長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
相談とは人攫いの移送についての話だった。
エルトンも関係する話という事なので、牢屋を出て町へと戻る。途中、カンダタとその子分達は酒場で一杯やると言って別れ、それではわたくしも教会へ戻りますと言ったシスターとも別れて。
アステル達とポルトガ兵二人はエルトンのいる胡椒屋へ向かった。
「おっ!」
「ふぬっ!?」
タイガとマァムが犬のように鼻をひくつかせる。二人だけでなくアステルもその薫りに反応してしまった。肉を焼く薫りだが、普段嗅ぎ慣れたものとはどこか違う。
なにか、こう、口に涎が溜まるような。
食欲を掻き立てるような独特な香ばしい薫り。店に入るとその薫りは一段と強くなった。
「あら、おかえりなさい! ちょうど良かったわ。お昼ご飯の準備が終わったところよ」
エプロン姿のタニアが出迎え、それからポルトガ兵に気づき「あら」と声を上げた。
「……そういえば昼時でしたね。失念していました。それではまた後程に「お待ちくださいな」
そう言って立ち去ろうとする兵士を、タニアは笑顔で引き留めた。
「お勤め御苦労様です。勇者様とお話があるのでしょう? 料理は沢山用意しましたから良かったら御一緒にどうぞ」
この薫りを前にニッコリとそう言われたら、断る事は出来ないだろう。照れ笑いを浮かべた兵達はアステル達と共に御相伴に与った。
胡椒屋の食堂は大きく、広く、十人掛けの長テーブルが二つ並んで設置されていた。普段は従業員も使っているのだろう。時には胡椒を買い求めに来た客にも地元料理を振る舞っているのかもしれない。
そのテーブルの上に並ぶのは地元特産黒胡椒で味付けされた豪勢な牛肉料理と聖なる河で獲れた魚料理。鍋にはオニオンスープが暖かな湯気をあげ、籠にはライ麦パン。大きな漆塗りの木製ボウルには新鮮なレタスやトマトにコーン、胡瓜を盛ったサラダ。置かれているワインは勿論、赤。
よくよく考えれば一行は、誘拐事件解決の為にアッサラームを出発してからというもの、三週間近くまともな暖かい食事にありつけていない。バハラタの町に到着するもすぐ騒動に巻き込まれたのだ。
それを思い出したらもう止まらない。
今回はタイガとマァムだけでなく、アステルとシェリル、スレイまで話そっちのけで盛んに食べ、盛んに飲んだ。タニアは甲斐甲斐しく空になった器を下げてはおかわりを用意し、飲み物を注ぐ。
そんな彼女等にポルトガ兵や一緒にいたタニアの祖父とグプタ、エルトンは目を丸くさせ、口を引き釣らせながらも邪魔はしなかった。
食後のお茶が振る舞われ、ほっと人心地つくとはっと我に返るアステル。
「すっ、すみませんっ!」
苦笑するポルトガ兵にアステルは慌てて頭を下げると兵士達は「いやいや」と手を振って笑った。
* * * * * *
「───なんと! それでは今回の騒動はあの大盗賊カンダタが起こした訳ではない……と?」
驚嘆の声を上げる兵士に、アステルは頷いた。
「今、牢屋にいる男はカンダタ……に、恨みを抱き、彼に成り済まして悪事を働いていたんです」
名前の後ろに「さん」を付けかけて、なんとか飲み込む。
「では、本物の大盗賊は……」
「はい。今回の件には関与していません」
むしろ本物のカンダタ盗賊団は事件解決の為に動いていたのだが。しかし、今その事を彼等に言っても混乱するか、あらぬ疑いがかかるだけだろう。
「ふむ……成る程。それで誘拐団の頭目のあの異様な状態は魔物の仕業であると……その魔物とは一体?」
尋ねる彼等だったが、アステルは首を横に振った。
「それに関しては結局わからずじまいです。ポルトガの勇者の呪いとの関係も……」
その言葉に兵士達は落胆し、肩を落とす。アステルは目を伏せて頭を下げた。
「すみません……」
「いやいや! 頭を上げて頂きたい! 盗賊達を捕らえてくれた勇者殿に感謝こそすれ、責める気など毛頭ない!」
アステルが頭を上げたのを待って、「ところで」と、兵士は言葉を紡ぐ。
「勇者殿は今後どのように? ポルトガへ戻られるのですか?」
「いいえ。ダーマの神殿に向かおうと思っています」
「ダーマへ?」
アステルは頷いた。
「仲間と前もって決めていたんです。もし今回の事件で呪いを解く手掛りが得られなければ、ダーマで情報を集めようと」
「なぜそこまで我が国の勇者の為に……?」
尋ねる兵士にアステルは微笑む。
「彼等は私の仲間の大切な人達ですから」
そう言ってアステルはシェリルと頷き合った。
「……ずっと気になっとったんやけど」と、今度はシェリルが兵士達に尋ねる。
「人攫い達の移送って、本国から船が来るんですか?」
「いいや。
「ロマリアが?」
驚くシェリルに兵士は頷く。
「ロマリア本土で起きた集落の強襲、民の不審死に、今回捕らえた盗賊達が関与している事が判明したのでな」
それを聞いたアステル達(マァムを除いて)は思わず微妙な表情になった。
ロマリア王の得意気に笑う顔が脳裏に浮かぶ。
もしかしたらロマリア側は既にカンダタ(偽者ではあるが)の仕業だとある程度突き止めた上で、ポルトガにアステルを紹介したのでは……と、思うのは考え過ぎだろうか。
「頭目はあんな状態だが、子分達からはその話が聞けそうなのでな。奴等の沙汰は事件が解明してから両国で話し合う事となった。と、いうわけでエルトン殿。貴方の船で注文の胡椒と共に、奴等をロマリアまで移送せよと陛下からお達しが出ている。
途中、ロマリアの護送船と合流する都合上、出来れば明日の昼には出航してもらいたいのだが、香辛料の積み込みは間に合うだろうか」
胡椒屋の主人とグプタ、そしてエルトンは揚々と頷く。
「大丈夫や。明日の朝には積み込み終える予定やさかい。けど海賊の件はどないなっとる?」
「抜かりなく。明日には全てが解決する手筈です。つきましてはアステル殿。万全を期す為に貴女にはエルトン殿の船が出航するまでの間、バハラタに留まって頂きたいのだが……」
「そのくらいなら御安い御用ですが……一体どうやって海賊達を?」
「それは明日になればわかります」
ポルトガ兵は意味ありげな笑みを浮かべた。
* * * * * *
───明朝。エルトンは一足早く船着き場へ、アステル達は再び船着き場近くにある牢屋に向かった。すると、そこには既にカンダタ一味がおり、捕縛された人攫いの一団を馬車に乗せる手伝いをしているようだった。その最中、一人が苦し紛れにカンダタの正体を叫ぼうとしたが、彼の剛腕に殴られあえなく気を失う。そして子分によってその男は馬車に放り込まれた。
カンダタは近付くアステル達に気づき、「よう」と、片手を上げる。
「おはようございます」
「ああ。こいつら今日にも移送されるんだってな。移送先はポルトガか?」
「いいえ、ロマリアです」
「ロマリア? 何でまた」
怪訝な顔のカンダタに昨日の話をすると、更に眉間の皺が深く刻まれる。
「……あんの、タヌキ親父。こうなる事を見越してたんじゃねぇのか?」
昨日アステル達が思った事をカンダタもぼやき、一行は溜め息混じりに苦笑う。
手下が全員乗り込み終えると、最後に両脇を兵士によって抱えられたその頭目のシュウが牢屋から出てきた。廃人と化した元仲間の姿を目にしたカンダタ子分達の眼差しからは、怒りだけでなく、どこかやるせなさも感じさせた。
以前の彼はカンダタを崇拝し、気さくで働き者で仲間からも認められていたという。けれど。スレイに対する強い憧れが歪みを起こしてしまった。
それにしても。と、アステルは口に拳を当てる。
(───いつから。彼はいつから魔族に目を付けられてしまったんだろう……)
そして。生きた人間にあまりに近い魔物の謎もまだ残ってる。シュウは取引先から譲り受けたと言っていたが、ポルトガ王やカンダタの話を聞く限り、思い当たるその取引先は。
勇者サイモンの故郷であり、今は鎖国状態だという軍事国家───サマンオサ。
あの人型の魔物は取引先が
(確かにロマリアでは魔物を商売として扱ってるけど……)
しかし、あの殺人鬼達はどう考えても人の手には余るのではないか。
(それに………)
殺人鬼が消えるその間際に見せたあの安堵の笑み。
まるで救われたかのような。
アステルは胸を押さえた。あれを思い出すとどうしようもなく苦しくなる。
(……そういえば)
今思えば。自我があるかないかの違いだけで、シュウとあの
(……けど、それってどういう事?)
『───かの国は今、色々ときな臭い噂が立ち込めていてな』
険しい表情でそう語ったポルトガ王を思い出し、背筋がぞくりと冷たくなった。
「アステルぅ? どうしたのぉ?」
暗い思考に落ちかけたアステルを、マァムの明るい声が引っ張りあげた。
考え耽っていつの間にか俯いていたアステルの顔を、マァムは屈み様に覗きこむ。暫く無言で見詰め合う二人だったが、ふっとアステルは眉を下げて微笑んだ。
「……いくらなんでも考え過ぎよね」
「う?」
頭を傾げるマァムに「なんでもない」とその金髪巻き毛を整えるように撫でた。
───生きた人を魔物に造り変えるなんて。
(そんな恐ろしい事、ある筈がない)
人攫いの頭目も馬車に乗り込むと、兵士はカンダタ達に向かって笑顔で敬礼する。
「旅の傭兵の方々。協力ありがとう」
「いや? いいってことよ」
そう、しれっと返すカンダタと笑顔で手を振る子分達。それをなんとも言えない表情で眺めるアステルとシェリル。
……彼こそが、彼等こそが。本物の大盗賊とその一味だと知れば仰天どころの話ではすまないだろう。
船着き場までの道すがら、カンダタは一行の今後の予定を尋ねてきた。
「ダーマ? ポルトガに戻るんじゃねぇのか?」
「はい。カルロスさんとサブリナさんの呪いを解く手掛りを探しに」
「そうか」と、顎に手を当てて何故か思案顔になるカンダタに、アステルは小首を傾げる。
「そう言うあんたらは、これからどないするんや?」
尋ねるシェリルにカンダタは片眉を上げた。
「ああ? 親父さんから聞いてねぇのか? 俺達はこれからあんたの親父さんの船の護衛だ」
「はぁーーーっ!?」
「うるせぇ」
大きな声を上げるシェリルに、うんざりと耳を塞ぐカンダタ。スレイも少し驚いたような声で「そうなのか?」と、彼に問う。
「なに企ろんどるんやっ!」
シェリルはカンダタに魔法のそろばんを突き付けた。そろばんの玉がじゃらんっ!と鳴る。
「何にも企んじゃいねぇよ。親父さんはポルトガまでの用心棒が欲しい。俺達はポルトガに向かいたい。目的が一致した。それだけだ」
カンダタはそろばんを押し戻しながら言う。
「そういえば」と、タイガ。
「あんた達、船も出てないのにどうやってこっち側に来たんだ?」
その質問にカンダタは米神に手を当てて、深く深く溜め息を吐いた。
「来たくてきたんじゃねぇや。半ば強制的にこっちに来る羽目になったんだ。どっかの誰かさんのせいでな」
「って、なんでウチを見んねんっ!」
魔法のそろばんを振り下ろすシェリル。それを容易く避けるカンダタ。
「避けんなやっ!!」
「バーカ。避けるに決まってんじゃねぇか」
「きぃーーーっ!!!」
「……カンダタさんの言う誰かさんって誰の事なんだろうね?」
二人の攻防を眺めながら呟くアステルに、その答えがわからないスレイも首を傾げた。