまでお茶をと、アステル達は執事に案内されて客間へと向う。シェリルはふいに足を止め、背後にいる兄に振り返った。
「……なあ、兄貴」
〈兄貴〉に突っ込もうとしたジェイドだったが、いつも元気な妹の深刻な表情に気づき、口を閉ざした。
「街でカルロスとサブリナが魔族に呪われたって話聞いたんやけど……あれ、ほんまなん?」
メイド達がざわつく。その表情は痛々しく憐れむようだった。ジェイドも苦い表情を浮かべ、シェリルの肩に手を置く。
「いっぺんに色々聞いたら混乱するやろ。まずは王の話を聞け。それから、カルロス達に会いに行け。海辺にあるうちの別荘におるさかい。あそこは人目につかんからな。あいつらに貸しとるんや」
「……わかった」
* * * * * *
ポルトガ王城は海に面した場所に建っていた。他国に比べ華やかさはなく、こじんまりとしているが、その分塩害や天災に負けないよう堅固な造りになっていた。
強面の門兵にアステルは名を名乗り、王への謁見を申し込むと兵士は相互を崩し『待ってました!』と言わんばかりに、ばたばたと玉座の間に案内された。
「アリアハンの勇者アステル。そなたの活躍はロマリア王から聞いてはいたが、こんなに若く可憐な娘だとは思わんかったぞ」
黄金の玉座に腰掛け、アリアハン王の紹介状に目を通し終えると、ポルトガ王は顔をあげた。ポルトガ国王バルドの空色の瞳は子供のように輝き、アステルを見下ろす。
歳はロマリア王と同じくらいだろうが、雰囲気は正反対だった。王は長身のがっしりとした体躯をしていて、一見戦士のようにも見えた。獅子のたてがみのように豊かな珊瑚色の髪に、額を黄金のサークレットが横切っている。
陽に灼けた肌は褐色で、深緑の衣に朱色のマントを右肩にたくしあげるようにして纏っている。
「船は用意してある。……しかし、出港を許すわけにはいかんのだ」
「盗賊と海賊による、バハラタやダーマでの人攫いが原因だと兄から聞きましたが……」
シェリルが顔を上げると、王は親戚の子供を目にしたかのように、にんまりと微笑んだ。
「おお、シェリルか。そなたの成人の儀以来だな。事情を知っているなら話は早い。盗賊団に
そこでだ。勇者アステルよ。東の地に赴き、主犯である大盗賊カンダタを捕らえてもらいたいのだ」
船も必要だが、人攫いを放っておくなんて出来ない。それに、あのカンダタがそれに関わっているとはアステルには思えなかった。
(……だとしたら)
今度こそは誰かが、彼の名を騙って悪さをしているのだろう。
「……わかりました。微力ながら尽力させて頂きます」
アステルはちらっとスレイを盗み見たが、彼は特に表情を変えていない。彼女の判断に異論はないようだ。
しかし、シェリルが疑問の声を上げた。
「……陛下。なぜ国をあげて人攫いを成敗なさらないのですか?」
「これ! 王に意見するとは! エルトン=マクバーンの娘とはいえ無礼であるぞ!それに元はといえば、そなたらがカンダタを取り逃がしたから、こうなったのであろう!」
「やめろ。大臣」
「……そうしたいのは山々なんだがな。今回に限っては事を荒立てずに、解決せねばならんのだ」
「……なにかあるのですか?」
アステルは問いかけた。
「海上での引き渡しを目撃した者の話では、双頭の鷲の紋章のついた軍船が護衛についていたらしい。奴等の裏には、東大陸の軍事国家サマンオサの影がちらついておるようだ」
「サマンオサ? 勇者サイモンの出身国の……?」
思わぬところでサマンオサの名が出た事にアステルは驚き、ポルトガ王は頷く。
「サマンオサは八年前から鎖国状態で、国交が断裂されている。かの国は今、色々ときな臭い噂が立ち込めていてな。なにを企んで西大陸の人間を拉致し、自国に連れ込んでいるのかわからんが、我が国が表立って動いて、彼の国を刺激するような真似は避けたい。……あくまで個人がたまたま立ち寄った先で悪党を捕まえたという体裁にしたいのだ。
アステルよ。そなたらはカンダタを打ち負かし、ロマリアの国宝〈金の冠〉を取り返したとレオナルド王から聞いた。これ以上被害を増やさない為にも力を貸してほしい」
「はい」
アステルの返事を聞き、ポルトガ王は深く頷いた。
……打ち負かしたなんて一言も言ってないけど。と、アステルは思う。そこらはロマリア王が色々脚色してポルトガ王に伝えたのだろう。
『更なる活躍を期待する』とはこの事だったのだろうか。
「それと、シェリル。バハラタにお前の父エルトンがいるはずだから、事が解決し次第至急ロマリアに〈黒胡椒〉他調味料を運ぶように伝えてほしい。備蓄がきれそうらしいのでな」
(……こっちが狙いかっっ!!!)
どこまでも食えない王様である。
複雑な表情を隠しきれていないアステル達を見て、ポルトガ王はにやりとする。
「なんだ。お前達もロマリア王の手の平で転がされている
「いえ、そういうわけでは……」
口ごもるアステルにポルトガ王は、はははっと豪快に笑う。
「……だがな。〈胡椒一粒は黄金の一粒〉と云われるくらい黒胡椒は価値ある品だ。それを王宮に仕入れるだけで、港をひと月封鎖したせいで被った我が国の不利益は補える。ロマリア王なりの我々ポルトガへの励ましなのだ」
王の柔らかく和んだ眼差しと笑みに、アステル達は毒気を抜かれる。
「わかりました。父に伝えておきます。……ですが、海賊の方はどうされるのですか?」
シェリルはしぶしぶと言った体で応え、そして尋ねた。
「そちらの方は手配済みだ。カンダタを捕らえたその時に、動く予定だ。……我々もそなたらが来るまで、手をこまねいていたわけではないのだ。我が国の勇者を含む、精鋭部隊で内密に事態を収拾しようとしていた。その矢先、勇者があんな事になるとは……」
「ポルトガの勇者……」
アステルがそう呟くと、そこで初めて王の表情に影が落ちた。
「……カルロスとサブリナの呪いの事ですか?」と、シェリル。王は頷く。
「なぜ彼らが選ばれたのか、それは呪いをかけた張本人にしかわからん。だが、呪いを見た魔術士の話では、魔王は特に気高い魂の持ち主の負の感情を好むという。故に勇者カルロスと恋人のサブリナが狙われたのであろう……と。
そして、生死に関わる呪いでないのは、我々への見せしめだろうとも言っていた。英雄が呪いに屈した様を民に見せしめ、恐怖を与える為だと。
……あれはある意味、死よりも残酷な呪いであろうよ」
結局、ポルトガ王も彼らの呪いの内容を教えてはくれなかった。