長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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魔王の戯れ

 

 

 

 黒闇に包まれたと思ったら、辺りが真っ赤な光に包まれた。攻撃的な赤に目を開けていられず閉じてしまった、次の瞬間。

 ピシリという不吉な音がアステルの耳に入った。

 目蓋を上げると部屋の透明な壁や天井は粉々に砕け散り、押し寄せてきた闇と水にあっという間に飲まれた。真っ暗な中で空気を求め、必死に藻掻くも、浮上しているのか、沈んでいるのかすらわからない。

 肺の中の酸素はすぐ底づき、開けた口からは更に水が入ってくる。

 

 

 (苦しい! 苦しい! 苦しい!)

 

 

 

 

 ────コォォォォンッ!!!

 

 

 

 澄んだ甲高い音が混濁した意識を払拭した。

 

 「───っはぁぁぁっ!!」

 

 がくりと膝を突き、咳込みつつ息を整える。酸欠で朦朧としていた視界が初めに捉えたのは、床に両手で杖を突いているナンナの姿だった。

 顔は伏せていてその表情は窺い知れない。

 アステルは目だけでゆっくりと周囲を見渡し、驚愕した。

 

 「……うそ」

 

 なにも、変わってない。

 

 透明な壁と天井はこの空間と青く美しい水底の世界を遮り、境界の役割りをちゃんと果たしていた。 

 水が入った気配などなく、どこもかしこも、己の身体も。全く濡れていなかった。

 

 「まぼ……ろし?」

 

 しかし。それはアステルだけに見えた幻ではなかったようだ。

 

 「な、なんや? 今の」

 

 床にへたり込んだシェリルが息を切らし、震えた声でそう呟く。

 

 「壁が、天井が、水が……?」

 

 青ざめたシェリルが答えを求めてアステルに振り返る。

 

 「うん。私にも見えた。スレイは……スレイ!?」

 

 彼はまだ床に額と膝を着き、自身を抱き締めるようにして踞っていた。

 幻覚からまだ覚醒めていないのだろうか? アステルは慌てて彼の背中に触れた。

 

 「冷た……っ! えっ!? 魔力暴走っ!? なんでっ!?」

 「ア、ステル……! 離れ、ろ!」

 「スレイっ!」

 

 姿勢を低くして彼の顔を覗き見た。

 琥珀の瞳はあの時と同じ様に金色に煌めいていたが、その意識は手離していない。低く呻き、内で暴れる魔力を抑えようと必死に耐えている。

 

 「ぐっ! うっ、あぁぁっ……!」

 

 遠ざけようとするスレイの手を逆に掴み取り、アステルはぎゅっと握り締めた。

 彼女の革の手袋が凍てつき、霜が張り付く様を見たスレイは慌てて振り払おうとする。

 

 「 は……離せっ! アステル!」

 「やだっ!」

 

 間髪入れずに上げた拒否の声にスレイは目を見開く。一か八か。呪術封印呪文マホトーンを試みようとアステルは口を開いた。

 

 「ふむ。アステルよ、そのままそやつを抑えておれ」

 「え?」 

 

 アステルが顔を上げるとナディルがすぐ傍にいて、顎に手をやりスレイを冷静に観察していた。

 

 「……これは……呪詛が魔力に定着してしまっておるな。破邪呪文シャナクはもう意味を成さんか」

 

 (シャナク……? 呪術封印呪文じゃなくて破邪呪文?) 

 

 だが疑問は言葉になって出て来ない。ただ、ただ、縋る想いでアステルはナディルを見ていた。それに気付いたナディルはにっこりと笑ってアステルの頭に手を置き、その手を今度はスレイの顔の前に翳した。

 

 「こんなに心配させおって。本当にしょうのない奴だ。ほれ、マホトーン」

 

 溜め息混じりに放たれた呪術封印呪文は、紫の光の帯となってスレイの体を縛り、低い音を立てて消えた。

 暴走しかけていた魔力は封じられた事で落ち着きを取り戻したものの、溢れ出た理力は消費したままだ。

 理力欠乏を起こして体はガタガタと震えている。 

 

 「───むんっ!」

 

 すると、今度はナンナが気合いと共に杖を振るった。杖の先端に《水》が踊る様に現れ、傍にいたアステルもろともスレイに降りかかる。

 アステルは思わず悲鳴を上げる。しかし浴びた水は甘く、暖かく、すぐに蒸発して乾いた。それだけではない。

 

 「理力が……回復した?」

 

 まるでエルフの聖域、地底湖にあった回復の泉と同じだ。隣で一緒に浴びていたナディルも「くぅ〜効っくぅ」と気持ち良さげにしていた。

 

 「───かはっ! ゲホゲホっ!!」

 「スレイっ? スレイっ!!」

 

 詰めていた息を吐き出し、咳き込み、忙しなく呼吸を繰り返すスレイの背中をアステルが懸命に擦る。

 時間をかけて息を整える。最後に長く息を吐くと、擦る手を制してスレイはゆっくりと顔を上げた。

 

 「……もう、大丈夫だ」

 

 彼女を安心させようと頬笑むが、ぎこちなく、その肌の色は抜け落ちて白く痛々しい。

 アステルは顔をくしゃりと歪めて、彼の冷たい手を暖めるように握り締めた。

 

 「さっきのはなんやったんや?」 

 「《魔王の戯れ》だ」

 

 誰ともなしに問うたシェリルの声を拾ったのはナンナだった。アステルとスレイもそちらを見た。

 ナンナは床に杖をコォンッと一突きし、やれやれと息を吐いた。あの時、幻覚を解いた《音》は彼女が発したものだと気付く。

 しかし不穏な言葉にアステルは眉を顰めた。

 

 「魔王……?」 

 「ポルトガの勇者達を呪ったのは魔王バラモスだ」

 

 アステルとシェリルはヒュッと息を呑んだ。

 

 「さっきのは呪いを探っていた私達に奴が呪詛を放ってきたんだよ。それをマリナンが護って下さった」

 

 「読み違えたね」と、ナンナは盛大に舌打ちをした。

 

 「……その、《魔王の戯れ》とは、なんなのですか?」

 「そのまんまの意味だ。たまにあるのさ。目障りな存在を魔王自らが手を下す事が。奴にとってはほんの気まぐれ。暇潰しの遊びのようなもの」

 「ふ、ふざけんなっ! お遊びでカルロスとサブリナをあんな目に合わせとるっちゅうんかっ!?」

 「そうだ。魔王とはそういう存在。命ある者の《負》の感情を贄とし、喜びとする。希望の勇者の魂が墜ちれば、多くの人間の絶望を得られる」

 

 いきり立つシェリルを諭すナディルの声は静かなものだが、その視線には圧があり、口を噤まざる得ない。

 

 (ポルトガ王も同じ事を言っていた。……でも、まさか)

 

 アステルは唇を噛んだ。

 魔王討伐。それは一行の最大であり、最終目的だ。しかしそれがいつ果たされるかなど検討もつかない。旅立って半年は超えたが、距離も力も魔王に近付いているとは到底思えない。

 

 現時点でどうする事も出来ない悔しさにシェリルは歯を食いしばり、拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 ────バンッ!!!

 

 重い静寂に包まれる中、壊さんばかりの勢いで開いた部屋の扉の音にアステル達は肩を大きく跳ね上がらせた。

 飛び込んで来たのはマァム、そしてタイガだった。

 

 「ふ、二人とも、どうして……」

 

 タイガは部屋の風景に驚きを隠せず入口で固まっていたが、マァムは見向きもせず一直線にアステルの元へと駆け寄り、その腕を掴んだ。

 

 「アステル! 大丈夫?!」

 

 張り詰めた表情で尋ねるマァムに、アステルは思わずたじろぐ。

 

 「う、うん」

 

 頷くアステルにマァムはやっとその表情を緩めた。

 

 (マァム……?)

 

 いつもと明らかに違った雰囲気にアステルは戸惑った。そんな視線に気付いたマァムは、掴んでいた彼女の腕をさっと離して俯く。

 

 「───セファーナ」

 「え?」

 

 絞り出すような声にアステルが目を向けると、ナディルがマァムを食い入るように見詰めていた。

 

 「セファーナ、なのか?」

 

 今度は強めの声で、はっきりと尋ねた。彼女へと伸ばされた手は小刻みに震えている。

 

 (セファーナ……って、誰?)

 

 声に反応したのか、俯いていたマァムがゆっくりと顔を上げた。

 

 「……おじーちゃん、だぁれ? マァムはぁ、マァム=ヴェルゼムだよぅ?」

 

 にぱっと笑うマァムにナディルの手が止まった。

 

 「…………まぁ、む?」

 

 「マァム」とアステルが呼びかけると、彼女は輝くような笑みを浮かべ「アステルだぁ〜っ!」と首っ玉にかじりついた。アステルの傍らにいたスレイを突き飛ばす事も忘れない。

 

 「……おい」

 「あれぇ? ここどこぉ? でもぉきれぇ〜いっ!」

 

 低く上がった非難の声を綺麗に無視し、美しい湖底風景に今気付いたようにマァムははしゃぐ。

 

 「ナディル様……?」

 

 ぼんやりとマァムを見ていたナディルは我に返ったようにアステルを見た。

 

 「この者は……?」

 「私達の仲間です。命名神の審判に通らず、もう一人の仲間と上に残ってたのですが……マァムの事、もしかしてなにか御存知なのですか?」

 

 尋ねられたナディルは再度マァムに視線を移す。暫くそうしていたが、やがてゆるりと首を横に振った。

 

 「……いいや。人違いだ」

 

 淋しげなその表情にアステルが口を開こうとしたが、次いで現れた人物にナディルのそれは霧散された。

 

 「ナディル大神官。御無沙汰しております」

 「おお、タイガではないか。息災であったか?」

 「はい。今はアステル達と旅をしております」

 

 朗らかに笑うタイガにナディルも「そうか、そうか」と目元を緩めた。気安げに言葉を交わす二人に、タイガはダーマの神殿の本殿で祝福を受けたと言っていた事をアステルは思い出した。

 

 「その者達が上で待ってた残りの仲間だね」

 

 杖を突き、ナンナがこちらに近付く。小柄で腰の曲がったナンナが背の高いタイガの前に立つと、その体は更に小さく見えた。

 

 「はい。二人とも、こちらが命名神の姫巫女ナンナ様。そしてマァム、こちらは大神官ナディル様よ」

 「ふぇ〜〜?」

 

 アステルはマァムを優しく引き剥がして、二人に向かい合わせた。

 

 「お初にお目にかかる。自分は八雲大河と申します」

 「マァム=ヴェルゼムだよぉ〜! よっろしくぅ〜!」

 

 タイガは床に膝を突き、少しでもナンナより目線が下になるようにする。先刻の命名神の審判の件を踏まえてだろうか。いつもとは違う名乗りで慇懃に頭を下げた。マァムはいつも通りの元気のいい自己紹介だ。ナンナはアステル達の時と同様、二人の名をもごもごと繰り返し呟く。

 そして片眉をぴくりと上げて、タイガとマァムを交互に見て、「なるほどねぇ」と一人納得したように目を細めた。

 

 「なにか?」

 「言って欲しいのかい?」

 

 じろりと見据えられ、質問を質問で返されたタイガは言葉を詰まらせる。やがて降参とばかりにタイガは首を横に振った。

 

 「さっさと立ちな。わたしゃ固っ苦しいのは嫌いだよ」

 

 くいくいと掌を上に上げて促すナンナに、タイガは苦笑して立ち上がった。

 

 「なあなあ。ところで二人とも、どうやってここまできたんや?」

 「そういえば審判はっ?」

 「いやぁ。俺にもなにがなんだか。変な幻が現れた後、気がつけばマァムが階段下りてたんだ」

 

 タイガは首根を擦りつつ曖昧に答える。マァムは話に加わらず、透明な壁に張り付いて外の景色に魅入っていた。

 

 「……変な幻?」

 「神殿に赤い雷槌が落ちて……けど次に気が付いた時にはなにも起こってなかった。……女神像の額に傷が入ってた以外はな」 

 「女神像に傷……」

 

 (命名神様が身代わりに?)

 

 アステルはナンナをちらりと見る。彼女はこちらの心内を読んだかのように首肯いた。タイガとマァムに一通り説明すると(マァムは聞いてるかどうか怪しいが)、シェリルは腕を組んで唸った。

 

 「まさか上の階まで似たような幻見せられとったとはな……」

 「スレイはどうしたんだ? 俺達と同じ幻術を受けたようにはとても見えんが……」

 

 タイガは未だ一人、床に腰を下ろすスレイを気遣わしげに見下ろす。皆の視線を受けたスレイは立ち上がろうとするが、結局ふらついてしまいアステルに体を支えられた。

 

 「ほんま、どないしたんや? スレイは」

 

 「魔王の巨大な魔力にあてられて、宿していた呪詛が暴れだしたんだろう。不調にもなるさ」

 

 「「「「は?」」」」

 

 とんでもない事をあっさりと言われ、思わず間の抜けた声が揃って出た。

 

 「まったく。呪われていたというに、察する事も出来んとは。ほんっとうに鈍い奴だよ」

 

 呆れたと言わんばかりにナンナは大きな溜め息を吐いた。

 

 「まさかスレイも魔王の……!?」

 

 青くなったアステルに「いいや」とナディルは即座に否定する。

 

 「魔王の放った波動に触発されてはいたが彼奴(きゃつ)の呪詛ではない。覚えはないのか? 魔族と密に接触した覚えは」

 

 アステルは記憶を掘り起こす。

 

 スレイが魔族に直接呪いを受けるような状況、瞬間。エルフの集落の地底湖で遭遇した《妖しい影》、イシス支配を企て王族に取り憑いた《黒猫の影》、アッサラームの間抜けな《ベビーサタン》、そしてつい最近では誘拐事件で人攫いの頭領に取り憑いた《黒獅子の影》……。

 

 「呪いの定着具合からして、そんな最近の事では無い筈だ。それになにかしら変化や不調があった筈だぞ」

 

 「……なら」と、アステルは顔を上げた。

 

 「イシスの……黒猫の影の魔族」

 

 ───あの時。スレイの体を擦り抜けて消えた影。残していった不気味な予言と嗤い声。

 

 「……ああ。確かにあの頃らへんから、スレイの様子がおかしくなったな」と、タイガ。

 

 「アッサラームの事やな」得心して頷くシェリル。

 

 「それに《魔力暴走》……スレイにかけられた呪いって一体なんなのですか?」

 

 「恐らくは精神の汚染だな。心の闇を苗床とし、負の感情を増大させ、我を御する事も出来なくなり、狂気へと走らせるもの。《魔力暴走》はこれに依るものだな」と、ナディル。

 

 「……《魔力暴走》を除けば、イシスの女王の叔父もそうだったな」

 

 顎に手を当て、タイガは思い出すようにぼそりと漏らした。

 

 (───そうだ)

 

 自身でも思い当たってスレイは息を吐く。あの時期からやけに疲れやすくなって、怒りや苛立ちを抑えきれない事も多くあった気がする。

 

 (あの時はイシスの過酷な気候のせいと、その疲れだと思ってやり過ごしていた)

 

 そしてなにより。

 

 (ここ最近、昔の事をやたら思い出していた)

 

 それは痛みを伴う記憶。

 

 神経を逆撫で、憂鬱の底へと誘う記憶。

 

 スレイは首に下げた守り袋を服の上から握り締めた。

 

 

 「でも」と己の体を支えるアステルの手に力が微かに籠もるのを感じて、スレイは我に返る。

 

 「不安定な精神が魔力暴走を引き起こすきっかけとなるのはわかるけど……それにしたってスレイの暴走の仕方は異常よ」

 「うむ。よく気付いたな。結論から言うと、スレイに取り憑いていた魔族も呪いそれ自体も既に消滅しておる」

 「え!?」

 「スレイには元々、魔法使いの素養である闇の魔力が高く備わっとる。取り憑いた実体を持たぬ魔族は、取り込むはずだったスレイの闇の魔力に力負けして消滅したのだろう。だが、その際に置き土産を遺していきおったようだ」

 「置き土産……?」

 「呪詛の残滓とも言うべきか。命を守る為の魔力を抑制する機能を狂わされている。

 体を桶、理力を桶に溜まっている水と例えるなら、今のスレイは桶の箍が緩んで出来た隙間から水が漏れ出ているのと同様、常に理力を放出、消費している状態だという事だ。

 《魔力暴走》など起こせば、消費される理力の量も通常の比ではない」

 「それって……!」

 

 悲鳴に近い声を上げるアステル。

 

 「このまま理力の枯渇が進めばやがて生命力にまで影響が出る。理力の代わりに流れ落ちる生命力が尽きれば待つのは《死》のみ」

 

 『貴方の内にも闇の炎の残燭が見えます』

 

 そう言われたが遠い昔の事のように感じる。ポルトガの碧い海に浮かび上がる漆黒の修道服。

 

 『ご無理をなさらないように、御自愛ください』

  

 「スレイ」

 

 ふいに脳裏を過ったあの神父の笑顔を振り払うように、スレイは頭を振った。呼びかけてくる青い瞳に映る自分の顔が見たくなくて目を逸らすと、ついと手を取られた。

 

 「……ジジイ?」

 

 ナディルはスレイの温度のなかなか戻らない冷たい手を己の胸に押し当てた。

 

 「日々の休息や睡眠で多少なりとも回復しておるだろうが、イシスからダーマまでの長き旅の道程、よく保ったもんだ」

 

 それは呆れとも労りとも取れる声音だった。

 ナディルの体から虹色の光が溢れ出す。「むんっ!」と気合いを込めると、手を伝った光はスレイの体を覆い、染み込むようにして消えた。 

 支えていた体が突然軽くなった。

 手を借りずに立っているスレイをアステルが見上げると、その顔色は見違える程良くなっていた。スレイは離された自身の手を不思議そうに眺め、力の入り具合を確かめるように握り締めた。

 

 「理力吸収呪文マホトラの応用だ。儂の理力を分け与えた。楽になっただろう?」

 「あ、ああ」

 「ナンナがおまえをここに導いたのは《魔法の聖水》の源泉たるこの湖で理力の回復を(うなが)す為。そして儂がここにいるのは、それでもどうにもならん時の控えだ」 

 「……は?」

 「あのままではいつ倒れてもおかしくなかっただろう……いや、もう既に一度倒れておったか。それを知った時のナンナときたら……ほほっ」

 「有る事無い事言い触らすんじゃないよっ! このクソジジイっ!」

 「照れるな。照れるな」

 

 ナンナの振り回す杖を嗤いながらのらりくらりと躱す。そして、啞然としているスレイに再び向き直った。

 

 「……今のは、あくまで一時凌ぎだ。これは呪いの後遺症のようなもの。シャナクによる浄化効果は期待できん。……かと言って、このまま黙って死を受け入れるつもりもなかろう?」

 

 白く長い眉から覗く、悟りの石とも呼ばれる紅玉髄(カーネリアン)の瞳がスレイを見定める。

 

 「()()()とは違うのだろう?」

 

 スレイの瞳が大きく見開かれる。

 

 「───……当然だ」

 

 

 袖をそっと引かれた。傍らにいる少女が今どんな顔をしているか、スレイには容易に想像出来た。

 

 「オレにはまだやらなければならない事がある」

 

 その言葉にナディルは満足気に肯き、言った。

 

 

 「ならばスレイよ。───《賢者》になれ」

 

 

 

 

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