長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
アステル達は一通の書簡をポルトガ王から預かり、城を出た。
それはアステル達を東の地へと導いてほしいという旨の、ポルトガ王から親友のドワーフ族のノルドに宛てた手紙だった。ノルドはアッサラーム東にある険しい山脈の麓にある洞窟に住んでいて、そこには東の地へと繋る抜け道があるらしい。
洞窟の詳しい場所はアッサラームに住む王の子供の頃の躾係であり、今は既に隠居しているという老人が知っているという。
「ドワーフ族と王様ってどうやって知り合ったんだ?」と、タイガ。
「確か……」と、シェリル。
「王がまだ王子やった頃、ロマリアに滞在してた時期があったんやと。ある日、ベリーダンス見たさにこっちもまだ王子やったロマリア王と二人で、城を抜け出して、こっそりアッサラームに向かう途中、間違って森に入ってもうて魔物に襲われたんやて。
それを助けたのがそのノルドっちゅうドワーフやったんや」
アステル達は顔をひきつらせて笑う。ロマリア王(とポルトガ王)の若い頃は、今より更にはっちゃけていたらしい。
「キメラの翼を使えば良かったのにな?」と、笑いながら言うタイガ。
「そういう問題じゃないだろ……」スレイが半眼で突っ込む。
「冒険は男のロマン……らしいわ」
恐らくタイガと同じ事を言って、そう返されたのだろうシェリルが呆れ口調で答えた。
「でも、シェリルはポルトガ王とずいぶん親しいのね」
「親父と一緒によく謁見の場に立ち合ったからなぁ。世界各地まわる親父の報告聞くの、王様楽しみにしてたさかい。
……そや。ウチにアリアハンへの移住勧めたんも王様なんやで?」
それを聞いてアステルは目を丸くし、それからほころぶように笑った。
「そうなんだ。じゃあ私達は王様に感謝しなきゃだね?」
「ねぇ~っ!」
アステルとマァムは向き合って声を合わせる。そんな二人をシェリルは擽ったそうに微笑んで眺めた。
ふいに。故郷の潮騒が仕舞っていた苦い記憶を呼び起こした。
(……あの頃はマクバーンの娘ってだけで、誘拐されるわ、命狙われるわ、散々やったからなぁ)
ここポルトガじゃ、そんなのに巻き込まれるのはごめんだと、ろくに友達ができなかった。たまに『友達になろう』と近寄ってくる子供には、大抵よからぬ事を企む、
(……けど、そんな中で唯一、あの二人はウチの友達でいてくれたんや)
「じゃあ、次はカルロスさんとサブリナさんの所だね? シェリル」
「へっ!?」
丁度その二人に思いを馳せていたシェリルは、アステルの言葉にばっと彼女の方を向く。
「だって会ってみたいもん。シェリルのアリアハンの幼馴染みとして、ポルトガの幼馴染みに。ね? マァム?」
「ねぇ~~! アステルぅ!」
「~~~っ!!!」
シェリルは口をへの字にし、アステルとマァム二人まとめて、ぎゅううっと力の限り抱き締めた。
「ちょっ……シェリっ……苦し」
「きゅうううぅ……」
そんな三人娘を見て、タイガは笑い、スレイは溜め息をついた。
太陽が真上からいくぶんか傾いた時分。
街から大分離れた堤防脇を歩くと、海に面して建つ一軒の白壁が眩しい邸宅が見えた。
マクバーン家が所有する別宅で美しい海岸線が望めるこの場所を、他国の客人が訪れた時などに宿泊場所として提供する事もある。その庭で赤毛の馬の手入れを丹念にする、女性の後ろ姿があった。
「サブリナ!」
シェリルの声に、女性は腰まで長い珊瑚色の髪を飾る、大きな黄色のリボンを揺らして、ゆっくり振り返った。
「え? シェリル……? シェリルなの?」
シェリルは柵を軽やかに飛び越え、サブリナに嬉々として抱きついた。
「成人の儀に帰ってきたっきりやから、三年……いや、四年ぶりか!」
「……そうね。なんだか、もう何十年も前の話に思えるわ……会えて嬉しい」
そう言うが、サブリナの声も表情も暗く、余所余所しい。抱きついたシェリルの肩を押し、体から離す。首を傾げるシェリルに、彼女は寂しげな笑みを浮かべた。
「ここに来るって事は、話を聞いているでしょ? あまり近寄らない方がいいわ。呪いが伝染しないとは限らないから……」
その言葉に、シェリルは顔をかっと赤くし、それからサブリナを引き寄せて強く抱き締め、叫んだ。
「んなの、怖かあらへん! ウチは魔王を倒しに旅する、勇者一行の一人やで!!」
「えっ? 勇者……?」
サブリナが目をあげた先には、アステル達が立っていた。と。突然サブリナのそばにいた赤毛の馬が鼻を鳴らし、シェリルの肩に顔を押し付けた。
「おっ!? なんや? 珍しい赤毛やな? ……って、髪噛むなって! ハハッ! 人懐っこい奴やな! カルロスの馬か?」
シェリルが馬の鼻面をぽんぽんと叩き撫でた。馬の碧の目と目が合う。
「目の色まで珍しいやんか! ポルトガの海とおんなじ色や。まるでカルロス……」
そこまで言って、シェリルは撫でる手を止めた。
目を限界まで見開く。
「───サブリナ。……カルロスはどこにおるんや?」
喉が乾く。言葉が震えた。
そんな彼女に、サブリナは悲しげに告げた。
「そこにいるわ。……彼がカルロスよ」
打ち寄せる波の音が一瞬すべての音を掻き消した。
* * * * *
アステル達は庭の白いガーデンチェアやベンチに腰掛けていた。シェリルは庭に佇む赤毛の馬……カルロスをぼんやりと眺めていた。
誰も口を開かない。いや、開けない。
マァムも居心地悪そうに、きょろきょろと皆を見回すが、結局黙りこみ、足元でソワソワとステップを踏む。
やがて、サブリナがポットとカップ、焼き菓子を載せたお盆を手に、家から出てきた。ガーデンテーブルにそれらを置き、ティーカップに茶を注ぐ。目の前にカモミール茶が差し出され、アステルははっとする。目を上げると、サブリナが微笑んでいた。
「冷めないうちにどうぞ」
「あっ……はい。いただきます」
アステルはティーカップを持ち上げ、
「……美味しい!」
思わず漏れた感想にアステルはばつが悪そうに口元に手をやるが、しかしサブリナは嬉しそうににっこりとした。
「さあ、皆さんも」
促され、アステルの隣に腰かけていたスレイ、ベンチに腰かけていたタイガとマァムがテーブルに近づき、口々に礼を言い、茶や焼き菓子に手を伸ばした。
「ほらシェリルも……好きでしょ? カモミール茶」
「ああ、うん」
シェリルはこくりっとひと口飲む。カモミールの香りが、凝り固まった心と体を解きほぐし、わずかながら気を落ち着かせた。
「……やっぱ、サブリナの淹れてくれるカモミール茶は格別やなぁ」
もうひと口、喉に流し込み、カップをテーブルに置くと、ひとつ息を吐き、シェリルはそばに立つサブリナを見上げる。
「サブリナ。呪いの話、聞いていいか?」
アステル達も彼女をみた。サブリナは頷き、椅子に腰掛けた。
「……ひと月ほど前。あの日、私達はいつも待ち合わせる場所……海が眺められるベンチにいたの。
人を拐い、海賊に売るという盗賊を捕まえる為に、東へ向かうよう王様の命令を受けたって話を彼から聞いていた時だった。
突然カルロスが激しい体の痛みを訴えだしたの。座ってもいられず、地面にうずくまって。
動かなくなったと思ったら、みるみるうちに彼の体が……。気が付けば、そこにカルロスの姿はもうなくて……」
サブリナはカルロスを見た。アステル達もそちらに視線を向ける。こちらの会話がわかるのだろうか。カルロスは馬の瞳で、静かにこちらを見つめていた。
「私はすぐに街の皆に助けを求めました。教会にも駆け込み、神父様に助けを求めました。
けれど……冗談だろうと。誰も私の話に取り合ってはくれず、私は途方に暮れました」
「ノアニールの長老の話と似ているな……」
スレイがぽつりと呟き、タイガが頷いた。
「そうしているうちに、やがて陽が暮れて。……そしたら、彼は人に戻ったのです」
「え?」
話の展開に、アステルは思わず声をあげた。他の面々も首を傾げたり、眉間にシワを寄せてサブリナに見、
そして彼女の様子に瞠目する。
サブリナはなにかに恐れるように、その恐れを振り払うように頭をぶんぶんと振っていたのだ。落ち着きをなんとか取り戻そうと、自分で自分の肩を強く抱き締め、絞り出すように話す。
「夜になった途端、彼は、人の姿を、取り戻したのです……ですが、喜ぶのも束の間、今度は、私の体が、おかしくなった!
焼けつくような、全身の痛みに、叫び、うずくまり、しばっ、らくして、いっ、痛みが、ひっ、ひいたと、思ったら……そしたら、そしっ……たらっ……!」
「サブリナ!?」
シェリルは椅子を倒して立ち上り、激しく震え出したサブリナの肩を支える。サブリナはシェリルを見あげ、次の言葉を紡ごうと口をぱくぱくと開ける。
しかし、それは言葉にならなかった。小麦色の肌が真っ青になり、ハッハッハッと息を短く吐き出し、瞳には涙が溢れ出す。
その様に、たまらずシェリルは叫んだ。
「いいっ! もう、話さんでいいから! 落ち着き!」
アステルとシェリルに支えられて、サブリナは家の中に入っていく。その後をマァムも追いかけるように入っていった。
庭に残されたタイガとスレイ、そしてカルロス。
「あれ以上、聞き出すのは酷だな」
タイガは家の扉の方を向きながら言う。
「魔物による呪いなら、教会の神父の祈りか、魔法使いの破邪呪文シャナクで大抵は解けるものだけどな……ん?」
背中を軽く押されて振り向くと、カルロスが頭でスレイの背中を押していた。
「どうした?」
スレイはその鼻面に触れようとし……だが、元が人間の男である事を思い出し、やめた。カルロスは家に隣接している馬小屋の入り口に進み、扉の前で小さく嘶く。
「……開けてほしいのか?」
訪ねると、カルロスは頷いた。スレイは小屋の扉を開けると、カルロスは自分から入り、柵に掛かっていた毛布をくわえると、今度は自分の背中に掛けてくれという仕草をみせる。スレイは馬の体を覆うように毛布を掛けてやると、カルロスは彼に礼を言うように深く頭を垂れ、そして目を静かに閉じた。
それらを眺めていたタイガは溜め息交りに言った。
「人間……なんだなぁ」
スレイも頷く。
「陽が暮れて夜になると人間に戻るって、言ってたな」
「で、今度は彼女になにかが起こる……と」
タイガとスレイは馬小屋を出て、庭から見える海を眺めた。
気が付けば空は青から橙へと変化しつつあった。
サブリナはベッドから体を起こし、窓の外を眺めた。
橙に染まる空、黄金に輝く海。
一ヶ月前までは美しいと思えた風景が、今はこんなにも恐ろしく哀しく、そして憎らしい。
「おっ。目ぇ覚めたか」
「シェリル」
水差しとグラスをのせたお盆を持って部屋に入ってきたシェリルは、ほっと笑った。ベッド脇にある小机にお盆を置き、彼女の顔色を窺う。
「ん。顔色もましになったな。さっきは〈しびれくらげ〉みたいにまっ白やったで~」
「魔物を比較に持ち込まないでよ……」
膨れるサブリナに、シェリルは「ゴメンゴメン」と子供っぽい笑顔で、グラスに注いだ水を手渡す。
サブリナは膨れた頬を元に戻し、礼を言ってグラスを受けとる。水を含み、乾いてカサカサになっていた唇を湿らせた。
「……勇者さん達は?」
「さっきまでここにおったんやけどな。今は台所で夕飯作っとる」
「迷惑かけちゃったわね……」
サブリナは苦い笑みを浮かべて、両手で握っているグラスに視線を落とす。
「んな事で怒るような連中ちゃう。気にせんとき」
「うまくやってるみたいね? 今のシェリル見てると、子供の頃大人しくて、泣き虫で、怖がりで、人見知りが激しい引っ込み思案だった子だとは思えないわ。私達の後ろにくっついて、私達がちょっと目を離したら、悪ガキどもにその口調をからかわれて、苛められて、わんわん泣いて「やめやめやめやめ!」
「いつの話してんねん……」
(皆が……特にマァムがいなくて良かった)
「って、そうそう!」
マァムで思い出したシェリルは、ばつの悪そうな顔から一転、笑顔になる。
「さっきちゃんと説明でけへんかったけどな、勇者の女の子ともう一人の女の子が、アリアハンでの幼馴染みやねん」
「……じゃあ、あの二人がシェリルが変わるきっかけをくれた子達なのね」
シェリルは頷く。
「やられっぱなしやったウチに、抵抗する
自分に巻き込まれて、自分のせいで一緒に誘拐されたのに。
年下の彼女達はシェリルを責めもせず、泣き喚きもせず、力強く笑い、励まし、勇気づけて。初めて誰かと知恵を絞りあい、協力して、初めて武器を手に戦って。そして、初めて自分を狙う悪党を自分の手でやっつけた。
運が良かったといえば、そうだろう。
悪党どもは彼女らがなにもできない子供だと侮っていた。子供とはいえ、アステルは
けれど、あの勝利がきっかけで、シェリルは自分が戦える事を知ったのだ。
自分の努力次第でもっと強くなれる事を知ったのだ。
「成人の儀の為にシェリルがここポルトガに戻って来た時は、本当に吃驚したわ。昔の面影がひとつも残ってないんだもん」
「……それは褒めとるんか?」
「もちろんよ」
ジト目でサブリナの手に持ったままのグラスを奪うシェリルに、彼女は苦笑する。
「綺麗になって、強くなってた。私にはわからない戦術や武器の話を、楽しそうに話していた時のあなたとカルロスに焦りや嫉妬だって覚えたくらい」
「はあ~~~っ?」
うげぇと顔を顰めるシェリルに、サブリナはむっとする。
「満更でもなかったでしょ? あの時〈ポルトガの勇者〉と〈マクバーンの姫君〉の縁談が持ち上がったって話、知ってるわよ」
「んなの、カルロスと二人で速攻蹴り飛ばしたったわ。カルロスはあんたにぞっこんやし、ウチかて親友の彼氏奪うような真似ごめんやわ……それに」
そこまで語ってシェリルは急にまごつく。
「それに……ウチには、ちゃんと……心に決めたお方が、おるし……まだ、な」
「もしかして
頬をほんのり染めて、シェリルはこっくりと頷く。
あれはシェリルが八歳の頃にあった誘拐事件。使用人が悪党と手を組んで、自宅で睡眠中に事は起きた。海に連れ出される一歩手前のところを、一人の若者に救われたのだ。
泣き腫らした
気を失う直前にやっと見えた彼の髪が鮮やかな翠緑だった事だけは、今でもはっきりと覚えている。
「ドラマチックな出会いだったから、仕方がないとは思うけど……。子供の時に出逢った王子様ばっかり追いかけてたら、本当に行き遅れるわよ」
「ほっといてんかっ!!」
呆れ半分心配半分の眼差しのサブリナに、シェリルは真っ赤な顔で噛みつく。
「そっ……それに今は打倒バラモスの旅の真っ最中や。んな、浮かれた事ゆうとる場合やあらへん!」
「そっか……そうよね」
サブリナは窓の外に視線をやる。空はいつの間にか、橙と紫と紺のグラデーションで彩られ、黄金に輝いていた海も次第に夜の黒へと近づく。
「でも、私以外の誰かがカルロスと結ばれるのなら……その時はシェリルが、いいな」
「サブリナ?」
シェリルは訝しげに眉を寄せた、その時。
太陽は海へと完全に沈み、姿を消した。
* * * * * *
アステルは台所を拝借して晩御飯を作っていた。ミトンをはめて
「アステルのぉグぅ~ラタぁ~ン~!」
「海の近くだけあって、保存庫には魚介類が沢山あったからね」
そう言ってアステルは微笑む。料理は得意な方だ。
(そういえば、来月はシェリルの誕生日なんだよね)
アステルは旅立ち前の自分の誕生日を思いだした。
(旅先の宿で台所が借りられたら、ケーキでも作ってお祝いしたいな……)
こんな時だからこそ力付けたい。
「アステルぅ~~まだぁ~~?」
よだれを飲みこみ、お腹をぐぅぐぅならしてマァムはじぃっと、グラタンを見つめている。それに苦笑しながら、
「おまたせ。マァムはスレイとタイガを呼んできて。私はシェリルとサブリナさんを呼んでくるから」
「らぁ~じゃっ! タイガぁ~~! スぅレイ~~!」
パタパタとマァムは庭へ駆けていった。
客間のテーブルに出来上がったグラタンとサラダ、パンの入った籠を運ぶ。食器のセッティングは、マァムとシェリルがしていてくれていた。ふぅっと息をつくと、アステルはエプロンを外す。
「サブリナさん、大丈夫かな……」
二階に上がる螺旋階段を上り、サブリナを運んだ部屋に辿り着くと、控えめにノックする。
しかし返事が返ってこない。
アステルは小首を傾げた。サブリナは寝ていたとしても、シェリルが中にいるはず。アステルはそっと扉を開いた。
「シェリル? 晩御飯の準備できたけど、サブリナさんは大丈夫?」
アステルの声にシェリルの肩は大きくすくみ、振り返った瞳はなにかに驚愕したかのように見開かれたままだった。
「……サブリナが、猫になってもうた」
「え? なんて?」
シェリルの言葉にアステルは思わず聞き返し、ベッドにいるはずのサブリナを見た。
「え?」
そこには美しい珊瑚色の毛並みの猫が、こちらを見詰めていた。
「その猫がサブリナだよ」
「え?」
いつの間にそこにいたのか。
アステルのすぐ近くに、毛布で体を包んだ赤髪の背の高い男性が立っていた。その後ろには困惑顔のスレイ、タイガ、マァムの姿も。
「あなたは……?」
「カルロスっ!!」
シェリルが叫ぶ。
「え、えっ? ……ええっ?!」
アステルは混乱し、猫と彼を交互に見て、驚きの声しかあげれない。
ポルトガの勇者カルロスは馬のカルロスと同じ鮮やかな碧の瞳を細めて、幼馴染みとアリアハンの勇者に微笑んだ。
ゲームではノルドはホビット族となっていますが、ここではドワーフ族になっております。