長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA   作:ちこちろん

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小さな星

 

 

 

 ────あれは真夏の日の別離と

 

 

 ────そして出逢い。

 

 

 

 

 

 肌をジリジリと焼かんばかりの炎天下から逃れるように、小走りで自宅の薪小屋に駆け込む。少女は暗く冷たい地面に腰を下ろした。家に帰ってくるまでに晒された人々の畏怖と奇異の目を思い出し、自身の極端に短くなった髪にそっと手をやる。

 そして、視線を傍らに置いてあるバスケットに向けた。

 

 間に合わなかった。

 

 迷い悩んで、()(おそ)れて。

 

 そうやって時間を費やしているうちに、手遅れとなってしまった。もはや無駄となってしまったそれを眺めているうちに、視界がぼやけ始める。

 

 (───泣いてしまおうか)

 

 夕餉(ゆうげ)や風呂の準備にはまだ早い。

 母もここに近寄る事はないだろう。

 

 そう思い至った途端、堰を切ったように雫が溢れだす。声を上げられたらもっとすっきりできるのだろうが、流石にそれは出来ない。肩を震わせ、ひたすら嗚咽を噛み殺す。

 

 ────突然、勢いよく扉が開かれた。

 

 少女は飛び上がる程驚いたが、悲鳴はなんとか呑み込んだ。

 開かれた扉は素早く閉ざされる。飛び込むように入って来たその人は、取っ手に(かんぬき)代りの細い薪を差し込むと、扉に背を預けるようにずるずるとへたりこんだ。少女は涙を拭うのも忘れて、肩でせわしく息をする侵入者に見入る。

 一瞬見えた容貌はあどけなく、十六の成人の儀を迎えたか否かの黒髪の少年だった。

 襟詰め長袖の黒の上衣はしなやかな細身の身体をぴったりと覆い、その上に丈夫そうな生地の黄褐色の胴衣(ベスト)を羽織っている。細く長い手指には擦れた革の手袋。腰には武器と小さな鞄を下げた太い革のベルト。膝下辺りまでの白の短袴の下に黒の脚絆(レギンス)を穿き、革の短靴(ショートブーツ)を履いていた。

 少年は活動的かつ身の守りも忘れない恰好をしていた。

 

 『……だ、誰? ……』

 

 恐る恐る声をかけると、弾かれたように顔を上げ、見開かれた黒水晶(モリオン)の瞳に少女の泣き顔が映った。

 じっと見詰められ、少女は思わずすくんでしまったが、泣き腫らした顔に気付くと慌ててそれを拭った。そして泣き顔と同じくらい、このみっともない頭も見られたくなくて、少女は堪らず少年を睨む。 

 するとこちらの心情を察したのか、少年は視線を逸らして『悪い』と謝った。それに少女は目をぱちくりとさせた。

 

 (……悪い人じゃないかもしれない)

 

 『頼む、少しの間でいい。ここに………』

 

 言いかけて少年の身体が突然傾いだ。

 異変に気付き、少女は慌てて駆け寄ったが間に合わず、どさりと少年はその場に倒れ込んだ。

 

 『ちょっ! 大丈夫!? しっかりして! お兄さんっ!!』

 

 少年の頬を軽く叩くと、その肌は熱く、けれどさらりとしていた。全く汗をかいていない。これは。

 

 『………脱水症状?』

 

 ならば水をと腰を浮かすも、行かすまいと少年に手首を捕まれた。

 

 『……駄目だ。みつ……かる』

 『みつかる? 誰に?』

 『…………』

 『でも、このままじゃどんどん悪くなるよ! ………大丈夫! ここに水を持ってくるだけだから!』

 

 少女は掴む手を剥がそうとするも、剥がれない。ぶんぶんと手を振る。

 

 『~~~ッ! 大丈夫だから! あなたの事、家族には黙ってるから!』

 

 しかし。そうじゃないんだと少年は渾身の力で頭を横に振った。

 

 『今は、まず、いんだっ!……巻き込みたくない……!』

 

 なにかに警戒し、頑なに離そうとしない少年に少女は困り果て辺りを見回す。そして置かれていたバスケットが視界に入った。

 

 『………お兄さんっ!ほんと、ちょっとだけ離して! そこに飲み物あるのっ! 嘘じゃないからっ! 絶対にここを出ないって約束するからっ!』

 『……………』

 

 信じてくれたのか、それとも体力の限界だったのか。ふと少女の手を掴む力が弱まった。駆け出し置いてあったバスケットを掴み再び少年の元に跪く。

 先程無駄になったと嘆いたバスケットの中身は思わぬ所で役立った。蓋を開ける。そこには、蜂蜜漬けをしたレモンスライスを飾ったパウンドケーキと、玉蜀黍茶(コーンティー)の入った水筒があった。

 

 少女は少年の上半身を壁に凭れさせる形で起こし、横に倒れぬように体で支えた。

 コップにお茶を少しだけ入れて、ペーパータオルに含ませ、少年の乾いた唇に持っていく。それを何度か繰り返すとうっすらと瞼を上げた。

 

 『お兄さん! お茶……飲み物だよ!』

 

 今度は水筒を少年の口許に持っていきゆっくりと傾ける。少年は水筒に震える手を伸ばすが、少女はそれを良しとしなかった。

 

 『駄目。今飲み物はこれしかないんだから。溢さないように私が持ってる』

 

 少年は抵抗せず噎せぬよう水分を喉に流し込む事に専念した。

 ある程度、水分補給を終えると少年は再び気を失った。心拍や呼吸は穏やかになりつつあるが、身体はまだ酷く熱く、汗をかかないままなので油断はできない。

 少女はズボンのポケットに手を突っ込んだ。取り出したのは青い宝石。それを少年の手にしっかり握らせた。

 

 『……お願い。このお兄さんを元気にして』

 

 少女がそう願うと、宝石は淡く青い輝きを放つ。光は少年の身体を優しく包みこみ、染み渡るようにして消えた。

 それを確認して。少女は今の今まで詰めていた息をようやっと吐き出した。

 

 ………一体これはどういう状況なのか。

 

 複雑な心境で眠る少年の額、そして頬や首に少女は手を当てた。熱は先程より少し下がっている。

 

 『……う、』

 

 少年の瞼が上がった。ホッとして少女は微笑む。

 

 『気がついた? お茶飲める?』

 『……っ、あ、ああ。介抱してくれたのか』

 

 少年は一瞬間狼狽するも、すぐ置かれた状況を理解したようだ。差し出された水筒を受け取ろうとして、握らされていた石に気付き、視線を落とした。

 

 『……これは?』

 『それ、父さんが旅先でみつけたおみやげ。具合が悪い時に握ると不思議と良くなるの』

 『……ああ。嘘みたいに身体が楽になった』

 

 少年は石を軽く掲げて眇め見る。青い宝石は中心部に淡い光を宿し耀いている。『これはもしかして』と呟くので、少女は頭を傾げる。

 

 『………ありがとう。本当に助かったけど、これからはこれを無闇に他人に見せたり、渡したりしない方が良い』

 『え?』 

 『これな。《命の石》っていって、とても貴重な宝石だ。飢えや渇き、病からも持ち主を護るといわれてる。(たち)の悪い奴らに狙われたり、奪われたくないなら大事にしまっとけ』

 

 返す為に差し出した石をいつまでも受け取らない少女に少年は怪訝な顔をする。少女は目を見開いて宝石を見つめ、そしてくしゃりと顔を歪めた。

 

 『おい?』

 『……そんな凄い力があるなら。私じゃなくて父さんに持っていて欲しかった……』

 『え?』

 『………そしたら、父さん、死んだりしなかったかも。父さんがいたら、こんな事にならなかった! 私は魔法なんて習わなかったっ!

 勇者を目指す必要なんてなければ……っ!』

 

 『……は?』

 

 少女はハッとして、その口を両手で押さえ立ち上がった。その表情は、瞳は。今発した己自身の言葉にショックを受けたかのように少年には見えた。

 

 『……勇者って。お前は……?』

 『ち、違う! 今の違うっ! 違うっ!!』

 『ばっ、!』

 

 少年は慌てて少女を己の胸に引き寄せた。少年の胸に顔を押さえつけられ、抱き込まれた少女は吃驚して固まってしまう。

 

 『……追われているんだ。声を落としてくれ』

 

 耳元に吐息混じりに囁かれ、少女は自分の体温が高まるのを感じた。ぶんぶんと縦に首をふった。と。

 

 ────グギュルルル……。

 

 静かになった薪小屋で少年の腹の虫の鳴き声はしっかりと少女の耳に届いた。顔を上げると、少年はきまり悪げな顔をしている。

 

 『……今の』

 『…………』

 『お腹、空いてるの?』

 『………一週間ろくに食べてない』

 

 そんな体調で今日のような炎天下に走れば誰だって熱中症で倒れる。 

 抱き込まれた格好のまま少女は手を伸ばし、バスケットを引き摺り寄せた。少年に中を開けて見せる。

 

 『食べる……?』

 

 今度は少年が中のケーキに目を離さぬまま、言葉なく首を縦に振った。

 

 

 

 

 レモン汁と(ピール)を加え、バターを控えめにしたので、さっぱりと食べれると思うが喉に通るだろうか。と少女は心配するもそれは無駄だった。

 事前に切り分けてあったそれを、一切れ、また一切れと、合間にお茶を挟みつつどんどんと消化していく。

 

 (………本当にお腹空いてたんだなぁ)

 

 ケーキを全て少年によって平らげられ、無駄にならなかった事にホッとしつつも、本来それを食べて欲しかった人の姿が脳裏を過り少女は俯く。

 満足げに指を嘗め、目を上げると浮かない顔の少女に気付き、ぎくりとした。

 

 『……悪い。お前も食いたかったのか?』

 『……ううん。それ私が作ったやつだから。美味しかったか気になっただけ』

 『これをお前がか!?』

 『う、うん?』

 

 大袈裟な程驚く少年に、少女は頷く。

 

 『凄いな。めちゃくちゃ美味かった。売り物に出来るんじゃないか?』

 

 ───アステルのケーキは本当に美味いな! 父さんいくらでも食べれるぞ!

 

 目を細める少年に、生前の父の暖かな笑顔がだぶり、少女の瞳から涙が溢れた。

 

 『どうした!?』

 『ご、めんなさい……なんで、変。こんなの、なんでっ……』

 

 少女にもわからなかった。

 なぜこんなにも容易く涙が溢れ出すのか。人前でだけは滅多に泣かないのに。今日はおかしい。

 顔を伏せて声を殺して泣き出した少女に少年は困り果て、結局これしか思い浮かばず、服の裾で手を拭いてから少女の頭の上に伸ばす。

 不器用に撫でるその手は、父と全く違うものなのに。泣く事を赦されたようで、いつまでも涙は止まらなかった。

 

 

 少女の短い髪の頭を撫でながら、少年はその出で立ちを再確認する。

 飾り気のない男子のような軽装に、腰には銅の剣を下げている。見える肌には新しいものから治りかけのと、擦り傷や青アザが多くあった。

 しかしその振る舞いは出来たお嬢さんそのものだ。

  

  (───勇者と、確かに言った)

 

 ここはアリアハン。アリアハンの勇者といえば(ただ)一人。

 

 (───オルテガ=ウィラント。なら、この子はオルテガの子供……?)

 

 

 すんっと鼻をすすって、少女はゆっくりと顔を上げた。拭い過ぎて目も鼻も真っ赤になっている。

 

 『……ごめんなさい。急に泣き出して。

 あの、さっき言った事忘れてください。私は勇者にならなきゃいけないの。

 じゃなきゃ父さんのやって来た事が、父さんの旅が、無駄になっちゃう。犬死にって言われちゃう。 

 それだけは絶対に嫌なの! だからっ! 誰にも言わないで……お願い……!』

 

 そう言って頭を下げる少女に、震える体に。少年は胸を衝かれる。そして次には口走っていた。

 

 

 『……オレはこの街の住人じゃないし、留まるつもりもない旅人だ。聞いてやる事しかできないが……今、この時間だけ弱音の捌け口になっていい』

 『え?』

 

 少女はまん丸な目でこちらを見ていた。

 少年は今だ持ったままだった《命の石》を少女の目元の近くに当てて、少しでも腫れと赤みが引くよう願う。

 

 『ケーキの礼をさせてくれないか?』

   

 

* * * * * * 

  

 

 少女は迷いつつ、戸惑いつつも、ぽつりぽつりと語った。

 予想通り、少女は()の勇者の子供だった。

 父が死にその後を継ぐ事を決めたが、王や家族に止められているらしい。

 だが少女の意志は固く、ならばと成人を迎える日まで、休まず鍛錬をこなし、旅に必要な技術と知識を身に付けたらという条件を与えられた。

 しかし。

 修行の日々の中、唯一の友人を置き去りにしてしまった。ある日、少女を嫌う子供達の嫌がらせで、友人は少女の目の前で彼女の父を貶める裏切りを犯してしまった。

 それにショックを受けて少女は魔力暴走を起こしてしまい、友人に大怪我を負わせたという。

 

 『母さんの魔法のおかげでアニーは火傷の跡も残らず助かったけど……家に閉じ籠ったきりになってしまって……。

 謝らなくちゃって、謝らなきゃってわかってるのに、私、怖くて、今日まで行けなくて』

 

 そして。今日。勇気を振り絞り友人の家へと向かった。友人が好きだったというパウンドケーキを焼いて。

 

 『でも………アニーはもういなかった。家族で海の向こうの大陸に引っ越したって。

 もう、戻ってくる事はないって……』

 

 傷心の娘を癒す為、海向こうに住む祖父母の元へと旅立ったそうだ。費用は王国が出したらしい。

 ……恐らくは友人の娘だけでなく、この子自身も守る為の処置であったのだろうが。

 

 『私、アニーに謝れなかった。あんな酷い事をしたのに……! 大事な友達だったのに……!』

 

 昇華できぬまま、抱え続けるしかない悔恨。

 

 

 《───この名を貴方から頂いたその時から心に誓っていました。この命、貴方の為に使おうと》

 

 

 

 『………スレイ』

 『え?』

 

 囁く声に少女は顔を上げた。少年も声に出したつもりはなかったのだろう。口を押さえている。

 

 『もしかして、それがあなたの名前……?』

 

 少女の問いに少年は一瞬躊躇うも、やがてゆっくりと首を横に振った。

 

 『……違う。オレの友の名だ。お前と同じようにもう二度と会えない友のな』

 

 『会えない』という言葉に少女の瞳にまた涙が盛り上がる。少年は懐を探り一本の空色のリボンを取り出した。少女の手を取り、その手首に巻き付け結ぶ。

 

 『これ……?』

 『幸運の御守り。運命の神様の力が宿ったリボンだ』

 『運命の神様……?』

 

 頭を傾げる少女に少年は頷く。

 

 『もう二度と悲しい別離が訪れないように。素晴らしい出逢いが訪れるように』

 

 少女は手首のリボンを見た。ちょうど窓の隙間から陽光が差し込み、リボンを照らす。

 リボンは虹色に輝き、少女は瞳を大きく見開いた。

 

 『……きれい……ありがとう』

 

 頬を染め、にっこりと嬉しそうに笑う少女に、少年も微笑んだ。と。

 

 

 ──────ドンっ!!!

 

 突然、薪小屋の扉が叩かれた。二人はびくりとして扉を見る。

 ドン! ドン! ドン! と、繰り返し叩かれる扉。扉の取っ手に差し込んだ薪がギシギシと悲鳴を上げる。

 

 『か、母さん? それともおじいちゃん?』

 

 少女が扉の向こうの人物に尋ねるも、返答はなく、ただひたすら扉を叩き続けている。

 少年は腰から短剣(ダガー)を抜き取り、少女を庇うように前に出る。そしてちらりと少女を見てハッとした。

 少女の目付きは戦士のそれへと変化していた。銅の剣の束を握り、腰を低くし、抜刀体勢を取っている。

 

 (この子は…………!)

 

 

 ────バキバキバキっ!!

 

 閂代わりの薪は音をたてて折れ、続け様に扉は蹴破られ、三人の男が入ってきた。町民風情の男達だったが、その手に持っている暗器は素人が扱うものではなかった。

 

 『………男は殺すな。生け捕りにせよとのご命令だ』

 『子供はどうする?』

 『構わん。───殺……』

 

 突如、入り口近くに立っていた男がどうっと床に伏した。

 

 『なっ……!』

 『なにっ……!』

 『……ここをアリアハン近衛騎士団長の家宅と知っての狼藉か? それとも勇者の娘であるアステルの命が狙いか?』

 『おじいちゃん!』

 

 現れた白髪の老人に少女は喜々として声を上げた。老人は手にある白銀の刃が仕込まれた杖で抜刀の構えを取る。侵入者二人はジリジリと後退り、結局は倒れた仲間を担ぎ上げ、撤退を選択した。  

 少女は駆け出し老人に抱き着く。老人も優しく抱き止め、それから胡乱げに見知らぬ少年を見た。

 

 『誰じゃお主は。人の敷地内で何をしておる』

 

 返答次第では斬る。そんな威圧感をビリビリと感じながら、少年は一歩前に出た。

 

 『オレは………』

 『おじいちゃん! このお兄さんは悪い人じゃないよ!』

 

 少女は少年の前に立ち、両手を広げた。

 

 『む……?』

 『お義父様、アステルはそこにいるのですか?!』

 

 と、今度は鎚矛(メイス)を手にしたうら若き女性が顔を出した。

 

 『母さん!』

 『アステル! 無事で良かった……!』

 

 駆け寄り少女を抱き締める女性は、とてもそんな風には見えないが少女の母親のようだった。

 少年は手にしていた短剣(ダガー)を収めて、二人に深く頭を下げた。

 

 『……申し訳ありません。御迷惑をお掛けしました』

 『このお兄さんはここに逃げ込んできたの。私はたまたまここにいただけ。お兄さん、あいつらから逃げてたの?』

 

 少女の問いに少年は素直に頷いた。

 

 『体調を崩し、奴らを撒ききる事が出来ず、咄嗟にこちらで身を隠していました』

 『何故あ奴らはお主を狙っておった?』

 『それはお答えできません』

 『なんだと?』

 

 老人はぎろりと少年を睨む。しかし少年はその視線から逃げず真っ向立ち向かう。

 

 『オレは盗賊です。任務中の身なので、これ以上のご迷惑をお掛けする訳にはまいりません。《キメラの翼》が手に入り次第、すぐこの国を発ちます。

 オレさえ姿を消せば事は穏便に済む筈。姿を見られたとはいえ、奴らも流石に英雄一家に手を出すような馬鹿な真似はしないでしょうから』

 『………もしやお主、ギルドの者か?』

 『この国や貴殿方が不利になるような任務ではないという事だけ、伝えておきます』

 

 頷く少年に、老人は顎を撫でて一つ息を吐いた。 

 盗賊ギルドの任務ならば一般人が深入りしても、なにひとつ良い事はない。

 

 『わかった。ならばもうなにも聞かん。早々に出ていってくれ。

 キメラの翼なら、オルテガの部屋に幾つか残っていた筈だ。エリーゼ、渡してやれ』

 『わかりましたわ』

 

 エリーゼと呼ばれた少女の母が心得顔で頷く。

 

 一礼し、母と共に立ち去ろうとした少年の服の裾を少女は慌てて掴んで引き留めた。

 

 『………あ、あの!』

 『なん……ああ、すまない』

 

 はたっとして少年は咄嗟にズボンのポケットにしまった《命の石》を取り出した。

 

 『悪い。返し損ねる所だった』

 

 差し出した宝石を、しかし少女は受け取らなかった。

 

 『それはお兄さんが持って行って』

 

 少年は眉間に皺を寄せる。

 

 『……これ、父さんから貰った物だろ? 他人にやるな』

 『お兄さんに貰って欲しいの! 今回みたいな事がないように! 御守り!』

 

 そう言って少女は手首のリボンを掲げ見せて笑った。

 

 『交換』

 

 少年は瞠目し、それからふと笑った。

 

 『わかった。交換だ』

 『私、アステル。お兄さんは?』

 

 少女……アステルは少年に名を尋ねるが、少年は眉を下げて首を横に振った。

 

 『悪いが名乗れない。無関係な人を危険に巻き込まない為にも』

 『……ま、また逢える?』

 

 それにも少年は首を横に振った。

 

 『多分、もう二度と会えないと思う』

 『ふっ、………ううああああんっ!』

 

 声を上げて泣き出してしまったアステルに、彼女の母親と祖父は大層驚いていた。

 少年はアステルの前に屈み込むと、彼女の頭を撫で、手首に巻かれたリボンの端を摘んだ。

 

 『けど。運命の神が気まぐれを起こしたら。その時はわからないな』

 

 アステルは涙を拭い少年に触れんばかりの位置まで顔を寄せた。流石に驚いたのか少年は瞳を見開く。

 

 『ろ、六年後の、うっ、春頃に、っく、また、アリアハンに来て!』

 『六年後?』

 

 少年は首を傾げたが、少女はそれ以上は答えなかった。ただ必死にこちらを見詰める。

 六年後といえば、この子は恐らく成人を迎えてる頃だろう。

 

 

 それはつまり。

 

 

 君が望んでくれるのなら。

 

 巡りあえたならば。

 

 

 『────わかった』

 

 

 

 

 

 ────その時は共に在ろう。

 

  

 

* * * * * *

 

  

 ────ダーマの神殿の宿屋で。

 

 アステルはベッドに座り、ウエストポーチの中にある物を取り出す。白布で包んだそれを開ける。

 

 中身は一本の空色のリボン。

 

 同じくウエストポーチに付けていた、白い毛玉の飾り《うさぎのしっぽ》を取り外す。 

 《うさぎのしっぽ》にリボンを結びつけて、アステルは満足げにそれを眺める。

 

 二つの御守りを両手で包み込むように優しく握り、

 

 

 ただ、唯。────()の無事を祈った。

 

 

 

 







《命の石》にゲームにはない効果があります。これは公式ドラクエ1小説の勇者が赤ん坊の頃、命の石の力のおかげで数日もの間水も乳もなしに生きられたというネタから。
この物語の命の石は病を退け疲労を癒し、命に関わるような飢えや渇きも癒される効果があります。
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