長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
───ダーマの神殿。四方を高い山に囲まれた山上盆地、杉や松檜が密生する森林地帯の中央に建てられた荘厳華麗な聖殿の歴史は、創世記まで遡ると謂われている。神官僧侶の総本山であり、心身を鍛え《悟り》へと到達する事を目的とした修行場である一方、世俗にもその門戸は開かれていた。
参拝者は勿論の事、ここには古代大戦の戦火から免れた膨大な数の貴重な古文書が収められた大図書館があり、それ目当てにこの地を訪れ、そのまま留まり日夜研鑽を積む学者や研究家、魔法使い達も多く見受けられた。
故にダーマは《叡知・英知》が集結する地とも呼ばれている。
宗教都市と言っても過言ではないだろう。外門を潜った先、広大な神殿敷地内には幾つもの祈り場や修練場が設けられ、様々な職種の人間が目当ての場所へと向う。
中には僧侶や魔法使いといった知的な職種だけでなく、信仰や学問とは無縁そうな武闘家や戦士風の者の姿も見られた。
「そんな事もないぞ」
彼女の感想に隣を歩くタイガは朗らかに笑う。
「本物の
「なるほど」
アステルは納得して頷く。
「……それに、なにより……」
ふいにタイガの顔から笑み消える。真顔の彼が何を語るのかと、アステル達は固唾を呑んだ。
「ダーマの宿は飯は味気無くて量は少ないが、風呂付きで代金がすこぶる安い!長期滞在にはもってこいの修行場なんだ!」
一同、がくっと力が抜けて体が傾ぐ。マァムだけは笑っていた。
「? どうしたんだ?」
「う、ううん。だったら早めに宿は取っといた方がいいね」
いきなり立ち止まった仲間達にキョトンとするタイガ。アステルはそんな彼に苦笑を浮かべ、再び行き交う人々に視線を移す。
「それにしても……参拝の人、多いね」
「いいや。これでも少ない方だ。人攫い騒動と港閉鎖のせいだな」と、スレイ。
「だろうなぁ」と、タイガも同意する。
「これで!?」
驚愕の声をあげるアステルに、二人は頷いた。
「はぁ。このご時世にそんなに多くの人が、海を渡ってまで遥々やって来るなんて。……それほど御利益があるの?」
「そうらしいで」と、シェリル。
「転職とか人生の岐路に立った時とか。一念発起する前にお参りすると効果覿面やって聞いた事あるわ」
「転職?」
「てぇんしょぉくぅ?」
首を傾げるアステルとそのマネをするマァム。「眉唾な話やけどな」と、シェリルは肩を竦めた。
「親父も武闘家から商人に鞍替えした時に、母方の
「あはは。さすがだね」
ダーマの中心部へと向かうその前に、一行はタイガが絶賛した宿屋に立ち寄る。神聖な景色と調和した外観の二階建ての宿は、一個人が経営しているのではなく、ダーマが管理している大規模なものだった。大広間には旅の神を祀る立派な祭壇があり、ここを訪れた者、旅立つ者が入れ替り立ち替り祈りを捧げている。
アステル達は男女に分かれて部屋を二つ取り、大浴場に向かう。日はまだ高いが、参拝の前に身を浄める者が多い為か、湯槽には常に暖かな湯が張っており、利用する事ができた。汗や埃を落し、清潔な服に着替え、宿の者に参拝に出る事を伝えて再び外へと出た。
本殿へと続く石畳の参道の両脇に並び立つのは、神秘的雰囲気を感じさせる石の塔。
前を歩く修行僧が立ち止まってはその塔に向かって拝する。その様子を不思議そうに眺めるアステルに気付いたスレイが口を開いた。
「あの石塔の中には〈元始の賢者ガルナ〉が書き遺した聖典が納まっていて、ここら一帯に結界を張っている」
「ガルナ……確か、人の身で神の声を聞き、五大属性全てを操る力を得て、ありとあらゆる魔法を会得行使できた、此の世で最初の賢者……だよね?」
幼い頃、元僧侶の母に教わった歴史の授業を思い出すアステルに、スレイは頷く。
「あれに祈り、大賢者の遺志に触れる事で、過去の罪が消除されて功徳を積む事ができるそうだ。他にも寿命が延びるとか、死後は迷わず天へと導かれるとか謂われてる」
「へぇ」
本殿を目指す一行は祈る修行僧を追い越す。ある程度距離を取ってから、アステルは背後を振り返る。まだまだ終わりの見えない石塔のひとつひとつに、丁寧に頭を下げるその姿に思わず溜め息が漏れた。
かなりの忍耐が必要なのではないだろうか。
(……それにしても)
「スレイ、詳しいね?」
「ここに滞在してた時に教わった」
「そういえばスレイはどうしてダーマへ? やっぱり《ガイアの剣》の手掛かりを求めて?」
「……まぁな」
渋い顔をして答えを濁すスレイに、アステルは首を傾げた。
アリアハンの水路の遺跡、旅の扉、砂漠の国とその王墓を初めて目にした時もそうだったが、古代人の技術力にはただただ驚くばかりである。
陽光を浴びて青白い輝きを放つ、美しく巨大な本殿を見上げ、口を開けたまま惚けるアステルとシェリルを、後ろにいるスレイが軽く小突いて我に返らせる。
出入り口を護るかのように、参道を挟んで建つのは、神殿と同じ石材で出来た天を衝くような対の石塔。シェリルは石塔に近付き、顎に手を当てまじまじとそれを見詰めた。
(見た感じ材質は
「シェリル~?」
「……ん。ああ! すまん!」
呼ばれて我に返った彼女は、仲間の元へ駆け出した。
神殿の巨大な黒鉄の扉は固く閉ざされ、その前に立っていたのは門兵ではなく、赤紫の法衣を纏った一人の壮年の男性神官だった。神官はアステルの額のサークレットを認めると、天を仰ぎ祈るように両手を高く掲げた。
「ダーマの神殿によくぞ来た!」
神官はポーズをとったまま静止した。
風に揺れる木々のざわめき、天高く飛ぶ鳥の鳴き声だけが長閑に響き渡る。
────長い、長い、間を置いて。
やっと動き出した神官は、すっと両手を下ろし。
……何故か、がっくりと項垂れた。
「「「「「?」」」」」
一行は頭に疑問符を浮かべて互いに顔を見合わせる。埒が明かないので、先頭に立つアステルが神官の下がった肩に、手を伸ばして声をかけようとした……次の瞬間。
「と、言いたいところだがっ! 今のそなたらを通す訳にはいかぬっ!」
「きゃあっ!!」
突然、ぐわっと顔を上げた神官をかわすように、大きく仰け反るアステル。バランスを失い、後ろに倒れる彼女の体をスレイが受け止めた。
「ご、ごめん。ありがと」
「気にするな。あっちが悪い」
「どういう事や? ダーマの神殿は万人に開かれとるんやろ?」
手を腰に訝しげな目で神官に詰め寄るシェリルに、彼はゴホンッとひとつ咳払いをする。
「然り。だが、物事には順序というものがある」
「順序~っ?」
「ダーマの神殿の扉は
「命名神、マリナン?」と、タイガ。
「さよう。主神の従属神で、名前と宿運を司る神。マリナンに認められねばここを通り抜ける事は叶わぬ。……こんな事、私が説明せずともそなたなら知っておった事だろう。───スレイ=ヴァーリスよっ!」
「え?」
「威風堂々と扉が開き、新たな勇者が神域へと導かれる筈だったものをっ! とんだ赤っ恥をかいたわっ!!」
アステルは背後を見上げると、ぶつくさ文句を垂れる神官に対して、スレイは何食わぬ顔でそっぽを向いていた。
「まったく。たとえ彼女が天に選ばれし〈勇者〉であろうとも、古からの慣習は避けられんわい。往生際が悪い事をせず、さっさと《命名神の巫女姫》の元へ行かんか」
「……姫なんて歳か」
半眼でぼそりとそう呟く。
「ほほぉう? ……ならばその減らず口、巫女姫本人の前で叩くがいい。叩けるものならな」
ニヤリと笑う神官に、スレイは苦々しく舌打ちをして、踵を返す。アステルは足早に立ち去るスレイと、やれやれと言わんばかりに溜め息を吐く神官を交互に見る。
「ん? なにをしておる勇者よ。彼について行くがよい」
「え? あ、……はい! 失礼します!」
「うむ。また後程な」
ぺこっとお辞儀をしたあどけなさが残る勇者の少女は、紫紺の外套を翻し慌ててスレイの後を追う。
続けて、背の高い珊瑚色の長い髪の娘、頑強な体格の隻眼の武人が。
そして。
最後に男の大きな体に隠れるようにいた細身の娘が、軽い足音を立てて皆の後を追った。
「………っ!」
ふわりと翻る豊かな金髪巻き毛、こちらをちらりと窺った燃えるような
走り去る娘の姿に、過去の幻影を見た神官はその名を呟いた。
────セファーナ=ノーラン……と。