長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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大盗賊 再び

 

 

 海に面した洞穴に、一艘の船が隠れるように浮かぶ。船の旗印は片目に深紅の薔薇を指した髑髏。

 

 「……あたいらだって暇じゃないんだ。いつまでも一ヶ所に留まってられない」

 

 そう言ったのは、日に焼けた屈強な体つきの護衛の男二人に挟まれ、細く長い脚を組んで椅子に腰掛ける黒髪の女。絨毯やカーテンなど赤を基調とした豪華な船内客室で、丸テーブルに頬杖を突き、目の前に置かれたゴブレットの飲み口をなぞるように指先を滑らせる。

 

 「奴等の動きも気になる。さっさと終わらせたいんだ。……あんただって全然無関係ってわけじゃないんだろう?」

 

 その言葉にテーブルを挟んで向かいに座る男は腕を組み、溜め息を漏らす。

 

 「海でのけじめはあたいらが。(おか)でのけじめはあんたらが付けるべきなんじゃないのかい?」

 

 女は銀のゴブレットを煽り、空になったそれを男の前に置く。女の側に控えていた護衛が、そのゴブレットに麦酒を注ぐ。

 

 「なあ?」

 

 男は思案するように閉じていた瞼をあげて、目の前に置かれたゴブレットを掴み覆面を口元まであげて、一気に煽る。

 

 それが返事だった。

  

 部屋を立ち去るその背中に、女の赤い唇が挑戦的ににぃっと持ち上がった。

 

 

* * * * * * *

 

 

 西大陸東部地方へ渡ってから二週間と二日。やっとの思いで深い森を抜けたと思ったら、これだ。

 以前、タイガが「西大陸は気候や地形のちょっとした違いでそこに住み着く魔物も変わってくる」と言ってはいたが、ひとつの大陸でこんなにもいろんな魔物がいるとは。

 と、シェリルは敵の軍団を前に魔法のそろばんを構えながら、我知らず溜め息を吐く。

 ずずいっと前に出たのはマタンゴより深い紫色の茸魔物〈マージマタンゴ〉達。名前の通り魔法を使うマタンゴだった。そんなマージマタンゴの群れの前にマァムは仁王立ちし、不敵な笑みを浮かべる。

 その手に握るのは、先端の飾りが朱の法衣を纏った骸骨と、見るも不気味な造形の杖。

 

 「……ふっふっふっふっ! 日頃のぉ~恨みぃ~晴らさでおくべきかぁ~~!」

 

 そう言って、杖をマージマタンゴに向かって振るう。すると、骸骨の口から妖しい霧が吹き出し、マージマタンゴの群れを包んだ。マージマタンゴは一瞬怯む。しかし、体に異常がないのに気づくとニヤリと笑い、マァムに向かって氷刃呪文ヒャドを唱えた。

 

 しかし、氷の刃は現れなかった。

 

 マージマタンゴ達はぱちくりとし、再び呪文を唱える。しかし、やはり、なにも起こらない。

 そうしてる間にマァムは杖から鋼の鞭に持ち変え、茸魔物を凪ぎ払った。

 

 「快っ感っ……!」

 

 悦に入っているマァムに皆が若干引く。

 マァムが使った杖は〈魔封じの杖〉。魔界に住む邪悪な神官の魂が封じ込まれているという曰く付きの品だが、かといって使用者に危険はなく、対峙した者の呪文を封じ込める……呪術封印呪文マホトーンの効果を持つ杖。

 魔物や盗賊との戦いに役立つだろうとポルトガ王から受け賜った品だ。マホトーンのせいで毎回泣きをみている彼女にとって、この呪文を自分が扱えるのは相当嬉しいらしい。

 まだくふくふ笑っているマァムに、火の玉が襲いかかるのをタイガが左手の風神の盾で弾いた。橙の黄昏時に浮かぶ雲のような魔物〈ヒートギズモ〉。三匹が無差別に火の玉を吐き出す。それを避けてアステルがブーメラン、スレイが刃のブーメランを投げ放ち、ヒートギズモを手早く掃討する。

 タイガが相対するのはアリアハン大陸でお馴染みの魔物……大蟻食。しかしこちらの大陸の蟻食は熊に匹敵するほど大きく、体毛は青い。〈アントベア〉と呼ばれる魔物は長く丈夫な舌を、こちらを貫く勢いで突き出してくる。タイガはそれを風神の盾で防ぎ、右手から繰り出した突きでアントベアを一撃で沈めた。

 遂にこいつまで呪文を使うのか、と思わずにはいられない……閃光呪文ギラを唱える蠍蜂の最終進化〈ハンターフライ〉の群れに、マァムは嬉々として再び魔封じの杖を振るう。呪文を封じられたハンターフライ達はそれに動揺する事なく、すぐに直接攻撃に頭を切り替え、マァムに襲いかかってきた。

 

 「ハアアアアっ!」

 

 シェリルが魔法のそろばんでハンターフライを蠅叩きよろしく次々にはたき倒していく。と。

 

 ────……アゥオオオオォン

 

 突如、狼の遠吠えが辺りに響き渡る。それをシェリルが耳にした直後、最後の一匹のハンターフライの姿が二重三重になる。

 

 (しもうた……!)

 

 振りかぶった魔法のそろばんは虚しく空を切り、彼女は舌打ちする。気がつけば一匹だったはずのハンターフライが増殖しシェリルを取り囲む。

 

 「幻……! 魔法かっ!」

 

 ハンターフライ達は一斉にシェリルを襲う。シェリルはひとつ息を吐くと、魔法のそろばんを持ち直してまなじりをあげた。

 

 「……だったら、全部叩き落としたるっ!」

 

 全てのハンターフライを、円を描くようにそろばんで凪ぎ払った。ぽんぽんぽんぽんっと消える中に確かな手応えを捉えたシェリルは、ニッと笑い、それに向かって更に叩き潰すように振りかぶった。

 彼女の足元に紫の宝石の原石が転がる。

 

 ………アゥオ「はぁい! そぉこまでぇ~~!!」

 

 マァムが杖を振るうと、遠吠えは不自然に途切れる。杖が発した紫色の霧の中から浮かぶのは獣の影。赤い狼の死獣〈デスジャッカル〉。幻惑呪文マヌーサ発動の邪魔をしたマァムに対して苛立たしげにうなり声をあげて飛び掛かるが、アステルのゾンビキラーの銀色の刃が閃く。

 有り得ない生を得た獣は、聖剣によって再び黄泉の世界へと還った。

 

 「ふう……」

 

 アステルは鞘に納める前に血振りをする。魔王の影響を受けた魔物は流れた血や肉はこの世に残らず消滅するが、剣を扱う者の癖だ。

 手にある剣を改めて見た。ゾンビキラーの刃は不浄なものを浄化する力でもあるのか、汚れや曇りひとつ付いていない。

 

 「ええ剣やな」

 「うん」

 

 アステルはシェリルに返事をして、この剣をくれたイシスの女王を思い出しにっこり笑った。

 

 スレイは東へと視線を移す。遥か遠方を見渡す能力、盗賊の技法〈鷹の目〉は必要ない。

 

 しっかりと街が確認出来た。

 

 

 

 

 世界屈指の香辛料の産地 バハラタ。しかしバハラタの名物は〈黒胡椒〉とそれらを使った郷土料理だけではない。上流にある聖地ダーマから流れる冷たく澄んだ聖なる川も有名である。川の水は飲み水になるだけでなく、魔除けの力も持っていると伝えられ、聖地に赴く前に身を清める巡礼者や、厄払いまたは健康や安産祈願に川の水を求める旅人も多い。

 ポルトガの援助の元、街の入り口そばにあった小さな教会はステンドグラスの窓が美しい立派な教会堂に建て直され、大きな宿屋もでき、石造りの家が建ち並ぶ街並みは整えられ、道脇には花壇が設けられた。

 川の下流に船着き場を設け、定期船が運航した事で街は観光地として賑わっていた……のだが。

 

 「……静かや。ポルトガと同じやな」

 

 シェリルが呟く。

 

 「いや、ポルトガよりも深刻なようだ」

 

 タイガは眉を寄せた。昼間だというのにどの家も戸締まりをしっかりとしている。息を潜め、どこか怯えているような空気すら感じる。

 

 「取り合えず、そこの教会で話を聞こう?」

 

 アステル達は教会に向かう。しかし、教会の扉は閉まっており、ノックをしたが返事はない。

 

 「教会は今誰もいないよ」

 

 その声に振り返ると、茶髪に純朴そうな顔立ちの若い男が立っていた。買い物帰りなんだろうか、紙袋を両手に抱えている。

 

 「あの……」

 「あんた達、旅人かい? 船も出てないのにどうやってこの街にやって来た?」

 

 アステルの声を遮って、若者は訝しげに尋ねる。

 

 「あれ? グプタじゃないのか?」

 「なんで、僕の名前……って……タイガ!?」

 

 若者が思わず手放した荷物を、タイガがキャッチする。

 

 「お知り合い?」

 「おしりあい~~?」

 

 アステルとマァムが同時に頭を傾げた。

 

 「ああ、元雇い主さ。船賃稼ぎの為に胡椒の実の収穫を手伝ってた」

 「そやった。タイガはバハラタは初めてやなかったな」

 「ああ」

 

 シェリルがぽんっと両手を打ち、タイガが頷いて若者グプタに荷物を手渡した。

 

 「ど、どうやってここに戻ってきた?それに暫くはロマリア地方で修行するんじゃなかったのか?」

 「いや、色々あってアリアハンにいた」

 「はあ!?」

 

 驚きの声を上げるグプタに、タイガは後ろ頭を掻きながら笑う。

 

 「で、彼女はアリアハンの勇者だ。俺達はポルトガ王から盗賊討伐の命を受けてここにいるんだ」

 「は、はじめまして」

 「はじめましてぇ~~」

 

 アステルとマァムはグプタにぺこりと頭を下げた。

 

 「ちょっ……ちょっと待って。順番に説明してくれ」

 

 

 教会入り口の階段にそれぞれ腰掛け、タイガから事情を聞いたグプタは信じられないと頭を振る。

 

 「手強い魔物に遭遇して、遥か遠くアリアハンまで飛ばされて、九死に一生を得たって……おまえ。運が良いのか悪いのか」

 

 照れ笑うタイガにグプタは呆れ顔を浮かべ、そして改めてアステルを見た。

 

 「じゃあ、本当に君が盗賊討伐を任じられたアリアハンの勇者?」

 「はい……」

 「だから、そうやって言ってんやろ」

 「いってんやろぉ~~」

 

 肩をすぼめるアステルに、シェリルとマァムが半眼でグプタを睨む。

 

 「ごっ、ごめん」

 「いいんです。まだ駆け出しですから」

 

 謝るグプタに、アステルは慌てて手を振った。

 

 「それより、この街の状況を説明してくれませんか? やけに人通りが少ないみたいですけど……」

 

 その問いにグプタは表情を曇らせた。

 

 「人攫いに出くわさないよう、皆不要な外出は極力避けているんだ。特に女子供はね」

 

 アステル達は顔を見合わせた。

 

 「……盗賊ははじめ、巡礼者や旅人を頻繁に狙っていたんだけど、事の深刻さに気づいたダーマは信者の安全を守る為に神殿への参拝を制限したんだ。

 で、それから間もなくポルトガ、ロマリア両国の港の閉鎖が始まって、旅人も信者もめっきり減った。

 そうすると今度はこの街の住民を拐い始めたんだ」

 

 ふいにグプタは教会の大扉の上で、両手を広げ来訪者を優しく見守り歓迎する大地の女神像を見上げた。

 

 「ここの教会の主のシスターも拐われた。それ以来ここは閉まっている」

 「そんな………」

 「シスターまでもか……見境ないな」

 

 アステルとタイガの表情が険しくなる。

 

 「奴等のアジトの目星はついてないのか?」と、スレイ。

 

 その質問にグプタは悔しそうに首を横に振る。

 

 「奴等の手口は鮮やか過ぎて、影すら掴めてないんだ」

 

 スレイは口に手を当てて考え込む。

 

 「スレイ、なにかわかる?」

 「……情報がもっと欲しいが、ここら辺に盗賊ギルドはないからな」

 「そう………」

 

 アステルは溜め息を吐いた。だが盗賊の狙いは女子供である事はわかった。

 

 (……なら、いっその事……)

 

 ふいに視線を感じてアステルがそちらに目をやると、スレイが睨んでいた。

 

 「なっ……なに?」

 「今、自分が囮にでもなって奴等に拐われようかとか、馬鹿な事を考えていただろ」

 

 アステルの肩がわかりやすく竦み上がり、スレイの眉間の皺はさらに深くなる。

 

 「却下だ」

 「じゃあ、スレイ達には隠れて見張ってもらって、アジトを突き止めるとか」

 「駄目だ。敵の数も手口も実力もわからないのに。万が一オレ達がおまえを見失ってしまったらどうする」

 「その時は私一人でなんとかしてみる」

 「無謀な事を言うな」

 「わっ、私だってそれなりに強くなったよ!?」

 

 断固反対のスレイに、今回はアステルも折れない。珍しい光景に三人は目を丸くした。

 

 「そうだ! 服装とかでもっとか弱くみせれば盗賊も油断するかもしれない! スカートにブーメランを隠し持つとか……!」

 

 名案だとばかりにアステルは表情を輝かせるが、その発言がスレイを激昂させた。

 

 「お前はっ! 自分が女だって事をもっと自覚しろっ!!」

 「なっ!!」

 

 アステルは気色ばんで立ち上がる。似たような言葉をぶつけられたのはこれでニ度めだ。しかし、あの時のように胸が痛かったり、切ないながらも暖かくなる事はなかった。女だからと自分が出した最善の策を頭ごなしに否定された事が、アステルにはただただ悔しかったし、悲しかった。

 

 「アステル。俺もスレイの意見の方が正しいと思うぞ」

 

 タイガの朗らかな声が、割って入った。

 

 「タイガ! でもっ!!」

 

 食って掛かろうとするアステルに、彼は笑いかけて押し止めた。

 

 「落ち着けアステル。別にスレイはアステルに実力がないからとか、ましてや女だからって見下してるわけじゃないぞ。俺だってたとえマァムとシェリルが一緒だったとしても、了承しかねるな」

 「どういう事……?」

 「男が与える恐怖に、女は必ずしも咄嗟に反応できるとは限らないからだ。あとそれは時に重い傷痕になる」

 

 言っている意味がわからず、アステルは頭を傾げ、タイガは苦笑する。

 

 「アステルはちゃんと経験してるはずだぞ?」

 「え?」

 「タイガっ!!!」

 

 キョトンとするアステルに、スレイが焦るように声をあげた。

 

 (……自分の心配をわかって欲しいが、そういう事をまだわかって欲しくない……ってとこか)

 

 スレイの複雑な兄心に、タイガは眉を下げて微笑む。

 

 「ナジミの塔で」

 

 はじめタイガの言葉の深意がわからず、訝しげな顔をするアステルだったが、記憶を辿り〈ナジミの塔で反応できなかった出来事〉に思い当たると、胸を両手でばっと押さえた。

 

 みるみる間に顔が赤くなる。

 

 「スレイはそういう事態を心配しているんだ」

 

 アステルはその場に座り、膝頭に顔を押し隠して「わかった」と絞り出すような声で言った。

 

 「………こう言っちゃなんだが、奴等にとって誘拐した人間は商品だ。価値が下がるような真似はしないと思う。とにかく情報を集めるぞ。

 集団のアジトになりそうな場所が必ずこの近くにあるはずだ」

 

 スレイの言葉にアステルは顔を上げないまま、頷いた。

 

 

 「あの~……ところでグプタさん?」

 

 と、シェリルは空気を変えようと殊更( ことさら)明るく声をあげた。

 

 「な、なに?」びくりとするグプタ。

 

 「つかぬ事伺いますんやけど、エルトン=マクバーンはご存じでない? ウチの父で今この街に滞在中のはずなんやけど……」

 「え、君がエルトンさんの娘さん?」

 「知っとるん?」

 

 先程のやり取りに戸惑っていたグプタだが、破顔一笑する。

 

 「知ってるもなにも、いま店でお祖父さんと商談中さ」

 

 シェリルはほうっと安堵の表情を浮かべた。なんだかんだ言ってちゃんと父親の事を心配していたのだろう。

 

 「この事態も必ずポルトガ王がなんとか治めてくれるだろうから、今回被った不利益をどうにかする事を考えようってさ」

 

 その言葉にシェリルは思わず苦笑を漏らす。

 

 「さすが親父。ただでは転ばんわ」

 

 グプタは立ち上り、アステル達に振り返った。

 

 「店に案内するよ。タニアとお祖父さんもタイガの顔を見たらきっと喜ぶ」

 「ああ。ところでその《お祖父さん》って呼び方……前までは《親方》だったよな? お前達ついに結婚したのか?」

 

 タイガはニヤっとしながらグプタに肘をウリウリと突くと、彼は照れ笑い頬を掻いた。

 

 「いや……けど、お許しはもらった。この騒ぎが治まったら式をあげる予定なんだ」

 「やったじゃないか」

 「わおぅ!新婚さぁ~ん!いらっしゃぁ~~い!!」

 「おめでとうございます」

 

 タイガ、マァム、そして立ち直り顔を上げたアステルが口々に祝いの言葉を贈る。

 その後ろでシェリルとスレイがなにやら複雑そうな表情を浮かべていた。

 

 「なあ……なんやウチ、今凄ぉくヤな予感してんねんけど?」

 「………」

 

 隣のシェリルの呟きに、スレイは無言で返した。

 

 

 グプタのいう〈店〉は、教会の向かいの路地を入った所にあった。婚約者タニアの祖父が経営する胡椒専門店は胡椒の木の栽培から収穫、製造、販売まで一貫して自前で行っている。

 〈黒胡椒〉だけでなく、白や赤、緑といった色々な風味の胡椒を開発していて、従業員も多くバハラタでは中々大きな老舗らしい。

 タニアの両親は彼女が幼い頃、流行り病により亡くなっており、兄弟はいない。故に彼女の婿が老舗の後継者となる。グプタがタニアの祖父に認めてもらうまでに相当な労力と気概が必要だった。

 そうしてやっと婚約までこぎつけたというのに、この騒ぎのせいで式は流れたそうだ。

 

 「……仕方ないよ。店の従業員の女の子も何人か拐われてしまってるからね。それどころじゃない」

 

 そう言いつつも、彼の表情からは落胆の色が見えた。

 

 「ここだ………ん?」

 

 石造りの店の前で、グプタは不審げに眉を寄せた。入り口の立て掛け看板が倒れ、綺麗に並べられていたであろう植木鉢が割れて花が踏み潰されていた。

 

 「これ……は、まさかっ!?」

 

 グプタは手にある荷物は放り出して店内へと駆け入る。アステル達もその後を追った。

 

 「わっ……!」

 「ぐちゃぐちゃぁ~~」

 

 大勢で押し入ったのだろうか。商品の陳列棚は倒され、胡椒やその説明書きのチラシは散乱している。

 

 「タニアっ! お祖父さんっ! 誰かいないのかっ!!」

 

 「……グプタ、………ここだ」

 

 か細いその声に、グプタは店内奥へと駆け出す。    

 そこは商談をする為の部屋なんだろうが、ここも酷く荒らされている。テーブルや椅子の脚は折れ、壁に掛けられた絵画は落ち、花瓶や窓が割られ、硝子の散らばるその床に一人の老人が倒れていた。

 

 「お祖父さんっ!」

 

 グプタが抱き起こそうとするが、老人は背中に傷を負っているのか、痛みで顔をしかめた。

 

 「グプタ、動かすな。マァム、頼む」

 「ホォイミィ~~」

 

 タイガが彼を制し、マァムはしゃがみこんで直ぐ様老人の背中に手を当てて、治癒呪文を唱えた。そうされながらも、老人は必死に状況を伝えようとする。

 

 「ひっ……人攫いが…、タニアとエルトン殿を……」

 「タニアがっ!?」

 「拐われたんか!? 親父はなにしてんねんっ!!」

 「親父……? お前さんは?」

 「この人はエルトンさんの娘さんです」

 

 それを聞いた老人は眼を見開き、「違う、違うんじゃ」と首を振った。

 

 「エルトン殿は盗賊相手に立派に戦っておられた。じゃが、タニアを人質に取られて……! その隙を突かれて背後から頭を殴られて……タニアと一緒に連れていかれてしもうた」

 

 シェリルは思わず舌打ちする。

 

 「そんな……っ!」とグプタ。

 

 「おじぃちゃん、動いちゃ駄目ぇ~~! むぅ~~……ベぇホぉイミぃ~~!!」

 

 マァムが更に一段階上の治癒呪文を唱える。背中の怪我は見た目以上に重傷のようだ。

 

 「────キャアアアアア!!!!」

 

 つんざくような女性の悲鳴に、アステルとシェリルは顔を上げた。

 

 「なに!?」

 「今度はなんや!」

 「う…裏には製造場が……! 従業員が、」

 

 老人は体を起こそうとして、呻き、再びうつ伏せる。人攫いの盗賊はまだここにいるという事だ。スレイは無言で割れた窓から外へ飛び出す。

 

 「グプタ、マァム。ここは頼むぞ」

 「え」

 「おうっ!」

 

 マァムの力強い返事に三人は頷き、スレイを追った。

 

 スレイが胡椒の製造場の入り口に踏み入ったと同時に「くそがっ!」という悪態と、ボムッという音と共に辺り一面煙で覆われた。

 

 「きゃっ!」

 「アステル!?」

 

 彼を追ってきたアステルは視界が全く利かない煙幕の中、足音もたてずに近寄ってきた何者かに思いっきり突き飛ばされ棚に背中を強かに打ち付けた。 

 スレイはくずおれる彼女に近寄る。

 

 「大丈夫か?」

 「へ、平気! それよりも人攫いが……!」 

 「いや、まだ中におるっ!」

 「待て! シェリルっ!!」

 

 タイガの制止の声は届かず、シェリルは煙越しに微かに見えた大きな人影に向かって、魔法のそろばんを思いっきり振り下ろした。ガアアアアンッ! と製造場の中に金属音が鳴り響く。

 腕から全身に伝わる痺れにシェリルは顔を顰めた。

 

 「まったく………危ない嬢ちゃんだな」

 

 煙が次第に晴れる。

 その男は地に膝をつき、左手は目をつぶり身を縮める娘を抱きかかえるように庇い、右手は戦斧の柄で魔法のそろばんを受け止めていた。

 鮮やかに燃える翠緑の髪に、シェリルは心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。

 

 「お前………カンダタ!?」

 「え?」

 「は?」

 

 スレイの口にした名前に、アステルとタイガは驚愕する。

 

 「カン……ダタ……?!」

 

 信じられないものを見るような目で見下ろすシェリルを、男はまるで悪戯が成功して喜ぶ悪ガキのように、笑った。

 

 

 

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