長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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奸詐と侵食

 

 

 

 皆、彼女の言葉を偽りだと思っていたわけではない。

 

 ただ、ちゃんと受け入れきれていなかったのだろう。

 

 

 この目で見るまでは。

 

 

 

 

 

 ────人が動物になるなんて。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 ───グルルルゥ……

 

 重い沈黙をやぶったのは、馬から元の人間の姿へと戻ったカルロスの腹の音だった。

 

 「……カルロス」

 

 なんとも言えない空気に、シェリルがジト目で彼を見た。サブリナも猫の姿だが、どことなく目が据わっているような気がする。

  

 「ご、ごめん。さっきからいい匂いがしてるから」

 

 カルロスは整った顔を緩め、頬を染めて照れ臭そうに笑う。

 

 「あたしもぅ! おなかぁペコペコだよぅ~~!!」

 

 マァムもお腹を押さえて情けない顔をして、アステルに訴える。

 

 「えっ……え~あ、今ちょうど食事の準備が出来たところなんです。良かったらご一緒にいかがですか?」

 

 「えっ!? いいのかい?」

 

 アステルの誘いにカルロスは、ぱあっと笑い、早速匂いの元へと向かおうとする。その肩をスレイが掴んで引き止めた。

 

 「あんた、その前になにか着ろ。その為にここに来たんだろ」

 

 呆れたように言う彼に、「ああ、そうだった」と毛布を羽織った姿のカルロスは頭を掻きながら朗らかに笑った。

 

 服を着たカルロスは、タイガとマァムに負けないくらい盛んな食欲を見せた。熱々のグラタンを火傷も恐れない勢いで口に入れ、サラダも口に突っ込み、更に鷲づかんだこぶし大のパンを、二個いっぺんに口に押し込んだ。

 

 「あ、あの、食事はしてなかったんですか?」

 「む?」

 

 思わずアステルがカルロスに尋ねると、リスのように頬を膨らませた顔を向けられ、若干引く。

 

 「ムグッ…ひゅまの、しゅはたのモグッひょきには、みひゅはのん……ングッ!」

 

 喉を詰まらせ、目をむき必死に胸を叩く彼にシェリルは溜め息を吐きながら、水の入ったグラスを差し出した。

 

 「口に入ってるモンちゃんと飲み込んでから喋りーな。行儀悪い」

 「……ぷはっ! ……ゴメンゴメン! 馬の姿の時は水は飲むけど、食事はしないようにしているんだ。馬の食べ物が食べられない訳じゃないけど、人に戻った時自己嫌悪してしまうからさ」

 

 そう言って再び料理を掻き込んだ。

 

 「負けてられんぞ! マァム!」

 「むぉうっ!!」

 

 料理を奪われまいと、対抗意識を燃やすタイガとそれに応えたマァムはスプーンを手に掲げた。

 

  

 「はあ~~っ! ごちそうさまでした!」

 

 少し多めに用意したはずの料理は、三人によってあっという間になくなってしまった。苦笑しながらアステルは空になった食器を手慣れた様子で、てきぱきとまとめはじめる。

 そんな彼女にカルロスは爽やかな笑顔を浮かべた。

 

 「……アステルだっけ? 料理上手だねぇ! 手際もいいし、そのうえ可愛いし。これならお嫁の貰い手には困らないだろうねぇ」

 「へっ?」

 

 年頃の娘なら頬を染める所だろう。

 容貌端正な男性に見上げ様に微笑みを向けられ、「嫁」というワードの入った誉め言葉を投げ掛けられれば。しかしアステルは間の抜けた声を上げ、困惑の表情のままピタリと動きを止める。女とはいえ、名実ともに勇者となるべく修行中の身としては、この誉め言葉にどう返していいのかわからない。

 ……と。隣に座るシェリルが立ち上り、片手でサブリナを抱き、もう片方の手でカルロスの頭にげんこつを落とした。

 

 「てっ! なんで叩く「黙り。この天然たらし」

 

 冷たく見下ろし吐いたドスの効いた声に、顰めっ面のままカルロスは口を噤む。

 

 「……アステル」と、スレイ。

 

 「片付けは後でいい。話が始まらない」

 「え、あ、うん?」

 

 スレイは自身の隣、空いている席の椅子を引き、そこに座るようアステルを促した。彼の隣は末席で、カルロスの席から離れている。

 これから話を聞くというのに(わざわざそこ?)と、アステルは頭を傾げるが素直に従う。

 

 「え~と……僕、なんかやらかした?」

 

 警戒心を露にするスレイに、カルロスは尋ねるが、勿論答えない。かわりにシェリルが「その気がないから余計質が悪いねん」と、こめかみに手を当ててぼやいた。

 

 「……そんなんやから、サブリナが変な心配するんや。なにが『私以外の誰かがカルロスと結ばれるなら』や」

 

 半眼で言うシェリルに、猫のサブリナがシェリルに向かってしきりにニャーニャーと鳴く。

 

 「それ、どういう事?」

 

 カルロスから笑顔が消えた。

 

 

 空気が張り詰める音が聞こえた気がした。

 

  

* * * * *

 

 

 「……ってなわけで。カルロスが自分以外の誰かとくっつくんならウチがいいとか、バカ言っとったわ」 

 

 「サブリナ……」

 

 観念したように鳴き止んだサブリナは、シェリルの腹に頭をつけて顔を隠した。そんな彼女の背中に手をやり、シェリルはカルロスを睨んだ。

 

 「なんでサブリナはんな事言うんや? 呪いがかかったんは二人とも一緒やろ?」

 

 カルロスは目を合わせないサブリナを見詰めていたが、やがて重々しく口を開いた。

 

 「この呪いをかけた者が言ったんだよ。

 『愛を捨てよ。さすればそなたらは呪いから解放されるであろう』……ってね。

 初めて馬の姿になった時、痛みで朦朧とした頭の中ではっきりと聞こえたんだ。

 その時は意味がわからなかったけど、サブリナまで呪いにかかったとわかった時に『ああ、そういう事か』って理解したよ」

 

 彼はシェリルの膝の上で項垂れたままのサブリナを見下ろす。

 

 「あの声は僕だけが聞いたかと思ってたけど……奴は君にもそう告げたのか」

 

 「どういう事?」とアステルは顔をこわばらせた。

 

 「呪いをかけた魔族は、二人に恋愛感情をなくせとでも言ってるの?」

 「多分、そうだろうね」

 

 彼女の呟きに、吐き捨てるように答えるカルロス。

 

 「にしても、なにを(もっ)てしてだ? 『別れました』って、大々的に宣言でもしろって事か?」

 

 意味がわからんと、タイガは腕を組み頭を傾げる。

 

 「奴等が求めてるのは、もっと悪趣味な要求だろ。不貞、保身の為の裏切り……確かに、魔族が好みそうな感情ではあるけどな」

 

 スレイは声低く呟いた。それにシェリルはドンッ! と、テーブルを拳で叩き、怒りを露にする。

 

 「なんやねん! それ! カップルを妬むモテへん輩が考えそうな姑息な嫌がらせはっ!」

 「ねえ? 出来るなら張本人の事、蹴り飛ばしてやりたいよ」

 「馬だけにぃ~?」

 「こら! マァム!」

 

 溜め息交りのカルロスの発言にマァムが茶々を入れ、アステルが叱る。しかしカルロスは面白げに瞳を丸くした。

 

 「お、うま(馬)いね」

 「バカ言っとる場合かっ!!」

 

 がなるシェリルにカルロスは苦笑し、そして収める。

 

 「……じゃあ、真面目な話。元に戻る為に魔族の言葉に屈して、心を偽り、別の誰かと共に生きる道を選ぶも。このまま元の姿に戻れず、人として触れ合う事も、言葉を交わし合う事も叶わず生きるも。

 どっちに転んだとしても、魔族にとっては美味しく頂けるってわけだよ。負の感情ってやつをね」

 

 でも……と、カルロスは瞳を伏せた。

 

 「サブリナが今のこの現状に耐えられないなら。僕と別れる事を望むのなら。………僕は君の望むようにするよ?」

 

 「カルロス!?」

 

 眉根を寄せシェリルが叫んだ。サブリナは顔をあげ、カルロスを震える瞳で見つめる。

 

 「けれど僕は君以外の誰かの隣に立つつもりはないから。そこだけは諦めて、君は君で特別な人を見つけて欲しい。僕はそれを決して責めたりしないから」

 

 声はあくまで飄々としている。

 

 しかし、その笑顔はどこまでも痛々しかった。

 

 シェリルが口を開く、その前に。サブリナは彼女の膝からカルロスの膝へと飛び移った。彼の腹に爪を立ててしがみつき、頭を擦り付け、ひたすら鳴き続ける。まるで謝っているように鳴くサブリナに、カルロスは微笑み、彼女を抱き上げ、その顔に頬を擦り寄せた。

 

 「……アホらし。結局はこうなるんやないか。心配して損したわ」

 

 不貞腐れたように言うシェリルだったが、その顔には安堵の色が浮かんでいた。

 

 

 

 「───あのな」と。

 

 結論が出て、二人が落ち着いた頃を見計らってスレイが口を開いた。

 

 「そんな呪いをかける陰険で狡猾な魔族なら、たとえ条件を呑んだ所で呪いを解く気は更々ないだろ。……嘲笑われるのがオチだ。仕出かした後悔や罪悪感、元に戻れなかった時の絶望を美味しく頂くつもりだぞ」

 

 歯に衣着せない物言いだが、間違ってはいないだろうとタイガは思う。魔族の甘言に傾きそうになった以上、二人にはハッキリと伝えた方が良い。

 

 「君……やけに魔族に詳しいね」

 

 首をこてんと傾けるカルロスに、スレイは軽く息を吐く。

 

 「オレだけじゃない。ここにいる皆だ。旅の道中、奴等の手口を見てきた。恋人達の悲劇を利用し、子を思う親心を弄び、陥れ、罪のない人々の時間の流れを止めた。ある国では王族の一人が魔族の術中に嵌まり、一歩間違えれば国が堕ちるところだった」

 「悲哀、憎悪。不安や猜疑心。劣等感、羨望や欲望……暗く傾いてしまった感情に付け込み利用するんです」

 

 アステルは胸に手を当て、これまでの旅を思い出す。

 

 「だからどんなに辛くても、奴等の言葉に絶対に耳を傾けないでください。私達も、あなた達の呪いを解くお手伝いをさせてください」

 「おんなじぃシェリルのぉ幼馴染みだもんねぇ~~」

 「アステル、マァム……!」

 

 シェリルは感極まり瞳を潤ませる。

 

 「……ありがとう」

 

 カルロスに続き、サブリナもンナァ~と鳴いた。

 

 「……となると、だ。一番の打開策は呪いをかけた魔族を見つける事だろうな。心当たりはないのか?」と、タイガ。

 

 「あんたが呪いで動けんのなら、ウチらが倒したる!! どんなやつなんや?」

 

 意気揚々と尋ねるシェリル。しかし、カルロスは首を横に振り、サブリナを抱え直した。彼女を膝の上に座らせ、その頭を撫でる。

 

 「残念だけど、魔族の仕業だという事しかわからないんだ」

 

 それを聞いたスレイは訝しげに尋ねた。

 

 「だったら、なぜ魔族の仕業だと判断できた。姿は見ていないんだろ?」

 「僕達を診てくれた宮廷魔術師や旅の神父様がそう言っていた。……なにより、あの声から感じた底知れない冷たさ、禍々しさ……人ならざる者だって、魔力を持たない僕でもはっきりとわかった」

 

 思い出し語るカルロスの顔色は青ざめており、サブリナが心配げに彼を見上げている。

 

 「旅の神父……」

 

 スレイはぽつりと呟き、眉間に触れて考え込んだ。敵を見据えるように琥珀の瞳が鋭く細くなる。 

 旅の神父とは昼間再会した、修行中だという黒の修道服を纏った神父の事だろう。だけど……と、アステルは首を傾げる。

 

 (なんで、スレイはそんなにあの人の事を敵視するんだろう………)

 

 「スレイ?」

 

 窺うようにアステルに呼ばれ、スレイははっと顔を上げた。

 

 「……ああ、悪い。じゃあ、呪いをかけられた理由はわからないのか? 〈勇者〉だからは理由にはならないだろう?」

 

 スレイの言葉にタイガも頷く。

 

 「そうだなぁ。それが理由ならアステルはとっくにやられてる筈だからなぁ」

 「私?」

 

 自分を指差しきょとんとしているアステルに、タイガは苦笑う。

 

 「魔王の島に唯一辿り着いた勇者オルテガの子供。勇者になる事を約束された娘。狙うには十分な理由だろう?」

 「けど、結局アステルは手出しされていない……魔王にとって脅威的存在だと思われていないからだ」

 

 タイガの言葉を継ぐようにスレイも言う。

 

 「……じゃあ、カルロスさんは魔王にとって脅威だと思うような事をしたから、呪いをかけられた……って事?」

 

 一同は答えを求めるように、カルロスに注目する。

 

 「……確かに。魔族に疎まれる事を、僕は過去にしている」

 「もしかして三年前のアレの事か?」

 「アレぇ~?」

 

 大袈裟に首を大きく傾げるマァムに、訳知り顔のシェリルが説明した。

 

 「三年前〈マーマン〉や〈マーマンダイン〉ちゅう半魚人の魔物の群れが、ポルトガの港を強襲したんや。そん時に怯む事なく先陣を切って見せたんが、ここにいるカルロスや。しかもカルロスは魔法は使えへんからな。剣の腕のみで、五十は超えるマーマンの軍団をほぼ一人で全滅させおった。

 カルロスが〈ポルトガの勇者〉呼ばれるようになった所以の戦いやな」

 「ほぉあ~~!」

 「ほお……!」

 「す、凄い………!」

 

 上がる感嘆の声に、カルロスは首を振る。

 

 「一人で、は言い過ぎだよ。それに後方の守りがあったからこそ、僕は安心して前に出ておもいっきり戦えた。……けど、あの強襲が魔王や配下魔族の命令によるものなら、目をつけられてもおかしくないかもだけど………ただ」

 「その報復にしては、時間が開き過ぎてる気がするなぁ」

 

 タイガの言葉にカルロスも頷く。

 

 「その報復を今する事に奴等が価値を見いだしたとしたら?」と、スレイ。

 

 「………拉致騒動!」

 

 アステルが答え、スレイは頷く。

 

 「騒動が解決せず、今西大陸の港は封鎖され物流も人の流れも滞っている。騒動を治めて自分達を救ってくれるはずの〈勇者〉は魔族に呪いをかけられて。……多くの人々の恐怖や不安、不満や苛立ちを魔王は搾取できるはずだ」

 「なあなあ。人攫い自体も実は人に化けた魔族の仕業やったりせえへんのかな?」

 

 シェリルは身を乗り出すが、スレイは首を横に振る。

 

 「そこまではなんとも言えない。人の悪巧みに魔族が乗っかっただけかもしれないからな。……だが、無関係ではないはずだ」

 「なら、もしかしたらカルロスさん達に呪いをかけた魔族も東にいる可能性があるかも……?」

 

 「ああーーーーっ!!」

 

 いきなり叫びだしたタイガに皆が大きく肩を竦めた。

 

 「タイガ、うるさぁ~~いっ!!」

 「あっ、すまん。つい……」

 

 両耳を手で塞ぎ、目をつり上げるマァムに、タイガは謝りながらぽんぽんと彼女の頭を軽く叩いて宥めた。

 

 「なっ……なんや?」

 「どっ、どうしたの? タイガ」

 「すまん。すまん。東で〈ダーマの神殿〉の事を思い出してつい、な」

 「それがどうかしたのか? ……いや、そういう事か」

 

 皆まで言わずとも理解したスレイに「流石だなぁ」とタイガは感心しつつ、説明を続ける。

 

 「あそこには膨大な数の古文書が収められた大図書館に、高名な神官や僧侶も多くいる。そこでなら呪いを解く手懸りが見つかるかもしれんぞ」

 

 

* * * * *

 

 

 「───んで。もう発つんか?」

 

 マクバーン家の屋敷でジェイドが半ば呆れ顔で一行を見渡した。

 

 「もう日も暮れたんやで? 出発は明日にして、今夜はここで休んだらええのに」

 

 その言葉にアステルは苦笑を浮かべる。

 

 「ありがとうございます。でも、アッサラームまでならルーラでひとっ飛びだし、まだそんなに遅い時間でもないから王様の教育係だった人に会って話を聞いてきます」

 「あっちで宿を取って、明朝出発した方が少しでも早うバハラタに着けるからな」

 

 言いながらシェリルは、ジェイドが事前に用意してくれた大量の食糧や野営の為の消耗品、薬草などを口を大きく広げた〈大きな袋〉にマァムと二人がかりでどんどん突っ込んでいく。

それを見ながらジェイドはヒュウッと口笛を吹く。

 

 「ええなぁ。その袋。製法がわかれば商品化したいわ」

 「……そりゃ無理やと思うで。あのナジミの爺さんが教えてくれるとは思わん。魔法で黒焦げにされんのがオチや」

 「そうか。そりゃ残念」

 「それよか、兄貴。カルロスとサブリナの事頼むで………」

 

 

* * * * *

 

 

 「───すまない。みんな。勇者アステル」

 

 

 別荘を出る時、カルロスはアステル達に頭を下げた。

 

 「僕達の事だけじゃない。僕が向かうはずだった案件まで、君達に任せる事になってしまって……けど、どうかよろしく頼む」

 「はい」

 

 アステルは返事をし、タイガとスレイは頷く。

 

 「カルロスの代わりにぃアタシがぁ悪い奴らぁ蹴っ飛ばしておくからねぇ~!」

 

 びしっと親指を立てるマァムに、「ああ、頼むよ」とカルロスは笑った。 

 サブリナはカルロスの腕から飛び降り、シェリルに近づき、見上げた。シェリルは彼女を抱き上げ、その小さな額に自分の額をくっ付け囁いた。

 

 「もう、弱気になったあかんで? 呪いの事は必ずウチらがなんとかするさかい、ウチら信じて待っときや?」

 

 返事をするように、サブリナはニャーンとひとつ鳴いた。

 

  

* * * * * 

 

 

 「………おまえに言われんでもわかっとる。あいつらは俺の幼馴染みでもあるんやからな」

 「せやったな」

 

 にかっとシェリルは笑った。

 

 

 準備の整ったアステル達は、見送りを申し出てくれたジェイドと共に屋敷を出る。外はすっかり闇夜に包まれていた。

 

 「じゃあ、ジェイドさん。いってきます」

 「お兄ちゃん、ってきまぁ~すっ!」

 「皆気ぃつけてな。バハラタの事頼むで。あとついでに親父の事もな」

 

 「あっ……忘れとったわ」

 

 冗談ではなく、素で忘れてたシェリルに、ジェイドは溜め息を吐いた。

 

 「……まさに親の苦労子知らずやな。あんま親父泣かせんなや? 鬱陶しいさかい」

 「はいはい……行こアステル!」

 

 「うん。───瞬間移動呪文(ルーラ)!」

 

  

 夜空に昇る魔法の流星の軌跡をジェイドは、

 

 

 そして海岸でサブリナを抱いたカルロスが見上げていた。

 

 

* * * * * *  

 

 

 相変わらず賑やかなアッサラームの夜。

 

 繁華街の喧騒から遠く離れた、住宅街。イシス風の肌色煉瓦の四角い家が建ち並ぶ中に、ロマリア様式の石造りの背の高い家。……いや、家というより細長く塔のような建物だ。最上階にはバルコニーらしきものが見える。

 ここに、ポルトガ王とロマリア王の王子時代の元教育係であり、この大陸の東側に通じる抜け道を守るドワーフ族のノルドの住み処の場所を知っているという老人が住んでいる……はずなのである。

 

 「ごっめっんっくっだっさっいっ!!」

 「すぅいぃまぁせぇぇぇぇんっ!!!」

 

 アステルとマァムが何度も声を張り上げる。

 

 なぜならこの家、ノッカーがないのだ。一階の玄関は開放されてはいたが、中に入ると重厚な扉が訪問者を拒んでいた。

 

 「ゼィゼィ…もぅ…声ぇ…でない~……」

 

 きゅうっと、マァムはタイガの体にのし掛かる。

 

 「はぁ……る、留守なのかな~~……」

 「ここはアッサラームやからなぁ。遊びに行っとるんやろか」

 

 息を切らし頭を傾げるアステルに、溜め息混じりに呟くシェリル。

 

 「こんな時間に御老体がか?」

 「まさか……寝ちゃってるのかな」

 

 タイガの言葉に、アステルはアリアハンにいる祖父を思い出し、眉を寄せた。

 

 (お爺ちゃんなら確かにこの時間には寝てるかも………)

 

 スレイは扉の鍵穴を覗き込み、扉に耳をつけ叩く。それを数回繰り返し、納得したように一つ頷いて振り返った。

 

 「アステル〈魔法の鍵〉を使え」

 「え、」

 

 アステルは一瞬たじろぐが、彼は気にしない。

 

 「この鍵穴は一般のものとは違う。どういう経緯か知らないが、イシス王家の扉の形式と似てる。あと、扉の近くに人の気配もしない」

 「じゃあ、ここでいくら叫んでも……」

 「聞こえちゃいないな。建物の外側からバルコニーに向かって叫んでも、この高さじゃ声は届かない」

 「でも……」

 

 許可なく家に入り込む為に、王家の鍵を使うのは……と、うしろめたい気持ちになる。

 

 「せっかくここまで来たんだ。入って留守なら出直すしかないが、寝てるだけなら起きてもらえばいい。ポルトガ王の名と書簡を見せれば納得するはずだ」

 「うぅ………」

 

 眉を寄せ情けなく呻くが、確かにここで引き返したら早々にアッサラームに来た意味がなくなってしまう。アステルは意を決し、腰ポーチから〈魔法の鍵〉を取り出す。心の中で家主に謝ると鍵を鍵穴に差し込んだ。

 

 扉の先は住居空間かと思いきや、縦長の空間に支柱に沿って天井まで続く長い螺旋階段があるだけだった。

 

 「こりゃ、返事が返ってこないわけだな」

 

 タイガがそう呟く。

 

 「お年寄りが住むにはキッツイちゃうんか………これ」

 

 シェリルは辟易しながら階段を一歩踏み出した。螺旋階段を上りきった最上階にはアッサラームの街並が一望出来るバルコニーと、水面を見て楽しむ為の屋内池があり、その奥に住居空間へ続くであろう扉が見えた。そこへ向かおうとしたその時。

 

 「んん~~~?」 

 「どうしたの?マァム」

 

 立ち止まり頭を傾げるマァムに、アステルが声をかけた。

 

 「あれぇ~~~」

 

 そう言って彼女が指差す先を皆注目する。

 バルコニーと住居空間の境い目にある柱の奥で蠢いているモノと目が合った。

 

 「なっ……!」

 

 小悪魔〈ベビーサタン〉。体つきは人の子供のそれだが、多様の呪文を操るれっきとした魔族である。顔を除いた皮膚の色は濃いピンク。二本の角を頭に尻には尾を生やしている。どんぐり眼に舌をひょうきんに出しているそれが、「……ニャーン……」と、四つん這いであざとく可愛らしく鳴いて近寄ってきたのだ。

 呆気に取られ硬直するアステル達に、小悪魔は首を傾げ、また「ニャーン」と鳴く。

 

 「………」 

 「ニャーン………??」 

 「…………」

 「ニャー「えいやっ!」ヒギャアアア!!?」

 

 マァムがポルトガを出る前にジェイドから貰った〈鋼の鞭〉をベビーサタンに振るった。

 

 「おおぅ!」

 

 新しい鞭の威力に瞳を輝かすマァムに、タイガは青ざめ及び腰になる。

 

 「マァム……敵に眠らされたからって、間違っても俺にはそれを振るわんでくれ……頼むから」 

 「ニャンッ! ニャンダ、オマエラッ! カ弱キ子猫ヲ鞭デ打ツトハッ!! 人間ノ癖ニ、ヤル事ハ魔族顔負ケダニャッ!!」

 

 打たれた顔を手で押さえながら、涙目で金切声を上げた。

 

 「子猫~~っ?」

 

 魔法のそろばんの柄で肩を叩きながら、シェリルがはんっと鼻で笑う。

 

 「あなた……自分が今どんな姿かわかって言ってるの?」

 

 剣の柄に手をやりつつも、複雑そうに眉尻を下げて、アステルは一応教えてやる。

 

 「ニャンダト……?」

 

 猫が喋ったというのに、驚愕するどころか、白け顔の人間達にベビーサタンは焦り、すごすごと池に近寄り水面に自らの姿を映した。

 

 「ウゲッ! 化ケソコナッタカッ!」

 「阿呆か」

 「ドジな奴だな~~っ」

 

 呆れかえるスレイに、タイガは笑う。ベビーサタンはキッと眦を上げて、タイガとスレイを見比べると、何処からともなく取り出した三つ又の槍をスレイに突き付けた。

 

 「スレイ!」

 

 アステルは剣を引き抜こうとし……

 

 「……細身ノ人間ノ男。サテハ貴様ガ〈ぽるとがノ勇者〉ダナッ!」

 

 「へっ?」

 

 小悪魔の言葉に目を丸くした。

 

 「違う」

 

 即座に否定するスレイだが、小悪魔には聞こえていないのか、喋り続ける。

 

 「ケケケッ!! 大人シクぽるとがデ馬トシテ余生ヲ過ゴシテイレバヨイモノノ! 全ク〈勇者〉ト名ガツク輩ハ、憐レデ愚カデ難儀ナ生キ物ヨナ!

 イヤ、人間ドモガ魔王様ニ捧ゲル為ノ生贄カッ!」

 

 

 ────ドクリと。

 

 大きく波打つ自身の心臓の音を、

 

 スレイは聞いた。

 

 

 「コレ以上苦シマヌヨウ、ココデコノ俺様ガ息ノ根ヲ止メテヤロウ!!」

 「スレッ……え?」

 

 アステルが叫ぶが、その瞬間が見えなかった。

 目にも止まらぬ早さで腰から抜いたアサシンダガーは、小悪魔の槍を払い飛ばした。凪ぎ払われた衝撃で吹っ飛んだベビーサタンにゆっくりと近寄り、彼は尋ねる。

 

 「………〈勇者〉に呪いをかけたのは誰だ?」

 「ケッ……ケケケッ! 教エルワケナイダロ! バーカ……」

 

 スレイは小悪魔の頭を鷲掴み、目線の高さまで持ち上げる。

 

 「ハッ……放セッ! ヒッ!!」

 

 持っているアサシンダガーを持ち返し、短い足をバタつかせる小悪魔の首もとで、ピタリと止めた。凍り付くような冷たい眼差しを正面で受け、ベビーサタンは竦み上がる。

  

 「ケッ…ケケ……品性高潔ナ勇者様ガコンナ事スルトハ……ッ。オ前ヲ慕ウ連中ガ、ゲ、幻滅スルゾ……」

 「〈勇者〉を陥れたのは誰だ?」

 

 ダガーはそのままに、更に声を低くして再度問う。

 

 「シッ……知ラネェ!!」

 

 ベビーサタンの首の皮にダガーの刃を沿わせた。

 

 「〈勇者〉を追い詰めたのは誰だ?」 

 「ホッ……本当ニ知ラネェ!!俺達下ッ端使イ魔ハ、魔王様や配下様ノ命令ヲ直接会ッテ受ケルワケジャネェ!頭ン中デ聞コエテクルンダ!

 詮索モデキネェ! ソノ声ニハ絶対ニ逆ラエネェンダ!!!」

 

 スレイは無表情のまま、ゆっくりとダガーを肌に食い込ませた。小悪魔の首から青い血が流れ出す。顔中脂汗をかき、ブルブルと体と声を震わせながら小悪魔は悲鳴を上げた。

 

 「────〈勇者〉を……」

 「本当ニ本当ダッ! ダカラ助ケテッ!!」

 

 ダガーを動かす手はとまらない。

 

 

 

 「スレイやめてーーーッ!!」

 

 アステルの悲鳴に近い叫びに反応したほんの一瞬を見逃さず、ベビーサタンは先程手放した槍を念力で浮かしてスレイの背後目掛けて飛ばした。

 スレイはそれを振り向き様にダガーで弾くが、その隙をついてベビーサタンは口をかぱっと開き氷の礫を含んだ冷たい息を吹きかけた。スレイはとっさに腕で顔を覆う。ベビーサタンは怯んだ彼にニヤリと笑い、

 

 「ケケ……死ネッ!」

 

 手に戻った槍を突き出して止めを刺そうとした。

 

 が。タイガがベビーサタンの手にある槍を蹴り上げた。

 

 「()うは問屋が……てなっ!!」

 「はあっ!!!」

 

 ベビーサタンの背後に回っていたシェリルの振り下ろした魔法のそろばんが、脳天に直撃し、小悪魔は「キィッ!!」と短い悲鳴をあげて塵と消えた。

 

 

 「ホぉイミぃ~~!」

 

 マァムの呪文の光が凍傷(やけど)した腕を照らす。スレイは治してもらった腕の具合を確かめるように、上下に動かし掌を握ったり開いたりする。

 

 「悪いな」

 

 マァムはスレイにニッと笑う。

 

 「どぉういたましてぇ~~!」

 「ごめんなさい……」

 「アステル?」

 「アステルぅ? なんであやまんのぉ~~?」

 

 腰を下ろしているスレイの隣に膝をつき、項垂れた。

 

 「魔物と対峙してる時に、私がいきなり声をかけたから……。シェリルもごめん。あのままスレイに任せていれば、呪いをかけた相手を聞き出せてたかもしれなかったのに」

 

 自分の甘さにアステルは唇を噛み締めたその時、頭を軽く小突かれた。

 

 「……スレイ?」

 

 顔を上げるとスレイは困ったような顔をしていた。

 

 「魔族はカルロスの東への移動を阻止する為の刺客を放った。それがわかった。あれ以上は多分聞き出せなかったはずだから、気にするな」

 「そやな。知らんゆうのは嘘ちゃうと思うで」

 

 シェリルはベビーサタンが落とした桃色の原石を拾い上げ眇め見る。

 

 「こいつスレイの気迫に本気でビビっとったからなぁ。相手はずる賢い悪魔やさかい、あんくらい脅さんとほんまの事なんて聞き出せへんやろ。けど、正直ウチもビビったわ」

 

 「あんまやり過ぎるとアステルに嫌われんでぇ」と、スレイに悪戯っぽく笑う。

 

 (────そう。怖かった)

 

 あの時見せた表情を無くしたあの顔が。

 温もりを無くした琥珀のあの瞳が。

 

 (───凄く……怖かったの)

 

 止めなくてはと思った。止めないと。

 

(………スレイが、消えちゃうような気がした)

 

 そう思い至った途端、身体中の血の気が引いた。

 

 「アステル?」

 

 はっとして顔を上げると、彼はいつもの彼の顔でアステルを心配げに見つめていた。

 

 「……そういう事だ。怖がらせてしまったな」

 

 そう言ってスレイはアステルの頭をわしわしと掻き撫でる。いつもと同じ不器用な手つきで。

 

 「すまない」

 

 手が離れると、アステルはブンブンと頭を振り、彼ににっこりと笑った。

 

 ……と。扉の開く音が聞こえ皆一斉にそちらを向くと、寝間着姿の老人が目を丸くしてこちらを見ていた。

 

 「なんじゃ、騒がしいと思ったら……! どうやって入ってきた???」

 「あっ……あの! 私達は……」

 

 警戒する老人に説明すべく立ち上がるアステル。シェリル、マァムもそれに続く。

 

 「大丈夫か?」

 「問題ない」

 

 タイガが手を差し出すが、スレイは首を横に振って辞退し、自力で立ち上がる。タイガはやれやれといった感で「無理はするなよ」と、彼の肩を叩いてアステル達の元に向かった。

 

 スレイは自分の掌を眺め、ひとつ息を吐くと皆の元へと歩き出した。

 

 

 

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