長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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鈍色の羨望

 

 

 

 瞼の裏まで光が射し込む。それから逃れるようにスレイはクッションに顔を埋める。微睡みの中で、柔らかく暖かい、安らぐ香りを堪能する。

 

 「んん…っ……」

 

 聞き慣れた少女の、けれど、普段より甘く耳を擽るような声にスレイの頭は一気に覚醒し目をかっと開いた。クッションだと思って顔を埋めたのは、ズボン越しに感じる柔らかな太もも。手は自分のより一回り小さな手を握っていて。

 サアっと血の気が引く音を聞きながら目線を上げると、腰掛けた状態で眠るアステルがそこにいた。

 途端、下がっていた血が一気に昇った。

 その手をばっと離し、がばっと起き上がる。いろんな意味で目眩がして、額を押さえて呻く。

 

 「う、うん……朝?」

 

 その振動でアステルが目を覚ました。

 

 「ふぁ、ス、レイ?」

 

 甘えるような舌ったらずな声、寝惚け眼のとろりとした瞳で頭を傾げて微笑む。彼女の寝起きの顔など野宿の時に何度も見ているというのに、いつもと違って見えるのは何故か。

 

 「あ、あ、アステルっ! おま、え、なんっ!?」

 

 動揺し、彼女から距離を置こうとしたスレイはソファーから落っこちる。ドスンッ!という落下音にアステルの眠気は吹っ飛んだ。

 

 「す、スレイっ!? 大丈夫っ!?」

 「……つぅ…アステル、お前っ!!」

 

 怒鳴りかけて、スレイは背中に感じる刺さるような視線に肩を竦めた。

 恐る恐るそちらを振り向くと。

 いつからいたのか。どこまで見てたのか。

 しゃがんだ膝の上で頬杖をつく、ジト目のマァムと目が合った。

 

 「ちっ、違うっ!!」

 

 あらぬ疑いをかけられそうで慌てて否定するスレイだが、悲しい(かな)。真っ赤なその顔では説得力が全くない。

 彼女は表情を一変させ、にーっこりと、素敵な笑みを浮かべてこう言った。

 

 

 「ゆうべはおたのしみでしたね」

 

 

*  *  *  *  *  *

 

 

 別行動のシェリルとタイガは夜が明けたと同時に、シェリルの父エルトン、バハラタの教会のシスター、カンダタとその子分達と共にアステル達が待つバハラタを目指し出発していた。

 カンダタの名を騙った人攫い達の使用していた幌馬車に、皮肉にも拘束した彼等が詰め込まれている。入りきらなかった者達はカンダタ達の持っていた馬に乗せて移動する。

 途中、魔物にも襲われもしたがここで活躍を見せたのはシェリルの父、豪商エルトンその人だった。ふくよかな見た目に関わらず軽やかな動きを見せて、草原を駆け回り青い毛皮の大蟻食(アントベア)の群れを攪乱させ翻弄する。隙を突いて素早く懐に入り、的確に急所を突く。「アチョー!」「ホワチャッ!!」と奇妙な掛け声と共に繰り出される拳や蹴りは、(はや)く鋭い。攻撃を受けた魔物達はもんどりを打ちながら消滅していく。

 

 「親父ーっ! あんまはしゃぎ過ぎたら後で筋肉痛で泣くでーー!」

 

 シェリルが呆れ顔で忠告するも、獅子奮迅の勢いのエルトンには届いてないらしい。溜め息をつく彼女にタイガは笑う。

 

 「武器なしで大したもんだな。親父さん」

 

 羽音五月蝿(うるさ)く襲い掛かる蜂型魔物(ハンターフライ)をいなしながら感心するタイガに、

 

 「あー見えて、元は武闘家やってん」

 

 牙を向けた屍獣(デスジャッカル)の顔面に魔法のそろばんを叩き込み、シェリルは答えた。

 

 「母さんと結婚してから商人の勉強始めてんけど、そっちの才能もあったらしくてな。そのせいって訳やないやろうけど、今じゃ風来坊やった頃の面影すっかりなくなってもうたな」

 「風来坊?」

 

 シェリルはニッと笑う。

 

 「タイガと一緒や。強さ求めて世界中を旅しとったんやて。で、立ち寄ったポルトガで母さんに出会(でお)うたってわけや」

 

 ハンターフライの閃光呪文(ギラ)をタイガは風神の盾で弾き、そのまま盾の填まった左腕で蜂共を凪ぎ払う。

 

 「ウチらが生まれる前は、もっとスマートで長い黒髪を三つ編みにした男前やったらしいわ」

 

 ダメージを受けて、ふよふよと宙を浮く蜂型魔物にシェリルが止めを刺す。

 

 「へぇ」

 

 相槌を打ちつつ、エルトンをちらりと横目に見るタイガだったが、今の彼の姿からは想像がつかなかった。

 

 「……なら、シェリルの槍術は誰に教わったんだ?」

 「初めは護身術にって、母さんにな。親父にも体術教わったけど、こっちの方がしっくりしてな。兄貴も体術よか槍術やったな。けどその母さんが死んで、アリアハンに渡ってからはアステルの祖父(おおだんな)に本格的に鍛えてもろた」

 

 でも……と、シェリルは懐かしげに目を細めて呟いた。

 

 「姉貴は両方が得意やったなぁ」

 「姉貴……? 家出して海賊になったっていう?」

 「よう覚えとったな。ウチも兄貴も姉貴との手合わせには一度も勝てんかったわ。それだけやのうて頭も良くて、度胸もあって。交渉事にも長けとった。……案外、親父の才能を強く受け継いどるんは、姉貴なんかも」

 

 泣き虫と心配性以外は。と、シェリルはげんなりしながら付け加えた。そんな話をしているうちに戦闘は終了し、辺りには魔物達の色とりどりの宝石が地面に転がっていた。商人と盗賊の一行は勿論それらを回収する事を忘れない。

 バハラタに向かって再び進みだす。人数分馬が行き渡らず徒歩の者もいた為、帰りは行きよりもゆっくりの移動となったが、昼前には肉眼で町並を望む事が出来た。

 

 「おっ!」

 

 それに逸早く気付いたタイガが声を上げ、その彼の隣を歩くシェリルも目を凝らすと、町の入り口でぴょんぴょんと跳ねて盛んに手を振る人影が見えた。

 

 「マァムや! それにアステルも!」

 「スレイもいるな」

 

 

 悪漢共を捕らえ、娘達を救った英雄一行の帰還を町の者は総出で迎え入れた。

 笑顔と涙ながらに感謝を述べられるカンダタ子分達。ある者は照れ笑いを浮かべ、ある者は恥ずかしげに頬や頭を掻き、ある者は自重する。

 

 「おっかえりぃ~~!!」

 「おっと」

 

 勢いよく飛び付いたマァムを、タイガは危なげなく抱き止めた。

 

 「ただいま。元気だな? マァム」

 「んーー! げぇんきだよぉ!!」

 

 「そうか」と、タイガは柔らかい笑みを浮かべ、じゃれつく彼女の頭をくしゃりと撫でた。

 

 「おかえりなさい。ご苦労様でした」

 「なに他人事みたいに言ってんだ。嬢ちゃんだって今回の立役者の一人だろう。いや、勇者アステル」

 

 労いの言葉をかけるアステルに、苦笑するカンダタは、少女の隣に立つ弟分に視線を向ける。

 

 「スレイ。もう調子は戻ったか?」

 「ああ。……すまない。迷惑かけた」

 

 頷き、そして俯き様にそう言う彼の頭をカンダタが小突く。

 

 「理由がどうあれ、敵の頭を倒したのはお前のようなもんだ。気にすんな。それに詫びと礼なら俺らより、アステル嬢ちゃんとそこの嬢ちゃんに言いな」

 

 カンダタはタイガの首根っこにかじりつき、ぶら下がっているマァムを親指で指差した。

 

 「わかってる。アステルから話は聞いている」

 「本当にもう大丈夫なのか?」

 

 マァムを首にぶら下げたままタイガはスレイに近寄り、彼の表情を窺う。

 

 「ああ。心配かけ……」

 「だぁ~いじょぉぶだよぅ! スレイったらぁアステルのぉ膝枕でぇ朝までぐぅっすりだったからぁ」

 「「はぁ?」」

 

 突然のマァムの爆弾投下に、シェリルとカンダタがすっとんきょうな声を上げ、タイガは「ほう?」と眉を上げた。

 賑やかだった周囲がしんっと静まり返り、その場の視線が一斉に勇者の少女とその仲間の青年に注がれる。アステルは顔を赤らめ口をパクパクとさせ、スレイも一瞬頭が真っ白になって固まる。が、すぐ我に返った。

 

 「マァ、むっ!!!」

 

 スレイの口をシェリルの手がパンッと勢い良く塞ぎ、更にカンダタが背後から彼を羽交締めた。

 

 「むーーっ! むむーーーっ!!」

 「「マァム(嬢ちゃん)。そこんとこ詳しく」」

 「え~とねぇ~スレイったらぁねぇ~~アステルの手をぉぎゅう~~! って握って離さなくてぇ~、アステルのぉ太股やぁお腹にぃ顔押し付けてぇそれはそれはぐぅっすり幸せそぉ~にぃ寝てたのぉ~~!!」

 

 マァムは身振り手振り大袈裟にその時の状況を事細かに説明した。

 

 「「ほほぉーーうっ」」

 

 顔を赤くしてカンダタの腕を振り解こうと暴れるスレイを、ジト目で見るシェリルとニヤリと笑うカンダタ。そして猫のような目をして、含笑いを浮かべるマァム。

 

 「……むっつりやな」

 「スレイはむっつりスケベになったぁ~~!」

 「そう言ってやるな。膝枕は男のロマンだぜ……」

 「むーーーっ!!」

 「ち、違うからっ! あれはただの看病で! 私が勝手にした事でっ! スレイの意思じゃないから!!!」

 

 やっと声が出たアステルが慌てて叫んだ。

 

 

* * * * * *

 

 

 「いつまでブスくれてんねん。膝枕されたんは事実なんやし、しゃあないやろ」

 「しゃぁないやろぉ~~♪」

 

 シェリルとマァムが手を口に当ててくぷぷっと笑う。明らかに不機嫌な表情でスタスタと先行くスレイを、アステルがおろおろと小走りで追っかけた。

 

 「あれだけしっかりと歩けてたら大丈夫だな」

 「ああ」

 

 彼等の後ろを悠悠と歩くタイガは朗らかな笑みを浮かべ、カンダタも苦笑して頷く。

 賑やかな空気のまま、町の者達や胡椒屋の主人と話があるというエルトンと一旦別れたアステル達が向かうのは町外れ、聖なる川の下流にある船着場。

 その近くにある石造りの牢屋。

 捕らえた人攫い達を閉じ込めておく為だ。

 そこにはポルトガ兵が二人駐在しており、彼等に事の次第を話すと、事件解決を報せるべく、兵の一人が読んで字の如くキメラの翼でポルトガ王城に向かって飛んで行った。

 

 

 「───もういいぞ」

 

 カンダタは牢屋の外に待機していたスレイにそう声をかける。頷き、中へと入る彼の傍らにはアステルと魔封じの杖を握りしめるマァム。

 再び彼が暴走を起こした時の対応策だ。

 鉄格子の向う側、壁に凭れて座り込むシュウは、子分達とは別の牢に一人入っていた。大柄で筋骨粒々だった筈の体は痩せ細り、青く染められていた筈の肌も、髪の色も生気と共に抜け落ちている。

 自分が奪ったという片手を失ったその姿に、スレイは眉を顰める。

 だが。あれほど憎み恨んでいた彼を前にしても、シュウの榛色の目は虚ろで、なにも映さない。

 

 「あの………?」

 

 変わり果てた状態に困惑したアステルは、彼を診ていたシスターに説明を求める。彼女は瞼を閉じ、首を横に振った。

 

 「意識はあります。ですが反応を示さない。恐らくは取り憑いたという魔族に精神を貪り尽くされたのでしょう」

 「それって、カリス様の時と同じ……」

 「カリス様?」

 「あ、いえ! 以前魔族に取り憑かれた人の話を聞いた事があって。それと同じだと思って」

 

 アステルの言葉にシスターは納得し、頷いた。

 

 「そうですね。彼も同じです。ですが、彼は取り憑かれていた期間が長かったのか、あるいは強力な魔族に取り憑かれたせいなのか。元に戻る事は難しいでしょう」

 

 シュウは口を開いたまま涎を垂らし、体や頭を揺らす。

 

 「スレイ見たらもしかしたら……思うてんけど。やっぱこのまんまか」

 

 落胆と安堵がない交ぜな心中でシェリルは溜め息を吐く。スレイが再び暴走するような事態にならない事は喜ばしいが、シュウがこんな状態ではあの黒い獅子の魔物の事を問い質せない。

 

 「この人の部下にはなにか話が聞けた?」

 

 アステルの問いにシェリルは首を横に振る。

 

 「うんにゃ。手下は金で雇われて娘を拐っとっただけで、内情は特に聞かされとらんようや。結局魔族と黒幕との関係と、カルロス達の呪いの真相には辿り着けへんかったな」

 

 そう言って先程よりも長い溜め息をついた。

 

 「……ところで、スレイ。あんた、こいつにえらい恨まれとったけどなにがあったんや?」

 「スレイがなにかしたわけじゃねぇ。むしろこいつは被害者だ」

 

 シェリルの質問に答えたのは表情を曇らせた彼ではなく、カンダタだった。

 

 「スレイが……被害者?」

 

 アステルはスレイを見上げたが、彼はそれに答えず目も合わせなかった。

 カンダタは重い口を開くように語り始めた。

 

 「……シュウはな。元は行商隊(キャラバン)の息子だったんだが、旅の途中魔物に襲われてな。それを俺が助けた。けど、駆け付けた時にはこいつを残して家族仲間はみんな殺られちまってな。

 それ以来、俺を慕って付いてきたんだ。

 あの頃のシュウは戦う事や盗みに関してはからきしだったが、気も良く、頭も回るし、面倒な雑用も嫌な顔せず進んで引き受ける働き者だった。

 ………八年前だ。

 シュウと同い歳のスレイが俺の元にやってきた。

 師匠であり、俺の養父である男の言いつけで、俺の元で一年間無事に過ごせたら独り立ちを認めるって条件でな。始めは俺の弟分ってので謙遜して近寄らなかったようだが、共にいる時間が増えてくうちにこいつらは打ち解けてきたように見えたが……違った」

 

 「こいつは」と、スレイ。

 

 「始めはカ、……この人の事ばかりよく尋ねてきた」

 

 大盗賊の名を言いかけた所で、スレイはシスターの存在を思い出し『この人』と言い直す。

 

 「本当に尊敬して憧れてる事が伝わった。だから、話せる事は話してやった。

 ……けど、いつからかこいつは歪み始めた。

 常に同い歳のオレと自分をやたら比較してオレを羨み始めた。『俺にもお前のような力があればもっとあの人の傍にいられるのに。もっと役立てるのに』ってな。確かにこいつには盗賊としての技術力や戦闘力はないが、それ以外の事で団に貢献しているし、仲間達だってそんなこいつを認めていて、蔑ろにされてる所なんて見た事がなかった。

 だから奴がそう溢す度、オレは『お前はちゃんとあの人の役に立ってる』『あの人はお前に一目置いてる』と言ってきたが、聞く耳を持たなかった」

 

 『お前のような力が』

 『手先の器用さが』

 『素早く駆ける足が』

 『頭の回転が』

 『魔力が』

 『人目を惹く容姿が』

 

 欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。

 

 (───違う)

 

 オレはお前が羨むような大層な人間じゃない。

 この力だってお前のように誰かの為に望み伸ばした訳じゃない。

 宿業に捕まらないように、

 抗う為に、

 ただ静かに隠れて孤独に生きていく為に。

 

 ───ふいに腕を引っ張られた。

 

 スレイがハッとすると、大きな青い瞳がじっと見上げている。まるで行かせまいとするかのように、こちらの袖をぎゅっと掴むアステルのその手に、思わず頬が緩んだ。

 

 (……そう、あの頃は思っていたのにな)

 

 無意識に固く握り締めていた拳の力を抜き、スレイは吐息をついた。

 

 「口を開けば出てくる嘆きや卑屈に正直嫌気が差してきたオレは、奴から距離を置く事を決めた。オレ以外の仲間と接していれば奴もほとぼりが冷めて以前のように戻るだろうと思った。 

 ……だが、そう簡単にはいかなかった」 

 「船旅の途中、立ち寄ったランシールって村でこいつは事を起こした」

 

 語りが再びカンダタへと戻った。

 

 「シュウは俺達を狙う組織に情報を流し、町でスレイが単身でいる時を見計らって、罠をかけこいつだけを敵に捕まえさせようと企んだ」

 「組織って。もしかしてサマ「組織は組織だ」

 

 シェリルの言葉を掻き消すように、カンダタは語気を強めた。

 

 「俺の存在ややり方に納得出来ずに目障りだと思う奴等は山程いる。厄介事に関わりたくないなら余り詮索するな」

 

 カンダタの咎めるような眼差しに、シェリルは憮然とするも大人しく口をつぐんだ。

 

 「それでスレイはその後どうなったの?」

 

 袖を引っ張り、先を急かすアステルの頭を「落ち着け」とスレイはぽんぽんと軽く叩いた。

 

 「大丈夫だったから今ここにオレがいる。あの時港に逃げ込んだオレは、たまたま停泊していた船に乗り込んで身を潜めた。

 船はそのまま出航してしまったが、お陰で難を逃れた」

 

 それを聞いたアステルは胸に手を当て、ほうっと息を吐いた。

 

 「シュウの狙いは盗賊団を潰す事じゃなく、あくまでスレイを排除する事だった。スレイがいなくなった後、こいつは何食わぬ顔をして戻って来た。だがこいつがスレイを連れ出すのをたまたま見ていた奴がいてな。問い質したらすぐにボロを出した。

 泣きながら俺に詫び縋ったが敵に情報を流し仲間を売ったんだ。絶対に許されねぇ。命乞いが無駄だと知ると、狂ったようにスレイへの訳のわからん恨み言を喚きやがった。

 重罪を犯したこいつをすぐにでも断罪すべきだったが、スレイを見つけ出し、その無事を確認するまではと見張りをつけて閉じ込めていた」

 

 そこでカンダタは苦々しく顔を歪めた。

 

 「……そいつが間違いだった。無事だったスレイと合流して子分達の元に戻ると、アジトは襲撃された後でシュウは既にいなくなっていた。

 恐らくはシュウを手引きした組織の仕業だろう。あん時に俺がきっちり始末をつけときゃぁ、アジトを守っていた奴らも命を落とさず、今回の騒動も起こらんかった」

 

 部下達の犠牲、皆殺しにされた集落、既に拐われ国外で売られてしまった娘達を思い、カンダタはぎりっと歯を食い縛った。

 「しかし」と、顎に手を当てて呟くタイガ。

 

 「わざわざ取り返しにくるなんて、その組織とやらはなんでシュウ(こいつ)をそこまで目にかけてたんだろうな?」

 「……利用価値があったんだろうよ。こいつは俺の素顔を知っていて、俺を恨んでいる」

 

 カンダタは冷ややかな目でシュウを見下ろした。

 

 (なにより)

 

 シュウは、スレイの素性を知り、成長したその素顔を知っている。だが。こんな状態になってしまっては利用価値(それ)はもう皆無だろう。

 

 (その点では取り憑いた黒獅子(まもの)に感謝すべきか……)

 

 神妙な面持ちで黙りこんだカンダタに、タイガは僅かに目を眇める。

 

 「そういや。こいつアステルに意味わからん事、叫んどったな?」

 「………意味のわからん事?」

 

 訝しむスレイにシェリルが頷いた。

 

 「なんやスレイの事、アステルにとっては仇も同然やとか、なんとか。どういう事なん?」

 

 その言葉にスレイは息をのみ、顔を強張らせた。  

 皆が黙って彼に注目し、カンダタが眉を顰め口を開こうとした、その時。

 

 「待ってシェリル。それは別にもういいから」

 

 追及を止めたのは、その質問の当事者であるアステルだった。

 

 「もうええって……」

 「それでいいのか? アステル」

 

 シェリルとタイガにアステルは「うん」と頷き、そしてシュウに視線を向ける。

 

 「だってこの人はスレイの事、善く思ってないでしょ? そんな人の言う事を鵜呑みにするのもどうかなって、思ったの」

 

 アステルの脳裏に浮かぶのは、昨夜の夢に現れた自分とアニーを陥れた女の子。

 苦い、苦い記憶。

 シュウも彼女と同じ様に自分とスレイを仲違いさせるつもりでああ言ったのなら。

 

 (……思惑には乗ってやらない)

 

 だから。

 

 「……だから。この人の言う事は信じない。気にしない」

 

 そう言って隣に立つスレイを見上げて、驚き呆けてる彼に微笑んだ。

 

 「仲間を……スレイを信じる」

 

 ───スレイが話す時を待ってる。

 

 あえてそれは言葉にはしなかったが。

 けれど不思議と彼には伝わったらしい。大きく開いた琥珀の瞳が落ち着きを取り戻すように、徐々に細まる。

 

 「………《ガイアの剣》」

 「え?」

 

 長い間を置いてぽつりと呟いた彼の言葉に、アステルは小首を傾げる。

 

 「イシスの女王が言ってだろ? 魔王の元に辿り着く為には必要な剣だと」

 「あ、うん」

 

 (そういえば)

 

 と、アステルは今更ながらに思い出す。

 しかし《ガイアの剣》はスレイの旅の目的だ。その時が来たら貸してもらえるだろうか? そんな事を考え、目を上げると彼の真摯な眼差しとぶつかった。

 

 「ガイアの剣が見つかったその時、全てを話す。必ずだ。約束する。……それまで待っててくれないか?」

 「うん。わかった」

 

 迷いなく頷くアステルに、彼の強張っていた顔が僅かに綻ぶ。

 「お前達も」と、スレイはシェリル達に向き直る。

 

 「悪いが今はそれで納得してくれないか?」

 「……まあ。アステルがそんでいいんならウチからは文句ない。これまでの旅であんたの為人(ひととなり)は知ったつもりでおるしな」

 

 腰に手を当てて溜め息交りに言うシェリル。

 

 「右に同じくだ」朗らかな笑顔で頷くタイガ。

 

 「同じくだぁ~っ! でもぅ、またアステル泣かしたらぁ、許さないんだからねぇ~~っ!」

 

 と、マァムは魔封じの杖の先端の骸骨をぐりぐりぃ~~っとスレイの頬に突き付ける。

 それを見てタイガは困った顔で笑う。

 今といい、さっきの爆弾発言といい。マァムはスレイに、密かに(くだん)の仕返しをしているようだ。からかってるように見せるが、アステル大好きな彼女は、もしかしたら膝枕の件だって業腹なのかもしれない。

 迷惑をかけた自覚のあるスレイは、やんわりと骸骨を押し退け(本当は叩き落としたいであろう)、「……肝に銘じとく」と目を据わらせた笑顔で声低く呟いた。

 

 その光景を眺めていたシスターは胸の前で手を組んで微笑み、カンダタはやれやれと言わんばかりに溜め息を吐くも、口の端は持ち上がっていた。

 

 「───勇者アステル殿」

 

 そう呼ばれ、アステルが、そしてその場にいる者達が振り返ると、三人の兵士が牢屋入り口に立っていた。

 一人は先程飛び立ったこの牢屋の駐在兵。残る二人は紺碧の制服と銀の鎧兜を纏っている。胸の紋章は海神(ワダツミ)の神器と云われる三つ又の矛……ポルトガ王家の紋章が輝いていた。

 彼等はアステル達に向かって胸に右拳を当て敬礼する。

 

 「盗賊討伐任務の完遂、御苦労様でした。つきましてはその詳細の説明と今後の彼等の取扱いについて御相談が……」

 

 今度はなんだろうと、アステル達は互いに顔を見合わせた。

 

 

 

 

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