長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
聖なる河の下流にある船着き場には、沖合いにあるエルトンの大型船へと向かう
ロマリア王国へと運ばれる香辛料は既に積み終えたらしく、それを手伝っていた町の者や暫く動いてなかった船のメンテナンスを終えた船乗り達は思い思いに過ごして、出港の時を待っている。
そこに罪人を乗せた馬車が到着したので騒然となるも、目立った混乱はなく彼等は艀へと乗せられて行った。
「ほんまに、ほんまぁーーにっ! ワシとポルトガに戻る気はあらへんのか!?」
「あらへん」
父エルトンは娘シェリルの手を掴み滂沱の涙を流し懇願するも、娘は容赦なく斬って捨てた。がくりっと項垂れたかと思ったら、今度は勢いよくアステルの方を振り返る。
うるうると訴えるようにこちらを見詰めるエルトンに彼女は思わずたじろいだ。
言いたい事は痛い程伝わる。伝わるが。
「エルトンさん……ごめんなさい!!」
アステルは深々と頭を下げた。
「私からはなにも言えません。私にはシェリルの力が必要なんです」
その言葉にがっくしと地に両手、両膝を付くエルトンに、おろおろと手をさ迷わすアステルの肩を、気にするなと言わんばかりにシェリルが掴む。
暫くしてから鼻を啜りながらエルトンは立ち上がった。眉尻を下げつつも笑顔を浮かべて。
「アステルちゃん……勇者殿にうちの娘の力が必要だなんて言われてもうたら、折れるしかないんやろうな」
「エルトンさん……」
「親父……」
「せやけどっ! ポルトガに戻ったらちゃんと顔を見せに帰って来るんやでっ!」
「わあった、わあった」
再びガバッと詰め寄るエルトンに、シェリルは半眼で適当に返事した。
* * * * * * *
「……? ん?」
「なんだ? どうかしたか?」
艀の
「ありゃぁ……!!」
────ドドーーーンッ!!!
大きな爆音。立ち上る水柱。水面に激しく揺れる艀。辺り一面に沸き上がる悲鳴、降り注ぐ水飛沫。
「な、なに!?」
「大砲や! 砲撃されとるっ!!」
アステルが叫び、エルトンが答えた。しかもそれは一発では収まらない。続け様に二発、三発、四発。
だが、威嚇狙いか。全て河岸の水面に着弾するばかりで、陸地や艀は狙ってこない。砲撃は止み、視界を遮っていた水柱や水煙が収まり、姿を現したのは。
狭い水路を進む大型船。掲げる旗印は交差した
「海賊船だぁーーーっ!!」
誰かがそう叫び、バハラタの町民は逃げ惑う。船乗り達は顔を青褪めさせるも、艀と岸を繋ぐ縄がほどけぬよう奔走する。
揺れる艀の中にいる誘拐団達は慌てふためく事なく、むしろほくそ笑んでいた。
海賊船は座礁しない位置まで進み、そして停まった。船首にある大砲の狙いの先は、その場を動かないアステル達を定めている。船の甲板にはそれぞれ武器を手にした海賊達。
その群れを割って現れたのは。恐らくは海賊の頭目であろう、日に焼けた裸胸に革チョッキを羽織った屈強な躰の禿男。その男がアステル達に向かって声を張る。
「その艀を大人しくこちらに寄越せ! さもなくば今度は町に向かって砲撃する!」
大砲の狙いをアステル達から、町の方角へと移す。
「ついでに町の見目のいい若い娘達も十人ばかりその艀に乗せて貰おうか!」
そう言って海賊達は下卑た笑い声を上げた。
「この距離じゃ呪文も届かない……!」
悔しげに唇を噛み締めるアステル。しかし、ポルトガ兵達は慌てる事なく「御安心を」と不敵な笑みを浮かべた。
「え?」
「……我々の思惑通りです。これでもう奴等は逃げられない」
「みんな! あれを見ろ!!」
タイガが指差した。海賊船の真後ろへと迫るのは、こちらも大型船。旗印も同じ髑髏マークではあったが、趣向が異なっている。あちらは黒地に対しこちらは暗い赤。骸骨の虚ろな片目には深紅の薔薇が刺っていた。
突如現れた赤の旗の海賊船は、勢いよく船首をぶつけた。その衝撃で黒の旗の海賊船の乗組員達はよろけ、尻をつく。頭目は船の縁に掴まりなんとか堪えると、顔を上げ、その赤い髑髏の旗を見て青ざめた。
赤い旗の海賊船から次々と武器を手にした海賊達が、接触部分から黒い旗の海賊船に飛び移る。不意を突かれた黒い旗の海賊船の海賊達はあっという間に、伸され、拘束され、そして船は制圧された。
その光景を目にした艀に乗る人攫い達は、がっくりと項垂れた。
「うぉうっ!!!」
「な、なにが起こってるの……?」
そのあまりの早さ、手際の良さにアステル達は呆然とし、マァムだけが手を叩いて歓声を上げる。
「あいつら同じ海賊やろ? なんで……」
「黒旗の海賊達は祖の定めた《滄海の掟》を破ったならず者の集まりです。そして、赤旗の海賊達はポルトガ建国時代から王国と繋がりのある由緒ある海賊団です」
「由緒ある海賊……って、」
呟くシェリルに、ポルトガ兵士は語る。
「貴女もポルトガ国民なら聞いた事があるでしょう? アリアハンが全大陸を征服した時代。我々の祖先は全世界の海を支配した大海賊だったと」
「うんなん、御伽噺やろ?」
しかし、ポルトガ兵はにっこりと微笑んでいて。しかもその微笑みは何処か黒い。
「……マジか」
「外国との体面もありますので、他言無用でお願いしますよ」
頬を引き釣らせるシェリル、そしてアステル達に向かって兵士は口元に人差し指を立てた。
紅い旗の海賊船から一つの人影が黒い旗の海賊船へと軽やかに跳躍して飛び移る。敵船に降り立ったその人は、颯爽と歩を進める。拘束した黒旗の海賊達とその頭目を素通りし、船首楼へと立ち、河岸にいるアステル達を見下ろす。
その姿を目にしてエルトンとシェリルは何故か固まった。
「女の……人?」
アステルは目を凝らした。背の高い女性だ。胸の部分だけを包む深紅のチューブトップを纏い、引き締まった腹筋を露にさせている。黒のショートパンツから伸びるしなやかな長い脚に革のブーツサンダル。
太陽に照らされた素肌は小麦色、風に靡く一つに纏められた艶やかな黒髪を、背中に払うその左手首には、くりぬき翡翠のバングルが鮮やかに輝く。
「あ、あ、あ、あ、あ、」
「り、り、り、り、り、」
「ど、どうしたの!?」
いきなり吃りだした商人父娘に、アステルが吃驚し尋ねるも、二人はぶるぶると震える指を差した格好のまま、驚愕の表情で二の句が告げられないでいる。
黒髪の女の珊瑚の唇が弧を描いた。
「姉貴ーーーっ!!」
「リシェルゥーーーっ!!」
「「「……え、姉? リシェル?」」」
アステル達が間の抜けた声を揃え、船にいる女性と父娘を交互に見比べた。
確かに。確かに似ている。
背が高くそして細身なその姿。肌の色。三白眼気味の綺麗な翠色の目。シェリルを幾分大人っぽくしたかのような面立ち。黒髪は恐らく父親であるエルトン譲りなのだろう。
カンダタは物言いたげに船の上の彼女を半眼で睨む。それに目敏く気付いたスレイは彼に尋ねた。
「もしかして、あんた達をこっちに連れてきたのって……」
「……あの女海賊だよ。ついでに言うとあの女は海賊達の頭だ」
「「「「ええぇーーっ!?」」」」
その言葉にアステル達は更に声を張り上げ驚く。父親のエルトンなんかは失神しそうなくらい顔面蒼白だ。
アリアハンを出発する日の朝。海賊になったという姉の話を持ち出し、泣き喚いてシェリルの旅立ちを阻止せんとしたエルトンを思い出して、タイガは憐憫の籠った眼差しで彼を見た。
(まさか海賊になっただけでなく、その頂点に立ってるとは夢にも思わなかっただろうに)
「勇者オルテガの娘、アステル!」
「は、はい!?」
女海賊の麗しくも凛凛しいその声に、思わず背筋を伸ばして返事をしてしまうアステル。
「《聖なる旋律》が《義を司る赤》を導く時、海の上で再び会おう!」
「聖なる旋律……義……赤?」
呟くアステルに女海賊リシェルは妖艶に微笑んで頷き、片手を上げる。
「───引き上げるよっ!!」
その声に海賊達が『へいっ!』と声を揃える。赤旗の海賊達は黒旗の海賊船と、自分達の海賊船を太縄で結び繋げ始めた。
それを終えると二人の若い海賊が黒旗の海賊船の船首へと走り、女海賊を挟むようにして立つ。
「では、息災で! シェリル! そして親父様!」
「姉貴っ!!」
「ちょっ、ちょお待たんかいっ! リシェルッッ!!」
シェリルが叫び、エルトンが我に返り、手を伸ばしたと同時に、若い海賊二人が呪文を唱えた。
『───
攻撃を目的としない微妙に調整されて放たれた風の呪文は、周りを傷付ける事なく、船の推進力に変える。飛び出すような勢いで動き出した二隻の船はあっという間に、姿を消した。
「……呪文にも色んな使い方があるんだなぁ」
顎に手を当てて感心したように呟くタイガに、アステルとスレイも思わず頷く。
「リシェル……」
「親父……」
膝をついた父親に、シェリルは手を伸ばそうとしたが、その前にガバッと起き上がり側にいるポルトガ兵士に詰め寄った。
「
「い、いえ、我々もそこまでは……」
エルトンの気迫に兵士は頬を引き釣らせる。
「わぁーった! ワシが直接王に聞くっ! 出航やっ! ちゃっちゃと仕事片付けてポルトガ戻んでっ!」
そう言ってエルトンは肩を怒らせながらずんずんと艀に向かって歩き出す。ポルトガ兵士がその後を慌てて追いかけた。
「雇い主もああ言ってるし、俺らも行くわ」
「あ、ああ……」
疲れた様な声音でそう言うカンダタに、スレイは戸惑いつつ頷く。
「あっ!」
慌てたように声を上げたシェリルに、歩みだそうとしたカンダタが振り返った。
「なんか用か? お嬢様」
「お嬢様言うなっ! ……いや、そうやのうて……」
モジモジするシェリルに、カンダタは眉を顰めた。
「なんだぁ? 早くしてくれ。船が行っちまう」
「あ、あんた、十年くらい前に、その、ポルトガで……その、」
何故か肩をすぼめ、どんどん小声になっていく。彼女らしからぬその態度にアステル達の顔に奇妙な表情が浮かぶ。
カンダタは彼女に近付き、その顔を窺うように身を屈める。
「なに言ってんのか聞こえねぇ」
「……つっ!」
ボンッと顔を赤くしたシェリルは咄嗟に、近くにある顔に張り手を御見舞いした。
「ッテエエエ! 何しやがるっ!!」
「近いんじゃぁ! ボケぇっ!!」
「てめぇがボソボソ話すからじゃねぇかっ!!」
「……っ! もう、いいっ!! なんもあらへんっ!! さっさと行けっ!!」
腕を組み、ふんっ! とそっぽを向くシェリルに、ひっぱたかれた頬を擦りブチブチと文句を言いながら歩みだしたカンダタは思い出したように振り返り、
「スレイ。ダーマに行くんなら婆さんにちゃんと挨拶しとけよ」
するとスレイはあからさまに顔を歪めた。
「ついでに魔力暴走の件も婆さんに相談しとけ。ありゃぁ異常だったからな。放っとくなよ」
じゃあな。と、今度こそ艀に向かって歩き出す。続けてカンダタ子分達も手を振り、頭を下げながらアステル達の前を通り過ぎ、頭である彼を追う。
やがて船に乗る者達全てが揃うと、艀がゆっくりと進み出した。
「スレイ。ダーマにお知り合いがいるの?」
そんな事、一言も言っていなかったのに。
去っていく者達に手を振りながら、アステルは隣にいる彼に問いかけた。
「知り合いってほどのもんじゃない」
と、眉間に皺を寄せて曖昧に答えるスレイ。その姿がなんとなく、ポルトガに行くのを嫌がっていた頃のシェリルを彷彿とさせた。
「……そういえばシェリルはカンダタさんに何が聞きたかったの……って、どうしたの!?」
シェリルはどんよりと膝を抱え込み、顔を隠して座り込んでいた。
「……大丈夫。大丈夫やから。今はそれに突っ込まんといて」
「う、うん……」
「……んなわけない。絶対あいつが……なわけない。ない。うん」と、誰に聞かせるでもなく、ブツブツと呟くシェリルの項垂れた頭を、笑顔のマァムが楽しげにぽむぽむ叩いた。
「シェリル、どうしちゃったんだろ……?」
眉を下げて囁くアステルに、タイガは頭を傾げ、スレイは肩をすくめた。