長篇ドラゴンクエストⅢ ASTEL・SAGA 作:ちこちろん
────マリナンの神殿。真白き聖堂に夜の帳が降り始める。水路の所々に配された夜光石が淡く輝きだし、その光によって照らし出されたのは魔王の邪悪な思念波より自分達を護り、額に傷を負った女神像。傷付きながらも慈愛に満ちた眼差しでこちらを見下ろしている。
スレイは一人、天窓から覗く満天の瞬きをぼんやりと眺めていた。涼やかな清水のせせらぎのみが辺りを支配する。おもむろに首に下げていた守り袋から、宝石を取り出した。
青い宝石はそれを受け取ったあの頃から、今この時まで変わらず優しい光を放ち、己を癒してくれる。
スレイは大きく息を吐いた。
* * * * * *
「〈賢者〉とは。神より選ばれ、授けられた奇跡の行使を許されし者。魔と法、相反する力を同時に操り、この世のありとあらゆる知識と呪文を身につけ、更には新たなる魔法を創造する事さえ可能とする」
「……その賢者っちゅうのになれば、スレイは助かるんか?」
シェリルの問いに大神官ナディルは深く肯いた。
「……生命力を糧として〈魔力暴走〉を意識下で引き起こす伝説の自己犠牲呪文〈メガンテ〉」
「メガンテ」
アステルがその呪文を口にした途端、行使したわけでもないのに、ぞわりと身震いがした。流れる血が、魂が。その言葉を忌避したような気がした。
「めがんて……めがんて。目が……点。ぷくくっ! あたっ!」
茶々を入れるマァムの頭を、すかさずシェリルがはたいて黙らせる。が、ナディルはにやりとし、己の白い顎髭を撫でた。
「目が点とな。ほほっ! 言い得て妙よ。命と引き換えに起こす魔力の爆発はそれはそれは凄まじいものでな。故にメガンテは禁断の秘術とされておる」
「どんくらいすんごいのぉ〜?」
「術者の魔力と生命力にもよるが、小さな島一つぐらいは軽く吹き飛ばせるだろうな」
「ほへ〜〜っ!!」
「そいつは凄いが。そんな危険な呪文とスレイを治すのと一体どういう関係が?」
頭を掻きながらタイガが尋ねる。
「超高位呪文であり難解な呪文だが、目的はメガンテを習得する事ではない。
メガンテの呪文を理解し応用する事によって、呪いにより狂わされた魔力の抑制機能を自力で元に戻し、生命力の流出を防ぐ事」
「呪文の応用……先程のマホトラと同じようなものですか?」
先程の光景。己の理力を他者に分け与える。そんな呪文は聞いた事がない。アステルにナディルは首肯く。
「うむ。応用といえど効果は違うのだから、それは新たなる呪文の創造とも言えよう」
どっこらしょと、ナディルは椅子に腰をかけた。
「……じゃが賢者とは本来、神に選ばれし血族より生まれ出づる存在。そうでない者が賢者となるには、まず《悟りの書》を通じ己を守護する神と会話し認められ契約する必要がある」
「《悟りの書》」
(もう一人のマァムが言っていたやつか……?)
タイガはちらりと見下ろす。目が合ったマァムは「なに?」とばかりに首を傾げたので、なんとなくその頭を掻き撫でとく。
「《悟りの書》ってなんなんや? そいつはどこにあるんや?」
聞いた事のないアイテム名に商人魂に火がついたのか、シェリルが身を乗り出して尋ねた。
「《悟りの書》とは神が人に与え給うた世界の歴史と智識の源泉。神と人を繋ぐ指標であり媒体となるものよ。悟りの書はガルナの塔に眠っておる」
「ガルナの塔って確かタイガの……」と、アステル。
「そうだ。以前、俺の修行場だった。場所は案内は出来るぞ」と、タイガ。
ナディルは一つ頷くと固い面持ちのスレイに見向き、そして微笑んだ。
「……スレイよ。ガルナの塔へ行くがよい。
そして天啓を受けよ。神はそなたの到来を待ってくださっておるぞ」
────神。
* * * * * *
「ほう。《命の石》かい」
肩を大きく揺らしてしまい、スレイは舌打ちをした。一番動揺した姿を見せたくない相手にそれを見せてしまった。
「なんとかここまで辿り着けたのも、それのお蔭かい」
此方に歩み寄る命名神の巫女姫ナンナにスレイはちらりとだけ視線を向け、再び天窓の星空へと遣った。
「眠れないのかい? もしかして仲間がおらんで淋しーのかい? ヒーヒヒヒっ!」
「……黙れ。クソババア」
そう。今この神殿にはスレイとナンナしかいない。
この神殿地下から湧き出る清水はただの水ではなく、理力を回復させる《魔法の聖水》と呼ばれる幻の霊水だという。それを知った時のシェリルの反応と興奮は、見てるアステル達が引いてしまうくらいのものだった。
それはさておき。この神殿に滞在するそれだけで、スレイの中で常に失われる理力は直ぐ様癒やされるらしい。明日ガルナの塔へ向かうその前に少しでも不調を回復させる為、スレイはここに留まり、アステル達はダーマの神殿にある宿屋へと戻っていった。
ナンナは長く深い溜め息を吐いて、スレイの隣に腰を下ろした。
「……怖いかい? 魔力と知識を得る事が」
スレイは答えない。しかしナンナはそれに構わず話を続けた。
「お前には元々、魔法を操る素質があった。その才を伸ばさずにいたのはただ
ぐっと宝石を握る手に力が籠る。
「お前は───《器》だ。そうなるよう生まれた」
ばっと立ち上がり、スレイはナンナを見下ろす。その表情は険しく、怒りに満ちていた。
「魔力を高めるという事は《器》へと近づくという事………けれど。
《器》であると同時にお前は《闇》でもある」
更に続けられた言葉にスレイの怒りの表情は次第に泣き出しそうに歪み出す。それを見てナンナはフッと笑った。
「バカタレ。勘違いするんじゃない。何度も言ってるだろうが。闇は決して悪の象徴ではない。
闇とは本来、安らぎの象徴。……己の本質を見誤るんじゃないよ」
「オレの、本質……」
「しっかし!」と、老婆の声音がいつもの人を小馬鹿にするものへと戻る。
「久々に戻ってきたと思ったら、呪いを受けてるだなんて、本っ当ぉに間抜けな奴だよ」
「……うるさい。何度も同じ話を繰り返すな」
「あの時渡したリボンはどうしたんだい?
マリナンの加護を受けた《神具》と《名前》が揃ってりゃ、下っ端魔族の呪いなんてはね除けられたろうにさぁ」
こちらを向かず黙りこくるスレイを、ナンナはニヤニヤと見上げる。
「……っ! わかってるんだろうが! いちいち聞くなっ!!」
その視線に耐えきれず、がなるスレイにナンナはヒーヒヒヒっ!と嗤った。
命名神の加護を受けた者は、その巫女姫であるナンナを前にして隠し事は通用しない。その者の過去の何もかもが彼女の前では晒け出される。
───そう。何もかも、だ。
(……命名神の加護を受けた者、か)
ふとスレイは背後の女神像を見た。
悪夢に苛まれ、闇夜に紛れて女神像の足元で伏して声を殺して泣いていた子供の頃。
ナンナはそれを目ざとく見つけ、寄り添い、その背を優しく擦った。
『大丈夫さ。星はね。真っ暗闇の中でも消えはしない。光を増して輝く。お前の背負う闇に決して呑み込まれなどしない。傍にいて、道標となり、輝き続けるんだよ』
薪小屋の暗がりの中、一人声を押し殺して泣いていた小さな少女のその姿は在りし日の自分と重なって見えた。
偉大な父に代わり、祖国と世界の期待を一心に背負う小さな青い星はあまりに儚すぎて。
無事兄弟子と再会した後、再び師匠の元へと戻り修行をやり直す事を決めた。
『あんなに独り立ちに拘ってたってのに』と、兄弟子は訝しげな顔をしたが、師匠はこうなる事がわかっていたかのような心得顔で。これまでがかわいいものだったと思えるくらいの試練を、戻った即日から課してきた。
────守らなければと思った。
────強くならなければと思った。
そう思ったのは自責の念からなのか。似た者同士ゆえに生まれた庇護欲からなのか。
────わからない。
────わからないけれど。
容易く折れそうなか細い手首に結んだ、運命の神の加護を受けたリボンに想いを託した。
唯一の友を失い、孤独と使命の重圧に消えそうなこの子を護り、今度こそ良い巡り合わせへと導かれるように、と。
そして、願わくば───……。
此方へと近付く足音が耳に入りスレイはハッと我に返る。ナンナは立ち上がり、手にある杖をコンっ!と床にひと突きした。
「《星》は《闇》の中でしかその輝きを見せない。昼間の星はその輝きを失う。星が輝けるのは闇夜の中でのみ。お前が前を向き歩む為にあの娘が必要であったように。
あの娘にもお前が、お前こそが。必要なんだよ」
「ババア……?」
そう言い残して、ナンナは居住区へと続く階段へと消えていく。入れ違いで聖堂に現れたのは、アステルだった。
暗い通路から恐々と顔を出し、スレイの姿をみつけるとパッと強張っていた表情がほころんだ。
「スレイ! よかった、起きてた!」
「アステル。どうした? なにかあったのか? 他の奴らは……」
「私一人だよ。別に大した事じゃないんだけど、あのね……」
嬉々としてぱたぱたと駆け寄ってくるアステルに、こめかみをひくつかせたスレイ。
────ビシッ!!!
「はうっ! ……な、なんでっ!?」
「なんでじゃないっ! こんな遅い時間に一人でうろうろとこんな所にまで来るなっ!」
指で強かに弾かれた額を押さえて非難の声をあげるアステルに、スレイは怒鳴る。マリナンの許しがあれば神殿まで迷う事はないだろうが、夜の森を歩く事に変わりはない。森には魔物はいないが、自然の動物達はいる。もちろん中には獰猛なのだっている。
「だっ、だって! スレイに早く渡したい物があったから! ……でも、ごめんなさい」
はじめは反論しかけたアステルだが、自分に非がないわけでないので素直に謝る。しゅんとなるアステルにスレイは溜め息を漏らすと「で?」と、先を促した。
「渡したい物ってなんだ?」
「あ、あのね。これ……」
そう言って差し出され、受け取った物にスレイは目を見開く。白い毛玉の飾り。
「これ……」
「あれ? 忘れちゃった? スレイが私の誕生日プレゼントにくれた《うさぎのしっぽ》」
「それは覚えてる。じゃなくてこのリボンは?」
スレイは《うさぎのしっぽ》と留め具の間の鎖に結ばれた空色のリボンを摘まんだ。
「あ、それね? 私の宝物で幸運のお守り。夜だからわからないけど、光に照らすと綺麗な虹色になるんだよ?」
アステルは二つの《幸運のお守り》を乗せたスレイの掌を、両手で包み込むようにして優しく握りこむ。
「子供の頃に貰ったんだ。大事な友達を自分のせいでなくして落ち込んでた時に出逢ったお兄さんに。
『良い出逢いがありますように』って。『幸運のお守りだ』って。そのリボンをくれたの」
そしたらね!っと、アステルは満面の笑みで顔を上げた。
「凄いの! これを貰ったその年の冬にマァムと出逢って。それからシェリルと出逢って。そしてタイガやスレイに出逢って。
あの時。あのお兄さんがリボンにそう祈って手首に結んでくれた通り、いい出逢いに恵まれて!」
だから。旅立ちの夜、父から貰った熊のぬいぐるみに謝って、その首に結んでいたリボンをほどいて腰ポーチに入れた。
───旅先でも護って貰えるように。と。
「あとね。昼間の名前の事で父さんが言ってた事を思い出したの。『武器やアイテムにもちゃんと心があって、声をかけて大事に使っていたら、ちゃんとそれに応えて助けてくれる』って。今思えばホントにその通りだって思えて。
なら、このリボンとスレイに貰ったこの《うさぎのしっぽ》とが合わされば、幸運がパワーアップして呪いとか悪い事とか、追っ払ってくれるんじゃないかって!
………で。この子達にお願いしてたらいつの間にかこんな時間になっちゃってて……」
きょとんとしているスレイに気付き、興奮し熱弁していた自分に恥ずかしくなったのか、アステルの声がどんどんと萎れていく。
「………今日じゃなくても明日渡せば良かったんじゃないのか?」
「そうは思ったんだけど。こういう事って、ほら! 思い立ったが吉日っていうでしょ? 早く渡してスレイを守ってもらおうと思……って」
「そうか」
アステルは息を呑んだ。
スレイが笑った。本当に、嬉しそうに。
と。スレイの右手を握っていたアステルの両手を、彼は左掌で簡単に包み込んだ。
「ありがとう。しばらく借りる」
「うっ、うん」
アステルは顔が熱くなり、次いで鼓動が早くなるのを感じた。
自分から握った癖に早く手を離して欲しいと願ってしまう。そして願い通りその手があっさりと離れていってしまうと、今度はそれを残念に思ってしまう自分がいて。
更に頭を抱えたくなってしまった。
「? どうした?」
「な、なんでもっ! なんでもないっ!」
どもるアステルに首を傾げるも、スレイは再び手の中にあるふたつの幸運のお守りを穏やかな表情で眺める。眺めたまま唐突にアステルに尋ねた。
「……このリボンをくれた奴はどんな奴だったんだ?」
「え!? ……えっと、確か、歳は今の私と同じくらいだったと思う。突然、家の薪小屋に飛び込んで来たと思ったら、追われてるから匿ってくれって」
「……まるっきり不審者だろ。それ」
確かにそう認めざるえない。顰めっ面になったスレイにアステルは慌てる。
「えっと、でもね! びっくりはしたけど怖くはなかったの。悪い人じゃないってのは伝わったし、きっとなにか理由があったんだと思う。実際に話し始めたらとっても優しいお兄さんだったし」
「……そうか」
「そう!」
強調するアステルに、スレイは何故か視線を反らした。
「けど、なんでいきなりそんな事聞くの?」
「……いや。出逢ってすぐ御守り渡すとか。同じ事してるなと思ってな。親近感を感じただけだ」
ふっと笑って。スレイは《うさぎのしっぽ》にしっかりと結ばれた《リボン》を指に巻き付けるように触れた。
『────勇者を目指す必要なんてなければ………っ!』
あの日。
彼女自身が心の奥底に追いやり、見て見ぬふりをしていた想いに触れた。
だからこそ。
オレは今ここに在る意味を見出だした。
空色のリボンはきらきらと淡い虹色の光を溢した。
* * * * * *
───ダーマの神殿。
その中の一番広く大きな空間は《託宣の間》と呼ばれている。この空間にはマリナンの神殿の清水が地下を通じて湧いている。空間の奥、認められし者しか登る事を赦されない、高い祭壇の背後に位置する所にある屋内池の中央には、全能神の象徴であり、龍が翼を広げた姿を模した真白な大理石の十字の台座があり、天窓から降り注ぐ月光によって清らかに輝いている。
一人祭壇で祈りを捧げるナディルは、中央の十字に陰が射し込んだのを認めた。高い天窓から舞い降りた影は、風の呪文を纏ってゆっくりと着地した。ナディルは振り返り、祭壇下にいる娘の姿を認めると、目を細めた。
昼間見た時よりその瞳の緋色は暗い。
だが。この色こそが賢者ノーランの一族の証。
娘はその場に跪き、胸の前に両手を交差させ、正式な礼を見せる。
「……はじめまして」
「儂は初めてではないがな」
黄金の巻き毛を揺らし、頭を傾げる娘にナディルはホホホッと笑った。
「お前が物心つく前に、エルドアンとセファーナがこっそり連れて来てくれたんじゃよ」
「お父様、お母様……が?」
ナディルは嬉しそうに頷く。
「大きくなったの。お前の母セファーナにそっくりだ」
「お母様、そっくり……?」
ナディルは祭壇を降り、娘の前に立つと、跪き、そして抱き締めた。
「……よくぞ無事で。よくぞ生きていてくれた。………マァム。わが孫よ」
包み込まれ感じた香の匂いは、その昔嗅いだ父の匂いを彷彿とさせた。マァムはその胸に頬を擦り寄せた。
「………お祖父様」
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祈りの指輪の原料なんだからドラクエ3の世界に魔法の聖水は存在してる。しかし(エルフ族以外に)汲み取る方法がないとなっております。