長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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閑話 余燼

 

 

 

 ここはアステル一行がいる場所から、海を越え、遥か、遥か。東の大陸。

 険しき山脈と深き森に囲まれた難攻不落の軍事大国。その国の名は───サマンオサ。

 

 「失敗だと?」

 

 サマンオサ王は顔を顰めた。銀の玉座に深く腰掛ける老王は、痩せ細ったその身を、銀糸で縫い込まれた豪奢な刺繍の施されている深藍の長衣に包み、白貂(しろテン)の毛皮の外套を纏っている。肩までかかる白髪の頭が戴くのは白銀の冠。

 皺深く面長の顔は頬が痩けて病人のように血色が悪い。されど、その眼光は弱々しい見た目とは不釣り合いなほどに鋭く、ぎらぎらとしていた。

 

 日の光を好まぬという王の玉座の間は、常に紫の分厚い緞帳を張りめぐらせており、昼間でも燭台の明かりが必要な程に暗かった。

 

 「……はっ。なにやら邪魔が入ったようです」

 

 王の足許にひざまずき、報告する伝令兵。その体は震え、額には汗が滲んでいた。

 

 王の傍に立つ大臣が眉根を寄せる。

 

 「……邪魔とな? ポルトガの仕業か?」

 「恐らくは。約束の海域にいくら待てど海賊達の来る気配なく、捕らえられたのではないかと……」

 

 「もうよい」

 

 王のしゃがれた声が玉座の間に響く。王は肘掛けにのせていた骨筋張った手を払う。大臣は心得顔で頷き、平坦な声で申し渡した。

 

 「───派遣隊は全て極刑に処す」 

 「そっ、それは……っ!!!」

 「当然であろう。王命を果たせなんだ罪は重い。それともなにか? 不服か?」

 

 思わず顔を上げた伝令兵を大臣はギョロリと見下ろす。兵は唇を噛み締め再び頭を下げた。

 

 「……いいえっ……申し訳ございません」

 「下がれ」

 「……はっ」

 

 

 

 「───あの者に〈魔の種〉を植えつけよ」

 

 

 退室する兵の背中に視線をやったまま、大臣が声低くそう告げると、背後の重い緞帳がふわりと揺れた。

 

 王は肘宛に頬杖をつくと、つまらなそうに溜め息を漏らした。

 

 

* * * * * *

 

 

 灰色の曇天の下、王国広場にて執り行われるのは罪人……元王国兵士達の処刑。

 そしてこの見せしめの処刑に参加することをサマンオサの国民は義務付けられている。偉大なる王に逆らえばどうなるか。それを思い知らせる為に。

 張り付けにされた罪人に近寄れぬよう張り巡らされた高く頑丈な木製の囲いには、その家族が恋人が悲痛な表情で懇願の声を張り上げ、柵の隙間から精一杯手を伸ばしている。

 

 「ああっ!」

 「あんたぁっ!!」

 「父ちゃーんっ!」

 「お願いです! どうか御慈悲をっ!」

 「何故ですかっ! うちの息子は寝る暇惜しんで国の為に尽くしてきたのにっ!!」

 

 しかし願い虚しく、刑は執行される。

 辺りは嘆きと悲鳴で満たされた。

 

 その一部始終を拳を握り締めて目を逸らさず見詰める男の姿があった。

 

 「……ブレナン」

 

 そう呼ばれて振り返ると、表情を隠すように帽子を目深にかぶる男が立っていた。

 

 「……ハンス。今日の刑の罪状は一体なんなんだ?」

 「王命を果たせなかった罪だとよ」

 

 ハンスは俯き様に答え、ブレナンは眉を顰めた。

 

 「……王命。あの悪行が、王命か」

 

 ブレナンは皮肉な笑みを浮かべ、吐き捨てるように言う。鎖国状態の上、厳戒体制であるこの国に外国の者が足を踏み入れる事は、全くといってない。そのはずである。

 

 しかし、何時からか。

 

 異国の者……特に若い娘達が馬車に乗せられ王宮に入っていく光景を毎月のように見かけるようになったのだ。拘束された娘達は(やつ)れ、虚ろな表情で城の中へと入っていく。

 恐らくは……いや、間違いなく。

 正当な方法で連れて来られたのではないのだろう。月によっては二十人ほど連れて行かれるのも目撃した事もある。

 だが、その後、彼女達がどうなったか、誰も知らない。

 城勤めの者達に彼女らの話を聞いても、怯え青ざめた顔で知らぬ存ぜぬの一点張り。

 

 「口には気を付けろ。誰が聞いていて、告げ口するかわからんのだからな」

 

 ハンスは声を低くして咎めた。

 

 「……そういえば、国外から戻ってきた奴等から聞いたんだが、ついにアリアハンの若き勇者が旅立ったらしいぞ」

 

 その言葉にブレナンは眼を見開く。

 

 「アリアハンの勇者……オルテガの子供か」

 

 頷くハンスに「そうか……」とブレナンが空を仰ぐ。

 

 「────あいつが。あいつら親子がいたら……どうしてただろうな」

 

 頬が濡れた。

 ついに空が泣き出した。

 どんどん強くなる雨脚にその場を離れ、肩を落としながら家路に向かう者がいる一方、その場を動けずに雨に打たれて泣き崩れる者達もいた。

 

 地面に拡がる赤い染みは、この激しい雨の中にあっても、

 

 いつまでも、いつまでも消える事はなかった。

 

 

 

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